キウイで出たじんま疹が手術室を揺るがす―術前問診に潜むラテックスの影
第120回医師国家試験 B問題 第45問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,45,46の問いに答えよ。 60歳の男性。肺癌で2週間後に右上葉切除術を予定されており,術前診察のために来院した。 現病歴:会社の定期健診で胸部エックス線写真の異常陰影を指摘され,精査の結果,手術予定となった。 既往歴:40歳時に①胆嚢摘出術を受けた。子供のころ,②キウイを食べて膨疹がでたので,それ以来,食べないようにしている。③インフルエンザワクチンを1か月前に接種した。 生活歴:喫煙は20本/日を40年間。会社の宴会などで飲酒の機会はあるが,自宅では週末に日本酒1合程度の晩酌のみ。自宅から駅まで15分程度,毎日歩いている。週末は散歩と軽い運動をしている。④趣味で熱帯魚を飼っている。外食などがなければ,午後10時には就寝し,午前6時に起床する。食事に好き嫌いはなく,間食もあまりしない。手術前で緊張のためか⑤ここ数日,食欲がない。 家族歴:母親は90歳で健在。大腸癌の手術歴がある。 現症:意識は清明。身長166cm,体重58kg。体温36.6℃。脈拍80/分,整。血圧140/80mmHg。呼吸数20/分。SpO2 98%(room air)。皮膚は湿潤。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。開口は2横指。口腔内は湿潤。咽頭に異常を認めない。頸静脈の怒張を認めない。甲状腺と頸部リンパ節を触知しない。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,手術痕を認める。肝・脾を触知しない。腸雑音を聴取する。下肢に浮腫を認めない。神経診察で異常を認めない。 検査所見:血液所見:赤血球468万,Hb 13.9g/dL,Ht 42%,白血球7,300,血小板21万,PT-INR 1.0(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白7.6g/dL,アルブミン4.0g/dL,AST 30U/L,ALT 20U/L,尿素窒素12mg/dL,クレアチニン0.6mg/dL,血糖98mg/dL,HbA1c 6.0%(基準4.9~6.0),総コレステロール204mg/dL,HDLコレステロール50mg/dL,LDLコレステロール115mg/dL,Na 131mEq/L,K 4.4mEq/L,Cl 97mEq/L,Ca 9mg/dL。
下線部のうち,この患者の手術で医療従事者が最も留意すべき情報はどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
キウイ、バナナ、アボカド、クリなどの果物アレルギーは、天然ゴムラテックスのアレルゲンと交差反応を示すことがあり(ラテックス-フルーツ症候群)、本人に自覚がなくてもラテックスに感作されている可能性があります。手術室では手袋やカテーテル、チューブなどを介してラテックスが粘膜や創部に触れるため、術中の重篤なアナフィラキシーの原因となりえ、術前に把握してラテックスフリー環境を整え、関係者全員で共有することが重要です。一方、術野の異なる過去の腹部手術、1か月前の不活化ワクチン接種、熱帯魚の飼育は周術期管理に影響せず、一時的な食欲低下も栄養状態が保たれていれば優先度は下がります。周術期アナフィラキシーの原因には筋弛緩薬、抗菌薬、ラテックス、クロルヘキシジンなどがあり、麻酔中は血圧低下や気道内圧上昇として現れやすい点も押さえておきたいところです。多くの情報から命に関わるものを選び出す視点は、術前評価の安全文化そのものといえます。
解答・解説
正解はbです
症例の整理
60歳の男性が肺癌に対する右上葉切除術を2週間後に控え、術前診察に来ている。本問は診断を問うものではなく、術前の問診・診察で得た多くの情報の中から「手術に関わる医療従事者が特に注意を払うべきもの」を選び出す力を問うている。
術前評価で拾うべき情報
術前評価では、麻酔・手術の安全性に直接影響する因子を優先して確認する。代表的なものは、(1) アレルギー歴(薬剤・食物・ラテックス・消毒薬など)、(2) 呼吸器・循環器の合併症とその危険因子(喫煙歴など)、(3) 気道確保の難易度(開口制限、頸部可動域など)、(4) 出血傾向・抗血栓薬、(5) 栄養状態・電解質異常、(6) 過去の麻酔・手術歴とその際のトラブル、である。
下線部の検討の考え方
下線部①〜⑤のうち、周術期に重篤な事態(アナフィラキシー)へ直結しうるのは②のキウイによる膨疹である。キウイ、バナナ、アボカド、クリなどの果物に対するアレルギーは、天然ゴム(ラテックス)に含まれる蛋白質と交差反応を起こすことがあり、「ラテックス-フルーツ症候群」とよばれる。手術室では手袋、尿道カテーテル、各種チューブ、止血帯、血圧計カフなどにラテックス製品が使われうるため、事前に把握して対策をとらなければ、術中に予期せぬアナフィラキシーショックをきたすおそれがある。したがって、この情報は執刀医・麻酔科医・看護師など手術に関わる全員で共有しておく必要がある。 一方、①の胆嚢摘出術の既往、③の1か月前のインフルエンザワクチン接種、④の熱帯魚の飼育は、今回の肺葉切除の周術期管理に実質的な影響を与えない。⑤の数日来の食欲低下は栄養評価の観点で確認は必要だが、検査値上の栄養状態は保たれており、「最も」留意すべき情報とはいえない。
