腎臓の答えは眼底にある―網膜症が教える「糖尿病腎症らしさ」
第120回医師国家試験 E問題 第36問
国試問題にチャレンジ
62歳の男性。糖尿病の診療を勧められて来院した。20年前に2型糖尿病と診断されたが,受診は不定期であった。目のかすみを自覚して自宅近くの眼科を受診したところ,増殖糖尿病網膜症と診断された。内科を受診するように勧められて来院した。既往歴に特記すべきことはない。身長168cm,体重85kg。BMI 30.1。脈拍80/分,整。血圧162/92mmHg。胸腹部に異常はない。両下腿に軽度の圧痕性浮腫を認める。尿所見:蛋白2+,糖3+,潜血(-),随時尿の尿蛋白/Cr比は1.4g/gCr(基準0.15未満),沈渣に赤血球1~2/HPF,白血球1~2/HPF,円柱はない。血液生化学所見:総蛋白6.3g/dL,アルブミン4.2g/dL,尿素窒素18mg/dL,クレアチニン1.4mg/dL,eGFR 41.1mL/分/1.73m2,随時血糖268mg/dL,HbA1c 8.5%(基準4.9~6.0),Na 144mEq/L,K 4.2mEq/L,Cl 100mEq/L。 腎障害の原因が糖尿病腎症であると推測するために最も有用なのはどれか。
- a.BMI高値
- b.尿蛋白陽性
- c.圧痕性下腿浮腫
- d.血清クレアチニン高値
- e.増殖糖尿病網膜症の診断
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
糖尿病患者に腎障害を認めても原因が糖尿病とは限らず、腎硬化症、肥満関連腎症、慢性糸球体腎炎などが紛れていることがあります。腎生検を行わずに糖尿病腎症と推測する最も有力な手がかりは、糖尿病の罹病期間と、同じ細小血管障害である網膜症の存在であり、特に増殖網膜症は全身の細小血管障害が高度に進んでいることを示します。蛋白尿、血清クレアチニン上昇、浮腫は腎障害の存在や重症度を示すものの原因疾患を問わず生じ、肥満はむしろ糖尿病以外の腎障害の原因にもなりえます。網膜症がないのに高度の腎障害がある場合や、血尿・赤血球円柱、急速な腎機能悪化を認める場合は、糖尿病以外の腎疾患を疑って専門医に相談します。「所見が示すのは存在か原因か」を区別し、眼と腎を一体として捉える視点は、糖尿病診療全般で合併症を見逃さないための基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・62歳の男性。20年前に2型糖尿病と診断されたが受診は不定期で、血糖管理が長期間不十分であったと推測される(随時血糖268mg/dL、HbA1c 8.5%と現在も高血糖)。 ・眼科で増殖糖尿病網膜症と診断されている。網膜症のなかで最も進行した段階であり、糖尿病による細小血管障害が高度に進んでいることを示す。 ・BMI 30.1の肥満、血圧162/92mmHgの高血圧がある。 ・両下腿に軽度の圧痕性浮腫がある。 ・尿蛋白2+、尿蛋白/Cr比1.4g/gCrの蛋白尿があるが、ネフローゼ域(3.5g/gCr以上)には達しておらず、血清アルブミン4.2g/dLと低アルブミン血症もない。 ・尿潜血陰性、沈渣の赤血球・白血球はいずれも1〜2/HPFで正常範囲、円柱もない。活動性の糸球体腎炎(血尿や赤血球円柱が目立つ)や尿路感染症を示唆する所見に乏しい。 ・クレアチニン1.4mg/dL、eGFR 41.1mL/分/1.73m2と腎機能が中等度に低下している(CKD重症度分類でG3b・A3に相当)。
設問の考え方
糖尿病患者に腎障害があっても、その原因が糖尿病そのものとは限らない。高血圧による腎硬化症、肥満関連腎症、慢性糸球体腎炎(IgA腎症など)、薬剤性腎障害などが合併している可能性もある。糖尿病患者に腎生検を行うことは出血などのリスクもあり一般的ではないため、臨床的な状況証拠から「糖尿病腎症らしさ」を判断することになる。 その際に最も重視されるのが、糖尿病の罹病期間と、腎症と同じ細小血管障害である網膜症の有無である。糖尿病の細小血管障害(網膜症・腎症・神経障害)は、長期の高血糖という共通の原因で全身の細い血管に並行して進む。そのため、糖尿病網膜症、とくに増殖網膜症のような進行した網膜症がある場合、腎障害も糖尿病による細小血管障害である可能性が高いと推測できる。逆に、網膜症がないのに高度の蛋白尿や腎機能低下がある場合や、血尿・赤血球円柱がある場合、腎機能が急速に悪化する場合などは、糖尿病以外の腎疾患を疑って腎臓専門医に相談する。 蛋白尿、浮腫、クレアチニン上昇は、腎障害が存在することを示す所見ではあるが、どの腎疾患でもみられ、原因の推定には役立たない。
選択肢考察
- ×a. BMI高値
肥満は2型糖尿病の危険因子であり、腎障害の進行因子でもある。しかし肥満そのものが肥満関連腎症(糸球体の肥大と過剰濾過による蛋白尿)を起こしうるほか、肥満者に糖尿病と無関係の腎疾患が合併することも珍しくない。BMI高値は腎障害の原因を糖尿病に絞り込む根拠にはならない。
