「おしっこが出にくい」を聞き逃すな―腰痛に潜む馬尾症候群のレッドフラッグ
第119回医師国家試験 E問題 第40問
国試問題にチャレンジ
48歳の女性。腰痛と両下肢痛を主訴に来院した。昨日の朝,ごみ出しをした後から腰痛が出現し,両下肢にも痛みとしびれがみられた。市販の鎮痛薬を内服して様子をみていた。今朝①ベッドから起き上がるときに痛みが増強した。また,②今朝から尿が出にくくなった。③最近顔がほてったりする。④8年前に子宮頸癌に対する手術を受けた。喫煙歴はない。飲酒は夫と週にワイン1本を飲む。⑤この1年間で体重が4kg増加した。意識は清明。身長152cm,体重68kg。体温36.8℃。脈拍80/分,整。血圧124/76mmHg。呼吸数22/分。SpO2 98%(room air)。頭頸部と胸腹部に異常を認めない。肛門括約筋の収縮は減弱している。両側足関節底屈筋力の低下を認める。会陰部に知覚障害がある。腰部に強い痛みがあり,両臀部から大腿後面にかけて強い痛みとしびれを認める。上肢腱反射は正常。下肢では両側のアキレス腱反射が減弱している。 下線部の病歴のうち,緊急性が高いのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
急性腰痛の診療では、まずレッドフラッグを系統的に確認し、重篤な疾患を見逃さないことが重要です。両側性の下肢痛としびれに、会陰部(サドル領域)の知覚障害、肛門括約筋の収縮減弱、排尿障害が加わる場合は、馬尾が広く圧迫された馬尾症候群を考え、原因として最も多いのは大きな正中型腰椎椎間板ヘルニアです。膀胱直腸障害は時間とともに不可逆的になりやすいため、緊急MRIで評価し、できるだけ早く除圧手術を検討します。一方、体動で増悪する痛みは機械的腰痛の特徴であり、癌の既往はレッドフラッグではあっても、本例では進行中の神経障害の対応が優先されます。患者さんが自ら訴えないことも多い排尿・排便の変化を、腰痛患者に必ず尋ねる習慣が、後遺障害を防ぐ第一歩になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・48歳女性。ごみ出し(前かがみで重い物を持つ動作)の後から急に腰痛が出現し、同時に両下肢の痛みとしびれが生じた。 ・翌朝には尿が出にくくなっている(排尿障害)。 ・診察:肛門括約筋の収縮減弱、会陰部の知覚障害、両側の足関節底屈筋力低下、両側アキレス腱反射減弱、両臀部から大腿後面に及ぶ強い痛みとしびれ。上肢腱反射は正常。 ・BMI 約29(152cm、68kg)と肥満傾向。8年前に子宮頸癌の手術歴。発熱なし。
神経学的な読み取り
足関節底屈とアキレス腱反射はS1神経根、臀部から大腿後面の感覚はS1~S2付近、会陰部(いわゆるサドル領域)の感覚と肛門括約筋・膀胱の機能はS2~S4の仙髄神経根が担う。これらが「両側性」かつ「複数の神経根にまたがって」障害されており、上肢は正常であることから、腰椎レベルで脊柱管内の馬尾が広く圧迫されていると考えられる。すなわち馬尾症候群(cauda equina syndrome)である。
診断
動作をきっかけに急に発症していることから、大きな正中型(脊柱管の中央に突出する)腰椎椎間板ヘルニアによる馬尾圧迫が最も考えられる。徐々に進行する腰部脊柱管狭窄症とは経過が異なる。癌の既往からは脊椎転移による圧迫も念頭に置くが、術後8年が経過し、体重減少もなく、急な動作に伴う急性発症という経過からは可能性は低い。
設問の考え方
下線部の病歴のなかから、直ちに対応しなければ不可逆的な障害につながるもの、つまり緊急性の高いものを選ぶ。腰痛診療では、重篤な疾患を示唆する危険信号(レッドフラッグ)の有無を確認することが重要であり、なかでも膀胱直腸障害を伴う馬尾症候群は、神経機能を守るため緊急の画像検査(MRI)と速やかな除圧手術を検討すべき病態である。下線部のうち、この馬尾症候群を直接示す病歴は排尿障害である。
選択肢考察
- ×a. ①
「ベッドから起き上がるときに痛みが増強した」という、体動に伴う痛みの増悪は、椎間板ヘルニアをはじめ腰痛症全般でよくみられる機械的な痛みの特徴である。むしろ動作と無関係な痛み(安静時痛・夜間痛)のほうが腫瘍や感染を疑う危険信号であり、体動時の増悪そのものは鎮痛薬などで対応する範囲で、緊急性を示す所見ではない。
- ○b. ②
