StudyMed医師国家試験

職場を出ると治る頭痛―改築後の「刺激臭」が示すシックハウス症候群と相談先

第108回医師国家試験 A問題 第53問

国試問題にチャレンジ

第108回 A問題 第53問

24歳の女性。目がチカチカして頭が痛いと訴え来院した。事務職として働いている職場で4週前に改築工事が行われ,その後から職場で刺激臭を感じ結膜刺激症状と頭痛とが生じるようになったという。帰宅してしばらくすると症状は軽快する。席が近い職場の同僚2人も同じような症状を訴えている。  対応として適切なのはどれか。

  1. a.心理カウンセリングを勧める。
  2. b.保健所の相談窓口を紹介する。
  3. c.水道の化学物質濃度測定を指示する。
  4. d.換気せず窓を閉め切るように指導する。
  5. e.改築工事を施工した会社の産業医に連絡する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、症状そのものより「いつ、どこで、誰に」起きているかから原因を見抜き、医師としてどこへつなぐかを考える問題だ。ポイントは、改築工事という時間的なきっかけ、職場を離れると良くなるという場所との関係、そして同僚にも同じ症状があるという集団性の3つ。まず、この組み合わせから何を思い浮かべるかな。
医学生医学生
改築後に刺激臭がして、建物を出ると良くなるので、シックハウス症候群でしょうか。職場の場合はシックビルディング症候群とも言うと公衆衛生の講義で習いました。
ドクタードクター
その通り。建材や内装材、接着剤、塗料などから出るホルムアルデヒドやトルエン・キシレンといった揮発性有機化合物、いわゆるVOCで室内の空気が汚れて起こる。目や鼻、のどの刺激感、頭痛、めまい、倦怠感、吐き気など、症状はかなり多彩なんだ。
医学生医学生
症状が多彩でつかみどころがないと、ストレスなど気持ちの問題と思われてしまいそうです。
ドクタードクター
そこが大事な視点だね。心理カウンセリングを勧めるという対応は、まさにその誤りにあたる。改築後に始まって、刺激臭があって、職場を離れると軽快し、同じ環境の同僚にも出ている。これは個人の心の問題ではなく、環境に原因があることを強く示している。最初から心因性として扱うと、原因究明も環境改善も遅れて、曝露が続いてしまうんだ。
医学生医学生
鑑別には化学物質過敏症もありましたよね。違いはどこですか。
ドクタードクター
多種化学物質過敏症は、一度まとまった化学物質に曝露されて感作が成立したあと、ごく微量のさまざまな化学物質にも反応するようになる状態だ。だから原因の建物を離れても、別の場所で別の物質に触れれば症状が出る。今回は症状が職場に限られているから、まずはシックハウス症候群として対応する。
医学生医学生
原因が環境にあるなら、外来の医師として具体的に何をすればいいのでしょう。
ドクタードクター
そこで正解になるのが、保健所の相談窓口を紹介することだ。保健所は地域保健法に基づいて、住居や建築物の衛生を含む環境衛生を担っている。シックハウス症候群については多くの保健所が相談を受け付けていて、室内空気中のホルムアルデヒドやVOCの簡易測定、換気の助言などをしてくれる。原因究明と環境改善への入り口として適切なんだ。
医学生医学生
なるほど、診断して終わりではなく、環境を変えられる窓口につなぐわけですね。では、窓を閉め切るのはどうでしょう。外の排気ガスを避けるのかと一瞬思いました。
ドクタードクター
逆効果だね。閉め切ると建材から出た化学物質が室内にこもって濃度が上がり、症状は悪化する。対策の基本はむしろ換気の励行で、窓開けや換気設備の常時運転で濃度を下げることだ。
医学生医学生
水道の化学物質を測るのも違いますよね。刺激臭や目の症状は空気の問題っぽいです。
ドクタードクター
そう。水道が原因なら給水を受ける広い範囲で症状が出るはずで、改築工事との時間関係や、席が近い同僚という空間的なまとまりを説明できない。調べるべきは職場の室内空気だ。最後に、工事を施工した会社の産業医に連絡するという選択肢はどうかな。
医学生医学生
工事をした側の責任なので、そこに連絡するのも筋が通っているように思えたんですが……。
ドクタードクター
迷いやすいところだね。でも産業医は、その事業者に雇われている労働者の健康管理を担う医師だ。施工会社の産業医はその会社の従業員を見る立場で、この患者さんの健康や職場環境の改善については権限も責任もない。職場環境を相談するなら、患者さん自身の勤務先の産業医や衛生管理者が適切な相手になる。
医学生医学生
臨床実習の産業医学の実習で、職場巡視に同行したのを思い出しました。産業医は自分の事業場の作業環境を見るんでしたね。
ドクタードクター
その通り。今回のような場合、保健所への相談とあわせて、本人の勤務先の産業医や衛生管理者に作業環境を調べてもらうのも有用だ。発展知識として制度も押さえておこう。厚生労働省は室内空気中の化学物質に濃度指針値を定めていて、ホルムアルデヒドは100 μg/m3、つまり0.08 ppmだ。2003年施行の建築基準法改正では、防蟻剤クロルピリホスの使用禁止、ホルムアルデヒドを出す建材の使用制限、住宅の居室への24時間換気設備の設置義務化が行われた。
医学生医学生
高気密の建物が増えたことが背景にあるから、換気を制度で義務づけたんですね。学校でも検査があると聞いたことがあります。
ドクタードクター
よく知っているね。学校では学校環境衛生基準に基づいてホルムアルデヒドやトルエンの濃度を検査するし、一定規模以上の事務所などの特定建築物では建築物衛生法で空気環境の管理基準が決められている。臨床では、新築・改築・引っ越しの後に始まった不定愁訴を見たら、住まいや職場の環境を必ず問診すること。それだけで原因に気づけることがあるんだ。
医学生医学生
「いつから、どこで、誰と」を聞くのは、感染症の集団発生と同じ発想ですね。
ドクタードクター
まさにそう。症状だけでなく環境と集団に目を向けるのが、公衆衛生的な見方の基本だよ。

