「境界」は異常に数えない―診断基準で線を引く生活習慣病の見極め方
第115回医師国家試験 F問題 第72問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,72~74の問いに答えよ。 42歳の男性。職場の健康診断で異常を指摘されて来院した。 現病歴:20歳代の頃は体重68kg程度であったが,32歳での結婚を機に徐々に増加し,特にこの3年で10kg増加した。現在の体重は過去最大である。 既往歴:特記すべきことはない。 生活歴:喫煙歴はない。飲酒はビール500mL/日。仕事は事務作業で通勤以外の運動習慣はない。 家族歴:父親が糖尿病,高血圧症,脳梗塞。 現症:意識は清明。身長173cm,体重82kg,腹囲98cm。脈拍68/分。血圧146/92mmHg。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知せず,皮膚線条は認めない。四肢に浮腫を認めない。皮膚の菲薄化を認めない。 検査所見:尿所見:蛋白(-),糖(-),ケトン体(-)。血液所見:赤血球465万,Hb 14.6g/dL,Ht 46%,白血球6,800,血小板28万。血液生化学所見:AST 38U/L,ALT 78U/L,γ-GT 52U/L(基準8~50),尿素窒素19mg/dL,クレアチニン0.9mg/dL,尿酸6.8mg/dL,空腹時血糖116mg/dL,HbA1c 6.2%(基準4.6~6.2),総コレステロール264mg/dL,トリグリセリド212mg/dL,HDLコレステロール34mg/dL,Na 141mEq/L,K 3.5mEq/L,Cl 98mEq/L。
この患者について現時点で判断できる異常はどれか。3つ選べ。
- a.糖尿病
- b.高血圧症
- c.高尿酸血症
- d.脂質異常症
- e.メタボリックシンドローム
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健診データから「現時点で判断できる異常」を問われたら、それらしく見える値をすべて病名にせず、各疾患の診断基準に一つずつ当てはめることが基本です。高血圧は140/90mmHg以上、脂質異常症はLDL-C 140以上・HDL-C 40未満・TG 150以上のいずれかで、LDL-CはFriedewaldの式で推定できます。メタボリックシンドロームは腹囲(男性85cm、女性90cm以上)を必須とし、脂質・血圧(130/85以上)・空腹時血糖(110以上)のうち2項目以上で診断され、個々の疾患より低い基準値が使われる点が重要です。一方、空腹時血糖126未満・HbA1c 6.5%未満の境界型や、7.0mg/dL以下の尿酸値は診断基準を満たさないため含めません。境界域を正確に見分けることは、予備群の段階で生活習慣の改善を促し、動脈硬化性疾患を予防するための第一歩になります。
解答・解説
正解はb, d, eです
所見の整理
・42歳男性。結婚後から体重が増え続け、この3年で10kg増加して現在が過去最大。事務職で運動習慣がなく、ビール500mL/日の飲酒がある。父親に糖尿病・高血圧症・脳梗塞があり、生活習慣病の素因と環境がそろっている。 ・身長173cm、体重82kgからBMI(体格指数:体重kg÷身長mの2乗)を求めると、82÷(1.73×1.73)≒82÷2.99≒27.4となり、日本肥満学会の基準(BMI 25以上)で肥満(肥満1度)に当たる。 ・腹囲98cmは男性の基準85cm以上を大きく超えており、内臓脂肪の蓄積が強く疑われる。 ・皮膚線条(赤色で幅の広い線状の皮膚病変)、皮膚の菲薄化、浮腫がなく、Cushing症候群など内分泌疾患による二次性肥満を思わせる所見はない。したがって、過食と運動不足による原発性(単純性)肥満と考えるのが自然である。 ・血圧146/92mmHg、AST 38U/L・ALT 78U/L(ALT優位の上昇)・γ-GT 52U/L、空腹時血糖116mg/dL・HbA1c 6.2%、総コレステロール264mg/dL・トリグリセリド212mg/dL・HDLコレステロール34mg/dL、尿酸6.8mg/dL。
