「テレビが自分を語る」20歳の訴え―統合失調症の初期治療を薬の作用から読み解く
第114回医師国家試験 D問題 第60問
国試問題にチャレンジ
20歳の男性。異常な言動を心配した両親に伴われて受診した。2年前に大学へ入学してからアパートで1人暮らしをしていた。1か月前に体調が優れないと言って実家に帰り,その後はほとんど自室に閉じこもって過ごしていた。1週前から「テレビで自分のことが毎日流れている」,「テレビの出演者が自分にだけわかるサインを送ってくる」,「周りの人が自分の悪口を言っている」と訴え,夜間に隣の家に向かって大声を出すなどの行動がみられるようになったという。このため両親に伴われ精神科を受診した。診察中は表情が乏しく,視線を合わせようとしない。問診に対しては小声で短く答える。大学入学以前は,発達上の問題や適応上の問題はなかった。血液検査,頭部MRI及び脳波検査に異常は認めない。 治療薬として適切なのはどれか。
- a.イミプラミン
- b.炭酸リチウム
- c.フェニトイン
- d.リスペリドン
- e.カルバマゼピン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
青年期に、ひきこもりや漠然とした不調などの前駆期を経て、関係妄想・幻聴・被害妄想が出現し、病識に乏しく、血液検査や画像・脳波で器質的異常がなければ統合失調症(またはその初期)を考えます。治療の中心は抗精神病薬で、錐体外路症状が比較的少ない第二世代(非定型)抗精神病薬が第一選択であり、D2受容体と5-HT2A受容体を遮断するリスペリドンが適切です。ただしリスペリドンでも用量依存性の錐体外路症状や高プロラクチン血症に注意が必要で、オランザピン・クエチアピンの糖尿病への禁忌や悪性症候群も重要な臨床知識です。イミプラミンはうつ病、炭酸リチウムは双極性障害、フェニトインとカルバマゼピンはてんかんなどに用いる薬であり、薬剤と対象疾患の対応を整理しておくことが、精神科薬物療法を安全に行う第一歩になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・20歳男性。統合失調症の好発年齢(思春期~30歳代前半)にあたる。 ・大学入学までは発達や適応の問題がなく、病前は通常の社会生活を送っていた。 ・1か月前から「体調が優れない」と実家に戻り、自室に閉じこもる生活 → 本格的な精神病症状の出現に先立つ前駆期(ひきこもり、意欲低下、漠然とした不調の訴え)と考えられる。統合失調症の初期には、本人が身体の不調として自覚することが少なくない。 ・1週前から陽性症状が出現: 「テレビで自分のことが毎日流れている」「テレビの出演者が自分にだけわかるサインを送ってくる」→ 本来自分と無関係な出来事を自分に関係づけて確信する関係妄想。 「周りの人が自分の悪口を言っている」→ 実際に声として聞こえていれば幻聴(悪口や批判の内容の幻声は統合失調症に典型的)、聞こえていなければ被害妄想である。 夜間に隣家に向かって大声を出す → 幻聴や被害妄想に反応した行動と考えられる。 ・診察時の表情の乏しさ、視線を合わせない、小声で短い応答 → 感情の平板化などの陰性症状、あるいは被害的な構えや緊張を反映している可能性がある。 ・自ら受診したのではなく両親に連れられて来ている → 病識に乏しいことがうかがえる。 ・血液検査、頭部MRI、脳波に異常なし → 脳腫瘍、脳炎、てんかん、内分泌・代謝疾患などの身体疾患による精神病症状(器質性・症状性精神障害)は否定的である。問題文に記載はないが、覚醒剤などの物質使用による精神病も鑑別として確認すべき事項である。
診断
青年期に前駆期を経て発症した、関係妄想・幻聴・被害妄想を中心とする精神病状態であり、統合失調症(またはその初期)と考えられる。抑うつ気分や気分高揚が前景にないため、うつ病や双極性障害は考えにくい。
設問の考え方
統合失調症の幻覚・妄想などの陽性症状に対する薬物療法の中心は抗精神病薬である。現在は、錐体外路症状などの副作用が比較的少ない第二世代(非定型)抗精神病薬が第一選択とされ、選択肢の中ではリスペリドンがこれにあたる。抗うつ薬、気分安定薬、抗てんかん薬は統合失調症の幻覚・妄想に対する治療薬ではない。
選択肢考察
- ×a. イミプラミン
イミプラミンは三環系抗うつ薬で、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、うつ病の治療に用いられる。小児の夜尿症にも使われる。抗コリン作用(口渇、便秘、尿閉)や心毒性などの副作用がある。本例は幻覚・妄想が主体であり適応ではなく、抗うつ薬は精神病症状を悪化させることもある。
- ×b. 炭酸リチウム
炭酸リチウムは気分安定薬で、双極性障害の躁状態の治療と再発予防に用いられる。治療域と中毒域が近いため血中濃度の測定が必要で、中毒では振戦、意識障害、腎障害などをきたす。本例は躁症状を伴わない幻覚・妄想状態であり、第一選択ではない。
- ×c. フェニトイン
