つま先立ちができない―L5/S1ヘルニアが狙う「一つ下」の神経根
第118回医師国家試験 D問題 第34問
国試問題にチャレンジ
51歳の男性。腰痛と左下肢痛を主訴に来院した。3か月前から腰痛と左下肢の鈍痛とがあり,数日前から強い痛みになった。歩行は軽度前屈位で跛行を認める。腰部に圧痛を認め,左下肢伸展挙上テストは陽性。腰椎MRIのT2強調矢状断像(A)とT2強調横断像(B)を示す。 この患者で認められる可能性が高いのはどれか。

- a.大腿前面の感覚鈍麻
- b.大腿神経伸展テスト陽性
- c.足関節底屈筋力低下
- d.アキレス腱反射亢進
- e.Babinski徴候陽性
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
腰痛と片側の下肢痛にSLRテスト陽性を伴えば、下位腰椎の椎間板ヘルニアを考えます。腰椎の後外側(傍正中)ヘルニアは「一つ下」の神経根を圧迫するため、L5/S1ヘルニアではS1神経根障害となり、下腿三頭筋による足関節底屈力の低下(つま先立ち困難)、アキレス腱反射の低下〜消失、下腿後面〜足外側・足底の感覚障害が生じます。大腿前面の感覚障害や大腿神経伸展テスト陽性はL2〜L4の上位腰椎神経根障害の所見であり、腱反射亢進やBabinski徴候は錐体路障害を示すため、馬尾レベルの神経根障害では出現しません。L4は膝蓋腱反射と大腿四頭筋、L5は足関節・母趾背屈(かかと歩き困難)、S1は底屈とアキレス腱反射という対応を押さえ、膀胱直腸障害を伴う馬尾障害は緊急手術の適応であることも忘れないようにしましょう。画像から障害神経根を予測して神経所見と照合する考え方は、脊椎疾患の診療の基本となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・51歳男性。3か月前から腰痛と左下肢の鈍痛があり、数日前から痛みが急に強くなった → 慢性に経過していた病態の急性増悪。 ・歩行は軽度前屈位で、跛行(足を引きずるような歩き方)がある → 痛みのために腰を反らせず、前かがみの姿勢をとっている(疼痛性跛行)。 ・腰部に圧痛があり、左下肢伸展挙上テスト(SLRテスト:仰臥位で膝を伸ばしたまま下肢を挙上し、坐骨神経を伸ばして痛みを誘発する検査)が陽性 → 下位腰椎〜仙骨の神経根(L5、S1など)が刺激されていることを示す。 ・腰椎MRI T2強調矢状断像(A)では、L5/S1椎間板が後方へ突出している。横断像(B)では、ヘルニアが正中よりやや左(左傍正中)に突出し、左S1神経根を圧迫している。
診断に至るプロセス
中年男性の腰痛と片側の下肢痛(坐骨神経痛)では、まず腰椎椎間板ヘルニアと腰部脊柱管狭窄症を考える。腰部脊柱管狭窄症は高齢者に多く、歩くと下肢のしびれや痛みが出て、前かがみで休むと楽になる間欠性跛行が典型である。神経が伸ばされにくいため、SLRテストは陽性になりにくい。本例はSLRテスト陽性で、MRIで椎間板の突出による神経根の圧迫が確認できるため、L5/S1腰椎椎間板ヘルニア(左S1神経根障害)と診断できる。下肢の血流障害による閉塞性動脈硬化症も下肢痛と跛行を起こすが、腰痛やSLRテスト陽性は説明できない。
設問の考え方:どの神経根が障害されるか
腰椎では、後外側(傍正中)に突出したヘルニアは、その椎間板の高さで硬膜管から分かれて下へ向かう「一つ下の神経根」を圧迫する。L5/S1ヘルニアであればS1神経根、L4/5ヘルニアであればL5神経根である。したがって本例では、S1神経根障害の所見を選べばよい。S1神経根障害では、下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)による足関節底屈の筋力が低下し、アキレス腱反射が低下〜消失する。感覚障害は下腿後面から足の外側・足底に出る。神経根は末梢神経(下位運動ニューロン)の障害であり、反射は亢進せず、病的反射も出ない点が重要である。
選択肢考察
- ×a. 大腿前面の感覚鈍麻
大腿前面の皮膚感覚は、主にL2〜L3(一部L4)の神経根と大腿神経が担う。大腿前面の感覚鈍麻は、L2/3やL3/4など上位腰椎のヘルニアで起こりうる所見である。本例はL5/S1ヘルニアによるS1神経根障害であり、感覚障害は下腿後面から足の外側・足底に現れるので合わない。
- ×b. 大腿神経伸展テスト陽性
大腿神経伸展テスト(FNSテスト)は、腹臥位で膝を曲げたまま股関節を伸ばして大腿神経を伸ばし、大腿前面の痛みを誘発する検査である。L2〜L4神経根の障害、つまり上位腰椎(L1/2〜L3/4)のヘルニアで陽性になる。本例のように下位の神経根(L5・S1)が障害された場合は、坐骨神経を伸ばすSLRテストが陽性となる。
