血圧でも脂質でもない―推定エネルギー必要量を決めるのは「どれだけ体を動かすか」
第119回医師国家試験 E問題 第26問
国試問題にチャレンジ
42歳の男性。職場の健康診断で①高血圧を指摘され来院した。仕事は②事務職で,1年前から仕事が忙しく,③過食気味で体重が8kg増加した。既往歴に特記すべきことはない。喫煙歴はない。飲酒はビール350mL/日。身長172cm,体重80kg。④脈拍72/分,整。血圧144/92mmHg。身体診察に異常を認めない。血液生化学所見:血糖72mg/dL,HbA1c 5.8%(基準4.9~6.0),トリグリセリド190mg/dL,HDLコレステロール62mg/dL,⑤LDLコレステロール146mg/dL。体重の減量を目的に食事療法を行う。 下線部のうち,推定エネルギー必要量(kcal/日)の算出に必要なのはどれか。
- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
推定エネルギー必要量は「基礎代謝量(基礎代謝基準値×体重)×身体活動レベル」で求め、算出には性別・年齢・体重と身体活動レベルが必要です。身体活動レベルは成人で低い1.50、ふつう1.75、高い2.00に分けられ、職業(事務職など座位中心かどうか)や通勤・運動習慣がその推定の手がかりになります。血圧・脈拍・脂質値は食塩や脂質の制限など食事内容を考える材料にはなりますが、エネルギー必要量の計算には用いず、過食のような実際の摂取量も「必要量」とは区別します。肥満者では標準体重で計算し、目標体重×25kcal/日以下を目安に摂取量を設定する方法も用いられます。式に何が入るかを正確に押さえておくことは、生活習慣病の栄養指導を具体的に組み立てる基礎になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・42歳男性、健診で高血圧を指摘。血圧144/92mmHgで、診察室血圧140〜159/90〜99mmHgに当たるⅠ度高血圧である。 ・身長172cm、体重80kgからBMI=80÷1.72²≒27.0で、肥満(BMI 25以上)に該当する。1年で8kgの体重増加があり、過食がその背景にある。 ・トリグリセリド190mg/dL(空腹時の基準150mg/dL以上で高値)、LDLコレステロール146mg/dL(140mg/dL以上で高値)で、脂質異常症を伴う。 ・HbA1c 5.8%は基準内、血糖72mg/dLも正常で、糖尿病はない。 ・飲酒はビール350mL/日で、純アルコール量に換算すると約14g/日(350mL×0.05×0.8)と少量である。 以上から、過食による体重増加を背景とした高血圧、肥満症、脂質異常症と整理でき、生活習慣の修正、特に減量のための食事療法が治療の柱になる。
設問の考え方
減量のための食事療法では、まずその人が1日にどれだけのエネルギーを必要としているかを見積もり、そこから摂取量を減らして設定する。日本人の食事摂取基準では、成人の推定エネルギー必要量(EER:estimated energy requirement)を次の式で求める。 推定エネルギー必要量(kcal/日)=基礎代謝量(kcal/日)×身体活動レベル 基礎代謝量(kcal/日)=基礎代謝基準値(kcal/kg体重/日)×体重(kg) 基礎代謝基準値は性別と年齢区分ごとに定められており(30〜49歳男性では22.5kcal/kg体重/日)、身体活動レベル(PAL:physical activity level)は日常生活や仕事でどれだけ体を動かしているかで「低い」「ふつう」「高い」の3段階に分けられる。したがって算出に必要な情報は、性別・年齢・体重と、身体活動レベルを推定するための生活状況(職業や運動習慣)である。下線部の中でこれに該当するのは、身体活動の程度を推し量れる「②事務職」だけである。
参考:本例での試算
肥満者では実測体重を用いると必要量を過大に見積もるため、標準体重(BMI 22となる体重)で計算するのが実際的である。標準体重は1.72²×22≒65.1kgとなる。 基礎代謝量=22.5×65.1≒1,465kcal/日 事務職のため座位中心の生活と考えて身体活動レベルを「低い」(1.50)〜「ふつう」(1.75)とすると、 推定エネルギー必要量≒1,465×1.50〜1.75≒2,200〜2,560kcal/日 となる。減量を目的とする場合は、これより少ない摂取エネルギー量を設定する。肥満症診療の実際では、目標体重(kg)×25kcal/日以下を目安とする方法もよく用いられる。
