内視鏡は異常なし、でも胃が痛い―機能性ディスペプシアにまず使う薬
第119回医師国家試験 A問題 第41問
国試問題にチャレンジ
35歳の女性。上腹部痛を主訴に来院した。以前から仕事で緊張すると,上腹部痛を感じることがあった。6か月前から責任のある仕事を任され,忙しくなるにつれて,食後すぐに満腹になることが多くなった。また食後に心窩部の痛みを感じることがある。身長158cm,体重46kg。体温36.1℃。脈拍88/分,整。血圧120/60mmHg。腹部は平坦,軟。腸雑音はやや亢進している。上腹部正中に軽度の圧痛を認める。尿検査と血液検査で異常を認めない。尿素呼気試験陰性。腹部超音波検査と上部消化管内視鏡検査で異常を認めない。 治療薬はどれか。
- a.NSAID
- b.酸分泌抑制薬
- c.ニトログリセリン
- d.グルココルチコイド
- e.グルカゴン類似ペプチド〈GLP-1〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生まとめ
内視鏡や超音波、血液検査で器質的疾患が否定され、ピロリ菌感染もないのに、食後の早期飽満感や心窩部痛が慢性的に続き、ストレスで増悪する場合は機能性ディスペプシアを考えます。病態には胃の適応性弛緩障害や排出遅延などの運動異常と、胃酸や伸展刺激に対する内臓知覚過敏が関わり、脳腸相関を介して心理的ストレスが影響します。初期治療は酸分泌抑制薬(PPI・H2受容体拮抗薬)と消化管運動機能改善薬(アコチアミド)で、無効なら抗不安薬・抗うつ薬や心理療法を検討します。NSAIDやグルココルチコイドは胃粘膜を傷害し、GLP-1受容体作動薬は胃排出を遅らせるため、かえって症状を悪化させえます。「異常なし」で終わらせずに病態を説明し、生活指導と薬物療法を組み合わせる姿勢は、機能性消化管疾患の診療全般に通じる大切な考え方です。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・35歳女性。以前から緊張する場面で上腹部痛を自覚していた。 ・6か月前から責任ある仕事を任されて多忙になり、食べ始めてすぐ満腹になる(早期飽満感)ことと、食後の心窩部痛が出現している。 ・身長158cm、体重46kgでBMIは約18.4とやや低体重だが、体温・脈拍・血圧は正常範囲で全身状態は安定している。 ・腹部は平坦・軟で、上腹部正中に軽度の圧痛があるのみ。腸雑音はやや亢進している。 ・尿・血液検査は正常で、尿素呼気試験は陰性(Helicobacter pylori感染なし)。腹部超音波検査と上部消化管内視鏡検査にも異常がない。
診断へのプロセス
上腹部痛の原因は、食道・胃・十二指腸の疾患に加え、胆石や膵炎などの肝胆膵疾患、狭心症・心筋梗塞などの心疾患まで幅広い。本例では内視鏡で逆流性食道炎、消化性潰瘍、胃癌、急性胃粘膜病変といった粘膜の器質的病変が否定され、腹部超音波で胆石・膵疾患などが、血液・尿検査で炎症や代謝・内分泌疾患が否定的である。尿素呼気試験陰性からH. pylori感染およびそれに伴う慢性胃炎も考えにくい。 このように器質的・全身性・代謝性の原因が見当たらないにもかかわらず、食後の早期飽満感と心窩部痛が慢性的に続いていること、心理的ストレス(責任ある仕事、多忙)を契機に増悪していることから、機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)と診断できる。症状の内訳をみると、早期飽満感は食後愁訴症候群(postprandial distress syndrome:PDS)の、心窩部痛は心窩部痛症候群(epigastric pain syndrome:EPS)の要素であり、両者が重なったタイプと考えられる。
設問の考え方
FDの病態には、胃の運動機能異常(胃排出の遅れ、食物が入ったときに胃底部が広がる適応性弛緩の障害)と、胃酸や胃壁の伸展に対する内臓知覚過敏が関わる。そのため初期治療の中心は、酸刺激を減らす酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬〈PPI〉、H2受容体拮抗薬)と、胃の動きを改善する消化管運動機能改善薬(アコチアミドなど)である。選択肢のうちFDの治療薬に該当するのは酸分泌抑制薬である。逆に、胃粘膜を傷害したり胃の排出を遅らせたりする薬は症状を悪化させうる点にも注意して各選択肢を評価する。
選択肢考察
- ×a. NSAID
