喉仏が胸骨に沈む―頸部の「短さ」が語るCOPDの過膨張
第120回医師国家試験 B問題 第41問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,41,42の問いに答えよ。 84歳の男性。呼吸困難を主訴に来院した。 現病歴:昨日から呼吸困難があり,本日38.8℃の発熱もあり受診した。普段は平地を通常の速度で歩けるが,現在は室内の移動で呼吸困難がある。咳嗽も新たに出現し,喀痰は黄色である。 既往歴:慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉を5年前に診断されて副腎皮質ステロイド/長時間作用性β2刺激薬/長時間作用性抗コリン薬の合剤を吸入し,高血圧症で降圧薬を内服している。 生活歴:喫煙は20歳から60歳まで60本/日,以後は禁煙している。飲酒歴はない。元会社員。 現症:意識は清明。身長168cm,体重60kg。体温38.8℃。脈拍132/分,整。血圧146/78 mmHg。呼吸数28/分。SpO2 86%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。咽頭に発赤や白苔を認めない。心音に異常を認めない。呼吸音は両側wheezesがあり,呼気が延長している。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢は浮腫を認めない。頸部の写真(A)と模式図(B)を下に示す。
頸部に認める所見はどれか。

- a.気管短縮
- b.甲状腺腫
- c.正中頸嚢胞
- d.頸部蜂窩織炎
- e.リンパ節腫大
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
COPDでは肺の過膨張によって横隔膜が低位・平坦化し、縦隔や気管が下方へ引かれるため、胸骨上縁から輪状軟骨までの距離が短くなる「気管短縮」がみられます。健常者で3横指程度ある距離が2横指以下になれば短縮と判断し、本例のように輪状軟骨が胸骨の後ろに隠れることもあります。甲状腺腫、正中頸嚢胞、頸部蜂窩織炎、リンパ節腫大はいずれも膨隆や発赤など「何かがある」所見であり、本例の頸部には認められません。口すぼめ呼吸、呼吸補助筋の発達、樽状胸郭、Campbell徴候、Hoover徴候などとあわせて覚えると、ベッドサイドで過膨張や呼吸不全の程度を推定する力が身につきます。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・84歳男性。60本/日×40年(喫煙指数2,400)という非常に重い喫煙歴があり、5年前に慢性閉塞性肺疾患〈COPD〉と診断されている。吸入ステロイド〈ICS〉/長時間作用性β2刺激薬〈LABA〉/長時間作用性抗コリン薬〈LAMA〉の3剤合剤を使っており、ある程度進行した病期と推定される。 ・昨日から呼吸困難が悪化し、38.8℃の発熱、新たな咳嗽、黄色(膿性)痰を伴う。普段は平地を普通に歩けるのに、今は室内移動でも息切れがある。息切れ・喀痰量・喀痰の膿性化の悪化はCOPD急性増悪の典型的な症状であり、発熱と膿性痰から細菌性気道感染(肺炎を含む)が誘因と考えられる。 ・バイタルサインは脈拍132/分、呼吸数28/分、SpO2 86%(室内気)と、頻脈・頻呼吸・低酸素血症を示し、重い呼吸不全の状態である。 ・咽頭に発赤や白苔はなく、上気道炎が主体ではない。両側にwheezes(笛様の連続性副雑音)と呼気延長があり、下気道の閉塞が強いことを示す。心音異常や下腿浮腫はなく、うっ血性心不全を示唆する所見は乏しい。
頸部の写真と模式図の読み方
模式図では、甲状軟骨のすぐ下にあるはずの輪状軟骨が胸骨の後ろに隠れ、その下の気管も胸骨の後方に描かれている。写真でも喉頭が胸骨上切痕のすぐ上まで下がっており、胸骨上縁と甲状軟骨の間に気管がほとんど見えない。頸部に腫瘤、発赤・腫脹、リンパ節の隆起といった所見はない。すなわち、頸部で観察できる気管の長さが短くなった「気管短縮」の所見である。
