StudyMed医師国家試験

その一針、下にずれたら手が垂れる―三角筋注射と橈骨神経の危うい距離

第117回医師国家試験 E問題 第9問

国試問題にチャレンジ

第117回 E問題 第9問

成人の三角筋での筋肉注射で,注射部位が遠位側にずれると起こりやすくなる合併症はどれか。

  1. a.肩関節障害
  2. b.肩腱板損傷
  3. c.血栓性静脈炎
  4. d.橈骨神経損傷
  5. e.上腕動脈損傷

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、三角筋への筋肉注射の位置がずれたときにどんな構造を傷つけるかを、上腕の解剖から考える問題だ。ポイントは「遠位側」、つまり肘に近い方向へずれたときに何があるかだよ。
医学生医学生
ワクチン接種で肩に打つ注射ですよね。OSCEの練習でも「肩峰から3横指下」と習いました。
ドクタードクター
よく知られた目安だね。ただ、その目安にも落とし穴があるので後で触れよう。まず三角筋の形を確認しよう。鎖骨の外側・肩峰・肩甲棘から起こって肩を覆うように下へ向かい、上腕骨の外側中央にある三角筋粗面に付く。この筋の上下に、それぞれ注意すべき構造があるんだ。
医学生医学生
上の方には肩関節があるので、肩関節障害や腱板損傷が起こりそうに思えますが……。
ドクタードクター
いい推論だけど、それは近位側にずれたときの話だね。三角筋の近位部の深いところには三角筋下滑液包があり、さらにその奥に肩関節と腱板がある。ここに薬液が入ると滑液包炎を起こし、肩の痛みや可動域制限が続くことがある。ワクチン接種によるものはSIRVAと呼ばれているよ。
医学生医学生
なるほど、肩の障害は上にずれたときなんですね。では下にずれると何があるんでしょう。
ドクタードクター
解剖学実習を思い出してほしい。上腕骨の後面中央に、らせん状の溝があったよね。
医学生医学生
橈骨神経溝です!橈骨神経が上腕骨の後ろを巻くように走っていました。
ドクタードクター
その通り。橈骨神経は腋窩から上腕の後ろへ出て、上腕骨中央の後面にある橈骨神経溝に沿って、後ろから外側へらせん状に回り込む。ちょうど三角筋粗面のすぐ近くで、しかも骨の上を浅く走る。だから三角筋の下端付近やそれより下に注射すると、針や薬液で傷つきやすいんだ。正解は橈骨神経損傷だよ。
医学生医学生
橈骨神経が傷つくと下垂手になるんでしたよね。
ドクタードクター
そう。手首と指の付け根の関節が伸ばせなくなる下垂手と、手の甲の親指側、第1・第2中手骨の間の背側あたりの感覚障害が起こる。上腕骨骨幹部骨折や、腕を圧迫したまま眠ってしまう土曜夜まひでも同じ症状が出るね。
医学生医学生
整形外科の実習で、上腕骨骨幹部骨折の患者さんに手関節の背屈ができるか確認していました。同じ場所の神経なんですね。
ドクタードクター
まさにつながっている知識だ。では残りの選択肢も確認しよう。上腕動脈損傷はどうだろう。
医学生医学生
上腕動脈は上腕の内側を通るので、外側の三角筋への注射では届かない気がします。
ドクタードクター
正解。上腕動脈は上腕二頭筋の内側の溝を正中神経とともに走るから、三角筋注射で傷つくことはまずない。典型的なのは小児の上腕骨顆上骨折に伴う損傷だね。ちなみに三角筋注射で傷つきうる血管としては、遠位側では橈骨神経と一緒に走る深上腕動脈、近位側では後上腕回旋動脈がある。
医学生医学生
血栓性静脈炎は、点滴の刺入部が赤く硬くなるのを病棟でよく見ました。
ドクタードクター
そう、カテーテル留置や刺激の強い薬の点滴など、静脈そのものへの処置で起こるものだ。筋肉注射の位置が遠位にずれて起こりやすくなる合併症ではないね。
医学生医学生
近位側にずれると、肩の障害のほかに腋窩神経も危なかったはずですよね。
ドクタードクター
よく気づいたね。腋窩神経は後上腕回旋動脈とともに四角間隙を通り、上腕骨の外科頸を後ろから回って、肩峰から数cm下の高さで三角筋の裏側を走る。損傷すると三角筋のまひで腕を横に上げにくくなり、肩の外側の感覚も低下する。実は冒頭の「肩峰から3横指下」の高さには、この腋窩神経が走っていることがあるので注意が必要なんだ。
医学生医学生
では、安全な位置はどうやって決めればいいんでしょうか。
ドクタードクター
近年勧められているのは、肩峰の中央から下ろした線と、前腋窩線と後腋窩線の上端、つまり腋窩のしわの頂点どうしを結んだ線との交点だ。上には滑液包と腋窩神経、下には橈骨神経がある、その間の三角筋中央部を狙うイメージだね。実際の手技では患者さんの体格を確認し、刺入時に強いしびれや放散痛を訴えたらすぐに針を抜くことも大切だ。
医学生医学生
上にずれたら肩と腋窩神経、下にずれたら橈骨神経、と上下セットで覚えておきます。

