事故から半年、車が怖くて外に出られない―「再体験・回避・過覚醒」で読み解くPTSD
第119回医師国家試験 D問題 第34問
国試問題にチャレンジ
38歳の女性。自宅にこもりがちな状態が続いていることを心配した母親に付き添われて来院した。6か月前に夜遅く会社から帰宅する時,乗っていたタクシーがトラックと正面衝突事故を起こし救急搬送された。タクシーの運転手は意識不明の重体であったが,本人は軽症で3日後に退院した。入院中から不眠が続き,退院後も自動車事故の光景を繰り返し思い出すようになり,車に乗ることだけでなく周囲に車が近づくだけで不安が強まるため,あまり外出しなくなっている。 診断はどれか。
- a.うつ病
- b.適応障害
- c.脱抑制性対人交流症
- d.反応性アタッチメント症
- e.心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負うといった心的外傷体験の後に、侵入症状(再体験・フラッシュバック)、回避、認知と気分の陰性の変化、過覚醒が1か月を超えて持続し、生活に支障をきたす疾患です。同様の症状が3日〜1か月で治まれば急性ストレス障害、生命の危機に至らないストレス因への不釣り合いな反応で他疾患の基準を満たさなければ適応障害と区別し、抑うつ気分や興味の喪失が中核のうつ病とは症状の質で見分けます。反応性アタッチメント症と脱抑制性対人交流症は、乳幼児期の不適切な養育に起因する小児の愛着障害です。治療はトラウマ焦点化心理療法とSSRIが中心で、ベンゾジアゼピン系薬は推奨されず、うつ病や物質使用障害の併存、自殺リスクにも注意が必要です。出来事の重さ・症状の組み合わせ・期間の3点で整理する考え方は、ストレス関連疾患全般を診るうえでの基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・38歳の女性。6か月前にタクシー乗車中にトラックとの正面衝突事故に遭い、救急搬送された。同乗していた運転手は意識不明の重体となっており、本人にとって生命の危険を実感する出来事であった(心的外傷体験)。 ・入院中から不眠が続いている(過覚醒症状)。 ・退院後も事故の光景が意図せず繰り返しよみがえる(侵入症状・再体験)。 ・車に乗ることを避けるだけでなく、車が近づくだけで強い不安が生じるため外出を控え、自宅にこもりがちとなっている(回避症状)。 ・症状は事故直後から6か月にわたって持続し、社会生活に支障をきたしている。
診断へのプロセス
心的外傷後ストレス障害(PTSD:post-traumatic stress disorder)は、実際に死にかける・重傷を負う・性的暴力を受けるといった出来事を直接体験したり目撃したりした後に、 1. 侵入症状(フラッシュバック、悪夢、侵入的な想起) 2. 回避(出来事を思い出させる場所・状況・考えを避ける) 3. 認知と気分の陰性の変化(自責感、興味の喪失、孤立感など) 4. 覚醒度と反応性の著しい変化(不眠、過度の警戒、驚愕反応、易怒性など) が1か月を超えて持続し、苦痛や機能障害をきたす病態である(DSM-5の診断基準)。 本例は生命に関わる交通事故という明確な心的外傷体験の後、侵入症状・回避・過覚醒がそろい、6か月持続して日常生活に支障を生じているため、PTSDと診断できる。
設問の考え方
ストレス因に関連する精神疾患の鑑別では、①ストレス因が「生命の危機」レベルの外傷体験か、②どのような症状がそろっているか、③発症からの期間、の3点を確認する。外傷体験後の典型的な3症状(再体験・回避・過覚醒)が1か月以上続いていればPTSDである。小児期の養育環境に起因する愛着障害は、成人例である本例とは前提が異なる。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病は、抑うつ気分または興味・喜びの著しい減退を中核とし、睡眠障害、食欲・体重の変化、易疲労感、無価値感・罪責感、集中困難、希死念慮などが2週間以上ほぼ毎日続く病態である。本例の不眠や閉じこもりはうつ病でもみられうるが、閉じこもりの理由は「車が近づくと不安が強まる」ための回避であり、抑うつ気分や興味の喪失は記載されていない。中心となる症状は外傷体験に結びついた再体験と回避であり、PTSDとして説明するのが最も適切である。なお、PTSDにはうつ病がしばしば併存するため、診療では抑うつ症状の評価も必要である。
- ×b. 適応障害
適応障害は、はっきりと確認できるストレス因(転職・離婚・人間関係など、生命の危機に至らないものを含む)に反応して、ストレス因から3か月以内に情緒面・行動面の症状が出現し、その程度がストレス因に比して不釣り合いに強い、または社会機能を障害する病態である。ほかの特定の精神疾患の診断基準を満たす場合には診断しない(除外的な診断である)。本例は生命を脅かす外傷体験の後に侵入症状・回避・過覚醒がそろってPTSDの基準を満たすため、適応障害とは診断しない。
