StudyMed医師国家試験

なぜ食物連鎖の頂点に毒がたまるのか―生物濃縮を起こす物質の条件

第119回医師国家試験 C問題 第16問

国試問題にチャレンジ

第119回 C問題 第16問

生物濃縮を受けやすい物質の特徴はどれか。

  1. a.沸点が高い。
  2. b.水溶性である。
  3. c.急性毒性が強い。
  4. d.化学的に不安定である。
  5. e.生体内で代謝されやすい。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は公衆衛生の環境保健から、生物濃縮の問題だ。暗記で解くより、「その性質は物質を環境や体内に長く残す方向に働くのか、それとも速やかに消す方向に働くのか」と考えるのがコツだよ。まず生物濃縮とは何か、説明できるかな。
医学生医学生
環境中の薄い化学物質が生物の体内にたまって、食物連鎖の上にいくほど濃くなる現象ですよね。社会医学の講義で水俣病と一緒に習いました。
ドクタードクター
その通り。プランクトンから小魚、大型魚、そして海鳥やヒトへと移るにつれて、数千倍から数百万倍の濃度になることもある。では、そうなるために物質に必要な条件は何だと思う?
医学生医学生
体の中にたまるには、排泄されにくいことが必要そうです。あと、環境中で分解されないことも。
ドクタードクター
いいね。整理すると3つ。1つ目は環境中でも体内でも分解されにくい難分解性。2つ目は取り込まれたら排泄されにくい高蓄積性で、多くは脂溶性で脂肪組織にたまる。3つ目は、取り込んだ生物がすぐには死なず、捕食されて次の段階に受け渡されること。この3つを物差しにして選択肢を見ていこう。
医学生医学生
正解は沸点が高いもの、ですか。でも沸点が生物濃縮にどう関係するのか、ちょっとピンときません。
ドクタードクター
そこがこの問題の面白いところだ。沸点が高いということは揮発しにくい、つまり蒸気圧が低いということ。揮発性の物質は大気中に逃げて拡散・希釈されてしまうけれど、高沸点の物質は水や土壌、生物の体内にとどまり続ける。体に入った後も呼気から抜けにくいんだ。
医学生医学生
なるほど、逃げ場がないから残ってしまうんですね。PCBやDDTもそういう性質なんですか。
ドクタードクター
そう。PCB、DDT、ダイオキシン類など生物濃縮で問題になった物質は、どれも高沸点・低揮発性で、さらに脂溶性・難分解性という条件をそろえている。では水溶性はどうかな。
医学生医学生
水に溶けるなら尿で出ていきそうなので、たまりにくいと思います。
ドクタードクター
正解。水溶性の物質は腎臓でろ過されて速やかに尿中へ排泄されるし、魚なら鰓から周りの水へ戻りやすい。濃縮されやすいのは反対の脂溶性物質で、オクタノール/水分配係数が大きいほど生物濃縮係数も大きい傾向がある。ちなみにメチル水銀は蛋白質のSH基に結合して蓄積するので、脂溶性だけでは説明しきれない例もあるよ。
医学生医学生
急性毒性が強いほうが危険なイメージなので、濃縮もされやすい気がしてしまいました。
ドクタードクター
直感的にはそう思うよね。でも急性毒性が強すぎると、取り込んだ生物がすぐ死んでしまう。そうなると長く蓄積することも、捕食されて上位に受け渡されることも起こりにくい。生物濃縮で問題になるのは、急性毒性は比較的弱く、長年かけてたまったのちに神経障害や発がん、内分泌かく乱といった慢性毒性を現す物質なんだ。
医学生医学生
化学的に不安定な物質も、すぐ分解されてしまうから違いますね。
ドクタードクター
そう。光や熱、加水分解、微生物などで速やかに変化する物質は残留しにくい。皮肉なことに、PCBが絶縁油や熱媒体として重宝されたのは熱や化学変化に強く安定だったからで、その安定性がそのまま環境中での長期残留につながった。
医学生医学生
代謝されやすい物質も同じ理屈ですか。薬理学で習った第Ⅰ相・第Ⅱ相反応が関係しそうです。
ドクタードクター
まさにそれ。肝臓のシトクロムP450による酸化や、グルクロン酸抱合などで脂溶性物質は水溶性に変えられ、尿や胆汁に排泄される。代謝されやすいほど体内濃度はすぐ下がるから、たまりにくい。濃縮されるのは代謝を受けにくく、生物学的半減期が長い物質だね。
医学生医学生
まとめると、難分解性、脂溶性、低揮発性、そして慢性毒性。どれも「長く残る」という方向でそろっているんですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として、こうした性質をもつ有機化学物質はPOPs(残留性有機汚染物質)と呼ばれ、ストックホルム条約で製造・使用の廃絶や制限が国際的に定められている。国内では化審法が、難分解性・高蓄積性・長期毒性をもつ物質を第一種特定化学物質として原則製造・輸入禁止にしている。
医学生医学生
カネミ油症もPCBでしたよね。あれも生物濃縮の例ですか。
ドクタードクター
よく出てくる引っかけだね。カネミ油症は食用油に熱媒体のPCBなどが混入し、それを直接口にしたことによる中毒で、食物連鎖による濃縮ではない。一方、水俣病は工場排水中のメチル水銀が魚介類に濃縮された典型例だ。臨床では、妊婦さんに大型魚の食べ過ぎを控えるよう助言することがあるけれど、その背景にもこの生物濃縮の考え方があるんだよ。

