吐物処理の落とし穴―ノロウイルスに「アルコール綿」が効かない理由
第119回医師国家試験 C問題 第37問
国試問題にチャレンジ
7歳の男児。嘔吐と下痢を主訴に母親に連れられて来院した。2日前から38℃の発熱,嘔吐及び1日8回の水様下痢が持続しており,経口水分摂取が困難なため入院した。入院時検査で便中ノロウイルス抗原が陽性であった。研修医がビニールエプロン,サージカルマスク,アイガード及びディスポーザブル手袋を着用し病室で診察をしていたところ,患児がプラスチック製テーブルの上に少量嘔吐した。研修医は嘔吐後の患児の状態が安定していることを確認後,①ペーパータオルで吐物を拭き取り,②ペーパータオルをビニール袋に入れて密封後に③医療廃棄物用のごみ箱に捨て,テーブルの上を④アルコール綿で拭いて消毒した。その後,ディスポーザブル手袋,アイガード,ビニールエプロン,サージカルマスクを医療廃棄物用のごみ箱に捨て,⑤自分の手を石鹸を用いて流水で洗浄した。 下線部のうち,対応で誤っているのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
ノロウイルスは感染力が非常に強く、吐物や便に大量に含まれるため、吐物は防護具を着用したうえで、すみやかに拭き取り、密封して感染性廃棄物として廃棄します。ノロウイルスはエンベロープを持たないため、脂質膜を壊して作用するアルコールは効果が乏しく、汚染された環境は次亜塩素酸ナトリウム(吐物・便汚染部では約0.1%)や加熱で消毒する必要があります。手指については、皮膚刺激の強い次亜塩素酸ナトリウムは使わず、石鹸ともみ洗い・流水で物理的に洗い流すのが基本です。インフルエンザやコロナウイルスなどエンベロープを持つウイルスとの消毒薬の使い分けを理解しておくことは、病棟での院内感染対策に直結する実践的な知識です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理と診断
7歳男児が2日前から38℃の発熱、嘔吐、1日8回の水様下痢をきたし、経口摂取困難で入院した。便中ノロウイルス抗原が陽性であり、ノロウイルス感染症(感染性胃腸炎)と診断できる。
ノロウイルスの感染対策で押さえるべき性質
・感染力が非常に強く、10〜100個程度のごく少量のウイルス粒子でも感染が成立するとされる。吐物や便には大量のウイルスが含まれる。 ・感染経路は、汚染された手指・環境を介した接触感染(糞口感染)、汚染食品(カキなどの二枚貝)による経口感染が中心である。加えて、嘔吐時に飛び散る飛沫や、処理が不十分なまま乾燥した吐物・便から舞い上がった微粒子を吸い込み、それを飲み込むことでも感染しうる。 ・エンベロープ(ウイルス表面を覆う脂質の膜)を持たないウイルスであるため、脂質膜を壊して効果を発揮するアルコール(エタノール)が効きにくい。環境の消毒には次亜塩素酸ナトリウムや加熱(85〜90℃で90秒以上)が用いられる。
設問の考え方
吐物処理の一連の流れ(防護具の着用 → 吐物の除去 → 廃棄物の密封・廃棄 → 汚染面の消毒 → 防護具の脱衣 → 手洗い)の各段階で、ノロウイルスの性質に照らして適切かを判断する。誤っているのは、エンベロープを持たないノロウイルスに対して効果の乏しいアルコールで環境を消毒した④である。 なお、研修医がビニールエプロン、サージカルマスク、アイガード、ディスポーザブル手袋を着用して対応した点、脱衣時に汚染の強い手袋から外し、最後に手洗いを行った点は適切である。
選択肢考察
- ×a. ①
吐物を使い捨てのペーパータオルで拭き取ることは適切である。外側から内側に向けて、周囲に広げないように静かに拭き取る。より望ましい手順としては、吐物をペーパータオルで覆い、その上から次亜塩素酸ナトリウム液を静かに注いでウイルスを不活化しつつ飛散を抑えてから取り除く方法がある。いずれにせよ、ペーパータオルでの除去という対応自体は誤りではない。
