脚は動かなくても腕は使える―胸髄損傷の在宅生活を支える一台を選ぶ
第118回医師国家試験 F問題 第66問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,64~66の問いに答えよ。 35歳の男性。高所からの転落のため救急車で搬入された。 現病歴:本日,塗装作業中に3mの高さから転落した際,頸部,背部および腰部を強打した。下肢が動かせないため同僚が救急車を要請した。 既往歴:15歳時に急性虫垂炎で手術。 生活歴:妻,長男および次男と4人暮らし。喫煙歴はない。飲酒は機会飲酒。 家族歴:父親が認知症で加療中である。 現症:意識は清明。身長172cm,体重75kg。体温36.5℃。心拍数84/分,整。血圧130/62 mmHg。呼吸数20/分。SpO2 98%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。頸部から腰部にかけて疼痛を認めた。上肢の筋力は正常である。自力歩行はできない。両腸腰筋と大腿四頭筋の収縮は認められるが,関節運動は認めない。両足関節の自動運動も認めない。臍部から両下肢に感覚障害を認めた。膝蓋腱反射とアキレス腱反射は両側に減弱を認めた。
受傷後3か月経過しても筋力の回復がない場合,この患者が自宅療養するにあたり最も適切な装具・福祉用具はどれか。
- a.歩行器
- b.短下肢装具
- c.電動車椅子
- d.標準型車椅子
- e.リフト〈移乗動作介助装置〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクター
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ドクター
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ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
脊髄損傷では残存している髄節レベルによって到達できるADLと移動手段が決まり、上肢と体幹の機能、下肢での支持性、移乗の自立度を軸に福祉用具を選びます。第10胸髄損傷では上肢が正常で座位も安定するため、標準型車椅子を自走し、プッシュアップで移乗も自立できるのが目標です。電動車椅子やリフトは上肢機能が不十分な高位頸髄損傷が主な対象であり、歩行器や短下肢装具は下肢で体重を支えられる下位腰髄以下の損傷で用いるため、本例には適しません。在宅生活では褥瘡予防、排尿・排便管理、住宅改修も重要です。損傷レベルから生活像を具体的に描けることは、リハビリテーション計画や社会復帰支援を考えるうえでの基礎になります。
解答・解説
正解はdです
症例の整理
35歳の男性が3mの高所から転落し、第10胸髄レベルの脊髄損傷と考えられる症例である。根拠は以下のとおりである。 ・上肢の筋力は正常であり、頸髄損傷は否定的である。 ・両側の腸腰筋・大腿四頭筋は筋収縮のみ(MMT 1)で、足関節の自動運動もなく、両下肢に高度の麻痺がある。 ・臍(Th10の皮膚分節)から下に両側性の感覚障害がある。 ・腱反射の減弱は受傷直後の脊髄ショックによるものと解釈できる。
設問の考え方
本問では、受傷後3か月経過しても下肢筋力が回復しない、すなわち両下肢の実用的な運動機能が失われたまま固定した場合を想定している。自宅での移動手段を選ぶときには、「上肢と体幹がどこまで使えるか」「下肢で体重を支えられるか」「移乗(ベッドと車椅子の乗り移り)を自分でできるか」を考える。 Th10レベルの損傷では、上肢は完全に保たれ、体幹筋(腹筋・背筋)も上部から中部まではおおむね機能するため、座位の保持は安定している。上肢の力でハンドリムを回して車椅子を自走でき、プッシュアップ(両手で体を持ち上げる動作)を用いてベッド・トイレ・自動車などへの移乗も自力で行える。一方、下肢は膝関節も伸ばせないため、下肢で体重を支えて歩くことはできない。長下肢装具と松葉杖・両側杖を用いた歩行訓練は可能であるが、エネルギー消費が大きく、実生活での主な移動手段にはなりにくい。 したがって、自宅療養で最も適切な福祉用具は、上肢で自走できる標準型車椅子である。