まとめ

三角筋への筋肉注射では、注射部位の上下にそれぞれ避けるべき構造があり、ずれの方向によって起こる合併症が異なります。遠位側にずれると、上腕骨中央の後面の橈骨神経溝を走る橈骨神経を傷つけやすく、下垂手や手背の親指側の感覚障害をきたします。近位側にずれると、三角筋下滑液包への注入による肩の障害(SIRVA)や、外科頸を回る腋窩神経・後上腕回旋動脈の損傷が問題となり、上腕動脈は上腕の内側を走るため三角筋注射とは関係が薄いと理解しておきましょう。安全な部位は肩峰中央からの垂線と前後腋窩線の上端を結ぶ線の交点とされ、従来の「肩峰から3横指下」にも腋窩神経損傷のリスクがあります。日常的な手技だからこそ、解剖に基づいて注射部位を選ぶ姿勢が患者の安全を守ることにつながります。

解答・解説

正解はdです

三角筋への筋肉注射の位置がずれたときに傷つきやすい構造を、上腕の解剖から考える問題である。

三角筋周囲の解剖

三角筋は鎖骨の外側・肩峰・肩甲棘から起こり、肩を覆うように下へ向かい、上腕骨の外側中央付近にある三角筋粗面に付く。この筋の周りには、注射で傷つけてはいけない構造が上下にある。 ・近位側(肩峰に近い側):三角筋の深いところに三角筋下滑液包(肩峰下滑液包とつながる)があり、その奥には肩関節と腱板がある。ここに薬液が入ると、滑液包炎や肩の痛み・動きの制限を起こす。 ・後方の深いところ:腋窩神経と後上腕回旋動脈が、上腕骨の外科頸(骨頭のすぐ下のくびれ)を後ろから回り込み、肩峰から数cm下の高さで三角筋の裏側を走る。 ・遠位側(肘に近い側):橈骨神経が上腕骨の後面にある橈骨神経溝(らせん溝)に沿って、上腕の中央付近を後ろから外側へらせん状に回り込む。三角筋が付く三角筋粗面のすぐ近くを通るため、三角筋の下の端に近いところや、それより下に注射すると橈骨神経を傷つけやすい。 したがって、注射部位が遠位側にずれると起こりやすい合併症は橈骨神経損傷である。近位側へのずれで起こる滑液包への注入や、腋窩神経の損傷と区別して覚えるとよい。

選択肢考察

  1. ×a.  肩関節障害

    注射部位が近位側(肩峰に近い側)にずれ、深く刺したときに起こりやすい。三角筋の深いところにある三角筋下滑液包の中に薬液が入ると、急な炎症(滑液包炎)が起こり、肩の痛みや動きの制限が続くことがある。ワクチン接種によるものはSIRVA(shoulder injury related to vaccine administration:ワクチン接種に関連した肩の障害)と呼ばれ、長引く痛みに移ることもある。遠位側へのずれで起こるものではない。

