StudyMed医師国家試験

「職場に説明してほしい」―がん治療と仕事をつなぐ窓口は誰か

第113回医師国家試験 F問題 第46問

国試問題にチャレンジ

第113回 F問題 第46問

35歳の女性。6か月前に右乳癌のため乳房部分切除を行った。現在は通院で抗癌化学療法を行っており病状は安定している。事務職として勤務していたが,手術後は休職している。本人から,現在復職に向けて職場に相談しており,病状や今後の治療について職場へ説明してほしいとの希望があった。患者の職場には嘱託の産業医がいる。  適切な対応はどれか。

  1. a.職場の同僚に説明する。
  2. b.職場の産業医に説明する。
  3. c.自分で説明するように伝える。
  4. d.労働基準監督署の許可が必要と伝える。
  5. e.家族の同意がないと職場に連絡できないと伝える。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、がん治療を続けながら復職を目指す患者さんから「職場に病状を説明してほしい」と頼まれたとき、主治医が誰に、どう伝えるべきかを考える問題だ。ポイントは「個人情報の扱い」と「医学的な情報を職場の配慮に結びつけられるのは誰か」の2つ。まず、病名や治療内容という情報はどんな性質のものだと思う?
医学生医学生
医療倫理の講義で、病歴は特に慎重に扱うべき個人情報だと習いました。医師には守秘義務もありますよね。
ドクタードクター
その通り。病歴は個人情報保護法でいう要配慮個人情報にあたる。だから職場に伝えるのは本人の同意がある場合に限られるし、伝える相手も必要最小限にとどめる必要がある。今回は本人自身が説明を希望しているから、同意の条件は満たされているね。
医学生医学生
同意があるなら、一緒に働く同僚に説明しておくのが一番実際的な気もするんですが……。
ドクタードクター
そう考えたくなる気持ちはわかる。でも同僚は、復職の可否や勤務の配慮を決める立場ではないし、健康情報を扱う専門職でもない。主治医が直接同僚に病名や治療内容を話せば、必要な範囲を超えて情報を広げてしまい、偏見や不利益につながるおそれもある。周囲にどこまで知らせるかは、本人の意向を尊重して職場の中で調整されるべきことなんだ。
医学生医学生
では、職場の産業医に説明するのが適切ということですね。嘱託でも大丈夫なんでしょうか。
ドクタードクター
大丈夫。正解は産業医への説明だ。嘱託、つまり非常勤であっても産業医であることに変わりはない。産業医は医学の知識をもち、職場の業務内容も把握したうえで、労働者の健康管理について事業者に意見を述べる立場にある。しかも守秘義務を負っている。主治医の医学的な情報を、勤務時間や業務量の調整といった職場の具体的な配慮に「翻訳」できるのが産業医なんだ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、常時50人以上の労働者がいる事業場では産業医の選任が義務、と覚えました。
ドクタードクター
よく覚えているね。さらに常時1,000人以上、一定の有害業務があれば500人以上で専属の産業医が必要になる。それより小さい事業場なら、今回のような嘱託の産業医でよい。では、本人に「自分で説明してください」と伝える対応はどうだろう。
医学生医学生
本人が一番自分のことをわかっているとも思えますけど、化学療法の副作用がいつ出やすいかとか、医学的な見通しを正確に伝えるのは難しそうです。
ドクタードクター
まさにそこ。病状の見通しや就業上の注意点は医学的判断を含むから、患者さん一人に任せるのは酷だ。本人が明確に主治医からの説明を望んでいるのに断るのは、治療と就労の両立を支える医師の役割を放棄することになる。
医学生医学生
労働基準監督署の許可が必要、というのはどうですか。役所の手続きが要るのかなと一瞬迷いました。
ドクタードクター
労働基準監督署は、労働基準法や労働安全衛生法に基づいて事業場を監督・指導する行政機関だ。本人の同意を得て主治医が職場に病状を説明したり、復職の手続きを進めたりするのに、同署の許可は必要ない。
医学生医学生
家族の同意が必要、というのも違いますよね。判断能力のある成人なので、開示するかどうかは本人が決めることだと思います。
ドクタードクター
その通り。家族の理解や支えはもちろん大事だけれど、それを職場への連絡の条件にする根拠はない。自己決定の原則をしっかり押さえておこう。
医学生医学生
本人の同意のもとで、医学の専門家であり職場の事情も知っている産業医を窓口にする、という整理ですね。
ドクタードクター
完璧だ。発展として、厚生労働省の「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」の流れも覚えておこう。まず労働者が自分の業務内容を主治医に伝え、主治医が就業の可否や望ましい配慮について意見を書面で示す。事業者はそれを産業医などに確認して意見を聴き、就業上の措置を決める。必要なら両立支援プランを作るんだ。
医学生医学生
臨床実習で乳腺外科を回ったとき、外来化学療法を受けながら働いている患者さんが多くて驚きました。
ドクタードクター
がんの治療成績の向上や外来化学療法の普及で、そういう人は本当に増えている。乳癌術後なら、化学療法の周期に合わせた通院日の確保、倦怠感や悪心、骨髄抑制による易感染性が出やすい時期の業務調整、腋窩リンパ節郭清後のリンパ浮腫を考えた重い荷物の持ち運びへの配慮などが具体的なポイントになる。主治医と産業医の連携を評価する診療報酬の項目もあるくらいで、主治医の意見は両立支援の出発点なんだ。