選択肢考察
- ×a. 歩行器
歩行器は、上肢で体重の一部を支えながらも、下肢で立位を保ち、交互に足を運べる患者に用いる。本例は大腿四頭筋を含む下肢筋がMMT 1で、膝を伸ばして体重を支えることも足を振り出すこともできないため、歩行器による歩行は実用的でない。
- ×b. 短下肢装具
短下肢装具は足関節の動きを制御する装具で、大腿四頭筋など膝周囲の筋力が保たれ、足関節周囲の筋(前脛骨筋・下腿三頭筋)が弱い場合に用いる。脊髄損傷ではおおむねL4〜L5以下の損傷が適応となる。本例は膝関節も動かせず、短下肢装具では立位・歩行を支えられないため適切でない。胸髄損傷で歩行訓練を行う場合に用いるのは、膝関節まで固定する長下肢装具である。
- ×c. 電動車椅子
電動車椅子は、上肢の筋力が乏しくハンドリムを回して自走できない患者に用いる。主にC4以上の高位頸髄損傷が適応で、C5損傷でも屋外など長距離の移動で用いられることがある。本例は上肢筋力が正常で標準型車椅子を自力で操作できるため、電動車椅子を選ぶ必要はない。上肢を使って自走することは、筋力・心肺機能の維持の面でも望ましい。
- ○d. 標準型車椅子
Th10損傷では上肢が正常で体幹の安定性も比較的保たれるため、ハンドリムを両手で回して標準型車椅子を自走でき、プッシュアップによる移乗も自立できる。下肢筋力の回復がない状態では歩行は実用的でなく、自宅内外の移動手段として標準型車椅子が最も適切である。
- ×e. リフト〈移乗動作介助装置〉
リフトは、上肢・体幹の筋力が不足して自力でも軽介助でも移乗できない患者に、介助者の負担軽減を目的に用いる。主に高位頸髄損傷(おおむねC4〜C5以上)が対象となる。本例は上肢筋力が正常でプッシュアップによる移乗が可能であり、リフトは不要である。
脊髄損傷の残存レベルとADL・移動手段の目安
・C4以上: 呼吸補助を要することがある。移動は電動車椅子(顎・呼気などで操作)、移乗はリフトや全介助。 ・C5: 肘屈曲・肩の運動は可能。手の機能はない。電動車椅子が主体で、室内は工夫した標準型車椅子の自走が可能な場合もある。移乗は介助が必要。 ・C6: 手関節背屈が可能。標準型車椅子の自走が可能(ハンドリムに工夫を要することが多い)。移乗は一部介助〜工夫で自立。 ・C7〜C8: 肘伸展が可能となり、プッシュアップによる移乗が自立しやすい。車椅子でのADLがほぼ自立。 ・Th1〜Th12: 上肢は正常で、車椅子でのADLは自立。胸髄中〜下位では長下肢装具と杖での歩行訓練が可能だが、主な移動は車椅子。 ・L1〜L3: 長下肢装具や短下肢装具と杖で屋内歩行が可能となる場合がある。 ・L4以下: 短下肢装具と杖などで実用歩行が可能になることが多い。
車椅子と福祉用具
・標準型車椅子: 後輪のハンドリムを使用者自身が回して進む。上肢機能が保たれていることが前提。 ・電動車椅子: ジョイスティックや顎・呼気などで操作する。上肢での自走が困難な場合に用いる。 ・リフト: 吊り具で体を持ち上げて移乗を介助する装置。
胸髄損傷患者の自宅療養で注意すべきこと
感覚障害部位(特に仙骨部・坐骨部)の褥瘡予防(除圧・プッシュアップの習慣化、除圧クッションの使用)、神経因性膀胱に対する間欠自己導尿、排便管理、段差解消や手すりなど住宅改修が重要である。Th6以上の損傷では自律神経過反射にも注意する。
POINT
・脊髄損傷では残存髄節レベルにより到達可能なADLと移動手段が決まる。 ・胸髄損傷(上肢正常)は標準型車椅子で自走・移乗自立が目標。 ・電動車椅子・リフトは上肢機能が不十分な高位頸髄損傷が主な対象。 ・短下肢装具は膝の筋力が保たれた下位腰髄以下の損傷で用いる。
