胃がなくなると何が起こる?―「失われた機能」から読み解く胃全摘後の合併症
第117回医師国家試験 A問題 第3問
国試問題にチャレンジ
胃全摘術後にみられる可能性があるのはどれか。3つ選べ。
- a.胆石
- b.肥満
- c.貧血
- d.耐糖能異常
- e.門脈圧亢進
対話形式の解説
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ドクターまとめ
胃全摘後の合併症は、胃の機能喪失と手術操作の影響から理解できます。貯留機能の喪失は後期ダンピング症候群による食後過血糖と反応性低血糖、すなわち耐糖能異常を招き、内因子の喪失は術後数年で現れるビタミンB12欠乏性貧血、胃酸消失と十二指腸バイパスは鉄欠乏性貧血をもたらします。さらにリンパ節郭清に伴う迷走神経肝枝の切離とコレシストキニン分泌刺激の減少で胆嚢収縮能が落ち、胆石ができやすくなります。一方、摂食量減少と吸収不良により体重は減るのが普通で肥満にはならず、門脈血流にも影響しないため門脈圧亢進も起こりません。骨代謝障害や逆流性食道炎も含め、機序から整理しておくと術後の長期フォローで何に注意すべきかが自然に見えてきます。
解答・解説
正解はa, c, dです
胃切除後に起こる障害(胃切除後症候群)を、胃が担っていた機能と手術操作の影響から考える問題である。 胃全摘術で失われる・影響を受けるものは次のように整理できる。 1. 貯留機能と排出調節:胃がなくなると食物が一度に小腸へ流れ込み、ダンピング症候群(早期・後期)が起こる。後期ダンピングは急激な血糖上昇とその後の反応性低血糖であり、耐糖能異常として現れる。 2. 分泌機能:壁細胞から出る内因子が失われるとビタミンB12が吸収できなくなり、巨赤芽球性貧血をきたす。胃酸の消失で鉄(Fe3+からFe2+への還元)の吸収が低下し、さらにRoux-en-Y再建では鉄の主な吸収部位である十二指腸を食物が通らないため、鉄欠乏性貧血も起こる。 3. 迷走神経の切離:胃全摘ではリンパ節郭清に伴い迷走神経の肝枝・腹腔枝が切離されることが多く、胆嚢の収縮能が低下して胆汁がうっ滞し、胆石ができやすくなる。 4. 消化吸収能の低下・摂食量の減少:体重は減少し、低栄養に傾く(肥満にはならない)。カルシウムやビタミンDの吸収低下から骨粗鬆症・骨軟化症も生じうる。 一方、胃切除は肝臓や門脈の血流そのものには影響しないため、門脈圧亢進は胃全摘後の合併症として考えにくい。
選択肢考察
- ○a. 胆石
みられる可能性がある。胃全摘術ではリンパ節郭清に伴って迷走神経の肝枝(胆嚢を支配する枝)が切離されることが多い。胆嚢の収縮は迷走神経(副交感神経)とコレシストキニンにより促されるが、神経支配が失われると胆嚢の収縮能が低下して胆汁がうっ滞し、胆泥・胆石が形成されやすくなる。さらにRoux-en-Y再建では食物が十二指腸を通過しないため、十二指腸から分泌されるコレシストキニンによる胆嚢収縮刺激も減少する。このため、胃癌手術の際に予防的胆嚢摘出術を併施する施設もある。
- ×b. 肥満
みられない。胃全摘後は貯留能の喪失による1回摂食量の減少、早期満腹感、ダンピング症状を避けるための摂食制限、消化吸収能の低下(膵液・胆汁と食物の混和不良など)が重なり、体重は減少するのが通常である。術前体重の1〜2割程度の減少がみられることが多く、低栄養への対策が術後管理の課題となる。
- ○c. 貧血
