「妊娠するなら薬はやめるべき?」―挙児希望の高血圧女性に伝えたい降圧薬の正しい選び方
第120回医師国家試験 C問題 第38問
国試問題にチャレンジ
38歳の女性。3か月前に結婚し,挙児を希望して夫とともに妊娠前相談のため産婦人科に来院した。3年前から本態性高血圧症と診断され,カルシウム拮抗薬を内服している。直近6か月間の家庭血圧は110~120/70~80mmHgで安定している。夫婦は高血圧治療が妊娠に及ぼす影響を心配している。 適切な説明はどれか。
- a.「今から降圧薬は中止しましょう」
- b.「今から降圧薬をメチルドパに変更しましょう」
- c.「妊娠しても現在の治療を継続しましょう」
- d.「妊娠したら降圧薬を中止しましょう」
- e.「妊娠したらアンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬に変更しましょう」
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
妊娠前から高血圧のある女性が妊娠すると高血圧合併妊娠となり、加重型妊娠高血圧腎症、常位胎盤早期剝離、胎児発育不全、母体脳出血などのリスクが高まるため、妊娠前から妊娠中を通じた血圧管理が重要です。妊娠中に使える経口降圧薬はメチルドパ、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピンで、ニフェジピン・アムロジピンは2022年に添付文書の妊婦禁忌が削除されました。したがって、カルシウム拮抗薬で血圧が安定している挙児希望女性には、中止や変更をせず妊娠後も治療を継続するよう説明するのが適切です。一方、ACE阻害薬やARBは胎児の腎障害や羊水過少を起こすため妊婦に禁忌で、内服中なら妊娠前に切り替えておく必要があります。プレコンセプションケアの視点から降圧薬の妊娠中の安全性を理解しておくことは、妊娠を望む女性の不安に正しく応え、母児を守る診療につながります。
解答・解説
正解はcです
状況の整理
・38歳女性、挙児希望で夫婦そろって妊娠前相談に来院している。これはプレコンセプションケア(将来の妊娠・出産を見据え、妊娠前から健康状態や生活習慣を整えておく取り組み)の場面である。 ・3年前から本態性高血圧症があり、カルシウム拮抗薬を内服している。 ・直近6か月の家庭血圧は110〜120/70〜80mmHgで、現在の治療により良好に管理されている。 ・夫婦は降圧治療が妊娠に与える影響を心配している。
考え方
妊娠前から高血圧がある女性が妊娠すると「高血圧合併妊娠」となり、妊娠高血圧症候群の病型の一つに含まれる。高血圧合併妊娠では、加重型妊娠高血圧腎症(もともとの高血圧に蛋白尿や臓器障害が加わる病態)、常位胎盤早期剝離、胎児発育不全、母体の脳出血などのリスクが高い。本例は38歳と高年でもあり、妊娠前から妊娠中を通じて血圧を安定させておくことが母児双方にとって重要である。 そのうえで鍵となるのは「現在の薬が妊娠中に使えるかどうか」である。妊娠中に使用できる経口降圧薬は、メチルドパ、ラベタロール(α・β遮断薬)、ヒドララジン、ニフェジピン(ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬)である。日本ではかつてニフェジピンやアムロジピンの添付文書で妊婦(妊娠20週未満など)への投与が禁忌とされていたが、国内外の安全性データの蓄積を受けて2022年に禁忌の記載が削除され、治療上の有益性が危険性を上回る場合に使用できる薬剤となった。 したがって、カルシウム拮抗薬で血圧が安定している本例では、降圧薬を中止・変更する必要はなく、妊娠後も現在の治療を継続するのが適切である。妊娠成立後は産科と内科が連携し、血圧・尿蛋白・胎児発育を慎重に経過観察する。なお、妊婦に禁忌の ACE 阻害薬や ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)を内服している女性が挙児を希望する場合は、妊娠前に妊娠中も使用可能な薬へ切り替えておく必要がある。
選択肢考察
- ×a. 「今から降圧薬は中止しましょう」
現在の血圧安定は降圧薬の効果によるものであり、中止すれば血圧が再上昇する可能性が高い。妊娠前・妊娠初期の血圧上昇は、加重型妊娠高血圧腎症、常位胎盤早期剝離、母体脳卒中などのリスクを高める。使用中のカルシウム拮抗薬は妊娠中も使用可能であり、中止する理由はない。