選択肢考察
- ×a. ①
①は40歳時の胆嚢摘出術の既往である。腹部手術歴は、同じ腹部を再手術する場合には癒着の問題となりうるが、今回は胸部の手術(右上葉切除)であり術野が異なる。また、20年前の手術で麻酔上のトラブル(悪性高熱症、挿管困難、薬剤アレルギーなど)があったという記載もない。過去の麻酔歴は一般に確認すべき事項ではあるが、本症例では周術期管理を変更させるような情報ではない。
- ○b. ②
②は小児期にキウイを食べて膨疹(じんま疹)が出たというエピソードである。キウイ、バナナ、アボカド、クリなどの果物に含まれる蛋白質(クラスIキチナーゼなど)は、天然ゴムラテックスの主要アレルゲンであるヘベイン(Hev b 6.02)と構造が類似しており、交差反応によってラテックスアレルギーを合併することがある(ラテックス-フルーツ症候群)。本人は果物を避けて生活しているため自覚がなくても、ラテックスに感作されている可能性を考えなければならない。術中は手袋やカテーテル、チューブなどを介してラテックス抗原が粘膜や血管内・創部に直接触れるため、全身麻酔中の重篤なアナフィラキシーの原因となりうる。術前にラテックスアレルギーの有無(ゴム手袋での皮膚症状など)を確認し、必要に応じて特異的IgE検査などで評価したうえで、ラテックスフリーの器材を準備する、手術室スタッフ全員で情報を共有するといった対策が求められる。以上から、最も留意すべき情報である。
- ×c. ③
③は1か月前のインフルエンザワクチン接種である。インフルエンザワクチンは不活化ワクチンであり、接種後の発熱や局所反応などの副反応は通常数日以内に消失する。接種から1か月経過しており、2週間後の手術に影響する要素はない。ワクチン接種によって手術を延期する必要もなく、周術期管理を変更させる情報ではない。
- ×d. ④
④は趣味で熱帯魚を飼っていることである。観賞魚の水槽管理に関連する感染症として、手指の傷から感染する非結核性抗酸菌症(Mycobacterium marinum による皮膚感染症)が知られるが、本症例では皮膚病変の記載もなく、手術や麻酔の管理に関係する情報ではない。
- ×e. ⑤
⑤はここ数日の食欲低下である。術前の栄養状態は創傷治癒や感染症などの術後合併症に影響するため、食欲不振が続く場合には経過観察と栄養評価が必要である。しかし本症例では、手術を控えた緊張による一時的なものと考えられ、体重58kg(BMI約21)、総蛋白7.6g/dL、アルブミン4.0g/dLと栄養指標は保たれている。確認はしておくべき情報であるが、周術期に致死的な事態をもたらしうる②と比べると優先度は低く、「最も」留意すべき情報ではない。
ラテックスアレルギーとラテックス-フルーツ症候群
ラテックスアレルギーは、天然ゴムの原料であるパラゴムノキの樹液に含まれる蛋白質に対するIgE依存性(I型)アレルギーである。接触部位のじんま疹から、気管支攣縮、血圧低下を伴うアナフィラキシーショックまでさまざまな症状を呈する。 高リスク群として、(1) 頻回に手術や導尿を受けてきた患者(二分脊椎、泌尿器系の先天異常など)、(2) ゴム手袋を日常的に使う医療従事者、(3) アトピー素因のある人、(4) 特定の果物にアレルギーがある人、が挙げられる。 ラテックスと交差反応を示す代表的な食物は、バナナ、アボカド、キウイ、クリであり、ほかにメロン、パパイヤ、トマトなども報告されている。食物アレルギー歴からラテックスアレルギーを疑うことが、周術期の重要な安全対策となる。
周術期アナフィラキシーの主な原因
全身麻酔中のアナフィラキシーの原因としては、筋弛緩薬(ロクロニウムなど)、抗菌薬(βラクタム系など)、ラテックス、消毒薬(クロルヘキシジン)、スガマデクスなどが代表的である。麻酔中は患者が症状を訴えられず、皮膚症状もドレープで隠れやすいため、原因不明の血圧低下や気道内圧上昇として発見されることが多い。
ラテックスアレルギーが疑われる患者への対応
・術前に問診(ゴム手袋・風船での症状、果物アレルギー)を行い、必要に応じて特異的IgE検査で評価する。 ・手術室、病棟を含めてラテックスフリーの環境(手袋、カテーテル、チューブ類、止血帯など)を整える。 ・カルテや手術申し込み書に明記し、関係する職種すべてで情報を共有する。 ・アナフィラキシー発生時に備え、アドレナリンなどの薬剤と対応手順を準備する。
本症例でほかに術前に確認しておきたい事項
・喫煙歴(20本/日×40年):周術期の呼吸器・循環器合併症のリスク因子であり、禁煙指導が必要である(120B-46参照)。 ・開口2横指:一般に開口3横指未満では気道確保・挿管がやや困難となる可能性があり、気道評価を行う。 ・Na 131mEq/Lの軽度低ナトリウム血症:経過観察と原因検索(食事摂取量の低下のほか、肺癌に伴う抗利尿ホルモン不適合分泌症候群〈SIADH〉なども念頭に置く)を行う。
POINT
・キウイ、バナナ、アボカド、クリなどへの食物アレルギーはラテックスアレルギーと交差反応を示すことがある(ラテックス-フルーツ症候群)。 ・果物アレルギー歴のある患者の手術では、ラテックスアレルギーを想定し、ラテックスフリー環境を準備して関係者全員で情報を共有する。 ・周術期アナフィラキシーの主な原因は、筋弛緩薬、抗菌薬、ラテックス、クロルヘキシジンなどである。 ・術前問診では、アレルギー歴、喫煙歴、気道評価、過去の麻酔歴などを系統的に確認する。