まとめ

生物濃縮とは、環境中に低濃度で存在する化学物質が生物に蓄積し、食物連鎖を通じて上位の生物ほど高濃度になる現象です。濃縮を受けやすい物質は、難分解性で化学的に安定、脂溶性で排泄されにくく、高沸点・低揮発性で大気中へ逃げにくく、急性毒性よりも慢性毒性を示すという特徴をもちます。水溶性、化学的に不安定、代謝されやすいといった性質は物質を速やかに消失させ、急性毒性が強すぎると食物連鎖での受け渡しが成立しにくいため、いずれも濃縮されにくい方向に働きます。代表例はPCB、DDT、ダイオキシン類、メチル水銀で、水俣病は生物濃縮の典型例である一方、カネミ油症は直接摂取による中毒である点も区別しておきましょう。「長く残るかどうか」という視点で考えると、POPs条約や化審法の考え方、妊婦への食事指導など、環境保健と臨床をつなぐ理解が深まります。

解答・解説

正解はaです

生物濃縮(biological concentration / biomagnification)とは、環境中にごく低濃度で存在する化学物質が生物の体内に取り込まれて蓄積し、さらに食物連鎖を通じて上位の捕食者ほど高い濃度になっていく現象である。例えば海水中では検出限界に近い濃度の物質が、プランクトン→小魚→大型魚→海鳥・海洋哺乳類・ヒトと移るにつれて、数千〜数百万倍の濃度に達することがある。 生物濃縮が起こるには、(1) 環境中や体内で分解されにくく長く残ること(難分解性・残留性)、(2) 一度取り込まれると排泄されにくく体内にたまること(高蓄積性。多くは脂溶性で脂肪組織などに分布する)、(3) 取り込んだ生物がすぐには死なず、その生物が捕食されて次の段階へ受け渡されること、が必要である。 したがって、選択肢を見るときは「その性質は環境中・体内に長く残る方向に働くか、それとも速やかに消える方向に働くか」で判断すればよい。沸点が高い(揮発しにくい)物質は大気中へ逃げずに水・土壌・生体内にとどまりやすく、上記の条件に合致する。一方、水溶性・不安定・易代謝性はいずれも消失を早める性質であり、急性毒性が強いことは食物連鎖による受け渡しを妨げる性質である。

選択肢考察

  1. ○a.  沸点が高い。

    沸点が高い物質は揮発性(蒸気圧)が低く、水や土壌、生物体内から大気中へ逃げ出しにくい。そのため環境中に長期間残留し、生体に取り込まれた後も呼気などから失われにくく、体内に蓄積して食物連鎖で濃縮されやすい。PCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)、ダイオキシン類など生物濃縮で問題となった物質は、いずれも高沸点・低揮発性で、かつ脂溶性・難分解性である。逆に沸点の低い揮発性物質は大気中へ拡散して希釈されやすい。

