「走るのが遅い」男の子とCK 16,500―母方の叔父が語るDuchenne型筋ジストロフィーの確定診断
第119回医師国家試験 D問題 第35問
国試問題にチャレンジ
4歳の男児。転倒しやすいことを心配した両親に連れられて来院した。周産期と乳児期の発達歴に異常はなく,歩行開始は1歳2か月であった。3歳ごろから,幼稚園の他の児と比較して走るのが遅いことに気付かれていた。現在,階段昇降は可能だが,ジャンプができない。これまでに精神発達の異常は指摘されていない。母方の叔父が心筋症のため28歳で死亡。身長99.0cm,体重15.5kg。体温36.6℃。脈拍104/分,整。顔貌は正常。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。四肢筋量の低下を認めない。筋緊張は正常で,腱反射に異常を認めない。血液生化学所見:AST 424U/L,ALT 460U/L,LD 1,250U/L(基準175~365),CK 16,500U/L(基準43~270)。 診断に有用なのはどれか。
- a.脳波検査
- b.遺伝子検査
- c.呼吸機能検査
- d.脳脊髄液検査
- e.末梢神経伝導検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
男児の進行性の近位筋力低下、数千〜数万U/LのCK著明高値、母方男性の若年心筋症という組み合わせは、X連鎖劣性遺伝のDuchenne型筋ジストロフィーを強く示唆します。確定診断はジストロフィン遺伝子検査で、まず末梢血のMLPA法で欠失・重複を調べ、陰性なら微小変異解析や筋生検でのジストロフィン欠損確認へ進みます。神経伝導検査、脳波、髄液検査は筋原性疾患の診断には結びつかず、呼吸機能検査は診断後の管理に用いるものです。小児のAST・ALT高値ではCKを確認すること、Gowers徴候や腓腹筋仮性肥大を診察で探すことが早期発見につながります。変異型の特定は治療薬の選択や保因者診断、遺伝カウンセリングの土台にもなるため、検査の意義まで含めて理解しておきたいテーマです。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・4歳の男児。転びやすさを主訴に受診した。 ・周産期・乳児期の発達は正常で、独歩は1歳2か月とほぼ正常範囲。精神発達の遅れも指摘されていない。 ・3歳頃から走るのが遅く、現在は階段昇降はできるがジャンプができない。すなわち、いったん獲得した粗大運動の発達が同年齢の児に比べて伸び悩み、下肢近位筋を中心とする筋力低下が疑われる。 ・母方の叔父が28歳で心筋症により死亡している。 ・診察では顔貌正常、肝脾腫なし、筋緊張・腱反射は正常で、筋萎縮もまだ目立たない。 ・CK(クレアチンキナーゼ)16,500U/Lと基準上限の60倍以上の著明高値。AST・ALT・LDも上昇している。
診断へのプロセス
1. 進行性の運動機能低下とCKの著明高値から、筋線維の破壊が持続する筋疾患(ミオパチー)を考える。AST・ALT・LDも骨格筋に多く含まれる酵素であり、肝疾患ではなく筋崩壊を反映したものである。小児で原因不明の「肝酵素上昇」として見つかり、CKを測定して初めて筋疾患と判明することがあるので注意が必要である。 2. 男児で、母方の叔父(母の兄弟)に若年での心筋症死があることは、母親を保因者とするX連鎖劣性遺伝を示唆する。ジストロフィン異常症では骨格筋だけでなく心筋も障害され、拡張型心筋症をきたす。 3. 筋緊張・腱反射が保たれていることは、筋緊張低下と腱反射消失を伴う脊髄性筋萎縮症などの神経原性疾患に合わない。精神発達が正常であることは、知的障害を伴うことの多い福山型先天性筋ジストロフィーに合わない。肝脾腫がなく顔貌も正常なことは、ライソゾーム病などの代謝性疾患を考えにくくする。 4. 以上より、3~5歳頃に発症し、CKが数千~数万U/Lに達するDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)が最も疑われる。
設問の考え方
DMDの原因はX染色体上のジストロフィン遺伝子(DMD遺伝子)の変異であり、確定診断は遺伝子検査で行う。まず末梢血を用いてMLPA法(多重ライゲーション依存性プローブ増幅法)でエクソン単位の欠失・重複を調べ、検出されなければ微小変異の解析や筋生検(ジストロフィン染色)へ進むのが一般的な流れである。他の選択肢はいずれも中枢神経・末梢神経・呼吸器の評価に用いる検査で、DMDの確定診断には結びつかない。
選択肢考察
- ×a. 脳波検査
脳波検査は大脳皮質の電気活動を記録する検査で、てんかんや意識障害、脳症の評価に用いられる。本例はけいれん発作や意識障害、精神発達の異常がなく、症状は筋疾患で説明できるため、脳波検査は診断に寄与しない。
- ○b. 遺伝子検査