考え方
COPDで肺が過膨張すると横隔膜が低く平坦になり、縦隔・気管が胸腔側へ下方に引かれる。その結果、喉頭の位置が下がり、胸骨上縁から輪状軟骨までの距離が短くなる。さらに増悪時の努力呼吸では、吸気のたびに喉頭が胸骨側へ引き込まれる動きも加わる。本例は重喫煙歴のあるCOPD患者の急性増悪であり、頸部の見た目はこの気管短縮に合致する。
選択肢考察
- ○a. 気管短縮
胸骨上縁から輪状軟骨までの距離は健常者ではおおむね3横指程度あるが、COPDなどで肺が過膨張すると2横指以下に短縮し、本例のように輪状軟骨が胸骨の後ろに隠れるほどになることもある。機序は、過膨張した肺と低位・平坦化した横隔膜によって縦隔と気管が下方に引かれるためである。写真と模式図は喉頭が胸骨上切痕の直上まで下がり、頸部の気管がほとんど見えない状態を示しており、この所見に一致する。重症の閉塞性換気障害や過膨張を反映する身体所見である。
- ×b. 甲状腺腫
甲状腺は輪状軟骨の下、気管の前面にあり、腫大すると頸部前面の下部がびまん性または結節性に膨らむ。嚥下時に喉頭とともに上下することが特徴である。本例では頸部前面に膨隆はなく、むしろ甲状腺が存在するはずの部分が胸骨の後ろに隠れており、甲状腺腫の所見はない。
- ×c. 正中頸嚢胞
正中頸嚢胞(甲状舌管嚢胞)は、胎生期に甲状腺が舌根部から下降する通り道(甲状舌管)が遺残して生じる先天性の嚢胞である。多くは舌骨付近の正中に弾性軟の腫瘤として現れ、舌を出すと上方へ動く。本例では舌骨周囲の正中に腫瘤はみられない。
- ×d. 頸部蜂窩織炎
蜂窩織炎は皮膚の深層から皮下組織に広がる細菌感染で、境界不明瞭な発赤、腫脹、熱感、圧痛を示す。頸部では深頸部感染症や気道狭窄に進展しうるため重要である。本例も発熱はあるが、写真の頸部皮膚に発赤や腫脹はなく、発熱は呼吸器感染によるものと考えられる。
- ×e. リンパ節腫大
頸部リンパ節の腫大は、胸鎖乳突筋の前後や鎖骨上窩などに結節状の隆起として観察・触知される。感染症、悪性リンパ腫、癌の転移(特に鎖骨上窩のVirchowリンパ節)などで生じる。本例の写真ではこれらの部位に隆起はなく、リンパ節腫大は認められない。
COPDでみられる主な身体所見
・視診:口すぼめ呼吸(呼気時に口をすぼめて気道内圧を保ち、気道の虚脱を防ぐ)、胸鎖乳突筋や斜角筋などの呼吸補助筋の発達と吸気時の収縮、樽状胸郭(胸郭の前後径の増大)、鎖骨上窩や肋間の吸気時陥凹。 ・気管短縮:胸骨上縁から輪状軟骨までの距離が短縮する(2横指以下が目安)。 ・吸気時の喉頭下方移動(tracheal tug、Campbell徴候):吸気のたびに甲状軟骨が胸骨側へ引き下げられる。 ・Hoover徴候:平坦化した横隔膜が収縮すると側胸部の下部肋骨を内側へ引き込み、吸気時に下部胸郭が内側に動く。 ・打診・聴診:過膨張による鼓音、肝濁音界の低下、心濁音界の縮小、呼吸音の減弱、呼気延長、wheezes。 ・重症例や右心不全合併例:チアノーゼ、頸静脈怒張、下腿浮腫(肺性心)。
胸部エックス線写真でみられる過膨張所見
肺野の透過性亢進、横隔膜の低位・平坦化、肋間腔の開大、心陰影の縦長化(滴状心)、側面像での胸骨後腔の拡大などがある。気管短縮は、この過膨張を体表から推定できる所見といえる。
COPD急性増悪
息切れ・咳・喀痰の悪化などが短期間に生じ、普段の治療の追加や変更を要する状態である。誘因として最も多いのはウイルスや細菌による気道感染であり、大気汚染なども誘因となる。心不全、気胸、肺血栓塞栓症などとの鑑別が必要である。
POINT
・胸骨上縁から輪状軟骨までの距離が短くなる「気管短縮」は、肺の過膨張を示すCOPDの身体所見である。 ・機序は、過膨張と横隔膜の低位・平坦化によって縦隔・気管が下方へ引かれることである。 ・COPDの身体所見として、呼吸補助筋の発達、口すぼめ呼吸、樽状胸郭、吸気時の喉頭下方移動、Hoover徴候などもあわせて覚える。 ・発熱・膿性痰・呼吸困難の悪化は、感染を誘因とするCOPD急性増悪を示す。