選択肢考察
- ×a. ①
①は高血圧の指摘である。高血圧は食事療法の内容に関わり、食塩摂取量の制限(1日6g未満)の目標設定などに必要な情報だが、推定エネルギー必要量の計算式(基礎代謝量×身体活動レベル)には血圧は含まれない。
- ○b. ②
推定エネルギー必要量は基礎代謝量に身体活動レベルを掛けて求める。身体活動レベルは、仕事内容や通勤・家事・運動などで日常的にどれだけ体を動かしているかで決まり、職業はその判断の重要な手がかりとなる。事務職は座位中心の仕事であり、身体活動レベルは「低い」(1.50)〜「ふつう」(1.75)程度と推定できる。下線部の中で算出に必要な唯一の情報である。
- ×c. ③
③の過食と体重増加は、現在のエネルギー摂取量が必要量を上回っていることを示す情報であり、食事指導で是正すべき点である。しかし推定エネルギー必要量は「どれだけ必要か」を見積もる値であって、実際にどれだけ食べているか(摂取量)は計算に用いない。
- ×d. ④
④は脈拍数である。脈拍数と収縮期血圧の積(二重積、double product)は心筋酸素消費量の指標として知られるが、推定エネルギー必要量の計算には用いない。安静時の脈拍72/分・整は正常範囲である。
- ×e. ⑤
⑤のLDLコレステロール高値は、食事療法において脂質の量や質(飽和脂肪酸・コレステロールの制限など)、三大栄養素の配分を考える際に参考とする情報である。エネルギー必要量そのものの算出には関与しない。
日本人の食事摂取基準におけるエネルギーの考え方
・エネルギー摂取量と消費量のバランスの指標としては、BMIが用いられる。成人の目標とするBMIの範囲は、18〜49歳で18.5〜24.9、50〜64歳で20.0〜24.9、65歳以上で21.5〜24.9とされている。 ・推定エネルギー必要量は参考値として示されており、基礎代謝量×身体活動レベルで算出する。 ・基礎代謝基準値(kcal/kg体重/日)は年齢とともに低下し、男性では18〜29歳23.7、30〜49歳22.5、50〜64歳21.8程度である。 ・成人(18〜64歳)の身体活動レベルの代表値は、低い1.50、ふつう1.75、高い2.00である。「低い」は生活の大部分が座位で静的な活動が中心の場合、「ふつう」は座位中心の仕事だが通勤・家事・軽いスポーツなどを含む場合、「高い」は移動や立位の多い仕事、あるいは活発な運動習慣がある場合に相当する。
肥満症の食事療法の目安
・肥満症(25≦BMI<35)では、目標体重(kg)×25kcal/日以下、高度肥満症(BMI 35以上)では、目標体重(kg)×20〜25kcal/日以下が目安とされる。 ・減量目標は、肥満症では3〜6か月で現体重の3%以上、高度肥満症では5〜10%の減量が目安とされる。わずかな減量でも血圧、脂質、血糖の改善が期待できる。
高血圧に対する生活習慣の修正
食塩制限(6g/日未満)、野菜・果物の積極的摂取(重篤な腎障害がない場合)、飽和脂肪酸・コレステロールの摂取を控える、適正体重の維持(BMI 25未満)、有酸素運動を中心とした定期的な運動、節酒(男性でエタノール20〜30mL/日以下)、禁煙などを組み合わせて行う。本例のような低・中等リスクの高血圧では、まず生活習慣の修正を行い、おおむね1か月後に再評価して改善が乏しければ降圧薬の開始を検討する。
その他のエネルギー必要量の推定法
臨床栄養の分野では、性別・年齢・身長・体重から基礎エネルギー消費量を求めるHarris-Benedictの式に、活動係数とストレス係数を掛けて必要量を推定する方法も用いられる。いずれの方法でも、身体活動の程度が必要量を大きく左右する点は共通している。
POINT
・推定エネルギー必要量(kcal/日)=基礎代謝量×身体活動レベル(基礎代謝量=基礎代謝基準値×体重)。 ・算出に必要なのは性別・年齢・体重と身体活動レベルであり、職業(事務職など)は身体活動レベル推定の手がかりとなる。 ・成人の身体活動レベルは低い1.50、ふつう1.75、高い2.00。 ・血圧、脈拍、脂質値、実際の摂取量(過食)は推定エネルギー必要量の算出には用いない。 ・肥満症の食事療法では目標体重×25kcal/日以下を目安に摂取エネルギーを設定する。
