StudyMed医師国家試験

「寝かせておく」はもう古い―ERASで読み解く大腸癌手術の周術期管理

第119回医師国家試験 D問題 第3問

国試問題にチャレンジ

第119回 D問題 第3問

下行結腸癌に対する腹腔鏡下手術の周術期管理で誤っているのはどれか。

  1. a.手術前4週間以上の禁煙
  2. b.術前日の非吸収性抗菌薬の内服
  3. c.術後72時間以上のベッド上安静
  4. d.手術室搬入2時間前の浣腸排便処置
  5. e.手術室搬入3時間前までの経口補水液摂取

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は大腸癌に対する腹腔鏡下手術の周術期管理の問題だね。「誤っているもの」を選ぶ形式だけど、ポイントは一つ一つを暗記で判定するのではなく、「その処置は何を予防するためにあるのか」を考えることだ。土台になるのはERAS、つまり術後回復能力強化プログラムという考え方だよ。
医学生医学生
ERASは名前だけ聞いたことがあります。手術のストレスを減らして早く回復させる、というような内容でしたよね。
ドクタードクター
その通り。手術侵襲による生体へのストレスを最小限にして、合併症を防ぎつつ早く日常生活に戻す、という一連の管理の束なんだ。術前・術中・術後それぞれに要素がある。まず術前の禁煙から考えてみよう。
医学生医学生
喫煙すると痰が増えて線毛の動きも落ちるので、術後の無気肺や肺炎が増えそうです。
ドクタードクター
いいね。さらに末梢循環が悪くなるから、創傷治癒の遅れや創感染にもつながる。禁煙期間が長いほど合併症は減るので、少なくとも4週間以上前からが推奨されている。短期間でもやめて損はないから、手術が決まった時点でできるだけ早く禁煙してもらうのが原則だ。
医学生医学生
術前日に抗菌薬を飲むのは少し意外でした。抗菌薬って手術直前に点滴するものだと思っていたので。
ドクタードクター
良い疑問だね。執刀前60分以内の予防的抗菌薬の静注はもちろん行う。それとは別に、大腸は腸内細菌が非常に多い臓器だから、大腸手術は汚染されやすい準清潔手術に分類される。そこで腸管からほとんど吸収されない抗菌薬を前日に内服させて腸管内の菌量を減らしておくんだ。嫌気性菌対策でメトロニダゾールを組み合わせることが多い。
医学生医学生
吸収されないからこそ、腸の中にとどまって効くわけですね。浣腸もその流れで考えればいいでしょうか。
ドクタードクター
そうだね。下剤や浣腸で便を除去する機械的腸管処置と経口抗菌薬を併用すると、手術部位感染を減らせることが示されている。術中に腸管を操作したり吻合したりするとき、便が漏れて術野を汚染する危険が減るし、腸管の扱いも楽になる。下行結腸のような左側結腸の手術では、当日朝に浣腸で直腸から下部結腸を空にしておくのが一般的だ。
医学生医学生
経口補水液を手術の3時間前まで飲んでいいというのは、昔の「前夜から絶飲食」のイメージと違って驚きました。誤嚥が心配になります。
ドクタードクター
そう感じるのは自然だよ。でも水やお茶、経口補水液のように粒子や脂肪を含まない透明な飲料、いわゆる清澄水は胃から速やかに排出されるから、麻酔導入の2時間前まで飲んでも誤嚥のリスクは高まらない。むしろ長い絶飲食は脱水や口渇、空腹による不安を招くし、インスリン抵抗性も悪化させる。3時間前までならこの基準を満たしているね。
医学生医学生
麻酔科の実習で、指導医の先生が「清澄水2時間、母乳4時間、人工乳6時間」と指を折って教えてくれました。
ドクタードクター
まさにそれが日本麻酔科学会のガイドラインの要点だ。では残る術後72時間以上のベッド上安静はどうかな。
医学生医学生
安静にしたほうが傷に負担がかからない気もしますが、ERASの考え方からすると逆なんですね。
ドクタードクター
その通りで、これが誤りだ。長くベッド上にいると、下肢の静脈がうっ滞して深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症のリスクが上がる。痰が出しにくくなって無気肺や肺炎も起こりやすいし、腸の動きの回復も遅れて術後イレウスにつながる。高齢者なら筋力低下やせん妄も問題になる。今は痛みをしっかりコントロールしたうえで、手術当日か翌日から座ったり歩いたりする早期離床が原則なんだ。
医学生医学生
外科の実習で、術翌日の患者さんが点滴台を押して病棟を歩いていて、こんなに早く歩くのかとびっくりしました。
ドクタードクター
その光景こそERASの実践だね。早期離床ができるように、硬膜外鎮痛や非オピオイド鎮痛薬を組み合わせる多角的な鎮痛が欠かせない。ほかにも、過剰輸液を避ける、体温を保つ、不要なドレーンや経鼻胃管を置かない、尿道カテーテルを早く抜く、早期に経口摂取を再開する、術後悪心・嘔吐を予防する、といった要素がある。
医学生医学生
離床がDVT予防の基本というのは、弾性ストッキングや抗凝固薬と組み合わせて考えるんですよね。
ドクタードクター
そうだ。腹部の癌手術は静脈血栓塞栓症の高リスクに分類されることが多いから、リスクに応じて早期離床と下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、低用量未分画ヘパリンや低分子量ヘパリンなどを組み合わせる。どれか一つではなく、重ねて予防するという発想を持っておこう。

