「おしっこが出ない」は待ったなし―腰椎椎間板ヘルニアで緊急手術を決める一症状
第99回医師国家試験 G問題 第45問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。右下腿の激痛と歩行困難とを主訴に来院した。数年前から時々腰痛と右殿部痛とがあり,腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けていた。今朝,顔を洗おうとしたとき,突然右下肢に激痛が走り動けなくなった。昨夜から排尿がない。右足外側に痛覚の脱失と触覚の鈍麻とがある。右アキレス腱反射は消失,右腓骨筋の筋力は2である。 緊急手術の理由となる症候はどれか。
- a.排尿障害
- b.下肢の激痛
- c.腓骨筋の麻痺
- d.表在感覚の脱失
- e.アキレス腱反射の消失
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
足の外側の感覚障害、アキレス腱反射消失、腓骨筋の筋力低下はS1神経根障害を示し、通常はL5/S1椎間板ヘルニアが原因です。腰椎椎間板ヘルニアの多くは保存療法で軽快し、下肢痛や単一神経根の感覚障害・反射消失は緊急手術の理由にはなりません(高度・進行性の筋力低下は早期手術を検討する根拠にはなります)。一方、尿閉や失禁などの膀胱直腸障害、サドル型感覚障害は、仙髄神経(S2〜S4)を含む馬尾全体が圧迫された馬尾症候群のサインであり、機能が永続的に失われる前に緊急の除圧手術が必要です。腰痛患者の診察では排尿・排便の変化を必ず問診し、時間との勝負になるレッドフラッグを見逃さない姿勢が臨床の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
28歳女性。数年前から腰痛と右殿部痛があり、腰椎椎間板ヘルニアと診断されていた。今朝、洗顔で前かがみになった際に突然右下肢の激痛が生じ、動けなくなった。昨夜から排尿がない。 ・感覚:右足外側の痛覚脱失、触覚鈍麻 ・反射:右アキレス腱反射消失 ・筋力:右腓骨筋(足を外返しする筋)のMMT 2(重力を除けば動かせる程度)
高位診断
足の外側の感覚、アキレス腱反射、腓骨筋はいずれもS1神経根が担う(腓骨筋はL5・S1支配)。したがって右S1神経根の障害であり、それを圧迫するのは通常L5/S1椎間板のヘルニアである。前かがみ動作を契機とした突然の激痛の出現は、椎間板内の髄核が大きく脱出した急性増悪を考えさせる。
緊急性の判断
本例で最も重大なのは「昨夜から排尿がない」ことである。これは膀胱の排尿をつかさどる仙髄神経(S2〜S4)が障害された尿閉を示し、大きな正中寄りのヘルニアが硬膜管内の馬尾(脊髄下端より尾側の神経根の束)全体を圧迫している馬尾症候群を疑う所見である。馬尾症候群では膀胱直腸障害(尿閉・失禁、便失禁)、会陰部・肛門周囲の感覚障害(サドル型感覚障害)、両下肢の障害などが生じ、圧迫が長く続くと排尿・排便機能や性機能が永続的に失われる。そのため、できるだけ早く(一般に発症から48時間以内、可能な限り早期に)手術で圧迫を取り除く必要がある。 一方、疼痛、感覚障害、腱反射消失、単一神経根の筋力低下は、それだけでは緊急手術の絶対的な理由にはならない。
選択肢考察
- ○a. 排尿障害
正しい。排尿障害(本例では尿閉)は、ヘルニアによる馬尾の圧迫で仙髄神経(S2〜S4)が障害された膀胱直腸障害の徴候であり、馬尾症候群を示す。放置すると膀胱直腸機能の回復が見込めなくなるため、腰椎椎間板ヘルニアにおける緊急手術(除圧術:ヘルニア摘出術など)の絶対的な適応である。治療開始までの時間が機能予後を左右する。
- ×b. 下肢の激痛