みられる可能性がある。2つの機序がある。1つは、ビタミンB12の吸収に必要な内因子を分泌する壁細胞が失われることによるビタミンB12欠乏で、巨赤芽球性貧血をきたす。肝臓に数年分の貯蔵があるため、発症は術後数年(おおむね3〜5年以降)と遅れて現れるのが特徴である。もう1つは鉄欠乏性貧血で、胃酸消失による鉄の還元・可溶化の障害と、Roux-en-Y再建で十二指腸を食物が通らなくなることによる吸収低下が原因であり、比較的早期から出現しうる。ビタミンB12の補充は内因子を介した吸収ができないため、筋肉内注射が基本である。
- ○d. 耐糖能異常
みられる可能性がある。胃を全摘すると、食物(特に炭水化物)が貯留・調節を受けずに直接小腸へ流入して急速に吸収されるため、食後に血糖値が急上昇する。これに反応してインスリンが過剰に分泌され、食後2〜3時間で低血糖(冷汗、動悸、手指振戦、脱力など)をきたすのが後期ダンピング症候群である。このように食後の過血糖とその後の低血糖という、糖代謝の不安定化(耐糖能異常)が生じる。対策は1回量を少なくした頻回食(分割食)、糖質を控えた食事、低血糖時の糖分摂取である。
- ×e. 門脈圧亢進
みられない。門脈圧亢進症は肝硬変などの肝内性、門脈血栓症などの肝前性、Budd-Chiari症候群などの肝後性の血流障害で生じる。胃全摘では胃に分布する血管(左右胃動静脈など)を処理するが、門脈本幹や肝内の血流を妨げるものではなく、術後合併症として門脈圧亢進をきたすことはない。
胃切除後症候群の主なもの
・早期ダンピング症候群:食後30分以内。高浸透圧の食物が小腸に急速に流入し、腸管内への体液移動と血管作動性物質の放出が起こる。動悸、発汗、めまい、顔面紅潮などの全身症状と、腹痛、下痢、腹部膨満などの腹部症状を示す。 ・後期ダンピング症候群:食後2〜3時間。急激な血糖上昇→インスリン過剰分泌→反応性低血糖。冷汗、動悸、手指振戦、意識障害など。 ・貧血:ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血(術後数年で発症)、鉄欠乏性貧血。 ・骨代謝障害:カルシウム・ビタミンDの吸収低下による骨粗鬆症・骨軟化症。 ・胆石症:迷走神経肝枝の切離による胆嚢収縮能低下、胆汁うっ滞。 ・逆流性食道炎:胃全摘後は噴門機能が失われ、胆汁や膵液を含む腸液が食道へ逆流する(アルカリ性逆流性食道炎)。Roux-en-Y再建は逆流を防ぐ工夫である。 ・体重減少・低栄養:摂食量減少、消化吸収不良。 ・輸入脚症候群:Billroth-II法再建後に輸入脚に内容が停滞して起こる。 ・吻合部潰瘍:胃部分切除後に残胃側の酸分泌により生じうる。
胃全摘後の再建法
Roux-en-Y法(食道空腸吻合)が標準的である。食物は十二指腸を経由しないため、鉄・カルシウムの吸収低下やコレシストキニン分泌刺激の減少につながる。
ビタミンB12補充
内因子が欠如しているため、通常の経口摂取では回腸での能動的吸収ができず、筋肉内注射による補充が基本となる(大量の経口投与ではごく一部が受動拡散で吸収される)。
POINT
・胃全摘後:胆石(迷走神経肝枝切離による胆嚢収縮低下)、貧血(ビタミンB12欠乏による巨赤芽球性貧血・鉄欠乏性貧血)、耐糖能異常(後期ダンピングによる過血糖→低血糖)。 ・ビタミンB12欠乏性貧血は肝臓の貯蔵のため術後数年遅れて出現し、補充は筋注が基本。 ・胃切除後は体重減少が一般的で、肥満にはならない。 ・胃切除は門脈血流に影響せず、門脈圧亢進は起こさない。
