成績優秀だった少女に何が起きたのか―「発症前との落差」で読み解く統合失調症
第119回医師国家試験 B問題 第50問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,49,50の問いに答えよ。 18歳の女子。昼夜逆転の生活が続いているため両親に連れられて来院した。 現病歴:幼少時に発達の遅れや偏りは指摘されていない。高校1年生までは成績優秀だったが,2年生のころから意欲や集中力が低下し,成績が落ちた。3年生から不登校となり,高校中退後は引きこもりがちな生活を送っている。両親によると最近,自室から独り言や笑い声が聞こえる。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:両親と3人暮らし。喫煙歴と飲酒歴はない。 家族歴:父がうつ病。 現症:意識は清明。身長164cm,体重60kg。体温36.0℃。脈拍72分,整。血圧122/66mmHg。呼吸数15/分。SpO2 99%(room air)。神経診察で異常を認めない。診察室ではそわそわと落ち着きなく歩き回り,質問に対して的外れな回答をすることもあり,会話が成立しにくい。「何となく悪いことが起きそうな気がする」「世界がなくなってしまう」「知らない人が自分を見ている」と言う。
診断はどれか。
- a.うつ病
- b.統合失調症
- c.パーソナリティ症
- d.自閉スペクトラム症
- e.双極症〈双極性障害〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
思春期以降、それまで問題のなかった人に意欲低下・成績低下・引きこもりといった陰性症状が潜行性に現れ、独語・空笑、まとまりのない発語や行動、妄想気分・世界没落体験・注察妄想が加われば統合失調症を考えます。DSM-5では陽性症状を含む2つ以上の症状、6か月以上の持続、機能低下が診断の要件で、意識障害や物質使用、器質的疾患の除外も必要です。うつ病の妄想は微小妄想、躁状態では誇大妄想が典型であり、気分障害はエピソード性の経過をとる点で区別できます。自閉スペクトラム症やパーソナリティ症は「発症前から存在する特性」であるため、明らかな発症前後の変化がある本例とは合いません。発症前との落差に注目し、症状の質と経過を組み合わせて判断する姿勢は、精神科診断全般の基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・発達歴: 幼少時に発達の遅れや偏りはなく、高校1年まで成績優秀。生まれつきの神経発達症(自閉スペクトラム症、知的能力障害など)は考えにくく、思春期以降に発症した疾患を考える。 ・経過: 高校2年ごろから意欲・集中力が低下し成績低下、3年で不登校、中退後は引きこもりがち。約2年かけて緩やかに社会的・学業的機能が低下しており、意欲低下(無為)、社会的引きこもり(自閉)といった陰性症状、または前駆期の症状と考えられる。 ・独語・空笑: 自室で独り言や笑い声がする。幻聴に応答している可能性を示す所見である。 ・まとまりのない言動: 診察室で落ち着きなく歩き回り、質問に的外れな返答をして会話が成立しにくい。まとまりのない行動と、まとまりのない発語(思考の解体・連合弛緩)である。 ・妄想: 「何となく悪いことが起きそうな気がする」は妄想気分、「世界がなくなってしまう」は世界没落体験(妄想気分の極端な形)、「知らない人が自分を見ている」は注察妄想である。 ・身体所見: 意識清明、バイタルサイン・神経診察は正常。せん妄や脳の器質的疾患による精神症状は考えにくい。喫煙・飲酒歴はなく、物質使用を示す情報もない。 ・家族歴: 父がうつ病。統合失調症の発症リスクに強く関わるのは統合失調症そのものの家族歴であり、本例の診断を左右する情報ではない。
診断のプロセス
米国精神医学会の診断基準DSM-5(DSM-5-TRでも同様)では、統合失調症の診断に、(1)妄想、(2)幻覚、(3)まとまりのない発語、(4)ひどくまとまりのない行動または緊張病性の行動、(5)陰性症状、のうち2つ以上(少なくとも1つは(1)〜(3))が1か月以上の大半の期間に存在すること、障害の徴候が前駆期・残遺期を含めて少なくとも6か月持続すること、仕事・対人関係・学業などの機能が発症前より著しく低下していることが求められる。さらに、統合失調感情障害や精神病性の特徴を伴う気分障害、物質や他の医学的疾患による影響を除外する。 本例では妄想、まとまりのない発語・行動、陰性症状がそろい、幻聴を示唆する独語・空笑もある。症状の始まりから約2年経過して学業・社会機能が明らかに低下しており、明らかな気分エピソード(抑うつエピソードや躁病エピソード)や器質的・物質的要因は示されていない。好発年齢(10代後半〜30代)にも一致し、統合失調症と診断される。
選択肢考察
- ×a. うつ病
うつ病は、抑うつ気分または興味・喜びの喪失を中心に、不眠・食欲低下・易疲労感・集中力低下・自責感・希死念慮などが2週間以上続く疾患である。意欲・集中力の低下や引きこもりは本例と共通するが、本例では抑うつ気分についての記載がない。また、精神病症状を伴ううつ病でみられる妄想は罪業・貧困・心気といった気分に合致した微小的内容が典型であり、本例の注察妄想や世界没落体験とは性質が異なる。的外れな返答で会話が成り立たないような思考のまとまりのなさも、うつ病では通常みられない。父のうつ病の家族歴も本例の診断を支持する根拠にはならない。