まとめ

新築・改築後に特定の建物内で目や鼻の刺激症状、頭痛などが生じ、そこを離れると軽快し、同じ環境の複数人に同様の症状がみられる場合は、ホルムアルデヒドや揮発性有機化合物による室内空気汚染が原因のシックハウス(シックビルディング)症候群を考えます。原因は環境にあるため、心因性として扱わず、室内空気の相談・測定を担う保健所の窓口を紹介し、換気の励行で原因物質の濃度を下げることが基本です。窓の閉め切りは悪化を招き、職場環境の相談先は施工会社ではなく本人の勤務先の産業医や衛生管理者です。室内濃度指針値や建築基準法による24時間換気の義務化などの制度とあわせて、「いつ・どこで・誰に」起きているかに注目する視点は、環境由来の健康障害を見逃さないための公衆衛生の基本となります。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・24歳女性、事務職。目がチカチカする(結膜刺激症状)、頭痛。 ・職場の改築工事(4週前)の後から、職場で刺激臭を感じ、症状が出るようになった。 ・帰宅してしばらくすると症状は軽快する(その建物から離れると改善する)。 ・席が近い同僚2人にも同様の症状がある(同じ環境にいる複数人に集団発生している)。

診断へのプロセス

「新築・改築・改装の後」「特定の建物の中で症状が出て、離れると軽快する」「同じ環境の複数人に同様の症状」「刺激臭」という組み合わせは、建材・内装材・接着剤・塗料などから放散される揮発性有機化合物(VOC)やホルムアルデヒドによる室内空気汚染が原因のシックハウス症候群(職場・ビルで起こるものはシックビルディング症候群とも呼ばれる)を強く示唆する。症状は目・鼻・のどの刺激感、頭痛、めまい、倦怠感、吐き気など多彩である。 鑑別として多種化学物質過敏症(化学物質過敏症)がある。これは一度大量の化学物質に曝露されるなどして感作が成立した後、ごく微量のさまざまな化学物質にも反応して症状が出る状態で、特定の建物を離れても症状が起こりうる点が異なる。本例では症状が職場に限局しており、まずはシックハウス(シックビルディング)症候群として対応する。

対応の考え方

原因は個人の心理的問題ではなく「環境(室内空気)」にある。したがって、①原因物質を減らす(換気の励行、原因となる建材・物品からの離隔)、②室内空気環境の評価(化学物質濃度の測定)、③職場全体の問題として事業場の側でも対策をとる、という方針になる。医療機関の外来でできる具体的な第一歩としては、室内環境の相談や測定の窓口を持つ保健所を紹介することが適切である。あわせて、本人の勤務先の産業医や衛生管理者に相談して職場の作業環境を調べてもらうことも有用である。

選択肢考察

  1. ×a.  心理カウンセリングを勧める。

    改築工事後に始まり、刺激臭を伴い、職場を離れると軽快し、同じ環境の同僚にも同様の症状があるという経過は、心因性ではなく室内空気中の化学物質による環境要因の健康障害を示している。症状が長引けば不安・抑うつを伴うこともあるが、最初に心理的な問題として扱うと原因の究明と環境改善が遅れ、曝露が続いてしまう。

