スカートが学校を遠ざける―思春期の不登校の奥にある性別違和
第111回医師国家試験 G問題 第54問
国試問題にチャレンジ
15歳の女子。不登校を主訴に母親とともに来院した。小学校高学年の頃から男みたいだと友達からからかわれるようになった。中学校入学後も,このような状態は続き,不登校がちになった。受診時,質問には的確に回答し,思路に問題はみられない。感情表出は自然である。学校に行かない理由を尋ねると「友達からいじめられるけど,あまり気にしてない。小学校は私服だからよかったけど,中学は制服で,スカートをはきたくない。生理も嫌だし,生理が始まったときは本当に辛かった。胸が膨らんでいるのを見られたくない。だから学校に行きたくない。こんなことを言っても分かってもらえないと思うので,誰にも言ってない」と述べる。身体的発達に明らかな異常を認めない。神経学的所見を含め身体所見に異常を認めない。 最も考えられるのはどれか。
- a.性嗜好障害
- b.妄想性障害
- c.性同一性障害
- d.自我同一性障害
- e.パーソナリティ障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
出生時に割り当てられた性に結びつく服装や、月経・乳房発育といった第二次性徴への強い嫌悪があり、それによる苦痛や機能障害がみられ、身体疾患や精神病性障害が否定される場合には、性同一性障害(DSM-5では性別違和、ICD-11では性別不合)を考えます。性嗜好障害(パラフィリア)は性的興奮の対象や行為の問題であり、性的興奮を伴う異性装障害とは区別が必要です。精神病症状のない人が自分は別の性だと感じることは妄想ではなく、自我同一性の拡散やパーソナリティ障害とも、苦痛の焦点が性自認に限られている点で異なります。思春期は第二次性徴によって苦痛が強まり、不登校や抑うつ、自傷につながりやすいため、本人の言葉を受け止めたうえで家族・学校と連携した支援を行うことが重要です。性自認、性的指向、性的嗜好を区別して理解することは、偏見のない診療の基盤となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・15歳女子。主訴は不登校である。 ・小学校高学年から「男みたい」とからかわれており、外見や振る舞いが周囲から見て男性的であったことがうかがえる。 ・不登校の理由として本人が挙げるのは、いじめそのものではなく(「あまり気にしてない」)、①制服のスカートをはきたくない、②月経(生理)が嫌で初経時は本当に辛かった、③乳房が膨らむのを見られたくない、の3点である。 ・「言っても分かってもらえない」と考え、誰にも打ち明けられずにいた。 ・質問に的確に答え、思路(思考の流れ)に異常はなく、感情表出も自然である。 ・身体的発達・神経学的所見を含めて身体所見に異常はない。
診断へのプロセス
①②③はいずれも、出生時に割り当てられた性(女性)に結びつく服装や、女性としての第二次性徴(月経・乳房発育)に対する強い拒否感・嫌悪感である。つまり「自分の身体の性」と「自分が感じている性(性自認、ジェンダー・アイデンティティ)」とが一致しないことによる苦痛(性別違和)が、学校生活の障害(不登校)を引き起こしていると読み取れる。 次に、他の原因を除外する。 ・身体的発達に異常がないことから、性分化疾患や内分泌疾患(男性化をきたす副腎・卵巣疾患など)による身体的変化は考えにくい。 ・思路の障害や感情の平板化がなく、自分の気持ちを了解可能な形で説明できていることから、統合失調症などの精神病性障害で「自分は別の性だ」と妄想的に確信している状態とも異なる。 ・いじめによる二次的な抑うつや社交不安が主体ではなく、本人は苦痛の中心を自分の身体の性的特徴に置いている。 これらから、性同一性障害(性別違和)が最も考えられる。
設問の考え方
「性」に関わる精神医学的診断には、性自認の問題(性同一性障害)、性的興奮の対象や行為の問題(性嗜好障害・パラフィリア)、性機能の問題(性機能不全)があり、何が問題の中心なのかを区別することが鍵になる。本例の苦痛は「自分が女性の身体をもつこと」自体に向いており、性的興奮や性的行動とは無関係であるため、性自認の問題と判断できる。
選択肢考察
- ×a. 性嗜好障害
性嗜好障害(DSM-5ではパラフィリア障害群)は、性的興奮の対象や性的行為が通常とは異なり、それによって本人が苦痛を感じるか他者に害を及ぼす状態である。露出障害、窃視障害、窃触障害(痴漢行為)、小児性愛障害、フェティシズム障害、異性装障害などが含まれる。異性装障害は異性の服を着ることで性的興奮を得るもので、性自認は出生時の性と一致していることが多い。本例は女子がスカートを拒むという、性的興奮とは無関係な性自認の問題であり、性嗜好障害には当たらない。
- ×b. 妄想性障害
妄想性障害は、1か月以上持続する妄想が主症状で、幻覚などは目立たず、妄想に関連する部分を除けば機能が比較的保たれている疾患である。本例では思路や感情表出に異常がなく、訴えは自分の感覚として了解可能な内容であり、妄想とは考えられない。精神病症状がない人が「自分は別の性に属している」と感じることは、妄想とはみなさない。
