StudyMed医師国家試験

アルコールが効かない相手―ノロウイルスとエンベロープが分ける手指衛生

第120回医師国家試験 B問題 第22問

国試問題にチャレンジ

第120回 B問題 第22問

感染症患者の身体診察後に手指消毒ではなく流水下での手洗いが必要なのはどれか。

  1. a.ノロウイルス
  2. b.新型コロナウイルス
  3. c.インフルエンザウイルス
  4. d.水痘・帯状疱疹ウイルス
  5. e.ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は感染対策の基本、手指衛生の方法を病原体ごとに使い分ける問題だ。カギになるのはウイルスの構造、特に「エンベロープ」があるかどうか。まず、医療現場で手指衛生の第一選択になっているのはどちらの方法かな。
医学生医学生
病棟の入り口や病室の前にアルコールのポンプが置いてあるので、擦式アルコール製剤による手指消毒だと思います。
ドクタードクター
その通り。短時間で高い効果が得られて手荒れも比較的少ないから、通常の診療ではアルコール手指消毒が基本だ。ただし例外がある。ひとつは手に血液や体液など目に見える汚れがあるとき。もうひとつはアルコールが効きにくい病原体に触れた可能性があるときだ。
医学生医学生
アルコールが効きにくいかどうかは、どうやって判断すればいいんですか。
ドクタードクター
そこでエンベロープの出番。エンベロープはウイルス粒子の外側を包む脂質二重膜由来の膜で、アルコールや界面活性剤で簡単に壊れる。だからエンベロープをもつウイルスはアルコールで速やかに不活化される。一方、エンベロープのないウイルスはタンパク質の殻、カプシドがむき出しで、アルコールに抵抗性を示すものが多いんだ。
医学生医学生
微生物学の講義でウイルスの分類表を覚えさせられましたが、こういう実践的な意味があったんですね。
ドクタードクター
そういうこと。では選択肢を見ていこう。新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスはどうかな。
医学生医学生
どちらもエンベロープをもつRNAウイルスなので、アルコールが効くはずです。ただ、コロナ禍のときは手洗いも盛んに勧められていたので少し迷いました。
ドクタードクター
日常生活での手洗いの推奨とは分けて考えよう。医療現場では、目に見える汚れがなければこの2つはアルコール手指消毒で対応できる。感染経路としては飛沫や接触が中心だから、手指衛生に加えてマスクなどの個人防護具や飛沫予防策が重要になるんだ。水痘・帯状疱疹ウイルスはどうだろう。
医学生医学生
ヘルペスウイルス科のDNAウイルスで、エンベロープがあります。でも空気感染するので、特別な対応が必要だった気がします。
ドクタードクター
いいところに気づいたね。手指衛生はアルコールで問題ないけれど、水痘や播種性帯状疱疹は空気感染するから、陰圧個室への隔離やN95マスクを用いた空気予防策が必要になる。水疱の内容物でも感染するから接触予防策も併用する。手指衛生の方法と隔離の方法は別の軸で考えるのがコツだ。
医学生医学生
HIVもエンベロープをもつレトロウイルスなので、アルコールが効きますよね。しかも身体診察くらいの接触ではうつらないはずです。
ドクタードクター
その通り。HIVの主な感染経路は性行為、血液曝露、母子感染で、通常の診察では感染しない。ただし、どの病原体であっても手に血液や体液が付いて目に見える汚れがあれば、石けんと流水で洗う必要がある。これは共通ルールとして覚えておこう。
医学生医学生
そうすると、ノロウイルスがエンベロープをもたないウイルスなので、流水下での手洗いが必要ということですね。
ドクタードクター
正解。ノロウイルスはカリシウイルス科のエンベロープをもたないRNAウイルスで、アルコールに抵抗性を示す。しかも10〜100個程度のごく少量で感染が成立するとされ、環境中でも感染力を保ちやすい。便や吐物から手指や環境を介して口に入り、病院や施設で集団発生を起こしやすいんだ。だから石けんと流水で丁寧に洗い、ウイルスそのものを物理的に洗い流す必要がある。
医学生医学生
臨床実習中に病棟でノロの集団発生があったとき、看護師さんが吐物を次亜塩素酸ナトリウムで処理していました。アルコールでは駄目なんですね。
ドクタードクター
そう、環境や物品の消毒には次亜塩素酸ナトリウムを使う。吐物は乾燥すると舞い上がって感染源になるから、手袋・マスク・ガウンを着けて速やかに拭き取り、消毒する。ただし次亜塩素酸ナトリウムは刺激性が強いので皮膚の消毒には使わない。名前の似た次亜塩素酸水とは別物だから注意しよう。
医学生医学生
エンベロープのないウイルスには、ほかにロタウイルスやアデノウイルス、エンテロウイルスもありましたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。A型・E型肝炎ウイルスやパルボウイルスB19なども同じグループだ。それから、ウイルスではないけれど、Clostridioides difficileの芽胞もアルコールでは死滅しないから、感染者に接触した後は石けんと流水での手洗いが必要になる。下痢の患者さんを診たら、まず手洗いの方法を意識する習慣をつけておこう。