- ×b. ②
吐物を拭き取ったペーパータオルにはウイルスが大量に付着しているため、ビニール袋に入れて密封し、ウイルスの飛散や乾燥後の舞い上がりを防ぐのは適切である。袋の中に次亜塩素酸ナトリウム液を注いで浸してから密封すると、さらに確実である。
- ×c. ③
患者の血液・体液(吐物・便など)が付着したものは感染性廃棄物として扱い、医療廃棄物用(感染性廃棄物用)の容器に捨てるのが適切である。ペーパータオルのような紙くず類は、法令上は感染性廃棄物のうち感染性一般廃棄物に分類される。
- ○d. ④
これが誤った対応である。アルコールはウイルスのエンベロープ(脂質膜)を破壊することで効果を発揮するため、エンベロープを持たないノロウイルスには十分な効果が得られない。吐物で汚染された面は、次亜塩素酸ナトリウム(吐物・便で汚染された場所には約0.1%=1,000ppm)で浸すように拭き、一定時間置いた後に水拭きする。次亜塩素酸ナトリウムは金属を腐食させ、布を脱色させるが、プラスチック製テーブルには問題なく使用できる。
- ×e. ⑤
防護具を外した後は、石鹸と流水による手洗いを行うのが適切である。ノロウイルスにはアルコール手指消毒薬の効果が不十分なため、手指に付着したウイルスは石鹸でよくもみ洗いし、流水で物理的に洗い流して除去する必要がある。次亜塩素酸ナトリウムは皮膚への刺激が強く、手指消毒には用いない。手袋を着用していても、脱衣の際に手が汚染されうるため、手洗いは必須である。
エンベロープの有無と消毒薬
・エンベロープを持つウイルス(インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ヘルペスウイルス、HIVなど):アルコールが有効。 ・エンベロープを持たないウイルス(ノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、エンテロウイルスなど):アルコールは効果が乏しい。次亜塩素酸ナトリウム、加熱が有効。
次亜塩素酸ナトリウムの濃度の目安
・吐物・便で汚染された床や物品:約0.1%(1,000ppm) ・ドアノブ、手すり、調理器具などの一般的な環境・物品:約0.02%(200ppm) ・金属は腐食するため、消毒後に水拭きする。皮膚・粘膜には使用しない。
吐物処理の基本手順
1. 処理者以外を遠ざけ、換気する。 2. 使い捨て手袋、マスク、エプロン(必要に応じてアイガード)を着用する。 3. 吐物をペーパータオルで覆い、次亜塩素酸ナトリウム液をかけて、外側から内側へ静かに拭き取る。 4. 拭き取ったものはビニール袋に入れ、消毒液を注いで密封し廃棄する。 5. 汚染箇所とその周囲を次亜塩素酸ナトリウムで消毒し、時間をおいて水拭きする。 6. 防護具は汚染の強い手袋から外し、最後に石鹸と流水で手洗いを行う。
手洗いの効果
流水だけの手洗いでも手指のウイルス量は大きく減るが、石鹸で十分にもみ洗いしてから流水ですすぐと、さらに桁違いに減らせることが報告されている。ノロウイルス対策では「洗い流す」ことが基本である。
ノロウイルス感染症の臨床
潜伏期は1〜2日。嘔吐・下痢・腹痛・発熱で発症し、通常は数日で軽快するが、小児・高齢者では脱水に注意する。特異的治療はなく補液などの対症療法を行う。症状消失後も1週間以上(ときに1か月程度)便中にウイルスが排出されうる。
POINT
・ノロウイルスはエンベロープを持たないため、アルコール消毒は効果が乏しい。環境消毒は次亜塩素酸ナトリウム(吐物・便汚染部は約0.1%)または加熱。 ・吐物は乾燥すると微粒子として舞い上がり感染源となるため、速やかに除去・密封・消毒する。 ・手指は石鹸と流水で洗い流す。次亜塩素酸ナトリウムは人体に使わない。 ・吐物の付着物は感染性廃棄物として処理する。