まとめ

現在の大腸癌手術の周術期管理は、手術侵襲によるストレスを減らして早期回復と合併症予防を図るERASの考え方に基づいています。術前は4週間以上の禁煙、長時間の絶飲食を避けた清澄水の摂取(麻酔導入2時間前まで)、機械的腸管処置と非吸収性抗菌薬の内服による手術部位感染予防が推奨されます。術後は多角的な鎮痛のもとで当日または翌日から離床させるのが原則で、72時間以上のベッド上安静は深部静脈血栓症、肺合併症、術後イレウス、せん妄などを増やすため不適切です。各処置を「何を予防するためのものか」という視点で整理しておくと、選択肢の正誤判断だけでなく、実際の病棟での周術期管理の理解にも直結します。

解答・解説

正解はcです

本問は大腸癌手術の周術期管理として「適切でないもの」を選ぶ問題である。現在の周術期管理は、術後回復能力強化プログラム〈ERAS:enhanced recovery after surgery〉の考え方に基づき、手術侵襲による生体へのストレスを減らして早期回復と合併症予防を図ることを重視している。各選択肢を、何を予防するための処置なのかという視点で整理するとわかりやすい。 ・術前の禁煙:呼吸器合併症・創傷治癒遅延の予防 ・非吸収性(経口)抗菌薬と機械的腸管処置:手術部位感染〈SSI:surgical site infection〉の予防 ・術前の清澄水(経口補水液)摂取:絶飲食による脱水・口渇・不安の軽減と、インスリン抵抗性の緩和 ・術後の早期離床:深部静脈血栓症・肺合併症の予防、腸管運動の回復促進 このうち「術後72時間以上のベッド上安静」は、早期離床という現在の原則に真っ向から反し、合併症をかえって増やす管理である。したがって誤っているのはcである。

選択肢考察

  1. ×a.  手術前4週間以上の禁煙

    喫煙は気道分泌物の増加や線毛運動の低下を通じて術後の無気肺・肺炎などの呼吸器合併症を増やすほか、末梢循環を悪化させて創傷治癒遅延や創感染の原因となる。禁煙期間が長いほど合併症の減少効果は大きく、少なくとも4週間以上前からの禁煙が推奨される。ただし、短期間であっても禁煙すること自体に害はないため、手術が決まった時点でできるだけ早く禁煙させるのが原則である。適切な管理である。

  2. ×b.  術前日の非吸収性抗菌薬の内服

    大腸は腸内細菌が非常に多い臓器であり、大腸手術は汚染されやすい準清潔手術である。術前日に腸管からほとんど吸収されない抗菌薬(カナマイシンなど。嫌気性菌を標的としてメトロニダゾールを併用することが多い)を内服させ、腸管内の細菌量を減らしておくと、機械的腸管処置との併用で手術部位感染を減らせることが示されている。適切な管理である。