誤り。下肢の激痛は神経根の圧迫と炎症による根性痛(坐骨神経痛)であり、椎間板ヘルニアでよくみられる症状である。まずは安静、鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬など)、神経ブロック(硬膜外ブロック・神経根ブロック)などの保存療法を行う。脱出したヘルニアは自然に縮小・吸収されることも多く、保存療法の多くは数週〜3か月程度で効果が現れる。十分な保存療法でも耐えがたい疼痛が続く場合は待機的な手術を検討するが、疼痛そのものは緊急手術の理由にはならない。
- ×c. 腓骨筋の麻痺
誤り。腓骨筋の筋力低下はS1(およびL5)神経根の障害による症状であり、単一神経根の障害として説明できる。MMT 2と高度であるため、急速に進行する場合や保存療法で改善しない場合には早期の手術を考慮する根拠にはなるが、馬尾症候群による膀胱直腸障害のように直ちに手術を要する絶対的な緊急手術の理由ではない。
- ×d. 表在感覚の脱失
誤り。足の外側(S1神経根の支配領域)の痛覚脱失・触覚鈍麻は、S1神経根の圧迫を示す所見であり、障害の高位を決めるのに役立つ。しかし片側の単一の神経根領域の感覚障害は、それだけで緊急手術の理由とはならない。なお、会陰部や肛門周囲に及ぶ感覚障害(サドル型)であれば馬尾症候群を示し、緊急性が高くなる。
- ×e. アキレス腱反射の消失
誤り。アキレス腱反射はS1神経根を反射弓とするため、その消失はL5/S1椎間板ヘルニアによるS1神経根障害と矛盾しない。高位診断の手がかりとして重要だが、反射の消失自体は機能障害を直接もたらすものではなく、緊急手術の理由にはならない。
腰椎椎間板ヘルニアの概要
・椎間板の線維輪に亀裂が生じ、内部の髄核が脱出して神経根や馬尾を圧迫する疾患。20〜40歳代の男性に多く、L4/5とL5/S1が好発部位である。 ・前かがみ、重量物の挙上、くしゃみなどを契機に発症・増悪しやすい。 ・症状:腰痛、片側の下肢痛(坐骨神経痛)、障害神経根領域の感覚障害・筋力低下・腱反射低下。下肢伸展挙上テスト(SLRテスト、Lasègue徴候)が陽性となる(L4/5・L5/S1)。上位腰椎ヘルニアでは大腿神経伸展テスト(FNST)が陽性となる。 ・診断はMRIが第一選択。
障害神経根ごとの主な所見
・L4(多くはL3/4ヘルニア):下腿内側の感覚障害、大腿四頭筋・前脛骨筋の筋力低下、膝蓋腱反射低下 ・L5(多くはL4/5ヘルニア):下腿外側〜足背の感覚障害、長母趾伸筋の筋力低下(母趾の背屈が弱い)、特徴的な腱反射異常なし ・S1(多くはL5/S1ヘルニア):足底〜足の外側の感覚障害、下腿三頭筋・腓骨筋・長母趾屈筋の筋力低下、アキレス腱反射低下〜消失
治療の選択
・保存療法が基本:安静、薬物療法(非ステロイド性抗炎症薬など)、神経ブロック、コルセット、理学療法。多くは保存療法で軽快する。 ・待機手術:十分な保存療法でも改善しない疼痛や、日常生活に大きな支障をきたす場合。高度・進行性の筋力低下では早期手術を検討する。 ・緊急手術:馬尾症候群(膀胱直腸障害、サドル型感覚障害、両下肢の麻痺など)。 ・術式:後方からのヘルニア摘出術(Love法)、内視鏡下ヘルニア摘出術など。近年は椎間板内へ酵素製剤を注入する椎間板内酵素注入療法も行われる。
POINT
・足の外側の感覚障害+アキレス腱反射消失+腓骨筋・下腿三頭筋の筋力低下→S1神経根障害(L5/S1椎間板ヘルニア)。 ・腰椎椎間板ヘルニアで膀胱直腸障害(尿閉・失禁)やサドル型感覚障害を伴う→馬尾症候群であり緊急手術の適応。 ・疼痛、単一神経根の感覚障害、腱反射消失は保存療法が基本。 ・高度・進行性の運動麻痺は早期手術を考慮する根拠となるが、絶対的な緊急手術の適応は馬尾症候群である。