  2. ×b.  水溶性である。

    水溶性の物質は血液中から腎臓でろ過され、尿中に速やかに排泄されるため体内にたまりにくい。また水生生物では鰓(えら)や体表から周囲の水へ戻りやすい。生物濃縮を受けやすいのは反対の脂溶性(疎水性)物質で、脂肪組織や細胞膜に分配されて長くとどまる。脂溶性の指標であるオクタノール/水分配係数(Kow)が大きい物質ほど生物濃縮係数が大きい傾向がある。なお、有機水銀(メチル水銀)はタンパク質のSH基と結合して蓄積するため、脂溶性だけで説明できない例外的な機序も存在する。

  3. ×c.  急性毒性が強い。

    急性毒性が強い物質は、少量を取り込んだ段階で生物が死んでしまうため、体内に長期間蓄積したり、その生物が捕食されて上位の生物へ受け渡されたりする過程が成立しにくい。生物濃縮で問題になるのは、むしろ急性毒性は比較的弱く、長期間にわたって少しずつ蓄積したのちに神経障害・肝障害・発がん・内分泌かく乱などの慢性毒性を現す物質である。

  4. ×d.  化学的に不安定である。

    化学的に不安定な物質は、光(紫外線)、熱、加水分解、酸化、微生物による分解などで環境中で速やかに別の物質へ変化するため、残留しにくく濃縮されにくい。生物濃縮が問題となる物質は、化学的に安定で分解されにくい(難分解性)ことが共通の特徴である。PCBが絶縁油や熱媒体として広く使われたのも、熱や化学変化に強く安定であったためであり、この安定性が環境中での長期残留につながった。

  5. ×e.  生体内で代謝されやすい。

    生体内では、肝臓のシトクロムP450などによる酸化(第Ⅰ相反応)と、グルクロン酸抱合などの抱合反応(第Ⅱ相反応)によって、脂溶性の物質が水溶性の代謝物に変えられ、尿や胆汁中へ排泄される。したがって代謝されやすい物質は体内濃度が速やかに低下し、蓄積しにくい。生物濃縮を受けやすいのは、代謝を受けにくく生物学的半減期が長い物質である。

生物濃縮を受けやすい物質の条件

・難分解性(化学的に安定で、環境中でも生体内でも分解・代謝されにくい) ・高蓄積性(脂溶性が高く脂肪組織などに蓄積し、排泄されにくい) ・低揮発性(沸点が高く、大気中へ逃げにくい) ・急性毒性が比較的弱く、慢性毒性を示す

関連する用語

・生物濃縮係数(BCF):生物体内の濃度を周囲の環境(水など)の濃度で割った値。値が大きいほど濃縮されやすい。 ・残留性有機汚染物質(POPs):難分解性・高蓄積性・長距離移動性・毒性をもつ有機化学物質の総称。PCB、DDT、ダイオキシン類、アルドリンなどが含まれ、ストックホルム条約(POPs条約)によって製造・使用の廃絶や制限が国際的に定められている。日本では化学物質審査規制法(化審法)が、難分解性・高蓄積性・長期毒性をもつ物質を第一種特定化学物質として製造・輸入を原則禁止している。

生物濃縮が関わった代表的な公害・事件

・水俣病:工場排水中のメチル水銀が魚介類に濃縮され、それを食べた住民に中枢神経障害(感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄、難聴など)が生じた。 ・カネミ油症:食用油の製造工程で熱媒体のPCB(およびその加熱で生じたダイオキシン類)が混入し、塩素痤瘡(クロルアクネ)や色素沈着などを起こした。これは食物連鎖による濃縮ではなく直接の経口摂取による中毒である。 ・DDTによる猛禽類の卵殻の菲薄化と個体数減少(レイチェル・カーソン『沈黙の春』で広く知られる)。

POINT

・生物濃縮を受けやすい物質の特徴は「難分解性・脂溶性(高蓄積性)・低揮発性(高沸点)・慢性毒性」である。 ・水溶性、化学的に不安定、代謝されやすい物質は体内・環境中から速やかに消えるため濃縮されにくい。 ・急性毒性が強すぎる物質は生物をすぐ死なせるため、食物連鎖での濃縮に至りにくい。 ・代表例はPCB、DDT、ダイオキシン類、メチル水銀である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。