見えない動脈は「触れて」「垂直に」刺す―静脈採血の常識が通用しない大腿動脈穿刺
第117回医師国家試験 E問題 第12問
国試問題にチャレンジ
成人の動脈血ガス分析を目的とした大腿動脈からの採血について正しいのはどれか。
- a.穿刺針の太さは18 Gを選択する。
- b.動脈の走行は目視で確認する。
- c.皮膚に対して直角に穿刺する。
- d.シリンジに十分な陰圧をかける。
- e.抜針後に穿刺部位をよく揉む。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
大腿動脈からの動脈血採血では、深部を走る動脈を目視ではなく拍動の触知(必要に応じて超音波)で確認し、拍動の真上から皮膚に対してほぼ垂直に穿刺します。針は22〜25 G程度の細い針付きヘパリン入りシリンジを用い、陰圧はかけず動脈圧による自然な流入で採取し、抜針後は揉まずに5分程度以上圧迫止血します。大腿三角では外側から神経・動脈・静脈の順に並ぶため、角度が浅いと隣接する静脈や神経の誤穿刺につながり、鼠径靱帯より中枢での穿刺は後腹膜出血の危険があります。検体は気泡を除いて密封し速やかに測定することも、正確なPaO2・PaCO2を得るうえで欠かせません。静脈採血との違いを一つずつ理由とともに理解しておくことが、救急や病棟で安全に動脈穿刺を行うための土台になります。
解答・解説
正解はcです
本問は、動脈血ガス分析のための動脈穿刺(ここでは大腿動脈)の基本手技を問う問題である。静脈採血との違いを意識しながら、「どこを・どの針で・どの角度で刺し、どう採取し、どう止血するか」を整理すると正解を導きやすい。
大腿動脈穿刺の手順の要点
・部位の確認:患者を仰臥位とし、鼠径靱帯(上前腸骨棘と恥骨結節を結ぶ線)のやや末梢側で大腿動脈の拍動を指で触れ、走行を確かめる。大腿三角では外側から大腿神経・大腿動脈・大腿静脈の順に並ぶため、動脈の内側には静脈がある。 ・器具:抗凝固薬(ヘパリン)があらかじめ入った動脈血採血用シリンジ(細めの針が付いたキット)を用いる。 ・穿刺:拍動を触れる2本の指の間で、拍動の最も強い点の真上から、皮膚に対してほぼ垂直(60〜90度)に針を進める。 ・採取:針先が動脈内腔に入ると、動脈圧によって血液が自然にシリンジ内へ流入してくる。 ・抜針後:穿刺部位をガーゼで5分程度以上しっかり圧迫して止血する(抗凝固療法中や出血傾向がある場合はさらに長く)。 ・検体処理:気泡を除いて密封し、速やかに測定する。 静脈採血は浅いところを走る静脈に対して浅い角度(15〜30度程度)で刺し、シリンジや真空管の陰圧で血液を引くのに対し、大腿動脈穿刺では深部の動脈を拍動で探り、垂直に近い角度で刺入して動脈圧で血液を得るという点が大きな違いである。
選択肢考察
- ×a. 穿刺針の太さは18 Gを選択する。
動脈血ガス分析の採血には、22〜25 G程度の細い針が用いられ、通常はヘパリン入りシリンジと一体となった専用キットを使う。G(ゲージ)は数字が大きいほど細い針を表し、18 Gは輸血や急速輸液に用いるかなり太い針である。動脈は圧が高いため、太い針で穿刺すると動脈壁の穴が大きくなり、血腫・出血や仮性動脈瘤などの合併症の危険が増す。血液ガス分析に必要な血液量はごく少量であり、太い針を使う利点はない。
- ×b. 動脈の走行は目視で確認する。
