StudyMed医師国家試験

数日の血糖管理で何が防げるか―周術期血糖コントロールの本当の狙いは創感染

第119回医師国家試験 F問題 第46問

国試問題にチャレンジ

第119回 F問題 第46問

75歳の男性。がん検診で便潜血反応陽性を指摘され来院した。下部消化管内視鏡検査でS状結腸癌と診断され,結腸切除を予定している。約15年前から糖尿病を指摘され治療中である。喫煙は約20本/日であったが,5年前から禁煙している。飲酒は焼酎1合/日。身長162cm,体重59kg。体温36.6℃。脈拍76/分,整。血圧132/72mmHg。心音と呼吸音とに異常を認めない。左下腹部に圧痛を認める。尿所見:蛋白(-),糖3+,ケトン体(-)。血液生化学所見:血糖180mg/dL,HbA1c 7.1%(基準4.9~6.0)。  この患者の周術期血糖コントロールの目的で適切なのはどれか。

  1. a.創感染の予防
  2. b.脳血管障害の予防
  3. c.心血管イベントの予防
  4. d.深部静脈血栓症の予防
  5. e.糖尿病性神経障害の予防

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、糖尿病を合併した大腸癌患者の手術にあたって、周術期に血糖を整える目的を問う問題だ。考えるコツは「時間軸」。手術前後の数日から数週間という短い期間に血糖を是正して、いったい何が防げるのかを意識してほしい。
医学生医学生
糖尿病の合併症というと、まず脳梗塞や心筋梗塞、神経障害が思い浮かびます。どれも予防したいものばかりで迷いますね。
ドクタードクター
どれも大切な合併症だよね。でも、それらは何年もかけて進む動脈硬化や細小血管障害が基盤にある。数日の血糖管理でそれを防げるかというと、話が違うんだ。まず患者さんの状態を整理しよう。この人の糖尿病のコントロールはどう評価する?
医学生医学生
HbA1cが7.1%なので、すごく悪いわけではないけれど高血糖は続いている状態でしょうか。尿ケトン体は陰性なので、ケトーシスにはなっていないですね。
ドクタードクター
いい読み方だね。尿蛋白も陰性で明らかな腎症はなさそう。つまり、比較的安定した2型糖尿病の患者さんが、結腸切除を受ける場面だ。では、手術を受けると血糖はどう動くかな。
医学生医学生
生理学で習ったストレス反応ですね。カテコールアミンやコルチゾール、グルカゴンが増えて、インスリンが効きにくくなるので血糖は上がると思います。
ドクタードクター
その通り。「外科的糖尿病」と呼ばれることもある。もともと糖尿病がある人なら、なおさら血糖は上がりやすい。では、高血糖になると術後に何が起こりやすくなる?
医学生医学生
糖尿病の人は感染に弱い、と講義で聞いた覚えがあります。
ドクタードクター
そこが答えにつながる。高血糖では好中球の遊走・貪食・殺菌の能力が落ちるうえに、微小循環が悪くなり、線維芽細胞の増殖やコラーゲン合成も障害される。だから細菌を退治しにくく、傷も治りにくい。結果として、創感染を含む手術部位感染、縫合不全、創傷治癒遅延が増えるんだ。周術期に血糖を適正に保つ主な目的は、こうした術後早期の合併症、とくに創感染を防ぐことだよ。
医学生医学生
しかも結腸の手術なら腸内細菌が多いので、もともと感染のリスクが高いですよね。
ドクタードクター
鋭いね。結腸切除は腸内細菌で汚染されうる準清潔手術だから、手術部位感染への配慮はより重要になる。では、ほかの選択肢を確認しよう。脳血管障害と心血管イベントの予防はどうかな。
医学生医学生
どちらも動脈硬化による大血管症なので、何年もの血糖・血圧・脂質の管理や禁煙で予防するもの、ということですね。
ドクタードクター
そう。長期的な糖尿病治療の目標としては正しいけれど、周術期の短期の血糖管理の目的ではない。周術期の心血管イベント対策は、術前の心機能評価や術中・術後の循環管理が中心になる。
医学生医学生
深部静脈血栓症は、手術の後に起きやすい合併症なので、ちょっと引っかかりそうになりました。
ドクタードクター
術後に起こりやすいという点では引っかかるのも無理はないね。でも原因はVirchowの3徴、つまり静脈のうっ滞、凝固の亢進、血管内皮の障害だ。予防は早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬で行う。血糖管理で防ぐものではないんだ。
医学生医学生
糖尿病性神経障害も、長年の高血糖で進む細小血管症なので、短期間では防げないですね。
ドクタードクター
その通り。おまけに、ひどい高血糖を短期間で急に下げると、治療後有痛性神経障害といって、かえって神経痛が出ることもある。短期の血糖是正が神経障害の予防になるとは言えないわけだ。
医学生医学生
臨床実習で外科を回ったとき、糖尿病の患者さんは術前に飲み薬をやめてインスリンに切り替えていました。あれも同じ目的なんですね。
ドクタードクター
そうだね。経口血糖降下薬は術前に休薬して、必要ならインスリンで調整する。特にSGLT2阻害薬は、血糖がそれほど高くなくてもケトアシドーシスを起こす「正常血糖ケトアシドーシス」の危険があるので、数日前から休薬する。メトホルミンも造影剤使用や腎機能悪化時の乳酸アシドーシスに注意が必要だ。
医学生医学生
感染を防ぐなら、血糖はできるだけ正常に近づけたほうがいいのでしょうか。
ドクタードクター
そこは注意してほしい。絶食や麻酔下では低血糖の症状に気づきにくく、厳しすぎる管理はかえって危険なんだ。周術期の目標はおおむね140〜180mg/dL前後と、正常値より少し高めの範囲にする考え方が一般的だよ。術後は輸液のブドウ糖量に合わせてインスリンを使い、こまめに血糖を測って調整する。高すぎず、低すぎず、が周術期血糖管理の合言葉だね。