- ○c. 足関節底屈筋力低下
足関節の底屈(つま先立ちの動き)は主に下腿三頭筋(腓腹筋・ヒラメ筋)が行い、この筋は脛骨神経を介してS1神経根(一部S2)に支配される。本例ではL5/S1の左傍正中ヘルニアが左S1神経根を圧迫しているため、左足関節の底屈力が低下する可能性が高い。軽い筋力低下は徒手筋力テストでは見逃されやすいので、片脚でのつま先立ち(踵上げ)を繰り返させて左右を比べると見つけやすい。
- ×d. アキレス腱反射亢進
アキレス腱反射の反射弓は、S1神経根(脛骨神経)を通る。S1神経根が圧迫されると反射弓そのものが障害されるため、反射は低下〜消失する。腱反射の亢進は、脊髄より上の上位運動ニューロン(錐体路)が障害されたときにみられる所見であり、神経根障害では起こらない。
- ×e. Babinski徴候陽性
Babinski徴候は、足底の外側をこすると母趾が背屈する病的反射で、錐体路(上位運動ニューロン)の障害を示す。脳血管障害、頸髄症・胸髄症などの脊髄障害で陽性となる。脊髄は成人では通常L1〜L2椎体の高さで終わり、それより下の脊柱管内には馬尾(神経根の束)しかない。そのため、L5/S1の椎間板ヘルニアでは錐体路は障害されず、Babinski徴候は出現しない。
腰椎椎間板ヘルニアの概要
・椎間板の髄核が、線維輪の亀裂から脊柱管内へ脱出・突出し、神経根や馬尾を圧迫する疾患。20〜40歳代の男性に多く、好発部位はL4/5とL5/S1である。 ・症状:腰痛と片側の下肢痛(坐骨神経痛)。前かがみや座った姿勢、咳・くしゃみで痛みが強まりやすい。 ・誘発テスト:SLRテスト(L4〜S1の下位腰椎神経根障害で陽性。若年者ほど陽性率が高い)、FNSテスト(L2〜L4の上位腰椎神経根障害で陽性)。 ・画像:MRI(T2強調像)で椎間板の突出と神経根・硬膜管の圧迫を確認する。
神経根ごとの主な神経所見
・L4神経根(L3/4ヘルニア):膝蓋腱反射の低下、大腿四頭筋の筋力低下、下腿内側の感覚障害。FNSテスト陽性になりうる。 ・L5神経根(L4/5ヘルニア):前脛骨筋・長母趾伸筋の筋力低下(足関節・母趾の背屈力低下、かかと歩きが困難)、下腿外側〜足背の感覚障害。腱反射は目立った変化がないことが多い。 ・S1神経根(L5/S1ヘルニア):下腿三頭筋の筋力低下(足関節底屈力低下、つま先立ちが困難)、アキレス腱反射の低下〜消失、下腿後面〜足外側・足底の感覚障害。
障害される神経根の原則
腰椎の後外側(傍正中)ヘルニアは、その椎間の「一つ下の番号」の神経根を圧迫する(L4/5→L5、L5/S1→S1)。椎間孔内・椎間孔外に突出する外側ヘルニアでは、「同じ番号」の神経根(L4/5→L4)が障害される。
治療
・多くは保存療法で改善する。脱出したヘルニアは時間とともに自然に吸収・縮小することがあり、特に大きく脱出したものほど吸収されやすい。 ・保存療法:安静、NSAIDsなどの鎮痛薬、神経障害性疼痛治療薬、硬膜外ブロック・神経根ブロック、コルセット、理学療法。 ・手術適応:膀胱直腸障害(排尿・排便障害、会陰部の感覚障害)を伴う馬尾障害は緊急手術の適応である。進行する筋力低下や、保存療法で改善しない強い痛みも手術を考慮する。術式は後方からのヘルニア摘出術(内視鏡下手術を含む)が基本で、椎間板内酵素注入療法も選択肢となる。
上位運動ニューロン障害と下位運動ニューロン障害
・上位運動ニューロン(錐体路)障害:腱反射亢進、病的反射(Babinski徴候など)陽性、痙性麻痺。 ・下位運動ニューロン(脊髄前角細胞・神経根・末梢神経)障害:腱反射低下〜消失、筋萎縮、弛緩性麻痺、病的反射は陰性。 腰椎椎間板ヘルニアの神経根障害は下位運動ニューロン障害である。
POINT
・腰痛と片側下肢痛+SLRテスト陽性 → 下位腰椎の椎間板ヘルニアを考える。 ・後外側(傍正中)ヘルニアは一つ下の神経根を圧迫する:L4/5→L5、L5/S1→S1。 ・S1障害:足関節底屈力低下(つま先立ちが困難)、アキレス腱反射低下、下腿後面〜足外側・足底の感覚障害。 ・L5障害:足関節・母趾の背屈力低下(かかと歩きが困難)、下腿外側〜足背の感覚障害。 ・L4障害:膝蓋腱反射低下、大腿四頭筋の筋力低下。FNSテストは上位腰椎(L2〜L4)神経根障害で陽性。 ・神経根障害では反射は低下し、腱反射亢進やBabinski徴候は出ない(これらは錐体路障害の所見)。 ・膀胱直腸障害を伴う馬尾障害は緊急手術の適応。
