漏れているのに溜まっている―糖尿病性膀胱の溢流性尿失禁は「出す」治療で守る
第99回医師国家試験 H問題 第21問
国試問題にチャレンジ
53歳の女性。10年前から糖尿病を指摘されていた。尿失禁を主訴として来院した。あまり尿意を感じないが常に失禁している。血清クレアチニン0.7mg/dL。静脈性尿路造影で軽度の両側水腎症を認める。超音波検査で膀胱内に多量の残尿を認める。 適切な治療法はどれか。
- a.抗コリン薬投与
- b.間欠的自己導尿
- c.腹圧排尿
- d.両側腎瘻造設
- e.尿失禁根治的手術
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
長期の糖尿病患者で、尿意が乏しく常に漏れ、多量の残尿を伴う場合は、自律神経障害による低活動膀胱(糖尿病性神経因性膀胱)からの溢流性尿失禁を考えます。膀胱内圧の上昇が続くと両側水腎症をきたし、放置すれば腎機能障害や尿路感染の重症化につながります。治療の第一選択は清潔間欠導尿で、定期的に膀胱を空にして上部尿路と腎機能を守ります。抗コリン薬や尿失禁手術は排出をさらに悪化させ、腹圧排尿は膀胱内圧を高めて上部尿路障害を助長しうるため適さず、膀胱が原因の水腎症に腎瘻は不要です。失禁を診たらまず残尿を測り、蓄尿障害か排出障害かを見極めることが、正しい治療選択の出発点になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・53歳女性、10年来の糖尿病(長期罹病により自律神経障害を含む糖尿病性神経障害が生じうる)。 ・主訴は尿失禁。「尿意をあまり感じないのに、常に漏れている」。 ・血清クレアチニン0.7mg/dL と腎機能は保たれている。 ・静脈性尿路造影で軽度の両側水腎症。 ・超音波検査で膀胱内に多量の残尿。
診断へのプロセス
1)尿意の低下と多量の残尿、持続的な失禁の組み合わせは、溢流性尿失禁(奇異性尿失禁)の典型である。膀胱が自力で十分に収縮できないため尿が溜まり続け、膀胱内圧が尿道の抵抗を上回った分だけ少しずつ漏れ出す状態である。 2)糖尿病では、膀胱の知覚を伝える求心路と、排尿筋を収縮させる骨盤神経(副交感神経)がともに障害される。その結果、尿意が鈍くなって膀胱が過伸展し、排尿筋の収縮力が低下した低活動膀胱(弛緩性の神経因性膀胱)となる。これが糖尿病性神経因性膀胱(糖尿病性膀胱症)である。 3)膀胱内に大量の尿が貯留し内圧が高い状態が続くと、上部尿路からの尿の流れが妨げられ、膀胱尿管逆流も加わって両側の水腎症を生じる。片側ではなく両側である点が、膀胱以下の下部尿路に原因があることを示している。 4)女性であり前立腺肥大症のような機械的な閉塞は考えにくく、長期の糖尿病という背景から神経因性の排尿障害と判断できる。
設問の考え方
治療の目標は、膀胱を定期的に空にして残尿をなくし、膀胱の過伸展・尿路感染・上部尿路の障害(水腎症の進行と腎機能低下)を防ぐことである。自力で排出できない膀胱に対しては、清潔間欠導尿(自己導尿)が第一選択となる。「失禁している」という訴えに引きずられて、尿を溜める方向の治療(抗コリン薬や尿失禁手術)を選ばないことが重要である。
選択肢考察
- ×a. 抗コリン薬投与
不適切である。抗コリン薬はムスカリン受容体を遮断して排尿筋の収縮を抑える薬で、過活動膀胱や切迫性尿失禁(強い尿意とともに漏れる)に用いられる。本例はもともと排尿筋の収縮力が低下しているため、抗コリン薬を投与すると排出がさらに悪化し、残尿の増加・尿閉・水腎症の増悪を招く。残尿が多い患者には禁忌あるいは慎重投与とされる。
- ○b. 間欠的自己導尿