考え方
設問は「現時点で判断できる異常」を問うている。つまり、今ある一回の診察・検査結果だけで、それぞれの疾患の診断基準を満たすかどうかを一つずつ確認すればよい。基準をわずかに下回るもの(境界域の値)は「疑い」や「予備群」にとどまり、現時点で診断できる異常には含めない。 ・血圧:診察室血圧140/90mmHg以上で高血圧 → 146/92mmHgで該当。 ・脂質:トリグリセリド150mg/dL以上、HDLコレステロール40mg/dL未満、LDLコレステロール140mg/dL以上のいずれかで脂質異常症 → 三つとも該当。 ・腹囲:男性85cm以上を必須とし、血圧・脂質・空腹時血糖の三項目のうち2項目以上でメタボリックシンドローム → 三項目すべて該当。 ・血糖:空腹時血糖126mg/dL未満、HbA1c 6.5%未満 → 糖尿病の基準は満たさない(境界型の範囲)。 ・尿酸:7.0mg/dLを超えると高尿酸血症 → 6.8mg/dLで該当しない。 以上から、現時点で判断できる異常は高血圧症、脂質異常症、メタボリックシンドロームの3つである。なお、ALT優位のトランスアミナーゼ上昇は肥満に伴う脂肪肝(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)を示唆するが、選択肢には含まれていない。
選択肢考察
- ×a. 糖尿病
糖尿病型と判定されるのは、空腹時血糖126mg/dL以上、75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上、随時血糖200mg/dL以上、HbA1c 6.5%以上のいずれかである。血糖値とHbA1cが同じ採血で両方とも糖尿病型であれば一回で糖尿病と診断できる。本例は空腹時血糖116mg/dL、HbA1c 6.2%でいずれも糖尿病型に届かないため、現時点で糖尿病とは判断できない。ただし空腹時血糖110~125mg/dLは空腹時血糖異常(IFG)に当たり、境界型の範囲である。HbA1cも6.0~6.4%の「糖尿病の可能性を否定できない」域にあり、父親の糖尿病歴もあることから、75gOGTTでの精査が勧められる状態である。
- ○b. 高血圧症
日本高血圧学会のガイドラインでは、診察室血圧で収縮期140mmHg以上または拡張期90mmHg以上を高血圧とする。本例は146/92mmHgで収縮期・拡張期ともに基準を超えており、Ⅰ度高血圧(140~159/90~99mmHg)に当たる。厳密には、高血圧の確定には複数回の測定や家庭血圧での確認が望ましい。しかし本問の選択肢の中では、提示されたデータで診断基準を満たしている異常として扱うのが妥当である。肥満によるインスリン抵抗性、交感神経活性の亢進、ナトリウム貯留などが血圧上昇に関わっていると考えられる。
- ×c. 高尿酸血症
高尿酸血症は、性別・年齢を問わず血清尿酸値が7.0mg/dLを超える状態と定義される。7.0mg/dLは尿酸が体液中に溶けていられる限界の濃度(飽和濃度)に基づいた値である。本例の尿酸は6.8mg/dLで基準をわずかに下回るため、現時点で高尿酸血症とは判断できない。ただし肥満・飲酒・メタボリックシンドロームは尿酸値を上げる要因であり、今後の経過観察は必要である。
- ○d. 脂質異常症
空腹時採血での脂質異常症の診断基準は、LDLコレステロール140mg/dL以上(高LDLコレステロール血症)、HDLコレステロール40mg/dL未満(低HDLコレステロール血症)、トリグリセリド150mg/dL以上(高トリグリセリド血症)などである。本例はトリグリセリド212mg/dL、HDLコレステロール34mg/dLで、この二つだけでも診断できる。さらにLDLコレステロールをFriedewaldの式(LDL-C=総コレステロール-HDL-C-トリグリセリド/5、トリグリセリド400mg/dL未満で使用可)で推定すると、264-34-212/5=264-34-42.4≒188mg/dLとなり、高LDLコレステロール血症も満たす。三つの項目がすべて異常であり、脂質異常症と判断できる。