まとめ

手術侵襲によるストレスホルモンの分泌でインスリン抵抗性が高まり、糖尿病患者では周術期に血糖が上がりやすくなります。高血糖は好中球機能の低下や微小循環障害、コラーゲン合成低下を通じて、創感染(手術部位感染)・縫合不全・創傷治癒遅延を招くため、周術期血糖コントロールの主な目的はこれら術後早期合併症の予防です。脳血管障害や心血管イベント、神経障害などの慢性合併症は年単位の管理で予防するもので、深部静脈血栓症は早期離床や理学的予防・抗凝固薬で防ぎます。周術期は低血糖を避けるため、おおむね140〜180mg/dL前後を目標とし、SGLT2阻害薬などの経口薬は術前に休薬してインスリンで調整します。合併症を「短期」と「長期」の時間軸で整理する視点は、周術期管理全般を理解する土台になります。

解答・解説

正解はaです

所見の整理

・75歳男性。便潜血陽性を契機に下部消化管内視鏡検査を受け、S状結腸癌と診断された。結腸切除という開腹または腹腔鏡下の消化管手術が予定されている。左下腹部の圧痛は腫瘍の局在(S状結腸)に一致する所見と考えられる。 ・約15年の糖尿病罹病歴があり治療中である。HbA1c 7.1%、随時血糖180mg/dL、尿糖3+で、高血糖は持続しているが著しく悪いコントロールではない。尿ケトン体陰性であり、インスリン欠乏が強くケトーシスに傾いた状態ではない。尿蛋白陰性から、明らかな糖尿病性腎症は認めない。 ・喫煙歴(20本/日、5年前に禁煙)があり動脈硬化のリスクは抱えるが、BMIは約22.5で肥満はなく、血圧・心音・呼吸音にも異常はない。

診断

S状結腸癌(結腸切除予定)と、治療中の2型糖尿病の合併である。

設問の考え方

問われているのは「周術期」の血糖コントロールの目的である。周術期という術前から術後回復期までの短い期間に血糖を是正して得られる効果と、何年もかけて血糖を管理して得られる効果とを区別することが鍵となる。 高血糖では好中球の遊走能・貪食能・殺菌能が低下し、さらに微小循環障害やコラーゲン合成低下によって組織の修復が遅れる。そのため糖尿病患者の手術では、手術部位感染(SSI:surgical site infection、創感染を含む)、縫合不全、創傷治癒遅延が起こりやすい。周術期に血糖を適正範囲に保つと、これら短期の術後合併症を減らすことができる。これが周術期血糖管理の主な目的である。 一方、脳血管障害・心血管イベント・糖尿病性神経障害などの慢性合併症は、年単位の血糖・血圧・脂質管理や禁煙で予防するものであり、数日から数週間の周術期血糖管理で予防できるものではない。

