「上司からの電話」にどう答える?―病名ひとつも守るべき患者の秘密
第112回医師国家試験 E問題 第38問
国試問題にチャレンジ
56歳の男性。急性心筋梗塞と診断され,経皮的冠動脈インターベンションを受けて入院中である。病院の受付から,「この患者が勤務する会社の上司から,仕事に影響があるためこの患者の診断名と病状を教えて欲しいと電話がかかってきている」と連絡があった。 対応として正しいのはどれか。
- a.診断名と病状を伝える。
- b.病状は伝えず,診断名のみを伝える。
- c.診断名と病状を話すことはできないと伝える。
- d.患者の家族の同意を得て,診断名と病状を伝える。
- e.患者の知り合いであることが証明されれば,診断名と病状を伝える。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
診断名や病状は医師が業務上知り得た患者の秘密であり、刑法第134条の守秘義務と個人情報保護法の「要配慮個人情報」の規定によって保護されています。勤務先の上司は第三者であり、診断名だけであっても、家族の同意があっても、身元が確認できても、本人の同意なく伝えることはできません。職場が情報を必要とする場合は、本人に問い合わせを伝えて本人から説明してもらうか、本人の同意のもとで診断書などを通じて必要な範囲を提供します。本人の同意なく提供できるのは、法令に基づく場合や生命・身体の保護のために同意を得るのが困難な場合などの例外に限られます。守秘義務の原則と例外を正しく理解することは、患者との信頼関係を守る医療者の基本姿勢です。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
・56歳男性。急性心筋梗塞に対し経皮的冠動脈インターベンション(PCI:カテーテルを用いて狭窄・閉塞した冠動脈を拡張し、ステントを留置するなどの治療)を受け、入院中である。 ・勤務先の上司から電話で、「仕事に影響があるので」診断名と病状を教えてほしいと求められている。
考え方
患者の診断名や病状は、医療者が業務上知り得た患者の秘密であり、医師には刑法上の守秘義務がある。また個人情報保護法では、病歴は「要配慮個人情報」(不当な差別や偏見が生じないよう特に配慮を要する個人情報)に位置づけられ、本人の同意なく第三者に提供することは、法令に基づく場合などの限られた例外を除いて認められない。 勤務先の上司は、患者本人の立場からみれば「第三者」である。上司側に業務上の事情があったとしても、それは本人の同意なしに情報を提供してよい正当な理由にはならない。さらに電話では相手が本当に名乗るとおりの人物かどうかも確認できない。したがって、診断名も病状も伝えられないことを丁寧に説明して断るのが正しい対応である。 本例の患者は治療後で状態は安定していると考えられ、本人の意思を確認できる状況にある。勤務先が情報を必要とするのであれば、本人に上司から問い合わせがあったことを伝え、本人から直接職場へ連絡してもらう、あるいは本人の同意を得たうえで診断書を発行する、といった方法をとるのが適切である。
選択肢考察
- ×a. 診断名と病状を伝える。
本人の同意を得ずに勤務先へ診断名と病状を伝えることは、医師の守秘義務(刑法第134条の秘密漏示罪)に反し、個人情報保護法上も要配慮個人情報の不適切な第三者提供にあたる。病歴が職場に知られることは、配置転換や雇用上の不利益などにつながるおそれがあり、本人が自ら判断すべき事柄である。「仕事に影響がある」という勤務先の事情は、同意なく提供してよい正当な理由にはならない。
- ×b. 病状は伝えず,診断名のみを伝える。
診断名も、それ自体が患者の病歴を示す秘密であり要配慮個人情報である。病状を伏せたとしても、診断名を伝えれば守秘義務違反となる。情報の一部であれば許されるというものではなく、本人の同意なく第三者に伝えてよい範囲は存在しない。
- ○c. 診断名と病状を話すことはできないと伝える。
勤務先の上司は第三者であり、本人の同意がない限り診断名・病状を伝えることはできない。電話では相手の身元確認もできないため、個人情報であるため回答できない旨を丁寧に伝えて断るのが正しい。そのうえで本人に問い合わせがあったことを伝え、本人が職場へ説明する、あるいは本人の同意のもとで診断書を発行するなど、本人の意思に基づいて情報を扱う。
- ×d. 患者の家族の同意を得て,診断名と病状を伝える。
個人情報を第三者に提供する際に必要なのは、情報の主体である患者本人の同意である。家族は本人ではないため、家族の同意によって本人の同意を代えることはできない。本人が意識障害などで意思表示できない場合に家族の意向を参考にすることはあるが、本例の患者は治療後で状態が安定しており、本人に直接意思を確認できる。家族の同意だけで勤務先に伝えるのは誤りである。
- ×e. 患者の知り合いであることが証明されれば,診断名と病状を伝える。
相手が本当に勤務先の上司であり患者の知り合いであると確認できたとしても、その人物は第三者であることに変わりはない。身元の確認は情報提供の必要条件にはなり得ても十分条件ではなく、本人の同意がなければ診断名や病状を伝えることはできない。
医師の守秘義務
刑法第134条第1項(秘密漏示)は、医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人またはこれらの職にあった者が、正当な理由なく、業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときに処罰すると定めている(法定刑は6月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金。2025年施行の刑法改正以前は「懲役」と規定されていた)。本罪は被害者の告訴がなければ公訴を提起できない親告罪である。看護師・保健師などは、保健師助産師看護師法に同様の守秘義務規定がある。
個人情報保護法と医療
・病歴は「要配慮個人情報」に該当し、取得にも原則として本人の同意が必要である。 ・個人データを第三者に提供するには、原則として本人の同意が必要である。 ・例外として、本人の同意なく提供できる主な場合は次のとおりである。 1. 法令に基づく場合(感染症法に基づく届出、警察・裁判所からの令状に基づく照会など) 2. 人の生命・身体・財産の保護のために必要で、本人の同意を得ることが困難な場合(意識不明の救急患者について家族へ説明する場合など) 3. 公衆衛生の向上または児童の健全な育成の推進のために特に必要で、本人の同意を得ることが困難な場合 4. 国の機関・地方公共団体などの法令の定める事務に協力する必要がある場合 ・勤務先、保険会社、知人など、本人以外からの電話による病状の問い合わせには、原則として回答しない。入院の有無の照会についても、本人の意向をあらかじめ確認しておくことが望ましい。
職場との関係
就労や復職に関して勤務先が病状を知る必要がある場合は、本人の同意を得たうえで、診断書や産業医への情報提供書(主治医意見書)などを通じて、必要な範囲の情報を提供するのが適切である。
POINT
・診断名・病状は医師が業務上知り得た秘密であり、本人の同意なく第三者(勤務先・知人など)に伝えてはならない(刑法第134条、個人情報保護法)。 ・病歴は要配慮個人情報である。 ・同意を与えるのは患者本人であり、家族の同意では代えられない。 ・相手の身元が確かでも、第三者である以上は本人の同意が必要である。 ・同意なく提供できるのは、法令に基づく場合や生命・身体の保護のため本人同意が困難な場合などの例外に限られる。
