母子感染は「生まれる瞬間」に起こる―HBVキャリア妊婦で児を守る出生直後の一手
第111回医師国家試験 G問題 第55問
国試問題にチャレンジ
31歳の初妊婦。妊娠10週。妊婦健康診査でHBs抗原陽性,HBe抗原陰性が判明した。 正しいのはどれか。
- a.人工妊娠中絶を勧める。
- b.B型肝炎ワクチンを本人に投与する。
- c.児への感染予防のため授乳は禁止する。
- d.ウイルスが胎盤を通して児の血液に移ることが多い。
- e.抗HBs人免疫グロブリンを児に生後速やかに投与する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
HBs抗原陽性の妊婦では、HBe抗原の有無にかかわらず児への母子感染予防が必要です。HBVの母子感染は約95%が分娩時の産道感染で、胎盤を介した子宮内感染は少数にとどまるため、対策の中心は出生直後(遅くとも12時間以内が目安)の抗HBs人免疫グロブリンとB型肝炎ワクチンの同時投与であり、生後1か月・6か月のワクチン追加、生後9〜12か月の抗原・抗体検査で効果を確認します。人工妊娠中絶、母本人へのワクチン接種、授乳制限はいずれも不要で、授乳を避けるべき母子感染としてはHTLV-1やHIVが代表的です。母体については肝機能やHBV-DNA量を評価し、肝臓専門医と連携します。「いつ、どの経路で感染するか」から予防のタイミングを導く考え方は、母子感染症全般を理解するうえでの基本になります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・31歳の初妊婦、妊娠10週。妊婦健康診査(妊娠初期の感染症スクリーニング)でHBs抗原陽性、HBe抗原陰性であった。 ・HBs抗原はB型肝炎ウイルス(HBV)の外殻(表面)蛋白で、陽性であれば現在HBVに感染していることを示す。症状のない妊婦で偶然見つかった場合、多くは慢性の無症候性キャリア(ウイルスを持続的に保有している状態)である。 ・HBe抗原はウイルスが活発に増殖しているときに血中に出る蛋白で、陰性であれば一般に血中ウイルス量が少なく、感染力は比較的低い。
母子感染の考え方
HBVの母子感染は、大部分が分娩時に児が産道で母体血に曝露されて起こる産道感染(分娩時感染)であり、胎内で胎盤を介して起こる子宮内感染は一部(感染例の5%程度)にとどまる。予防処置を行わない場合、HBe抗原陽性の母からは児の大部分が感染し、その多くがキャリア化する。HBe抗原陰性の母からの感染率は低いが、児が感染した場合に急性肝炎や劇症肝炎を起こすことがあるため、HBe抗原の有無にかかわらず、HBs抗原陽性の母から生まれた児はすべて予防処置の対象となる。
設問の考え方
感染の主体が分娩時である以上、対策の中心は「出生直後の児にHBVを中和する抗体(抗HBs人免疫グロブリン:HBIG)と、能動免疫を誘導するB型肝炎ワクチンを投与すること」である。日本の現行方式では、出生直後(できるだけ早く、遅くとも生後12時間以内を目安)にHBIGとHBワクチンを同時に投与し、生後1か月と6か月にHBワクチンを追加接種する。これにより母子感染の大部分を防ぐことができる。母体側については、妊娠継続・経腟分娩・授乳はいずれも原則として制限しない。
選択肢考察
- ×a. 人工妊娠中絶を勧める。
出生直後からのHBIGとHBワクチンによる予防処置で、母子感染は大部分防ぐことができる。HBVキャリアであること自体は妊娠継続を妨げる理由にならず、人工妊娠中絶を勧める根拠はない。
- ×b. B型肝炎ワクチンを本人に投与する。
HBワクチンはHBs抗原に対する抗体(HBs抗体)を作らせて感染を予防する能動免疫であり、未感染者に用いるものである。すでにHBs抗原陽性で感染が成立している本人に接種しても、ウイルスを排除したり病状を改善したりする効果は期待できず、意味がない。母体に必要なのは、肝機能やHBV-DNA量の評価と消化器(肝臓)専門医への紹介である。
- ×c. 児への感染予防のため授乳は禁止する。