- ×b. 尿蛋白陽性
蛋白尿は糖尿病腎症の重要な所見であり、本例の尿蛋白/Cr比1.4g/gCrは顕性蛋白尿に相当する。しかし蛋白尿は慢性糸球体腎炎、腎硬化症、肥満関連腎症などほとんどの腎疾患で出現するため、腎障害の存在は示しても、その原因が糖尿病であるとは特定できない。
- ×c. 圧痕性下腿浮腫
圧痕性浮腫は腎機能低下によるナトリウム・水の貯留や、低アルブミン血症に伴って生じ、腎疾患の種類を問わずみられる。さらに心不全、肝硬変、カルシウム拮抗薬などの薬剤、静脈還流障害でも起こる。腎障害の原因の推定には役立たない。
- ×d. 血清クレアチニン高値
血清クレアチニン上昇(eGFR低下)は腎機能が低下していることを示す指標であり、原因疾患にかかわらずあらゆる腎疾患の進行で生じる。腎障害の重症度の評価には必要だが、原因が糖尿病腎症であることの根拠にはならない。
- ○e. 増殖糖尿病網膜症の診断
糖尿病網膜症と糖尿病腎症は、ともに長期の高血糖による細小血管障害であり、罹病期間に応じて並行して進行する。増殖網膜症(網膜の虚血により新生血管が生じた最も進んだ段階)の存在は、長年にわたる高血糖により全身の細小血管障害が進行していることを示しており、同時にみられる腎障害も糖尿病による可能性が高いと推測できる。本例では血尿や円柱がなく、ネフローゼ域に至らない蛋白尿が先行する経過とも矛盾しない。腎障害の原因を糖尿病腎症と推定する最も有力な状況証拠である。
糖尿病の合併症
・細小血管障害(三大合併症):糖尿病神経障害、糖尿病網膜症、糖尿病腎症。一般に神経障害が最も早く、次いで網膜症、腎症の順に現れやすい。 ・大血管障害:冠動脈疾患、脳血管障害、末梢動脈疾患。
糖尿病網膜症の病期(改変Davis分類)
・単純網膜症:毛細血管瘤、点状・斑状出血、硬性白斑。 ・増殖前網膜症:軟性白斑、静脈の数珠状拡張、網膜内細小血管異常など網膜虚血を示す所見。 ・増殖網膜症:網膜や乳頭の新生血管、硝子体出血、牽引性網膜剝離。失明の原因となり、汎網膜光凝固術や硝子体手術、抗VEGF薬の硝子体内注射などで治療する。
糖尿病腎症の病期分類(日本糖尿病学会・日本腎臓学会)
・第1期(正常アルブミン尿期):尿アルブミン/Cr比30mg/gCr未満。 ・第2期(微量アルブミン尿期):30〜299mg/gCr。 ・第3期(顕性アルブミン尿期):300mg/gCr以上、または持続性蛋白尿(尿蛋白/Cr比0.5g/gCr以上)。 ・第4期(GFR高度低下・末期腎不全期):eGFR 30mL/分/1.73m2未満(アルブミン尿の程度は問わない)。 ・第5期(腎代替療法期):透析療法・腎移植中。 本例は尿蛋白/Cr比1.4g/gCr、eGFR 41.1であり第3期に相当する。早期診断には随時尿の尿アルブミン/Cr比の測定が有用である。
典型的な糖尿病腎症の経過
糸球体の過剰濾過 → 微量アルブミン尿 → 顕性蛋白尿(ネフローゼ症候群に至ることもある)→ GFRの進行性低下 → 末期腎不全。病理ではメサンギウム基質の増加、結節性病変(Kimmelstiel-Wilson結節)、糸球体基底膜の肥厚などがみられる。
糖尿病以外の腎疾患を疑う所見
・網膜症がない、または糖尿病の罹病期間が短いのに高度の蛋白尿・腎機能低下がある。 ・顕著な血尿、赤血球円柱など活動性の糸球体腎炎を示す尿所見がある。 ・急速な腎機能の悪化、急激な蛋白尿の増加がある。 これらがある場合は腎生検も含め専門医で精査する。
糖尿病関連腎臓病(DKD)
近年、典型的な糖尿病腎症に加え、アルブミン尿を伴わずにGFRが低下する例や、高血圧・脂質異常症・肥満などが関与する腎障害も含めて、糖尿病に関連する腎障害を広く糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease:DKD)と呼ぶようになっている。
治療の要点
血糖管理、降圧(レニン・アンジオテンシン系阻害薬が基本で、蛋白尿を伴う場合は130/80mmHg未満を目標とする)、SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬、非ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(フィネレノン)による腎保護、減量、塩分制限、禁煙、脂質管理を総合的に行う。
POINT
・糖尿病患者の腎障害の原因推定には、糖尿病の罹病期間と網膜症の有無が最も重要な手がかりとなる。 ・網膜症と腎症はともに細小血管障害であり並行して進むため、進行した網膜症があれば腎障害も糖尿病由来の可能性が高い。 ・蛋白尿、浮腫、クレアチニン上昇、肥満は腎障害の存在や危険因子を示すが、原因の特定には役立たない。 ・網膜症がないのに高度の腎障害がある、血尿・赤血球円柱がある、急速に悪化する場合は糖尿病以外の腎疾患を疑う。 ・糖尿病腎症病期:顕性蛋白尿(尿蛋白/Cr比0.5g/gCr以上)で第3期、eGFR 30未満で第4期。