まとめ

医療現場の手指衛生は擦式アルコール製剤による手指消毒が基本ですが、アルコールが効きにくい病原体に接触したときや、手に目に見える汚れがあるときは石けんと流水による手洗いが必要です。アルコールの効きやすさはウイルスのエンベロープの有無で判断でき、新型コロナウイルス、インフルエンザウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、HIVはエンベロープをもつためアルコールで不活化されます。ノロウイルスはエンベロープをもたずアルコールに抵抗性を示し、少量で感染して集団発生を起こしやすいため、診察後は流水で物理的に洗い流し、環境の消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用います。C. difficileの芽胞も同様にアルコールが効かないことをあわせて押さえておくと、日々の診療で適切な感染対策を選べるようになります。

解答・解説

正解はaです

医療現場の手指衛生には、主に「アルコール含有の擦式手指消毒薬による手指消毒」と「石けんと流水による手洗い」の2つの方法がある。通常の診療では、短時間で高い殺菌・殺ウイルス効果が得られ、手荒れも比較的少ない擦式アルコール製剤による手指消毒が第一選択とされる。 しかし、アルコールが効きにくい病原体に接触した可能性がある場合や、手に血液・体液などの目に見える汚れが付着している場合には、石けんと流水で手洗いを行い、病原体や汚れそのものを物理的に洗い流す必要がある。 アルコールの効きやすさを判断する鍵となるのが、ウイルスの「エンベロープ」の有無である。エンベロープは、ウイルス粒子の外側を包む脂質二重膜由来の膜で、アルコールや界面活性剤によって容易に破壊される。そのためエンベロープをもつウイルスはアルコールで速やかに不活化される。一方、エンベロープをもたないウイルス(ノンエンベロープウイルス)は、タンパク質の殻(カプシド)がむき出しの構造で、アルコールに抵抗性を示すものが多い。 選択肢のうち、ノロウイルスはエンベロープをもたず、アルコールに抵抗性があり、少量のウイルスでも感染が成立し、患者の便や吐物を介した接触感染で院内に広がりやすい。そのため、ノロウイルス感染症患者の診察後には、アルコール手指消毒だけに頼らず、石けんと流水による手洗いが必要となる。その他の選択肢のウイルスはいずれもエンベロープをもち、アルコールによる手指消毒が有効である。

選択肢考察

  1. ○a.  ノロウイルス

    ノロウイルスはカリシウイルス科に属するエンベロープをもたないRNAウイルスで、アルコールに抵抗性を示す。さらに、ごく少量のウイルス量(10〜100個程度とされる)で感染が成立し、環境中でも比較的長く感染力を保つ。患者の便や吐物を介した接触感染(手指や環境表面を介した経口感染)や、乾燥した吐物が舞い上がることによる感染が院内・施設内集団発生の原因となる。このため、患者の診察やケアの後はアルコール手指消毒では不十分で、石けんと流水で丁寧に手を洗い、ウイルスを物理的に除去する必要がある。なお、吐物や便で汚染された環境の消毒にはアルコールではなく次亜塩素酸ナトリウムを用いる。次亜塩素酸ナトリウムは刺激性が強いため、皮膚の消毒には用いない。

