つわりが血栓を呼ぶ?―妊娠悪阻と深部静脈血栓症をVirchowの3徴で読み解く
第112回医師国家試験 E問題 第23問
国試問題にチャレンジ
妊娠中の深部静脈血栓症の原因として最も注意すべきなのはどれか。
- a.妊娠悪阻
- b.過期妊娠
- c.妊娠糖尿病
- d.羊水過少症
- e.血液型不適合妊娠
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妊娠中は、エストロゲンによる凝固因子の増加とプロテインS活性の低下、プロゲステロンによる静脈拡張や子宮による静脈圧迫、分娩時の内皮障害により、Virchowの3徴がそろいやすい状態にあります。そこに脱水による血液濃縮と長期臥床による下肢静脈のうっ滞が加わる妊娠悪阻は、妊娠初期の深部静脈血栓症の重要な原因です。過期妊娠、妊娠糖尿病、羊水過少症、血液型不適合妊娠は主に胎児・新生児側や代謝の問題が中心で、母体の血栓形成に直接結びつく病態ではありません。管理では輸液による脱水補正と早期離床、弾性ストッキングを行い、抗凝固療法には胎盤を通過しないヘパリンを用い、ワルファリンは避けます。リスクは帝王切開後の産褥期に最も高く、片側下肢の腫脹や突然の呼吸困難を見逃さない姿勢が妊産婦の命を守ることにつながります。
解答・解説
正解はaです
深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)は、下肢や骨盤内の深部静脈に血栓ができる病態である。血栓が遊離して肺動脈に詰まると肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)となり、致死的になりうる。DVTとPTEをまとめて静脈血栓塞栓症(VTE)とよぶ。妊産婦のVTEは、わが国の妊産婦死亡の主要な原因の一つである。
考え方:Virchowの3徴
血栓ができる条件として、①血流のうっ滞、②血管内皮の障害、③血液凝固能の亢進の3つが知られている(Virchowの3徴)。妊娠そのものが、次のようにこのうち複数を満たす。 ・凝固能の亢進:エストロゲンの作用で凝固因子(フィブリノゲン、第VII・VIII・X因子など)が増え、凝固を抑えるプロテインSの活性が下がり、線溶能も低下する。分娩時の出血に備える生理的な変化である。 ・血流のうっ滞:プロゲステロンの作用で静脈の平滑筋がゆるんで静脈が拡張する。さらに、大きくなった子宮が腸骨静脈や下大静脈を圧迫する。 ・内皮の障害:分娩や帝王切開などの手術操作で血管が傷つく。 こうした妊娠中の背景に、「脱水(血液濃縮)」と「長期の臥床(下肢の筋ポンプが働かない)」が加わると、血栓のリスクがさらに上がる。選択肢の中でこの2つを同時にもたらす代表的な病態は、妊娠悪阻である。妊娠悪阻は妊娠初期に起こるので、「妊娠初期のVTEでは妊娠悪阻に注意する」と結びつけて覚えるとよい。ほかの選択肢は、いずれも胎児や胎盤、代謝の異常が中心で、母体の血栓形成と直接結びつく病態ではない。
選択肢考察
- ○a. 妊娠悪阻
妊娠悪阻は、つわりが重くなって食事も水分もとれなくなり、脱水、体重減少、電解質異常、ケトーシスをきたした状態である。脱水で血液が濃縮して粘稠度が上がり、さらに全身状態が悪いため長くベッドで安静にすることで、下肢の静脈に血液がうっ滞する。妊娠による凝固能の亢進にこの2つが重なるので、妊娠中のDVTの原因として最も注意すべき病態である。管理では、十分な輸液で脱水を補正し、可能な範囲で早く体を動かすようにし、必要に応じて弾性ストッキングや抗凝固療法(ヘパリン)を検討する。片側の下肢の腫脹や疼痛、突然の呼吸困難や胸痛があれば、DVTやPTEを疑って精査する。
- ×b. 過期妊娠