  3. ○c.  術後72時間以上のベッド上安静

    術後に長くベッド上で安静にすると、下肢の静脈うっ滞による深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症、喀痰排出の低下による無気肺・肺炎、腸管蠕動の回復遅延(術後イレウス)、筋力低下やせん妄などのリスクが高まる。現在は疼痛を適切に管理したうえで、手術当日または翌日から座位・歩行を始める早期離床が原則である。72時間以上のベッド上安静は不適切であり、本問の「誤っているもの」に該当する。

  4. ×d.  手術室搬入2時間前の浣腸排便処置

    術前に下剤や浣腸で腸管内の便を除去しておくと、術中の腸管操作や吻合の際に便が漏れ出して術野を汚染する危険が減り、腸管の取り扱いも容易になる。手術当日の朝、搬入前に浣腸を行い直腸・下部結腸を空にしておくことは、左側結腸の手術で一般的に行われている。手術部位感染・縫合不全の予防に役立つ適切な管理である。

  5. ×e.  手術室搬入3時間前までの経口補水液摂取

    かつては手術前夜から絶飲食とするのが一般的であったが、現在は清澄水(水、茶、経口補水液など、粒子や脂肪を含まない透明な飲料)は麻酔導入の2時間前まで摂取してよいとされている。清澄水は胃から速やかに排出されるため誤嚥のリスクを高めず、むしろ脱水・口渇・空腹感を和らげ、患者の満足度を改善する。搬入3時間前までの摂取はこの基準を満たしており、適切な管理である。

ERASの主な構成要素

・術前:十分な説明とカウンセリング、禁煙・禁酒、栄養評価、長時間の絶飲食の回避(清澄水は麻酔導入2時間前まで、炭水化物含有飲料の術前負荷)、前投薬(長時間作用型鎮静薬)の回避 ・術中:低侵襲手術(腹腔鏡下手術)、適切な輸液量(過剰輸液を避ける)、体温保持、予防的抗菌薬の執刀前投与、ドレーンや経鼻胃管の不必要な留置を避ける ・術後:多角的な鎮痛(硬膜外鎮痛、非オピオイド鎮痛薬の併用など)、早期離床、早期経口摂取の再開、尿道カテーテルの早期抜去、術後悪心・嘔吐の予防

術前絶飲食の目安(日本麻酔科学会のガイドラインの要点)

・清澄水:麻酔導入2時間前まで ・母乳:4時間前まで ・人工乳・牛乳:6時間前まで ・固形物については、軽食で6時間以上、脂肪を多く含む食事ではさらに長い間隔が望ましいとされる。

大腸手術の手術部位感染対策

・機械的腸管処置(下剤・浣腸)と経口抗菌薬(非吸収性抗菌薬など)の併用 ・予防的抗菌薬の静脈内投与を執刀前60分以内に開始し、長時間手術では追加投与する ・術中の低体温回避、血糖管理、剃毛ではなく必要時のみクリッパーで除毛

静脈血栓塞栓症(VTE)の予防

リスクに応じて、早期離床・積極的な下肢運動、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、抗凝固療法(低用量未分画ヘパリン、低分子量ヘパリンなど)を組み合わせる。リスク因子として、高齢、肥満、悪性腫瘍、VTEの既往、エストロゲン製剤の使用、長期臥床、大手術などがある。腹部の癌手術は高リスクに分類されることが多い。

POINT

・周術期管理はERASの考え方:術後は早期離床・早期経口摂取が原則 ・長期のベッド上安静は深部静脈血栓症、肺合併症、イレウスを増やすため不適切 ・禁煙は少なくとも術前4週間以上前から(できるだけ早く) ・清澄水は麻酔導入2時間前まで摂取可 ・大腸手術のSSI予防:機械的腸管処置+経口(非吸収性)抗菌薬、執刀前60分以内の予防的抗菌薬投与

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。