適切である。患者自身が1日に数回(おおむね4〜6回、1回導尿量が約400〜500mL を超えないように)カテーテルを尿道から挿入して膀胱を空にする方法である。無菌操作ではなく清潔操作で行う清潔間欠導尿(CIC)でよいことが知られている。定期的に膀胱を空にすることで、膀胱の過伸展による排尿筋のさらなる障害を防ぎ、膀胱内圧を下げて水腎症の改善・腎機能の保護が期待でき、溢流性尿失禁も改善する。尿道留置カテーテルに比べて尿路感染や結石、尿道損傷などの合併症が少なく、生活の質も保ちやすい。
- ×c. 腹圧排尿
適切でない。腹圧をかけたり下腹部を手で圧迫したり(Credé法)して排尿する方法は、膀胱内圧を一時的に大きく上昇させる。すでに両側水腎症をきたしている本例では、膀胱尿管逆流を助長して上部尿路をさらに障害するおそれがある。また十分に膀胱を空にすることは難しく残尿が残りやすい。清潔間欠導尿が普及した現在では、排尿管理の主たる方法としては推奨されない。
- ×d. 両側腎瘻造設
適切でない。腎瘻は、尿管閉塞などで腎盂から膀胱へ尿が流れない場合に、腎盂に直接カテーテルを留置して体外へ排出する方法である。本例の水腎症は膀胱に尿が溜まり続けることによる二次的なものであり、原因は膀胱にある。膀胱を導尿で空にすれば上部尿路の圧も下がるため、侵襲的で生活の質を大きく損なう両側腎瘻を造設する必要はない。腎機能も保たれている。
- ×e. 尿失禁根治的手術
適切でない。尿失禁に対する手術(TVT手術、TOT手術などの中部尿道スリング手術)は、咳やくしゃみなどの腹圧上昇で漏れる腹圧性尿失禁に対して尿道を支持し、尿の漏れを防ぐものである。本例は排出障害による溢流性尿失禁であり、尿道抵抗を高める手術を行うと排出がさらに困難となり、尿閉や水腎症を悪化させる。
尿失禁の分類と治療
・腹圧性尿失禁:咳・くしゃみ・運動など腹圧上昇時に漏れる。経産婦・高齢女性に多い。骨盤底筋訓練と中部尿道スリング手術(TVT、TOT)が治療の中心。 ・切迫性尿失禁:急に強い尿意が起こり我慢できずに漏れる。過活動膀胱、脳血管障害などによる。抗コリン薬、β3アドレナリン受容体作動薬(ミラベグロン、ビベグロン)、膀胱訓練。 ・溢流性尿失禁:排出障害により多量の残尿があり、溢れるように少しずつ漏れる。原因は前立腺肥大症などの下部尿路閉塞や、糖尿病・骨盤内手術後(直腸癌、子宮癌の術後)・腰部脊柱管狭窄症などによる低活動膀胱。治療は原因への対処と導尿(清潔間欠導尿)。α1遮断薬やコリン作動薬が補助的に用いられることがある。 ・機能性尿失禁:排尿機能は正常だが、認知症や運動障害でトイレに間に合わない。
神経因性膀胱の分類
・核上型(橋より上位の脳病変):排尿筋過活動により頻尿・切迫性尿失禁。 ・核上型(脊髄病変、仙髄より上位):排尿筋過活動に加え、排尿筋と尿道括約筋の協調不全(排尿筋括約筋協調不全)を生じ、高圧膀胱から上部尿路障害をきたしやすい。 ・核下型(仙髄以下、末梢神経):排尿筋低活動・知覚低下により残尿、溢流性尿失禁。糖尿病性神経障害、骨盤内手術後、二分脊椎の一部など。
糖尿病性膀胱症の特徴
初期は尿意の鈍化と排尿間隔の延長、次いで1回排尿量・膀胱容量の増大、排尿力の低下と残尿の増加が進み、最終的に尿閉や溢流性尿失禁に至る。残尿により尿路感染症(膀胱炎・腎盂腎炎)を繰り返しやすく、糖尿病による易感染性も加わって重症化しやすい。定期的に残尿量を測定し、残尿が多い場合は早めに清潔間欠導尿を導入する。導尿が困難な場合には尿道カテーテル留置や膀胱瘻が検討される。
POINT
・長期糖尿病+尿意低下+多量の残尿+持続的な失禁=糖尿病性神経因性膀胱(低活動膀胱)による溢流性尿失禁。 ・治療の第一選択は清潔間欠(自己)導尿で、膀胱を定期的に空にして上部尿路と腎機能を守る。 ・抗コリン薬、尿失禁手術は排出をさらに悪化させるため不適。腹圧排尿は膀胱内圧を高め上部尿路障害を助長しうる。 ・下部尿路に原因がある両側水腎症では、腎瘻ではなく膀胱の排出管理を行う。
