その手が次の患者へ運ぶもの―感染経路で読み解くMRSAと院内感染対策
第120回医師国家試験 F問題 第31問
国試問題にチャレンジ
医療従事者の手を介して感染することが多いのはどれか。
- a.破傷風
- b.C型肝炎
- c.プリオン病
- d.レジオネラ症
- e.メチシリン耐性黄色ブドウ球菌〈MRSA〉感染症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
医療従事者の手を介した伝播は接触感染(間接接触による交差感染)であり、その代表が鼻腔や皮膚に定着しやすく手指や環境表面で生存できるMRSAです。破傷風は土壌中の芽胞が創傷から侵入し、C型肝炎は針刺しなどの血液媒介、プリオン病は多くが孤発性で医原性なら移植や汚染器具、レジオネラ症は汚染水のエアロゾル吸入が主な経路で、いずれも手指を介したヒトからヒトへの伝播は問題となりません。MRSA対策の基本は、すべての患者に行う標準予防策、特に5つのタイミングでの手指衛生と、手袋・ガウン着用などの接触予防策です。芽胞形成菌やノロウイルスには流水と石けんによる手洗いが必要な点も押さえておきましょう。病原体ごとに感染経路を整理することは、国試対策だけでなく、病棟で患者を守る日々の行動に直結します。
解答・解説
正解はeです
医療関連感染(院内感染)の対策を考えるには、それぞれの病原体が「どの経路で」ヒトに入るかを押さえることが基本である。主な感染経路は、接触感染(直接接触、または手指・器具・環境表面を介した間接接触)、飛沫感染、空気感染(飛沫核感染)、血液・体液を介した感染、一般媒介物(水・食品など)による感染、ベクター(昆虫など)媒介感染に分けられる。 本問で問われている「医療従事者の手を介して感染する」は、接触感染のうち間接接触感染にあたる。保菌者・感染者に触れた医療従事者の手指が病原体で汚染され、手指衛生が不十分なまま次の患者に触れることで病原体が運ばれる(交差感染)という経路である。 選択肢のうち、この経路が主要な伝播様式となっているのは、皮膚や鼻腔に定着しやすく、手指や環境表面で生存できるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である。他の選択肢は、創傷からの土壌由来菌の侵入(破傷風)、血液を介した感染(C型肝炎)、汚染組織の移植や器具を介した医原性感染(プリオン病)、汚染水由来のエアロゾル吸入(レジオネラ症)が主な経路であり、日常的な手指を介した伝播は問題とならない。したがって正解はeである。
選択肢考察
- ×a. 破傷風
誤り。破傷風は、土壌などに芽胞の形で広く存在する偏性嫌気性菌の破傷風菌(Clostridium tetani)が、刺し傷・挫創などの傷口から侵入し、酸素の乏しい創部で増殖して神経毒素(テタノスパスミン)を産生することで発症する。開口障害、痙笑、後弓反張などの強直性痙攣が特徴である。感染源は環境(土壌)であり、ヒトからヒトへは伝播しないため、医療従事者の手を介して広がることはない。予防には破傷風トキソイドの予防接種と、汚染創の適切な処置が重要である。
- ×b. C型肝炎
誤り。C型肝炎ウイルス(HCV)は血液を介して感染する(血液媒介感染)。かつては輸血や血液製剤、注射器の使い回しが主な感染経路であったが、現在は献血血液のスクリーニングにより輸血による感染はきわめてまれになり、医療現場では針刺し事故などの血液曝露、医療外では入れ墨・ピアスの器具共用や薬物の回し打ちが主な経路となっている。母子感染や性行為による感染はB型肝炎と比べて少ない。血液が付着した器具や針刺しを除けば、健常な皮膚への接触や手指を介した日常的な伝播は通常起こらない。
- ×c. プリオン病