  2. ○b.  保健所の相談窓口を紹介する。

    保健所は地域保健法に基づき、住居・建築物の衛生を含む環境衛生に関する業務を担っている。シックハウス症候群については多くの保健所が相談窓口を設け、室内空気中のホルムアルデヒドやVOCの簡易測定、換気などの助言を行っている。環境が原因と考えられる本例で、原因究明と環境改善につなげる窓口を患者に紹介するのは適切な対応である。

  3. ×c.  水道の化学物質濃度測定を指示する。

    本例では刺激臭を伴い、目の刺激症状や頭痛が生じており、改築工事による空気中の化学物質が原因と考えられる。水道水が原因であれば、その給水を受ける地域や建物の広い範囲で症状が出るはずであり、改築工事との時間的な関係や「席が近い同僚」という空間的な集積も説明できない。優先して調べるべきは職場の室内空気である。

  4. ×d.  換気せず窓を閉め切るように指導する。

    窓を閉め切ると建材などから放散された化学物質が室内にこもり、濃度が上がって症状が悪化する。シックハウス症候群の基本的な対策はむしろ換気の励行であり、窓開けや換気設備の常時運転によって室内空気中の化学物質濃度を下げる。

  5. ×e.  改築工事を施工した会社の産業医に連絡する。

    産業医は、その事業者に雇用される労働者の健康管理を担う医師である。工事を施工した会社の産業医はその会社の従業員の健康管理を行う立場にあり、施工を依頼した側の職場の労働者である本患者の健康問題や職場環境の改善について権限も責任もない。職場の環境を相談するのであれば、患者自身の勤務先の産業医や衛生管理者が適切な相手である。

シックハウス症候群(シックビルディング症候群)

・定義:住宅やビルなどの建物内の空気汚染により、居住者・利用者にさまざまな症状が生じる状態の総称。医学的に厳密な単一疾患ではなく、室内環境に関連する健康障害をまとめた概念である。 ・主な原因物質:ホルムアルデヒド(合板・接着剤など)、トルエン・キシレンなどの揮発性有機化合物(塗料・接着剤の溶剤)、防蟻剤や可塑剤など。カビ・ダニなどの生物学的要因が関与することもある。 ・背景:住宅・建物の高気密化と換気不足、化学物質を含む建材の使用。 ・症状:目のチカチカ・かゆみ、鼻水・鼻閉、のどの痛み、咳、頭痛、めまい、倦怠感、吐き気、集中力低下など。 ・特徴:特定の建物内で症状が出て、そこを離れると軽快する。同じ建物の複数の人に起こりうる。

対策・制度

・厚生労働省は室内空気中の化学物質について濃度指針値を定めている(例:ホルムアルデヒド 100 μg/m3=0.08 ppm)。 ・建築基準法の改正(2003年施行)により、防蟻剤クロルピリホスの使用禁止、ホルムアルデヒドを放散する建材の使用制限、住宅等の居室への機械換気設備(24時間換気)の設置義務化が行われた。 ・一定規模以上の事務所などの特定建築物では、建築物における衛生的環境の確保に関する法律(建築物衛生法)に基づき、ホルムアルデヒド濃度などの空気環境の管理基準が定められている。 ・学校では学校環境衛生基準に基づき、ホルムアルデヒドやトルエンなどの室内濃度を検査する。 ・相談先:保健所(環境衛生の相談、室内空気の測定・助言)、職場であれば事業場の産業医・衛生管理者。

多種化学物質過敏症(化学物質過敏症)との違い

・何らかの化学物質への曝露を契機に、その後は多種類の微量化学物質に反応して多臓器にわたる症状が出る。 ・原因となる建物を離れても、別の場所で別の化学物質に曝露されれば症状が起こる点がシックハウス症候群と異なる。

POINT

・改築・新築後に特定の建物内で症状が出て、離れると軽快し、同じ環境の複数人に同症状 → シックハウス(シックビルディング)症候群を考える。 ・原因はホルムアルデヒドやトルエン・キシレンなどの揮発性有機化合物による室内空気汚染。 ・対策の基本は換気の励行と原因物質の低減。閉め切りは悪化させる。 ・相談・測定の窓口として保健所を紹介する。職場の問題は本人の勤務先の産業医・衛生管理者に相談する。 ・工事を施工した会社の産業医は本患者の健康管理の担当ではない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。