母乳中にHBVが検出されることはあるが、出生時にHBIGとHBワクチンによる予防処置を受けた児では、母乳栄養によって感染リスクが高まることは示されていない。したがって授乳を制限する必要はなく、母乳育児を行ってよい。母乳による感染が問題となり授乳を避ける代表例は、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)やHIV(ヒト免疫不全ウイルス)である。
- ×d. ウイルスが胎盤を通して児の血液に移ることが多い。
HBV母子感染の大部分(約95%)は分娩時の産道感染であり、胎盤を介した子宮内感染は約5%と少ない。この子宮内感染は出生後の予防処置では防げないため、予防処置を行っても児が感染してしまう原因の一つとなる。
- ○e. 抗HBs人免疫グロブリンを児に生後速やかに投与する。
HBIGはHBs抗体を多く含む血液製剤で、分娩時に児の体内に入ったHBVを中和する受動免疫として働く。HBs抗原陽性の母から生まれた児には、HBe抗原の有無にかかわらず、出生後できるだけ早く(遅くとも生後12時間以内を目安に)HBIG 1 mL(200単位)を筋注し、同時にHBワクチン0.25 mLの接種を開始する。HBワクチンは生後1か月、6か月にも追加し、生後9〜12か月頃にHBs抗原とHBs抗体を検査して感染の有無と免疫獲得を確認する。
B型肝炎の血清マーカーの読み方
・HBs抗原陽性:現在HBVに感染している。 ・HBs抗体陽性:過去の感染から回復した、またはワクチン接種によって免疫を獲得した状態(感染防御能あり)。 ・HBe抗原陽性:ウイルス増殖が活発で、血中ウイルス量が多く感染力が強い。 ・HBe抗体陽性(HBe抗原陰性):一般にウイルス増殖が落ち着き、感染力が比較的低い(ただし例外的にウイルス量が多い例もあるため、HBV-DNA量で評価する)。 ・IgM型HBc抗体高値:急性B型肝炎を示唆する。
HBV母子感染予防(日本の現行方式)
・対象:HBs抗原陽性の母から生まれたすべての児(HBe抗原の有無を問わない)。 ・出生直後(遅くとも12時間以内が目安):HBIG 1 mL(200単位)を筋注+HBワクチン0.25 mLを接種。 ・生後1か月、6か月:HBワクチン0.25 mLを追加接種。 ・生後9〜12か月:HBs抗原、HBs抗体を検査。HBs抗体が十分でなければ追加接種を検討する。 ・この予防処置は健康保険の適用である。 ・かつて(2013年以前)は、生後48時間以内のHBIG、生後2か月のHBIG追加、生後2・3・5か月のHBワクチン接種という方式であったが、接種の遅れや漏れを減らし、国際的な方式に合わせるために現行方式へ変更された。
HBワクチンの定期接種
2016年10月から、母がキャリアでない児も含め、すべての乳児を対象にHBワクチンが定期接種となった(標準的には生後2か月、3か月、7〜8か月の計3回)。なお、母子感染予防の対象となる児は健康保険で上記の方式により接種するため、定期接種の対象からは外れる。
母体側の管理
・妊娠中も肝機能、HBV-DNA量を評価し、肝臓専門医と連携する。 ・血中ウイルス量が非常に多い妊婦では、子宮内感染や予防処置の失敗のリスクが高まるため、妊娠後期から抗ウイルス薬(テノホビルなど)の投与が検討されることがある。 ・HBVキャリアであることのみを理由とした帝王切開は推奨されておらず、分娩様式は産科的適応で決める。 ・家族(配偶者など)のHBV検査とワクチン接種も考慮する。
他の主な母子感染との比較
・HTLV-1:主に母乳感染。完全人工栄養などで授乳による感染を減らす。 ・HIV:子宮内・分娩時・母乳感染。抗HIV薬投与、選択的帝王切開、断乳を組み合わせる。 ・HCV:母子感染率は数%程度で、確立した予防法はない。授乳は原則制限しない。
POINT
・HBV母子感染の約95%は分娩時の産道感染で、経胎盤感染は約5%と少ない。 ・HBs抗原陽性の母から生まれた児は、HBe抗原の有無にかかわらず、出生直後(12時間以内目安)にHBIGとHBワクチン、生後1か月・6か月にHBワクチンを追加する。 ・母への人工妊娠中絶、本人へのワクチン接種、授乳制限はいずれも不要である。 ・HBe抗原陽性は感染力が強く、陰性でも児の劇症肝炎のリスクがあるため予防処置は必須である。