- ○b. 統合失調症
統合失調症は、幻覚・妄想・まとまりのない発語や行動などの陽性症状と、感情の平板化・意欲低下・社会的引きこもりなどの陰性症状を呈し、社会的機能の低下をきたす疾患で、10代後半〜30代に好発する。本例は高校2年ごろからの意欲・集中力低下と引きこもり(陰性症状)、独語・空笑(幻聴の示唆)、まとまりのない会話と行動、妄想気分・世界没落体験・注察妄想(妄想)を示し、症状の出現から約2年が経過して学業・社会機能が明らかに低下している。DSM-5の基準((1)〜(3)の少なくとも1つを含む2項目以上、6か月以上の持続、機能低下)を満たし、気分障害や器質的・物質的要因を示す所見もないことから、統合失調症と診断できる。
- ×c. パーソナリティ症
パーソナリティ症は、その人が属する文化で期待されるものから著しく偏った考え方・感じ方・対人関係・衝動制御の様式が、青年期または成人期早期から長期にわたり持続・固定化し、本人の苦痛や社会的機能障害をもたらす状態である。人格の偏りは「以前からずっとそうである」ことが特徴だが、本例は高校1年まで成績優秀で問題がなく、そこから明らかな変化(機能低下)が生じている。さらに妄想やまとまりのない言動といった精神病症状はパーソナリティ症では説明できない。18歳未満での診断には慎重さが求められる点も考え合わせ、否定的である。
- ×d. 自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症は、対人的コミュニケーション・相互関係の持続的な困難と、限定された反復的な行動・興味・活動(こだわり、常同行動、感覚過敏・鈍麻など)を特徴とする神経発達症で、その症状は発達早期から存在する。本例は幼少時に発達の遅れや偏りを指摘されず、高校1年まで問題なく過ごしており、思春期以降に初めて症状が出現している。こだわりや感覚過敏の記載もなく、妄想などの精神病症状も自閉スペクトラム症の特徴ではないため否定的である。
- ×e. 双極症〈双極性障害〉
双極症は、気分の高揚・開放性または易怒性、活動性や気力の亢進が続く躁病エピソード(双極症Ⅰ型)または軽躁病エピソード(双極症Ⅱ型)と、抑うつエピソードを繰り返す疾患である。本例の落ち着きのなさは一見躁状態の多動に似るが、気分の高揚、多弁、睡眠欲求の減少、誇大性などの躁病エピソードを示す記載はない。また約2年にわたり緩やかに進行する機能低下は、エピソードを区切って反復する気分障害の経過とは異なり、否定的である。
統合失調症の概要
・生涯有病率は約1%前後で、男女差はほぼない(男性でやや発症が早い)。好発年齢は10代後半〜30代。 ・経過: 前駆期(意欲低下、集中力低下、成績低下、引きこもり、不眠など非特異的な変化)→急性期(幻覚・妄想などの陽性症状が目立つ)→回復期・残遺期(陰性症状や認知機能障害が残りやすい)。 ・病型の旧分類(破瓜型・緊張型・妄想型など)はDSM-5では廃止されたが、本例のように思春期に潜行性に発症し、陰性症状とまとまりのなさが目立つ像は、かつて破瓜型とよばれたものに近い。
主な症状
・陽性症状: 幻覚(特に幻聴。自分の考えが声になって聞こえる考想化声、自分の行動を批評する声、対話形式の声など)、妄想(被害妄想、注察妄想、関係妄想、妄想気分、妄想知覚など)、まとまりのない発語、まとまりのない行動・緊張病症状。 ・陰性症状: 感情の平板化、意欲低下(無為)、会話の貧困(思考の貧困)、社会的引きこもり(自閉)、快感消失。 ・自我障害: 作為体験(させられ体験)、思考吹入、思考奪取、思考伝播など。 ・認知機能障害: 注意、作業記憶、実行機能などの低下。社会復帰の予後に強く関わる。
鑑別の要点
・気分障害(うつ病・双極症): 気分エピソードが主体で、精神病症状は気分エピソード中に限られることが多い。 ・統合失調感情症: 統合失調症の症状と気分エピソードが同時期に存在し、かつ気分症状のない時期にも幻覚・妄想が2週間以上続く。 ・神経発達症(自閉スペクトラム症など): 症状は発達早期から存在する。 ・物質誘発性・他の医学的疾患による精神病性障害: 覚醒剤・大麻などの使用歴、脳炎(抗NMDA受容体脳炎など)、てんかん、甲状腺疾患、SLEなどを除外する。 ・持続期間による分類: 1か月未満で完全に回復する短期精神病性障害、1か月以上6か月未満の統合失調症様障害、6か月以上で統合失調症。
治療
第二世代(非定型)抗精神病薬による薬物療法が中心で、心理教育、家族支援、社会生活技能訓練(SST)などの心理社会的治療を組み合わせる。治療抵抗性の場合はクロザピンが用いられる。
POINT
・思春期に潜行性に始まる意欲低下・成績低下・引きこもり(陰性症状)+独語・空笑、まとまりのない言動、妄想 → 統合失調症。 ・DSM-5: 妄想/幻覚/まとまりのない発語/まとまりのない・緊張病性の行動/陰性症状のうち2つ以上(妄想・幻覚・まとまりのない発語のいずれかを含む)、6か月以上の持続、機能低下。 ・発達早期に異常がなければ自閉スペクトラム症は否定的。以前は問題がなく明らかな変化がある場合はパーソナリティ症も否定的。 ・うつ病の妄想は微小妄想(罪業・貧困・心気)、躁状態の妄想は誇大妄想が典型。注察・被害的な妄想やまとまりのなさは統合失調症を示唆。
