「寝かせておく」はもう古い―ERASで読み解く大腸癌手術の周術期管理
第119回医師国家試験 D問題 第3問
国試問題にチャレンジ
下行結腸癌に対する腹腔鏡下手術の周術期管理で誤っているのはどれか。
- a.手術前4週間以上の禁煙
- b.術前日の非吸収性抗菌薬の内服
- c.術後72時間以上のベッド上安静
- d.手術室搬入2時間前の浣腸排便処置
- e.手術室搬入3時間前までの経口補水液摂取
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
現在の大腸癌手術の周術期管理は、手術侵襲によるストレスを減らして早期回復と合併症予防を図るERASの考え方に基づいています。術前は4週間以上の禁煙、長時間の絶飲食を避けた清澄水の摂取(麻酔導入2時間前まで)、機械的腸管処置と非吸収性抗菌薬の内服による手術部位感染予防が推奨されます。術後は多角的な鎮痛のもとで当日または翌日から離床させるのが原則で、72時間以上のベッド上安静は深部静脈血栓症、肺合併症、術後イレウス、せん妄などを増やすため不適切です。各処置を「何を予防するためのものか」という視点で整理しておくと、選択肢の正誤判断だけでなく、実際の病棟での周術期管理の理解にも直結します。
解答・解説
正解はcです
本問は大腸癌手術の周術期管理として「適切でないもの」を選ぶ問題である。現在の周術期管理は、術後回復能力強化プログラム〈ERAS:enhanced recovery after surgery〉の考え方に基づき、手術侵襲による生体へのストレスを減らして早期回復と合併症予防を図ることを重視している。各選択肢を、何を予防するための処置なのかという視点で整理するとわかりやすい。 ・術前の禁煙:呼吸器合併症・創傷治癒遅延の予防 ・非吸収性(経口)抗菌薬と機械的腸管処置:手術部位感染〈SSI:surgical site infection〉の予防 ・術前の清澄水(経口補水液)摂取:絶飲食による脱水・口渇・不安の軽減と、インスリン抵抗性の緩和 ・術後の早期離床:深部静脈血栓症・肺合併症の予防、腸管運動の回復促進 このうち「術後72時間以上のベッド上安静」は、早期離床という現在の原則に真っ向から反し、合併症をかえって増やす管理である。したがって誤っているのはcである。
選択肢考察
- ×a. 手術前4週間以上の禁煙
喫煙は気道分泌物の増加や線毛運動の低下を通じて術後の無気肺・肺炎などの呼吸器合併症を増やすほか、末梢循環を悪化させて創傷治癒遅延や創感染の原因となる。禁煙期間が長いほど合併症の減少効果は大きく、少なくとも4週間以上前からの禁煙が推奨される。ただし、短期間であっても禁煙すること自体に害はないため、手術が決まった時点でできるだけ早く禁煙させるのが原則である。適切な管理である。
- ×b. 術前日の非吸収性抗菌薬の内服
大腸は腸内細菌が非常に多い臓器であり、大腸手術は汚染されやすい準清潔手術である。術前日に腸管からほとんど吸収されない抗菌薬(カナマイシンなど。嫌気性菌を標的としてメトロニダゾールを併用することが多い)を内服させ、腸管内の細菌量を減らしておくと、機械的腸管処置との併用で手術部位感染を減らせることが示されている。適切な管理である。
- ○c. 術後72時間以上のベッド上安静
術後に長くベッド上で安静にすると、下肢の静脈うっ滞による深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症、喀痰排出の低下による無気肺・肺炎、腸管蠕動の回復遅延(術後イレウス)、筋力低下やせん妄などのリスクが高まる。現在は疼痛を適切に管理したうえで、手術当日または翌日から座位・歩行を始める早期離床が原則である。72時間以上のベッド上安静は不適切であり、本問の「誤っているもの」に該当する。
- ×d. 手術室搬入2時間前の浣腸排便処置
術前に下剤や浣腸で腸管内の便を除去しておくと、術中の腸管操作や吻合の際に便が漏れ出して術野を汚染する危険が減り、腸管の取り扱いも容易になる。手術当日の朝、搬入前に浣腸を行い直腸・下部結腸を空にしておくことは、左側結腸の手術で一般的に行われている。手術部位感染・縫合不全の予防に役立つ適切な管理である。
- ×e. 手術室搬入3時間前までの経口補水液摂取
かつては手術前夜から絶飲食とするのが一般的であったが、現在は清澄水(水、茶、経口補水液など、粒子や脂肪を含まない透明な飲料)は麻酔導入の2時間前まで摂取してよいとされている。清澄水は胃から速やかに排出されるため誤嚥のリスクを高めず、むしろ脱水・口渇・空腹感を和らげ、患者の満足度を改善する。搬入3時間前までの摂取はこの基準を満たしており、適切な管理である。
ERASの主な構成要素
・術前:十分な説明とカウンセリング、禁煙・禁酒、栄養評価、長時間の絶飲食の回避(清澄水は麻酔導入2時間前まで、炭水化物含有飲料の術前負荷)、前投薬(長時間作用型鎮静薬)の回避 ・術中:低侵襲手術(腹腔鏡下手術)、適切な輸液量(過剰輸液を避ける)、体温保持、予防的抗菌薬の執刀前投与、ドレーンや経鼻胃管の不必要な留置を避ける ・術後:多角的な鎮痛(硬膜外鎮痛、非オピオイド鎮痛薬の併用など)、早期離床、早期経口摂取の再開、尿道カテーテルの早期抜去、術後悪心・嘔吐の予防
術前絶飲食の目安(日本麻酔科学会のガイドラインの要点)
・清澄水:麻酔導入2時間前まで ・母乳:4時間前まで ・人工乳・牛乳:6時間前まで ・固形物については、軽食で6時間以上、脂肪を多く含む食事ではさらに長い間隔が望ましいとされる。
大腸手術の手術部位感染対策
・機械的腸管処置(下剤・浣腸)と経口抗菌薬(非吸収性抗菌薬など)の併用 ・予防的抗菌薬の静脈内投与を執刀前60分以内に開始し、長時間手術では追加投与する ・術中の低体温回避、血糖管理、剃毛ではなく必要時のみクリッパーで除毛
静脈血栓塞栓症(VTE)の予防
リスクに応じて、早期離床・積極的な下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固療法(低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリンなど)を組み合わせる。リスク因子として、高齢、肥満、悪性腫瘍、VTEの既往、エストロゲン製剤の使用、長期臥床、大手術などがある。腹部の癌手術は高リスクに分類されることが多い。
POINT
・周術期管理はERASの考え方:術後は早期離床・早期経口摂取が原則 ・長期のベッド上安静は深部静脈血栓症、肺合併症、イレウスを増やすため不適切 ・禁煙は少なくとも術前4週間以上前から(できるだけ早く) ・清澄水は麻酔導入2時間前まで摂取可 ・大腸手術のSSI予防:機械的腸管処置+経口(非吸収性)抗菌薬、執刀前60分以内の予防的抗菌薬投与