誤り。プリオン病は、正常プリオン蛋白が異常構造のプリオン蛋白に変化して脳に蓄積し、急速に進行する認知症やミオクローヌスをきたす致死的な疾患である。代表のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)は大部分が原因不明の孤発性で、ほかに遺伝性、獲得性がある。獲得性には、ヒト乾燥硬膜の移植や角膜移植、汚染された脳外科器具、ヒト下垂体由来成長ホルモン製剤などによる医原性CJDと、牛海綿状脳症(BSE)に関連する変異型CJDがある。日常的な接触や医療従事者の手を介したヒトからヒトへの伝播は確認されていない。なお、異常プリオンは通常の消毒・滅菌に抵抗性を示すため、脳・脊髄・眼などの高リスク組織に触れた手術器具には特別な処理が必要である。
- ×d. レジオネラ症
誤り。レジオネラ菌(Legionella pneumophila など)は土壌や水環境に広く存在し、アメーバ内でも増殖する。循環式浴槽、温泉、空調設備の冷却塔、加湿器、給湯設備など、管理不十分な温水の中で増殖し、そこから発生したエアロゾル(微小な水滴)を吸い込むことで感染し、重症肺炎(レジオネラ肺炎)やポンティアック熱を起こす。高齢者、喫煙者、糖尿病患者、免疫不全患者などで重症化しやすい。ヒトからヒトへの感染は基本的に起こらないため、医療従事者の手を介した伝播は問題とならない。院内での対策は給水・給湯設備の衛生管理が中心となる。
- ○e. メチシリン耐性黄色ブドウ球菌〈MRSA〉感染症
正しい。MRSAは、βラクタム系抗菌薬の標的であるペニシリン結合蛋白が変化した(mecA遺伝子がコードするPBP2'=PBP2aをもつ)ことで、メチシリンを含むほぼすべてのβラクタム系薬に耐性を示す黄色ブドウ球菌である。鼻腔や皮膚に無症状で定着(保菌)していることが多く、乾燥した環境表面や手指でもしばらく生存できる。保菌者や感染者に触れた医療従事者の手指、聴診器・血圧計などの医療器具、ベッド柵などの環境表面を介して他の患者に広がる接触感染が主な伝播経路であり、代表的な院内感染起因菌である。対策の基本は、標準予防策(特に患者接触の前後での手指衛生)の徹底に加え、接触予防策(手袋・ガウンの着用、器具の患者専用化、個室管理など)である。治療にはバンコマイシン、テイコプラニン、リネゾリド、ダプトマイシンなどの抗MRSA薬を用いる。
標準予防策と感染経路別予防策
・標準予防策(standard precautions):感染症の有無にかかわらず、すべての患者の血液・体液・分泌物・排泄物(汗を除く)・傷のある皮膚・粘膜を感染の可能性があるものとして扱う。中核は手指衛生で、WHOは「患者に触れる前」「清潔・無菌操作の前」「体液に曝露された可能性のある後」「患者に触れた後」「患者周辺の物品に触れた後」の5つのタイミングを示している。 ・接触予防策:MRSA、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生菌、カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)、クロストリディオイデス・ディフィシル、ノロウイルス、疥癬など。 ・飛沫予防策:インフルエンザ、風疹、ムンプス、マイコプラズマ、百日咳など(サージカルマスク)。 ・空気予防策:結核、麻疹、水痘(陰圧個室、N95マスク)。
手指衛生の注意点
日常的な手指衛生には擦式アルコール製剤が推奨されるが、目に見える汚れがある場合や、アルコールが効きにくい芽胞形成菌(クロストリディオイデス・ディフィシル)やノロウイルスでは、石けんと流水による手洗いを行う。
POINT
・医療従事者の手を介した伝播=接触感染(交差感染)の代表がMRSA(ほかVRE、多剤耐性グラム陰性桿菌、C. difficile、ノロウイルスなど) ・対策は標準予防策(手指衛生)+接触予防策 ・破傷風=土壌中の芽胞が創傷から侵入 ・C型肝炎=血液媒介(針刺し事故など) ・プリオン病=多くは孤発性、医原性は硬膜移植・角膜移植・汚染器具など ・レジオネラ症=汚染水のエアロゾル吸入、ヒト‐ヒト感染はない