過期妊娠は妊娠42週0日以降の妊娠をいう。問題になるのは、胎盤機能の低下による胎児機能不全、羊水の減少、胎便吸引症候群、巨大児による分娩障害、過熟児など、主に胎児・新生児側の異常である。分娩誘発や帝王切開が増えることで間接的に産後の血栓リスクに影響する可能性はあるが、過期妊娠そのものが妊娠中のDVTの主要な原因になるわけではない。
- ×c. 妊娠糖尿病
妊娠糖尿病は、妊娠中に初めて見つかった、糖尿病には至らない程度の糖代謝異常である。母体では妊娠高血圧症候群や羊水過多、胎児・新生児では巨大児、肩甲難産、新生児低血糖などの原因になる。妊娠糖尿病は肥満と合併しやすく、肥満自体はVTEの危険因子である。しかし、妊娠糖尿病そのものが脱水や長期臥床をもたらしてDVTを直接引き起こすわけではなく、本問で最も注意すべき原因とはいえない。
- ×d. 羊水過少症
羊水過少症は、羊水が異常に少ない状態である。原因として、前期破水、胎盤機能不全、胎児の腎・尿路の異常(腎無形成、尿路閉塞など)がある。羊水が少ないと、肺低形成、四肢の変形、臍帯の圧迫による胎児機能不全など、胎児側の問題が起こる。子宮が過度に大きくなるわけではないので、大静脈を強く圧迫して静脈うっ滞を起こすこともなく、DVTの原因とはならない。
- ×e. 血液型不適合妊娠
血液型不適合妊娠(代表はRh(D)陰性の母体とRh(D)陽性の胎児の組み合わせ)では、母体で作られたIgG抗体が胎盤を通過して胎児の赤血球を壊す。その結果、胎児の貧血、胎児水腫、新生児の溶血性黄疸が起こる。影響を受けるのは胎児・新生児であり、母体の凝固能や静脈の血流には影響しないので、母体のDVTの原因とはならない。
妊娠・産褥期の静脈血栓塞栓症(VTE)
・リスクは非妊娠時より高く、妊娠中よりも産褥期、特に帝王切開後に最も高くなる。 ・DVTは左下肢に多い。右総腸骨動脈が左総腸骨静脈の前を横切って圧迫しており、そこに妊娠子宮の圧迫が加わるためである。 ・症状:片側の下肢の腫脹、疼痛、色調の変化。PTEでは、突然の呼吸困難、胸痛、頻脈、SpO2の低下が起こる。 ・診断:下肢静脈の超音波検査(圧迫しても静脈がつぶれない、内部に血栓がみえる)が第一選択である。Dダイマーは妊娠中に生理的に上昇するため、除外診断としての価値が下がる。 ・治療・予防:未分画ヘパリン(低分子ヘパリンを含む)を用いる。ヘパリンは胎盤を通過しないので妊娠中にも使える。ワルファリンは胎盤を通過して催奇形性(ワルファリン胎芽病)があるため、妊娠中、特に妊娠初期には原則として避ける。予防には、早く体を動かすこと、弾性ストッキング、間欠的空気圧迫法を用いる。
妊娠中のVTEの主な危険因子
・母体の背景:VTEの既往、血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症、抗リン脂質抗体症候群など)、肥満、高年妊娠、喫煙 ・妊娠に関連するもの:妊娠悪阻(脱水と安静臥床)、卵巣過剰刺激症候群(血液濃縮)、多胎妊娠、妊娠高血圧症候群、長期の安静臥床(切迫早産の管理など) ・分娩・産褥に関連するもの:帝王切開(特に緊急帝王切開)、分娩後の大量出血・輸血、産褥期の感染 ・妊娠初期のVTEには、エストロゲンによる凝固因子の増加、プロテインS活性の早期からの低下、重症妊娠悪阻、先天的な凝固制御因子の異常が妊娠をきっかけに表に出ることが関わる。
POINT
・妊娠では、凝固能の亢進、静脈のうっ滞(ホルモンの作用、子宮による圧迫)、分娩時の内皮障害により、Virchowの3徴がそろいやすい ・妊娠悪阻は、脱水(血液濃縮)と長期臥床が重なるため、妊娠初期のDVTの重要な原因である ・妊娠中の抗凝固療法はヘパリンで行い、ワルファリンは避ける ・VTEのリスクは帝王切開後の産褥期が最も高い