- ×c. 脱抑制性対人交流症
脱抑制性対人交流症は、乳幼児期のネグレクトや養育者の頻繁な交代など、不適切な養育によって選択的な愛着が形成されなかった子どもにみられる障害である。見知らぬ大人にためらいなく近づいて過度になれなれしく振る舞い、知らない大人にも抵抗なくついて行くなど、相手を選ばない対人行動が特徴である。小児期の養育環境に起因する疾患であり、成人の交通事故後の症状である本例とは合致しない。
- ×d. 反応性アタッチメント症
反応性アタッチメント症(反応性愛着障害)も、乳幼児期の不適切な養育により生じる愛着障害である。脱抑制性対人交流症とは逆に、苦痛を感じても養育者に慰めを求めず、慰められても反応が乏しい、陽性感情が少なく理由のない警戒・恐怖・易刺激性がみられるなど、抑制的・情緒的に引きこもった態度が特徴である。DSM-5では5歳以前に明らかになることが要件とされており、成人の本例には当てはまらない。
- ○e. 心的外傷後ストレス障害〈PTSD〉
生命の危険を伴う正面衝突事故という心的外傷体験の後、事故の光景が繰り返しよみがえる侵入症状、車や車の接近を避けて外出を控える回避、入院中から続く不眠という過覚醒がそろっている。症状は1か月を超えて6か月間持続し、社会生活に支障をきたしているため、PTSDの診断基準に合致する。治療はトラウマに焦点を当てた認知行動療法(持続エクスポージャー療法など)やEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)などの心理療法が中心で、薬物療法としては選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が用いられる。
心的外傷およびストレス因関連障害群(DSM-5)の整理
・急性ストレス障害(ASD):外傷体験後、侵入・解離・回避・覚醒などの症状が3日~1か月持続するもの。 ・心的外傷後ストレス障害(PTSD):同様の症状が1か月を超えて持続するもの。外傷体験から6か月以上経って診断基準を満たす場合は「遅延顕症型」とする。 ・適応障害:日常的なストレス因に対する不釣り合いな情緒・行動面の反応。ストレス因から3か月以内に発症し、ストレス因とその結果が終わってから6か月以内に改善するとされる。 ・反応性アタッチメント症、脱抑制性対人交流症:乳幼児期の極端な養育不全による愛着の障害。いずれも発達年齢が少なくとも9か月以上で、5歳以前に明らかになるとされる。前者は「抑制型(養育者に慰めを求めない)」、後者は「脱抑制型(見知らぬ大人にも無警戒に近づく)」と対比して覚える。
PTSDの症状群(DSM-5)
A 基準:実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への曝露(直接体験、他人に起こったことの目撃、近親者・親しい友人に起こったことを知る、職務上の反復的な曝露) B 侵入症状:侵入的な記憶、悪夢、フラッシュバック、きっかけへの強い心理的苦痛・生理的反応 C 回避:記憶・思考・感情の回避、それを呼び起こす人・場所・状況の回避 D 認知と気分の陰性の変化:重要な部分の想起不能、否定的な信念、自責、持続する陰性感情、興味の減退、孤立感、陽性感情の欠如 E 覚醒度と反応性の変化:易怒性、無謀・自己破壊的行動、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難、睡眠障害 F 持続期間:1か月を超える G・H:臨床的に意味のある苦痛・機能障害があり、物質や他の医学的疾患によるものではない
PTSDの治療
・トラウマに焦点を当てた心理療法(持続エクスポージャー療法、認知処理療法、トラウマ焦点化認知行動療法、EMDR)が第一選択とされる。 ・薬物療法ではSSRI(パロキセチン、セルトラリンなど)が用いられる。ベンゾジアゼピン系薬はPTSDの予防・治療に有効性が示されておらず、推奨されない。 ・うつ病、不安症、アルコール・物質使用障害の併存が多く、自殺リスクにも注意する。
POINT
・PTSDは「生命の危機に関わる外傷体験」後に、侵入症状(再体験・フラッシュバック)、回避、認知と気分の陰性変化、過覚醒が1か月を超えて持続する疾患である。 ・同様の症状が3日~1か月で治まるものは急性ストレス障害(ASD)。 ・適応障害は他の精神疾患の基準を満たさない場合に限って診断する。 ・反応性アタッチメント症と脱抑制性対人交流症は、乳幼児期の不適切な養育に起因する小児の愛着障害である。 ・PTSDの治療はトラウマ焦点化心理療法とSSRIが中心。