まとめ

治療を続けながら復職を望む患者から職場への病状説明を頼まれた場合、主治医は本人の同意のもとで職場の産業医に説明するのが適切です。病歴は要配慮個人情報であり、伝える相手は必要最小限にすべきで、同僚へ直接説明するのは不適切です。産業医は守秘義務を負い、医学的情報を勤務時間や業務量などの就業上の配慮に置き換えて事業者と調整する役割を担います(常時50人以上の事業場で選任義務、1,000人以上または有害業務500人以上で専属)。判断能力のある成人の情報開示に家族の同意は不要で、労働基準監督署の許可も要りません。がん患者の就労が当たり前になった今、両立支援ガイドラインに沿った主治医と産業医の連携は、臨床医が身につけるべき実践的な知識です。

解答・解説

正解はbです

状況の整理

・35歳女性。6か月前に右乳癌で乳房部分切除術を受け、現在は外来で抗癌化学療法を続けており、病状は安定している。 ・事務職で、手術後から休職中である。本人は復職を目指して職場と相談しており、主治医から職場へ病状と今後の治療を説明してほしいと希望している。 ・職場には嘱託(非常勤)の産業医がいる。

考え方

本例は、治療を続けながら働くことを望む患者への「治療と仕事の両立支援」の場面である。職場が復職の可否や働き方を判断するには、病状、治療の予定(通院の頻度、化学療法の副作用が出やすい時期など)、避けるべき作業、勤務時間や残業への配慮などの医学的情報が必要になる。 この情報をやりとりする際には二つの点に注意する。第一に、病名や治療内容は、取り扱いに特に配慮が必要な個人情報(個人情報保護法の要配慮個人情報)であり、医師には守秘義務がある。職場に伝えるのは本人の同意がある場合に限られ、伝える相手も必要な範囲にとどめる。第二に、医学的な内容を職場の配慮に正しく結びつけるには、医学の知識をもち、職場の業務内容も把握している者が窓口となるのが望ましい。 両方の条件を満たすのが産業医である。産業医は労働者の健康管理を職務とし、守秘義務を負い、主治医からの医学情報を職場での具体的な就業上の措置(業務内容、勤務時間の調整など)へと翻訳して事業者に意見を述べる役割を担う。本人が説明を希望していることから同意も得られており、主治医は産業医に病状と治療方針を説明するのが適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  職場の同僚に説明する。

    適切でない。同僚は復職の可否や就業上の配慮を決める立場になく、健康情報を扱う専門職でもない。主治医が直接同僚に病名や治療内容を伝えれば、必要な範囲を超えて個人情報を広げることになり、プライバシーの侵害や職場での偏見・不利益につながるおそれもある。周囲にどこまで知らせるかは、本人の意向を尊重して職場内で調整されるべき事柄である。