  2. ×b.  肩腱板損傷

    腱板(棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋の腱)は肩関節を包み、上腕骨の大結節・小結節に付く。つまり三角筋の近位部の奥にある構造であり、遠位側にずれた注射で傷つくことはない。腱板の損傷は、転んで手をつく、重い物を持ち上げるといった急な負担による外傷性の断裂や、年齢とともに腱がすり減って切れる変性断裂が主な原因である。

  3. ×c.  血栓性静脈炎

    静脈の中に血栓ができて静脈壁に炎症が起こる病態である。静脈内のカテーテル留置や刺激の強い薬の点滴など、静脈そのものへの処置や、下肢静脈瘤に伴って起こることが多い。三角筋の筋肉注射は静脈内に薬を入れる手技ではなく、注射部位が遠位にずれることで起こりやすくなる合併症ではない。

  4. ○d.  橈骨神経損傷

    橈骨神経は腋窩から、大円筋・上腕三頭筋長頭・上腕骨に囲まれたすき間(三角間隙)を通って上腕の後ろへ出て、上腕骨の中央の後面にある橈骨神経溝に沿ってらせん状に外側へ回り込む。この部分は三角筋粗面のすぐ近くで、骨の上を浅く走るため、三角筋の下端付近やそれより下に注射すると針や薬液で傷つきやすい。損傷すると、手首と指の付け根の関節が伸ばせなくなる下垂手と、手の甲の親指側(第1・第2中手骨の間の背側など)の感覚障害が起こる。注射部位が遠位側にずれたときに起こりやすい合併症であり、これが正解である。

  5. ×e.  上腕動脈損傷

    上腕動脈は上腕の内側(上腕二頭筋の内側の溝)を正中神経とともに走るため、上腕の外側にある三角筋への注射で傷つくことはまずない。上腕動脈の損傷は、小児の上腕骨顆上骨折などの骨折に伴って起こるのが典型である。なお、三角筋への注射で傷つきうる血管としては、近位側では腋窩神経と一緒に走る後上腕回旋動脈、遠位側では橈骨神経溝の中を橈骨神経と一緒に走る深上腕動脈(上腕深動脈)がある。

三角筋への筋肉注射で避けるべき構造

・近位側に寄りすぎ:三角筋下滑液包への注入(滑液包炎・SIRVA)、肩関節や腱板の障害。 ・肩峰から数cm下の後方の深いところ:腋窩神経と後上腕回旋動脈。腋窩神経は大円筋・小円筋・上腕三頭筋長頭・上腕骨で囲まれた四角いすき間(四角間隙、外側腋窩隙)を通って外科頸を後ろから回る。損傷すると三角筋のまひ(腕を横に上げにくくなる)と、肩の外側の感覚障害が起こる。 ・遠位側に寄りすぎ:橈骨神経と深上腕動脈。

注射部位の選び方

従来は「肩峰から3横指下」が目安とされてきたが、その高さには腋窩神経が走っていることがあり、注意が必要である。近年は、肩峰の中央から下ろした線と、前腋窩線と後腋窩線の上端(腋窩のしわの頂点)どうしを結んだ線の交わるところが、安全な注射部位として勧められている。三角筋の中央部で、上下の危ない構造の間にあたる部分を選ぶことになる。

神経損傷の症状のまとめ

・橈骨神経まひ:下垂手、手背の親指側の感覚障害。上腕骨骨幹部骨折や、腕を圧迫したまま眠ったとき(土曜夜まひ)にも起こる。 ・腋窩神経まひ:三角筋の筋力低下(肩の外転障害)、肩外側の感覚障害。肩関節脱臼や上腕骨外科頸骨折に伴うことが多い。

POINT

・三角筋への筋肉注射が遠位側にずれる → 橈骨神経損傷(下垂手)。橈骨神経は上腕骨中央の後面の橈骨神経溝を走る。 ・近位側にずれる → 三角筋下滑液包への注入(SIRVA)、腋窩神経・後上腕回旋動脈の損傷。 ・安全な部位:肩峰の中央から下ろした線と、前後の腋窩線の上端を結ぶ線の交点。 ・上腕動脈は上腕の内側を走るため、三角筋注射とは関係が薄い。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。