- ×b. 「今から降圧薬をメチルドパに変更しましょう」
メチルドパは中枢性α2受容体刺激薬で、妊娠中の使用経験が長く安全性が確立した薬剤である。しかし、現在のカルシウム拮抗薬も妊娠中に使用可能で、血圧も良好に管理されているため、わざわざ変更する必要はない。変更すれば降圧効果が不十分になる可能性や、眠気・倦怠感などの副作用が問題となることもある。
- ○c. 「妊娠しても現在の治療を継続しましょう」
カルシウム拮抗薬(ニフェジピンなど)は妊娠中に使用可能な経口降圧薬の一つであり、日本でも2022年に添付文書の妊婦禁忌が削除されている。血圧が安定している現在の治療を妊娠前から妊娠中まで継続することで、血圧変動による母児の合併症を防ぐことができる。夫婦の不安に対しても、使用中の薬が妊娠中も使えることを説明して安心させることができる。
- ×d. 「妊娠したら降圧薬を中止しましょう」
妊娠初期から中期には生理的に血圧がやや低下することがあるため、血圧の推移をみて薬剤量を調整することはありうる。しかし、あらかじめ一律に中止を決めるのは誤りである。本態性高血圧症の患者が服薬を中止すれば血圧が上昇し、妊娠高血圧腎症の加重、常位胎盤早期剝離、胎児発育不全、母体の脳血管障害などの危険が増す。
- ×e. 「妊娠したらアンジオテンシン変換酵素〈ACE〉阻害薬に変更しましょう」
ACE阻害薬は妊婦に禁忌である(禁忌肢)。ACE阻害薬やARBなどレニン・アンジオテンシン系阻害薬は、特に妊娠中期以降に胎児の腎血流を障害し、胎児腎不全による羊水過少、肺低形成、頭蓋骨形成不全、胎児発育不全、胎児・新生児死亡を引き起こしうる。妊娠を希望する女性ではむしろ避けるべき薬剤である。
妊娠高血圧症候群(HDP)の分類(日本妊娠高血圧学会、2018年改訂)
妊娠時に高血圧(収縮期140mmHg以上または拡張期90mmHg以上)を認める場合を妊娠高血圧症候群とし、次の4病型に分ける。 ・妊娠高血圧腎症:妊娠20週以降に高血圧を発症し、蛋白尿、または蛋白尿がなくても臓器障害(肝・腎機能障害、神経症状、血液凝固障害など)や子宮胎盤機能不全を伴うもの。分娩12週までに正常化する。 ・妊娠高血圧:妊娠20週以降に高血圧のみを発症し、分娩12週までに正常化するもの。 ・加重型妊娠高血圧腎症:妊娠前または妊娠20週までに存在する高血圧や腎疾患に、蛋白尿や臓器障害が加わったもの。 ・高血圧合併妊娠:妊娠前あるいは妊娠20週までに高血圧があり、加重型妊娠高血圧腎症を発症していないもの(本例が妊娠した場合に該当する)。 重症域高血圧は収縮期160mmHg以上または拡張期110mmHg以上である。
妊娠中の降圧薬
・経口薬:メチルドパ、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピン(徐放錠)。1剤で不十分なら作用機序の異なる薬を併用する。 ・静注薬:ニカルジピン(調節性に優れる)、ヒドララジン。重症高血圧の緊急降圧に用いる。子癇の予防・治療には硫酸マグネシウムを用いる。 ・禁忌・原則使用しない薬:ACE阻害薬、ARB、直接的レニン阻害薬(胎児毒性)。利尿薬は循環血漿量を減らし胎盤血流を低下させるおそれがあるため原則として用いない。
高血圧女性のプレコンセプションケア
・妊娠前に血圧を良好に管理し、二次性高血圧や臓器障害(腎機能、蛋白尿、心機能など)の評価を済ませておく。 ・ACE阻害薬・ARBを内服中の場合は、妊娠前に妊娠中使用可能な薬へ切り替える。 ・肥満の是正、減塩、禁煙などの生活習慣の改善を行う。 ・妊娠成立後は、妊娠高血圧腎症の早期発見のため血圧・尿蛋白・胎児発育を定期的に評価し、産科・内科が連携して管理する。
POINT
・妊娠中に使える経口降圧薬:メチルドパ、ラベタロール、ヒドララジン、ニフェジピン。 ・ニフェジピン・アムロジピンは2022年に添付文書の妊婦禁忌が削除された。 ・ACE阻害薬・ARBは妊婦禁忌(胎児腎障害、羊水過少など)。挙児希望があれば妊娠前に切り替える。 ・良好に管理された高血圧の降圧薬は、妊娠を理由に中止しない。中止すると母児の合併症リスクが上がる。 ・妊娠前からの高血圧が妊娠に持ち越されれば高血圧合併妊娠であり、加重型妊娠高血圧腎症に注意する。