- ○e. メタボリックシンドローム
日本のメタボリックシンドローム診断基準(2005年)では、腹囲(臍の高さのウエスト周囲径)が男性85cm以上・女性90cm以上であることを必須とする。そのうえで以下の3項目のうち2項目以上を満たすものをメタボリックシンドロームとする。(1)脂質異常:トリグリセリド150mg/dL以上かつ/または HDLコレステロール40mg/dL未満、(2)血圧高値:収縮期130mmHg以上かつ/または拡張期85mmHg以上、(3)空腹時高血糖:110mg/dL以上。本例は腹囲98cmで必須項目を満たし、(1)トリグリセリド212mg/dL・HDLコレステロール34mg/dL、(2)146/92mmHg、(3)116mg/dLと3項目すべてに該当するため、メタボリックシンドロームと判断できる。
メタボリックシンドロームの考え方
内臓脂肪の蓄積を上流に置き、そこから生じるインスリン抵抗性を介して、高血糖・脂質異常・血圧上昇が一人に集まる病態である。一つひとつの異常は軽くても、重なることで動脈硬化性疾患(心筋梗塞・脳梗塞など)のリスクが大きく上がる。LDLコレステロールはメタボリックシンドロームの診断項目に含まれない点に注意する(LDLコレステロールは独立した動脈硬化の危険因子として別に管理する)。
各疾患の基準値の整理
・肥満:BMI 25以上(25以上30未満が肥満1度、30以上35未満が肥満2度)。肥満に健康障害が伴う、または内臓脂肪蓄積がある場合は「肥満症」として治療対象になる。 ・高血圧:診察室血圧140/90mmHg以上(家庭血圧では135/85mmHg以上)。 ・脂質異常症(空腹時):LDL-C 140mg/dL以上(120~139mg/dLは境界域)、HDL-C 40mg/dL未満、TG 150mg/dL以上、non-HDL-C 170mg/dL以上。 ・糖尿病型:空腹時血糖126mg/dL以上、75gOGTT 2時間値200mg/dL以上、随時血糖200mg/dL以上、HbA1c 6.5%以上。正常型は空腹時血糖110mg/dL未満かつOGTT 2時間値140mg/dL未満で、どちらにも当てはまらないものが境界型である。 ・高尿酸血症:血清尿酸値7.0mg/dL超。
二次性肥満の除外
肥満を見たら、Cushing症候群(中心性肥満、赤色皮膚線条、皮膚菲薄化、満月様顔貌)、甲状腺機能低下症(浮腫、徐脈、寒がり)、薬剤性などの二次性肥満を否定する必要がある。本例はこれらの所見を欠き、生活歴から原発性肥満と考えられる。
飲酒量の目安
ビール500mL(アルコール度数約5%)には純アルコールが約20g含まれる。これは「節度ある適度な飲酒」の目安である1日平均20g程度にほぼ相当するが、肥満や肝機能異常がある本例では、減量とあわせて飲酒量を減らすことや休肝日を設けることが望ましい。
POINT
・現時点で「判断できる」異常かどうかは、各疾患の診断基準を満たすかで判定する。境界域の値は含めない。 ・高血圧:140/90mmHg以上。 ・脂質異常症:LDL-C 140以上、HDL-C 40未満、TG 150以上(mg/dL)。LDL-CはFriedewaldの式(TC-HDL-C-TG/5)で推定できる。 ・メタボリックシンドローム:腹囲 男性85cm以上・女性90cm以上が必須。これに加えて、脂質(TG 150以上かつ/またはHDL-C 40未満)・血圧(130/85以上)・空腹時血糖(110以上)のうち2項目以上。 ・糖尿病型:空腹時血糖126以上、HbA1c 6.5%以上。空腹時血糖110~125は境界型(IFG)。 ・高尿酸血症:尿酸7.0mg/dL超。