選択肢考察

  1. ○a.  創感染の予防

    高血糖下では好中球など白血球の機能(遊走・貪食・殺菌)が低下し、局所の血流障害も加わって細菌に対する防御力が落ちる。また線維芽細胞の増殖やコラーゲン合成が障害され、創の治癒も遅れる。結腸切除は腸内細菌に汚染されうる準清潔手術であり、もともと手術部位感染のリスクが比較的高い。周術期に血糖を適正に管理すると、創感染・縫合不全・創傷治癒遅延といった術後早期の合併症を減らせる。これこそ周術期血糖コントロールの目的であり、正しい。

  2. ×b.  脳血管障害の予防

    脳梗塞などの脳血管障害は、長年の高血糖・高血圧・脂質異常・喫煙によって進む動脈硬化(大血管症)が基盤にある。その予防には年単位での危険因子の管理が必要であり、手術前後の短期間に血糖を是正しても予防効果はほとんど期待できない。長期的な糖尿病治療の目的ではあるが、周術期血糖管理の目的としては適切でない。

  3. ×c.  心血管イベントの予防

    心筋梗塞などの心血管イベントも動脈硬化性の大血管合併症であり、長期にわたる血糖・血圧・脂質の管理と禁煙によって予防するものである。周術期の心血管イベントへの対策は、術前の心機能評価や術中・術後の循環管理が中心となる。周術期の短期的な血糖是正の主目的ではないため、誤りである。

  4. ×d.  深部静脈血栓症の予防

    深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)は、術中・術後の安静による静脈うっ滞、手術侵襲による凝固亢進、血管内皮障害(Virchowの3徴)によって起こる。周術期の予防は、早期離床、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法、リスクに応じた抗凝固薬で行う。血糖コントロールは深部静脈血栓症の予防手段ではないため、誤りである。

  5. ×e.  糖尿病性神経障害の予防

    糖尿病性神経障害は細小血管合併症の一つで、長期間続く高血糖により進行する。予防には長期の良好な血糖管理が必要であり、周術期の短期間の管理で予防できるものではない。なお、著しい高血糖を短期間に急速に是正すると、かえって有痛性神経障害(治療後有痛性神経障害)が出現することがある。この点でも、短期の血糖是正が神経障害の予防になるとはいえない。本例の血糖は急激な是正を要するほど高くもない。誤りである。

糖尿病患者の周術期管理の要点

・手術侵襲によりストレスホルモン(カテコールアミン、コルチゾール、グルカゴン、成長ホルモン)が分泌され、インスリン抵抗性が増して血糖は上がりやすい(外科的糖尿病とも呼ばれる)。 ・高血糖で増える周術期合併症:手術部位感染、縫合不全、創傷治癒遅延、肺炎・尿路感染などの感染症。高度の高血糖や脱水があれば、糖尿病ケトアシドーシスや高浸透圧高血糖状態にも注意する。 ・低血糖の危険:絶食や麻酔下では低血糖症状に気づきにくく、厳格すぎる管理はかえって危険である。周術期の目標は正常血糖ではなく、おおむね140〜180mg/dL前後の中等度の範囲とする考え方が一般的である。 ・術前管理:経口血糖降下薬は手術前に中止・休薬し、必要に応じてインスリン(強化インスリン療法など)に切り替えて血糖を調整する。特にSGLT2阻害薬は周術期の正常血糖ケトアシドーシスの危険があるため、術前数日前から休薬する。メトホルミンも、造影剤使用や腎機能悪化時の乳酸アシドーシスに配慮して休薬する。尿ケトン体陰性を確認しておくことも重要である。 ・術後管理:経口摂取再開までは、輸液中のブドウ糖量に合わせてインスリンを投与し、頻回の血糖測定で調整する。

糖尿病合併症の時間軸による整理

・急性・短期の問題(周術期に関係する):易感染性、創傷治癒遅延、ケトアシドーシス、高浸透圧高血糖状態、低血糖。 ・慢性合併症(長期管理で予防する):細小血管症(網膜症・腎症・神経障害)と大血管症(冠動脈疾患・脳血管障害・末梢動脈疾患)。

POINT

・周術期血糖コントロールの主目的は、創感染(手術部位感染)・縫合不全・創傷治癒遅延などの術後早期合併症の予防である。 ・高血糖は白血球機能低下と微小循環障害により易感染性と創傷治癒遅延をもたらす。 ・脳血管障害、心血管イベント、神経障害などの慢性合併症は長期管理で予防するもので、周術期の短期管理の目的ではない。 ・深部静脈血栓症の予防は早期離床・弾性ストッキング・間欠的空気圧迫法・抗凝固薬で行う。 ・周術期は低血糖を避けるため、厳格すぎない目標(おおむね140〜180mg/dL前後)で管理する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。