- ○c. 性同一性障害
出生時に割り当てられた性(女性)と本人の性自認とが一致せず、それによる苦痛がある状態である。本例では、女性用の服(スカート)を着ることへの強い抵抗、月経や乳房発育といった女性としての第二次性徴への嫌悪がみられ、それが不登校という社会生活上の障害につながっている。身体疾患や精神病性障害が否定されていることもあわせ、最も考えられる。なお、DSM-5では「性別違和(gender dysphoria)」、ICD-11では「性別不合(gender incongruence)」と呼ばれ、ICD-11では精神疾患の章から「性の健康に関連する状態」の章へ移されている。
- ×d. 自我同一性障害
自我同一性(アイデンティティ)はエリクソンが青年期の発達課題として示した概念で、「自分は何者であり、何をしたいのか」という一貫した自己像をもつことである。これが確立できない状態(同一性拡散)では、将来の目標や価値観が定まらず、自分を見失ったような感覚が中心となる。本例は自分が何に苦しんでいるかを明確に自覚して言葉にできており、問題は性自認と身体の性の不一致に限られているので該当しない。
- ×e. パーソナリティ障害
パーソナリティ障害は、認知(自分や他者の捉え方)、感情、対人関係、衝動の制御のうち2つ以上の領域で、文化的な期待から著しく偏った持続的なパターンがみられ、それが広い場面で苦痛や機能障害を生じる状態である。原則として青年期後期から成人期早期以降に診断され、18歳未満では症状が1年以上続く場合に限って慎重に診断される(反社会性パーソナリティ障害は18歳以上に限る)。本例では質問への応答や感情表出が自然で、広範な人格傾向の偏りを示す所見はなく、苦痛は性別に関する事柄に限られているため当たらない。
性同一性障害(性別違和)の概要
・定義:出生時に割り当てられた性(身体の性)と、本人が体験・表出する性(性自認)とが著しく一致せず、それに伴う苦痛や社会的・学業的・職業的機能の障害がある状態。 ・DSM-5の青年・成人の診断の要点(6か月以上持続し、以下のうち2つ以上):①体験する性と第一次・第二次性徴との著しい不一致、②自分の第一次・第二次性徴を取り除きたい(思春期前の若年者では発現を防ぎたい)という強い欲求、③他の性の性的特徴を得たいという強い欲求、④他の性になりたいという強い欲求、⑤他の性として扱われたいという強い欲求、⑥自分は他の性に典型的な感情や反応をもっているという強い確信。これに加え、臨床的に意味のある苦痛または機能障害を伴うことが必要である。本例の②(月経・乳房発育への嫌悪)などが該当する。 ・名称の変遷:DSM-IV-TRでは「性同一性障害」、DSM-5(2013年)で「性別違和」に変更された。ICD-11(2019年採択)では「性別不合」とされ、精神疾患の章から外された。病理としてではなく、医療的支援を受けるための状態として位置づける流れにある。 ・思春期の特徴:第二次性徴の発来によって身体の変化が明らかになる時期に苦痛が強まりやすく、制服・更衣・トイレなど学校生活の場面で困難が生じ、不登校、抑うつ、自傷、自殺念慮を伴うことがある。
対応・治療(国内の診療ガイドラインの流れ)
・まず精神科医などによる診断と、本人の苦痛への心理的支援を行う。身体疾患(性分化疾患、内分泌疾患)の除外も必要である。 ・家族や学校との調整(制服や呼称、更衣室・トイレの配慮など)が重要である。文部科学省は学校に対し、性同一性障害の児童生徒へのきめ細かな対応を求めている。 ・身体的治療として、条件を満たした場合に二次性徴抑制療法、ホルモン療法、乳房切除術、性別適合手術などが検討される。 ・日本では「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」により、一定の要件を満たせば戸籍上の性別変更が可能である。
「性」に関わる精神医学的な状態の整理
・性自認の問題:性同一性障害(性別違和/性別不合) ・性的興奮の対象・行為の問題:パラフィリア障害(露出障害、窃視障害、窃触障害、小児性愛障害、フェティシズム障害、異性装障害、性的マゾヒズム・サディズム障害など) ・性機能の問題:性機能不全(勃起障害、女性オルガズム障害、早漏など) ・なお、性的指向(どの性に恋愛・性的関心が向くか)は性自認とは別の概念であり、同性愛は精神疾患ではない。
POINT
・身体の性に結びつく服装(スカートなど)や第二次性徴(月経・乳房発育)への強い嫌悪があり、身体疾患・精神病性障害が否定されれば性同一性障害(性別違和)を考える。 ・性同一性障害は性自認の問題、性嗜好障害(パラフィリア)は性的興奮の対象・行為の問題であり、異性装障害は性的興奮を伴う点で区別する。 ・精神病症状のない人が「自分は別の性だ」と感じることは妄想ではない。 ・DSM-5では「性別違和」、ICD-11では「性別不合」と呼ばれ、ICD-11では精神疾患の章から外されている。