  2. ○b.  職場の産業医に説明する。

    適切である。産業医は医学の専門知識をもち、職場の業務内容や環境も把握したうえで、労働者の健康管理について事業者に意見を述べる立場にある。主治医が産業医に病状や治療予定(化学療法の周期、副作用の見通し、通院日など)を説明すれば、産業医がそれを就業上の配慮(勤務時間、業務量、休暇の取り方など)に結びつけて職場と調整でき、両立支援が円滑に進む。産業医は守秘義務を負うため、健康情報を適切に管理する点でも窓口としてふさわしい。本人の希望(同意)があることも前提として満たされている。

  3. ×c.  自分で説明するように伝える。

    適切でない。病状の見通しや治療に伴う就業上の注意点は医学的な判断を含むため、患者本人だけで正確に伝えるのは難しい。本人が主治医からの説明を明確に希望しているのに、それを断って本人に任せるのは、治療と就労の両立を支える医師の役割を放棄することになる。

  4. ×d.  労働基準監督署の許可が必要と伝える。

    適切でない。労働基準監督署は、労働基準法や労働安全衛生法などに基づいて事業場を監督・指導する行政機関である。主治医が本人の同意を得て職場に病状を説明することや、復職の手続きに、同署の許可は必要ない。

  5. ×e.  家族の同意がないと職場に連絡できないと伝える。

    適切でない。患者は判断能力のある成人であり、自分の健康情報を誰に開示するかは本人が決めることである。本人の同意があれば職場に説明してよく、家族の同意は法的にも倫理的にも必要ない。家族の理解や支えは望ましいものの、それを職場への連絡の条件にする根拠はない。

治療と仕事の両立支援

癌、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝炎、難病などの病気を抱え、治療を続けながら働く人は増えている。癌の治療成績の向上と外来化学療法の普及、労働者の高齢化がその背景にある。厚生労働省は2016年に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を策定し、職場での支援の進め方を示している。

両立支援の基本的な流れ

(1) 労働者が、自分の業務内容などの情報を主治医に提供する。 (2) 主治医は、症状、就業の可否、望ましい就業上の措置、配慮事項などについて意見を書面で示す。 (3) 事業者は、主治医の意見を産業医などに確認し、意見を聴いたうえで、就業上の措置や配慮の内容を決める。必要に応じて復職に向けた計画(両立支援プラン)を作る。 健康情報のやりとりは本人の同意のもとで行い、取り扱う人の範囲を必要最小限にとどめる。診療報酬にも、主治医が産業医と連携して就労支援を行うことを評価する項目が設けられている。

産業医

労働安全衛生法に基づき、常時50人以上の労働者を使用する事業場では産業医の選任が義務づけられている。常時1,000人以上(一定の有害業務では500人以上)の事業場では専属の産業医が必要で、それより小規模の事業場では本例のように嘱託(非常勤)の産業医でもよい。職務には、健康診断や面接指導の結果に基づく措置、作業環境の維持管理、健康教育、職場巡視、就業上の措置に関する事業者への意見などがある。産業医は守秘義務を負い、労働者の健康情報を適切に扱う。

乳癌術後の就労で配慮すること

化学療法の周期に合わせた通院日の確保、副作用(倦怠感、悪心、骨髄抑制による易感染性など)が出やすい時期の業務調整、腋窩リンパ節郭清後の患側上肢のリンパ浮腫への配慮(重い荷物の持ち運びを避けるなど)、内分泌療法の長期継続に伴う通院などが挙げられる。

POINT

・病状を職場に伝えるのは本人の同意がある場合に限り、伝える相手も必要最小限にする。 ・職場への医学的情報の窓口は産業医である。主治医の意見を産業医が就業上の配慮に置き換えて事業者と調整する。 ・判断能力のある成人の健康情報の開示に家族の同意は不要であり、労働基準監督署の許可も要らない。 ・常時50人以上の事業場で産業医の選任が義務、1,000人以上(有害業務は500人以上)で専属産業医が必要である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。