「今朝から尿が出にくくなった」は、仙髄神経根(S2~S4)の障害による膀胱機能障害を示す。肛門括約筋の収縮減弱や会陰部の知覚障害と合わせると、馬尾が強く圧迫された馬尾症候群と判断できる。膀胱直腸障害は時間とともに不可逆的となりやすく、排尿・排便障害や性機能障害が後遺することがある。そのため、ただちにMRIで圧迫の原因を確認し、可能な限り早く(一般に発症後48時間以内が目安とされる)除圧手術を行うことが推奨される。下線部のなかで最も緊急性が高い。
- ×c. ③
48歳女性の「顔のほてり」は、閉経前後の更年期症状(ホットフラッシュ)として説明できる。甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患も鑑別にはなるが、いずれにしても今回の腰痛・下肢症状とは直接関係がなく、緊急の対応を要する病歴ではない。
- ×d. ④
悪性腫瘍の既往は、脊椎転移を疑う腰痛のレッドフラッグの一つであり、軽視はできない。しかし本例は術後8年が経過し、体重減少もなく、重い物を持つ動作の直後に急に発症した経過は椎間板ヘルニアに合致する。転移の可能性はMRIで同時に評価できるが、既往歴そのものが今すぐの処置を要求する情報ではない。下線部のなかで緊急性が最も高いのは、進行中の神経障害を示す排尿障害である。
- ×e. ⑤
1年間での4kgの体重増加(BMI 約29)は、腰椎にかかる負担を増やし、椎間板ヘルニアの危険因子となりうるが、緊急性はなく、長期的な生活指導の対象である。なお、腰痛のレッドフラッグに挙げられるのは原因不明の「体重減少」であり、悪性腫瘍や感染症を示唆する。本例の体重増加は、むしろ悪性腫瘍の可能性を下げる情報といえる。
腰痛のレッドフラッグ(重篤な脊椎疾患を疑う危険信号)
腫瘍・感染・骨折などの重篤な疾患を見逃さないために、以下の項目を確認する(腰痛診療ガイドラインに基づく)。 ・発症年齢が20歳未満または55歳超 ・時間や活動性に関係のない腰痛(安静時痛・夜間痛) ・胸部痛 ・癌、ステロイド治療、HIV感染の既往 ・栄養不良 ・体重減少 ・広範囲に及ぶ神経症状(馬尾症候群・膀胱直腸障害などを含む) ・構築性脊柱変形 ・発熱
馬尾症候群(cauda equina syndrome)
・脊髄は成人では第1~2腰椎の高さで終わり、それより下は馬の尾のように束になった神経根(馬尾)が脊柱管内を走行している。 ・この馬尾が広く圧迫されると、両側性の下肢痛・しびれ、筋力低下、腱反射低下に加え、会陰部(サドル領域)の知覚障害、膀胱直腸障害(尿閉・溢流性尿失禁・便失禁)、性機能障害が生じる。 ・原因:大きな正中型腰椎椎間板ヘルニアが最多。ほかに腫瘍(転移性脊椎腫瘍など)、硬膜外膿瘍、硬膜外血腫、外傷、高度な腰部脊柱管狭窄など。 ・対応:緊急MRIで評価し、早期の除圧手術を行う。発症から手術までの時間が長いほど膀胱機能などの回復が悪くなるとされる。
腰椎椎間板ヘルニア
・20~40歳代の男性に多く、L4/5、L5/S1の高さに好発する。 ・椎間板の髄核が線維輪を破って後方へ突出し、神経根や馬尾を圧迫する。前かがみの姿勢や重量物の挙上が誘因となる。 ・通常は片側の坐骨神経痛を示し、下肢伸展挙上テスト(SLRテスト)が陽性となる。 ・多くは保存療法(安静、鎮痛薬、神経ブロックなど)で軽快し、突出したヘルニアは自然に縮小・吸収されることも多い。 ・手術の絶対的適応:膀胱直腸障害(馬尾症候群)、進行性または高度の筋力低下。
神経根の高位と症状の目安
・L4:膝蓋腱反射低下、下腿内側の感覚障害、前脛骨筋(足関節背屈)の筋力低下 ・L5:反射の変化は乏しい、下腿外側~足背の感覚障害、長母趾伸筋(母趾背屈)の筋力低下 ・S1:アキレス腱反射低下、足部外側~足底の感覚障害、下腿三頭筋(足関節底屈)の筋力低下 ・S2~S4:会陰部の感覚、膀胱・直腸・肛門括約筋の機能
POINT
・腰痛の診療では、まずレッドフラッグ(年齢、安静時痛、癌の既往、体重減少、発熱、広範囲の神経症状など)を確認する。 ・排尿障害・肛門括約筋の弛緩・会陰部(サドル領域)の知覚障害は馬尾症候群を示し、緊急MRIと早期の除圧手術の適応である。 ・馬尾症候群の原因として最も多いのは大きな正中型腰椎椎間板ヘルニアである。 ・体動で増悪する痛みは機械的腰痛の特徴で、それ自体は危険信号ではない。 ・レッドフラッグは「体重減少」であり、体重増加ではない。