NSAID(非ステロイド性抗炎症薬)はシクロオキシゲナーゼ(COX)を阻害してプロスタグランジン産生を抑え、解熱・鎮痛・抗炎症作用を示す。しかし胃ではプロスタグランジンが粘液・重炭酸の分泌や粘膜血流を保って粘膜を守っているため、NSAIDはこれを減らして胃粘膜傷害や消化性潰瘍の原因となる。炎症所見のないFDの心窩部痛に対して使う理由はなく、むしろ上腹部症状を悪化させるおそれがあるため不適切である。
- ○b. 酸分泌抑制薬
FDでは胃酸が十二指腸や胃の粘膜を刺激することで生じる内臓知覚過敏が、心窩部痛や灼熱感の一因と考えられている。PPIやH2受容体拮抗薬などの酸分泌抑制薬は胃酸の分泌を抑えて刺激を減らし、特に心窩部痛症候群(EPS)型の症状に有効とされる。消化管運動機能改善薬と並ぶFDの初期治療薬であり、食後の心窩部痛を訴える本例に適している。
- ×c. ニトログリセリン
ニトログリセリンは体内で一酸化窒素(NO)を放出して血管平滑筋を弛緩させ、静脈拡張による前負荷の軽減と冠動脈拡張により心筋の酸素需給を改善する。狭心症発作の治療に用いる薬である。本例の症状は労作ではなく食事やストレスに関連し、心疾患を疑わせる所見もないため不適切である。
- ×d. グルココルチコイド
グルココルチコイドは細胞内の受容体を介して遺伝子の転写を調節し、強い抗炎症・免疫抑制作用や糖新生促進作用を示す。副腎不全の補充療法、膠原病、炎症性腸疾患、アレルギー疾患などに用いる。本例には炎症や免疫異常を示す所見がなく適応はない。さらに消化性潰瘍の誘因となりうる薬でもあり不適切である。
- ×e. グルカゴン類似ペプチド〈GLP-1〉
GLP-1(glucagon-like peptide-1)受容体作動薬は、血糖に応じたインスリン分泌の促進とグルカゴン分泌の抑制により血糖を下げるほか、胃排出を遅らせ、視床下部に作用して食欲を抑え満腹感を強める。2型糖尿病や肥満症の治療に用いる。悪心や腹部膨満感などの消化器症状が副作用として多く、早期飽満感を訴えるやせ型の本例ではかえって症状を悪化させるため不適切である。
機能性ディスペプシア(FD)とは
内視鏡検査などで症状の原因となる器質的・全身性・代謝性疾患がないにもかかわらず、心窩部を中心とする腹部症状が慢性的に続く疾患である。国際的な診断基準であるRome IV基準では、つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感のうち1つ以上があり、症状が6か月以上前に始まり最近3か月間持続していることが求められる。
サブタイプ
・食後愁訴症候群(PDS):食後のもたれ感や早期飽満感が中心。胃排出遅延や胃適応性弛緩障害が関与する。 ・心窩部痛症候群(EPS):心窩部痛や灼熱感が中心。酸や伸展刺激に対する知覚過敏が関与する。 両者はしばしば重なる。
病態に関わる因子
胃運動機能異常、内臓知覚過敏、胃酸、H. pylori感染、感染性胃腸炎後の変化、心理的ストレスや不安・抑うつ(脳腸相関)、生活習慣などが複合的に関わる。ストレスは自律神経のバランスを乱し、胃の運動や知覚に影響する。
診療の流れ
1.警告徴候(体重減少、吐血・下血、貧血、嚥下困難、高齢での新規発症など)があれば速やかに内視鏡などで器質的疾患を除外する。 2.H. pylori感染を調べ、陽性なら除菌する(除菌により症状が改善する例があり、除菌後も症状が続く場合にFDとして扱う)。 3.初期治療:酸分泌抑制薬(PPI、H2受容体拮抗薬)、消化管運動機能改善薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害作用をもつアコチアミドなど)。六君子湯などの漢方薬も用いられる。 4.初期治療で改善しない場合:抗不安薬、抗うつ薬(三環系抗うつ薬など)、心理療法などを検討する。 あわせて病態の説明と生活指導(規則正しい食事、ストレス対策など)を行い、患者と医師の信頼関係を築くことが治療効果を高める。
POINT
・器質的疾患が除外され、食後の早期飽満感・もたれ感や心窩部痛が慢性的に続く場合は機能性ディスペプシアを考える。ストレスとの関連は重要な手がかりである。 ・診断には上部消化管内視鏡などによる器質的疾患の除外が必須で、H. pylori陽性なら除菌を先に行う。 ・初期治療は酸分泌抑制薬(PPI、H2受容体拮抗薬)と消化管運動機能改善薬(アコチアミド)。改善しなければ抗不安薬・抗うつ薬などを考慮する。 ・NSAIDやグルココルチコイドは胃粘膜傷害のリスクがあり、GLP-1受容体作動薬は胃排出を遅らせるため、いずれもFD症状を悪化させうる。