フェニトインは電位依存性ナトリウムチャネルを阻害する抗てんかん薬で、焦点発作やてんかん重積状態などに用いられる。歯肉増殖、多毛、小脳失調などの副作用がある。本例は脳波異常もなく、てんかんを示す所見はないため適応はない。精神病症状に対する効果もない。
- ○d. リスペリドン
リスペリドンは第二世代(非定型)抗精神病薬で、ドパミンD2受容体とセロトニン5-HT2A受容体を遮断する(セロトニン・ドパミン拮抗薬:SDA)。中脳辺縁系のドパミン過剰を抑えて幻覚・妄想などの陽性症状を改善し、5-HT2A遮断により定型抗精神病薬に比べて錐体外路症状が出にくい。統合失調症の薬物療法の第一選択薬の一つであり、本例に適切である。副作用として、用量依存性の錐体外路症状や、下垂体へのドパミン作用の遮断による高プロラクチン血症(乳汁分泌、月経異常、性機能障害)に注意する。
- ×e. カルバマゼピン
カルバマゼピンは抗てんかん薬で、焦点発作の治療薬であるほか、三叉神経痛や、気分安定薬として双極性障害の躁状態にも用いられる。副作用としてスティーヴンス・ジョンソン症候群などの重症薬疹、再生不良性貧血・無顆粒球症、低ナトリウム血症があり、肝薬物代謝酵素(CYP3A4)を誘導して他剤の血中濃度を下げる。本例の幻覚・妄想に対する治療薬ではない。
統合失調症の概要
・生涯有病率は約1%で、思春期~30歳代前半に発症することが多い。男性はやや若年で発症する傾向がある。 ・症状:陽性症状(幻覚〈特に幻聴〉、妄想〈被害妄想、関係妄想、注察妄想など〉、まとまりのない会話や行動、緊張病症状)、陰性症状(感情の平板化、意欲低下、思考の貧困、社会的ひきこもり)、認知機能障害(注意・記憶・遂行機能の低下)。病識が乏しいことが多い。 ・経過:前駆期(不眠、ひきこもり、漠然とした不調など)→急性期(陽性症状が目立つ)→回復期・安定期。陰性症状や認知機能障害は残存しやすい。
DSM-5による診断の要点
・A基準:①妄想、②幻覚、③まとまりのない発語、④ひどくまとまりのない行動または緊張病性の行動、⑤陰性症状のうち2つ以上(少なくとも1つは①~③)が、1か月の期間ほとんどいつも存在する。 ・B基準:仕事、対人関係、自己管理などの機能が病前より明らかに低下している。 ・C基準:前駆期や残遺期を含めた障害の持続期間が少なくとも6か月。 ・持続期間が1日以上1か月未満で完全に回復するものは短期精神病性障害、1か月以上6か月未満のものは統合失調症様障害と区別される。 本例は前駆期を含めても経過が1か月余りであり、DSM-5の期間基準を厳密に当てはめれば現時点では統合失調症様障害の段階にあたるが、急性期の治療方針は同様で、抗精神病薬による薬物療法が中心となる。
抗精神病薬の分類
・第一世代(定型)抗精神病薬:クロルプロマジン(フェノチアジン系)、ハロペリドール(ブチロフェノン系)など。主にD2受容体を遮断する。錐体外路症状(パーキンソニズム、急性ジストニア、アカシジア、遅発性ジスキネジア)や高プロラクチン血症が起こりやすい。 ・第二世代(非定型)抗精神病薬:セロトニン・ドパミン拮抗薬(SDA:リスペリドン、パリペリドン、ペロスピロン、ブロナンセリン)、多元受容体作用抗精神病薬(MARTA:オランザピン、クエチアピン、アセナピン、クロザピン)、ドパミン部分作動薬(DSS:アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール)など。錐体外路症状が比較的少ない。オランザピン、クエチアピンは体重増加や高血糖(糖尿病性ケトアシドーシス・昏睡の報告もある)をきたしやすく、わが国の添付文書では糖尿病患者および糖尿病の既往のある患者への投与は禁忌とされている(海外の添付文書では禁忌ではなく注意喚起にとどまる)。他の第二世代抗精神病薬でも代謝系の副作用はあり得るため、投与中は血糖値や体重を定期的にモニタリングする。 ・治療抵抗性統合失調症にはクロザピンを用いる(無顆粒球症の危険があり、定期的な血液検査が必要)。 ・すべての抗精神病薬で注意すべき重篤な副作用として悪性症候群(高熱、筋強剛、意識障害、CK上昇)がある。
治療の原則
抗精神病薬は原則として単剤で用い、少量から開始して効果と副作用をみながら調整する。急性期を過ぎても再発予防のため維持療法を継続し、服薬が困難な場合は持効性注射剤も選択肢となる。薬物療法に加え、心理教育、家族支援、社会生活技能訓練(SST)などの心理社会的治療を組み合わせる。
POINT
・青年期発症、前駆期(ひきこもり・不調)を経た関係妄想・幻聴・被害妄想、病識の欠如、器質的異常なし → 統合失調症を考える。 ・統合失調症の薬物療法の中心は抗精神病薬で、第一選択は第二世代(非定型)抗精神病薬(リスペリドン、オランザピン、アリピプラゾールなど)。 ・イミプラミン=三環系抗うつ薬(うつ病)、炭酸リチウム=気分安定薬(双極性障害)、フェニトイン=抗てんかん薬、カルバマゼピン=抗てんかん薬・気分安定薬・三叉神経痛。 ・リスペリドンの副作用:錐体外路症状、高プロラクチン血症。