  2. ×b.  新型コロナウイルス

    新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はエンベロープをもつRNAウイルスであり、アルコールによって速やかに不活化される。したがって、手に目に見える汚れがなければ、擦式アルコール製剤による手指消毒で対応できる。主な感染経路は飛沫感染・エアロゾル感染と接触感染であり、手指衛生に加えてマスクや個人防護具の適切な使用が重要である。

  3. ×c.  インフルエンザウイルス

    インフルエンザウイルスはエンベロープをもつRNAウイルスで、アルコール(通常、エタノール濃度70〜80%程度の製剤が用いられる)に対する感受性が高い。そのため手指衛生は擦式アルコール製剤による手指消毒で十分である。主な感染経路は飛沫感染と接触感染であり、院内では標準予防策に加えて飛沫予防策をとる。

  4. ×d.  水痘・帯状疱疹ウイルス

    水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:VZV)はヘルペスウイルス科に属するエンベロープをもつDNAウイルスで、アルコールが有効である。したがって手指衛生はアルコール手指消毒で対応できる。ただし、水痘(初感染)や播種性帯状疱疹(再活性化した病変が全身に広がったもの)は空気感染(飛沫核感染)するため、院内では陰圧個室への隔離やN95マスクの着用などの空気予防策が必要である。また、水疱内容物との接触でも感染するため接触予防策も併用する。予防には水痘ワクチン(小児の定期接種)があり、50歳以上では帯状疱疹予防のワクチンも用いられる。

  5. ×e.  ヒト免疫不全ウイルス〈HIV〉

    HIVはレトロウイルス科に属するエンベロープをもつRNAウイルスで、アルコールにより不活化される。また、身体診察のような通常の接触で感染することはなく、主な感染経路は血液・体液を介した感染(性行為、血液曝露、母子感染)である。したがって、診察後の手指衛生はアルコール手指消毒で対応できる。ただし、病原体の種類にかかわらず、手に血液や体液が付着して目に見える汚れがある場合には、石けんと流水による手洗いを行う。

エンベロープの有無とアルコール感受性

・エンベロープあり(アルコールが有効):インフルエンザウイルス、コロナウイルス(SARS-CoV-2など)、ヘルペスウイルス科(単純ヘルペスウイルス、VZV、サイトメガロウイルス、EBウイルス)、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルス、RSウイルス、HIV、B型・C型肝炎ウイルスなど ・エンベロープなし(アルコールに抵抗性を示すものが多い):ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルス(コクサッキーウイルス、エンテロウイルスなど)、ポリオウイルス、A型・E型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス、パルボウイルスB19など

流水と石けんによる手洗いが必要な主な場面

・手に血液・体液・排泄物などの目に見える汚れがあるとき ・ノロウイルスなどアルコール抵抗性のウイルスの感染者に接触したとき ・芽胞を形成する細菌(Clostridioides difficileなど)の感染者に接触したとき(芽胞はアルコールで死滅しない)

ノロウイルス感染対策の要点

・標準予防策に加えて接触予防策を行う(手袋・ガウンの着用、患者専用器具の使用など)。 ・吐物・便の処理は手袋・マスク・ガウンを着用し、ペーパータオルで静かに拭き取ったうえで次亜塩素酸ナトリウムで消毒する。乾燥すると舞い上がって感染源となるため、速やかに処理する。 ・汚染されたリネン類は次亜塩素酸ナトリウムへの浸漬や85℃・1分以上の熱水処理で消毒する。

次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸水の違い

次亜塩素酸ナトリウムはアルカリ性の消毒薬(漂白剤の成分)で、皮膚や粘膜への刺激・腐食性が強いため人体には使用せず、環境や物品の消毒に用いる。次亜塩素酸水は酸性〜弱酸性の電解水などで、名称は似ているが別物である。

POINT

・エンベロープをもつウイルスはアルコールで不活化されやすい。エンベロープをもたないウイルスはアルコールに抵抗性を示すものが多い。 ・ノロウイルスはエンベロープをもたずアルコールに抵抗性を示すため、診察後は石けんと流水による手洗いが必要である。環境の消毒には次亜塩素酸ナトリウムを用いる。 ・C. difficileの芽胞もアルコールで死滅しないため、流水と石けんによる手洗いが必要である。 ・病原体にかかわらず、手に目に見える汚れがあれば流水と石けんで手洗いする。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。