大腿動脈は皮下脂肪や筋膜に覆われた深い位置を走るため、皮膚の上から目で見て走行を確認することはできない。示指と中指で拍動を触知し、拍動の最も強い部位とその走行の向きを確かめてから穿刺する。拍動が触れにくい場合(ショック、肥満など)は、超音波で動脈を確認しながら穿刺する方法も有用である。なお、皮膚表面から透けて見える血管を目印にするのは主に静脈採血の場合である。
- ○c. 皮膚に対して直角に穿刺する。
大腿動脈は皮膚から深い位置にあるため、拍動を触れる点の真上から皮膚に対して垂直(おおむね60〜90度)に針を刺入し、最短距離で動脈に到達させる。角度を浅くすると、針が皮下を長く進むことになり、動脈を捉えにくくなるうえ、針先の位置がずれて隣接する大腿静脈や大腿神経を誤って穿刺する危険が増す。浅い角度で刺入する静脈採血とは異なる点として押さえておく。
- ×d. シリンジに十分な陰圧をかける。
動脈内は圧が高いので、針先が内腔に入れば陰圧をかけなくても血液は動脈圧で自然にシリンジ内へ押し上げられてくる。この拍動に伴う自然な逆流は、静脈ではなく動脈を穿刺できたことの確認にも役立つ。逆に強い陰圧をかけると、静脈血を誤って吸引しても気づきにくくなるほか、陰圧によって気泡が混入したり血液から気体が抜けたりして、酸素分圧・二酸化炭素分圧の値が不正確になるおそれがある。陰圧をかけて採取するのは静脈採血の方法である。
- ×e. 抜針後に穿刺部位をよく揉む。
動脈は圧が高いため、抜針後の穿刺孔からは出血しやすい。穿刺部位を揉むと止血のための血栓形成が妨げられ、皮下血腫や仮性動脈瘤の原因となる。抜針後は揉まずに、穿刺部をガーゼで5分程度以上確実に圧迫して止血を確認する。抗凝固薬・抗血小板薬の内服中や出血傾向のある患者では、さらに長く圧迫する。患者に危険を及ぼしうる誤った処置であり、禁忌に相当する選択肢である。
動脈血採血の主な穿刺部位
・橈骨動脈:表在性で圧迫止血しやすく、尺骨動脈との側副血行があるため、第一選択とされることが多い。穿刺前にAllen試験などで尺骨動脈からの血流を確認する方法が知られている。 ・上腕動脈:肘窩の内側で触知する。近くに正中神経が走行する。 ・大腿動脈:太く、血圧低下時でも触知しやすいため、ショックや心肺蘇生中などの緊急時に用いられる。一方で、深部にあり圧迫止血がやや難しく、隣接する大腿静脈・大腿神経の誤穿刺や後腹膜出血(鼠径靱帯より中枢で穿刺した場合)に注意が必要である。
大腿三角(スカルパ三角)の位置関係
外側から大腿神経(Nerve)・大腿動脈(Artery)・大腿静脈(Vein)の順に並ぶ(英語の頭文字でNAVと覚える)。穿刺は鼠径靱帯より末梢側で行う。
血液ガス検体の取り扱い
・気泡が混入すると、室内空気との間でガスの移動が起こり、PaO2やPaCO2が実際とずれるため、採取後は速やかに気泡を除去して密封する。 ・採取後は時間とともに血球の代謝で酸素が消費されるため、速やかに測定する。 ・ヘパリンの量が多すぎると希釈によって測定値に誤差が生じる。
POINT
・動脈血ガス採血:細い針(22〜25 G程度)+ヘパリン入りシリンジを用いる。 ・動脈の位置は拍動の触知で確認する(大腿動脈は深部で見えない)。必要に応じて超音波ガイドを用いる。 ・大腿動脈は拍動の真上から皮膚に対してほぼ垂直(60〜90度)に穿刺する。 ・陰圧は不要で、動脈圧により血液が自然に流入する(静脈採血との違い)。 ・抜針後は揉まずに5分程度以上の圧迫止血を行う。