DMDはジストロフィン遺伝子の変異によるX連鎖劣性遺伝性疾患であり、遺伝子検査が確定診断の第一段階となる。末梢血でMLPA法を行うと、全体の約7割を占めるエクソン単位の欠失・重複を検出できる。欠失・重複がない場合は、塩基配列解析で点変異(ナンセンス変異など)や小さな欠失・挿入を調べるか、筋生検でジストロフィン蛋白の欠損を確認する。変異の型の特定は、エクソン・スキッピング治療薬の適応判断や、母親の保因者診断・遺伝カウンセリングにも不可欠である。
- ×c. 呼吸機能検査
呼吸機能検査は、気管支喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの診断や、換気能力の評価に用いる。DMDでは病期の進行とともに呼吸筋力低下による拘束性換気障害が生じるため、診断後の経過観察として肺活量などを定期的に測定することは重要であるが、疾患の確定診断には役立たない。また4歳児では検査の実施自体が難しい。
- ×d. 脳脊髄液検査
脳脊髄液検査は、髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症や、Guillain-Barré症候群(蛋白細胞解離)、脱髄疾患などの診断に用いる。DMDは骨格筋そのものの疾患であり、脳脊髄液には異常を認めないため、診断に有用ではない。腰椎穿刺は侵襲的でもあり、本例で行う理由はない。
- ×e. 末梢神経伝導検査
末梢神経伝導検査は、Guillain-Barré症候群や遺伝性ニューロパチー(Charcot-Marie-Tooth病など)といった末梢神経障害の診断に用いる。DMDは筋原性疾患であり、神経伝導速度は正常である。なお筋電図(針筋電図)では低振幅・短持続の運動単位電位という筋原性変化がみられるが、これもDMDに特異的ではなく確定診断には遺伝子検査が必要である。
Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)の概要
・遺伝形式:X連鎖劣性遺伝。男児に発症し、男児出生約3,500人に1人程度の頻度とされる。約3分の1は新生突然変異による。 ・病態:ジストロフィン遺伝子(79のエクソンからなる巨大な遺伝子)の変異により、筋細胞膜を裏打ちするジストロフィン蛋白が欠損し、筋線維が収縮のたびに壊れて壊死と再生を繰り返し、次第に脂肪・線維組織に置き換わる。 ・臨床経過:乳児期の運動発達はほぼ正常~軽度遅れ。2~5歳頃に転びやすい、走るのが遅い、ジャンプができないなどで気付かれる。登攀性起立(Gowers徴候:床から立ち上がる際に手を膝・大腿について体を押し上げる)、動揺性歩行、腓腹筋の仮性肥大、腰椎前弯が特徴的である。10歳前後で歩行不能となり、その後、脊柱側弯、呼吸不全、心筋症が進行する。 ・検査:血清CKは発症前の乳児期から著明に高値(数千~数万U/L)。AST・ALT・LD・アルドラーゼも上昇する。針筋電図で筋原性変化。筋生検では筋線維の大小不同・壊死・再生像とジストロフィン染色の欠損を認める。 ・診断の手順:MLPA法で欠失・重複を検索→陰性なら微小変異の遺伝子解析または筋生検(ジストロフィン免疫染色・ウエスタンブロット)。 ・治療:根治療法はなく、副腎皮質ステロイドにより歩行可能期間の延長が期待できる。特定のエクソン欠失をもつ患者にはエクソン・スキッピング治療薬(例:エクソン53スキッピングを誘導するビルトラルセン)が用いられる。リハビリテーション、側弯の管理、非侵襲的陽圧換気(NPPV)による呼吸管理、ACE阻害薬やβ遮断薬による心筋症治療が予後を大きく左右する。 ・保因者:母親が保因者である場合、男児の1/2が発症し、女児の1/2が保因者となる。女性保因者でも心筋症や軽度の筋力低下をきたすことがある。
Becker型筋ジストロフィー(BMD)との比較
同じジストロフィン遺伝子の変異だが、読み枠が保たれる変異(インフレーム変異)のため短縮した蛋白が一部機能し、発症が遅く進行も緩やかである。DMDは読み枠がずれる変異(フレームシフト変異)やナンセンス変異で蛋白がほぼ完全に欠損する。
小児の筋力低下で鑑別すべき疾患
・福山型先天性筋ジストロフィー:常染色体劣性遺伝(フクチン遺伝子)。乳児期からの筋緊張低下、知的障害・けいれんを伴う。 ・脊髄性筋萎縮症:常染色体劣性遺伝(SMN1遺伝子)。筋緊張低下、腱反射消失、舌の線維束性収縮。CKは正常~軽度上昇にとどまる。 ・Pompe病(糖原病Ⅱ型):酸性α-グルコシダーゼ欠損。乳児型では心肥大・巨舌・肝腫大を伴う。
POINT
・男児の進行性近位筋力低下+CK著明高値(数千~数万U/L)+母方男性の心筋症家族歴はDuchenne型筋ジストロフィー(X連鎖劣性遺伝)を示唆する。 ・確定診断はジストロフィン遺伝子検査(まず末梢血のMLPA法で欠失・重複を検索)。検出されなければ微小変異解析または筋生検でジストロフィン欠損を確認する。 ・小児のAST・ALT上昇は肝疾患だけでなく筋疾患でも起こる。CKを必ず確認する。 ・Gowers徴候、腓腹筋仮性肥大、動揺性歩行が典型的身体所見。 ・死因の中心は呼吸不全と心筋症であり、呼吸機能検査・心機能評価は診断後の管理に重要。
