怒りと自傷を繰り返す24歳―インクのしみが映し出すパーソナリティ
第119回医師国家試験 C問題 第46問
国試問題にチャレンジ
24歳の女性。自傷行為を繰り返すためパートナーに付き添われて来院した。パートナーの言動に不満があると,怒鳴るなどの行為が止まらず,衝動的に市販の総合感冒薬を過量に服用したり,前腕をカミソリで自傷したりする。大学院を卒業後,研究職に就いている。 この患者に行う心理検査はどれか。
- a.Rorschachテスト
- b.前頭葉機能検査〈FAB〉
- c.Wechsler成人知能検査
- d.リバーミード行動記憶検査
- e.Mini-Mental State Examination 〈MMSE〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
親密な相手との関係で生じる激しい怒りや感情の不安定さ、衝動的な過量服薬・自傷を繰り返す若年成人では、境界性パーソナリティ障害を考えます。評価したいのは知能や記憶ではなくパーソナリティの特徴と病態水準であり、インクのしみへの自由な反応から思考・感情・対人関係・現実検討力を分析する投影法のRorschachテストが適しています。知能はWAIS、認知症のスクリーニングはMMSEやHDS-R、前頭葉機能はFAB、日常記憶はリバーミード行動記憶検査と、何を測る検査かで整理すると選択に迷いません。BPDの治療は弁証法的行動療法などの精神療法が中心で、薬物療法は補助的にとどまり、過量服薬に備えた処方量の配慮が欠かせません。心理検査は診断を補助する道具であり、病態に応じて適切に選ぶ力は精神科診療の基本となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・24歳の女性が、自傷行為を繰り返すため、パートナーに付き添われて受診した。 ・パートナーの言動に不満を抱くと怒鳴るのを止められない。不適切で激しい怒りがあり、それを制御できない。対人関係の中で感情が大きく揺れ動いている。 ・衝動的に市販の総合感冒薬を過量服薬したり、前腕をカミソリで切ったりする。衝動性と、繰り返す自傷行為がみられる。 ・大学院を卒業して研究職に就いており、知的能力は高く、社会的機能も保たれている。
診断に至るプロセス
若年成人に、次の3つがそろっている。親密な相手との関係で生じる激しい怒りと感情の不安定さ、過量服薬やリストカットのような衝動的な自傷行為の反復、そしてそれらが持続的な行動パターンになっていること。これは境界性パーソナリティ障害(BPD:borderline personality disorder)に典型的な像である。BPDの中核は、対人関係・自己像・感情の不安定さと、著しい衝動性である。 鑑別としては、幻覚・妄想の記載がないので統合失調症は考えにくい。高学歴で研究職に就いていることから、知的障害や認知症も否定的である。双極症やうつ病などの気分障害、物質使用障害の合併は評価が必要だが、問題文からは示唆されない。
設問へのアプローチ
心理検査は、知能検査、認知機能・神経心理学的検査、パーソナリティ(人格)検査などに分けられる。それぞれ何を測るかを整理すれば答えが出る。本例で問題となっているのは知能や記憶・認知機能ではなく、パーソナリティの特徴と病態水準である。したがって、パーソナリティ検査である投影法のRorschachテストが適切である。なお、心理検査は診断を補助し、病態を理解するために行うもので、検査だけで診断が確定するわけではない。
選択肢考察
- ○a. Rorschachテスト
左右対称のインクのしみの図版(全10枚。無彩色のもの、黒と赤のもの、多彩色のものがある)を見せ、何に見えるか、図版のどこがなぜそう見えたかを自由に答えてもらう投影法のパーソナリティ検査である。反応の内容や、形・色・運動などのどの要素を使ったかを分析し、思考・感情・対人関係の特徴、現実検討力、病態水準を評価する。パーソナリティの偏りが問題となる本例に最も適した検査である。
- ×b. 前頭葉機能検査〈FAB〉
FAB(Frontal Assessment Battery)は、概念化(類似性)、語の流暢性、運動プログラミング、葛藤指示への反応、Go/No-Go課題、把握行動の6項目(計18点)からなる。前頭葉機能を簡便に評価する検査であり、前頭側頭型認知症や頭部外傷後の高次脳機能障害などで、脱抑制や遂行機能障害を評価するのに用いる。本例の衝動性は、器質的な前頭葉障害を疑わせるものではなく、対人関係の場面で生じるパーソナリティの問題として理解されるため、適切ではない。
- ×c. Wechsler成人知能検査
WAIS(Wechsler Adult Intelligence Scale。現行版はWAIS-IV)は、16歳以上を対象とする個別式の知能検査である。全検査IQに加え、言語理解、知覚推理、ワーキングメモリー、処理速度の4指標を算出する。知的障害や発達障害を評価するのに用いられる。本例は大学院を修了して研究職に就いており、高い知的能力がうかがわれるため、優先して行う検査ではない。
- ×d. リバーミード行動記憶検査
RBMT(Rivermead Behavioural Memory Test)は、人の名前を覚える、持ち物の置き場所を覚える、約束を思い出すなど、日常生活に即した課題で記憶を評価する検査である。脳損傷後や認知症などの記憶障害を評価するのに用いられる。本例に記憶障害を疑う所見はなく、適切ではない。
- ×e. Mini-Mental State Examination 〈MMSE〉
MMSEは、見当識、記銘、注意と計算、再生、言語、図形模写などからなる30点満点の認知機能スクリーニング検査である。23点以下で認知症を疑う。主に高齢者の認知症のスクリーニングに用いられる。24歳で高い社会的機能を保っている本例に、全般的な認知機能の低下は考えにくく、適切ではない。
境界性パーソナリティ障害(BPD)
DSM-5の診断基準では、対人関係、自己像、感情の不安定さと著しい衝動性が、成人期早期までに始まり、さまざまな状況で広く認められる。以下の9項目のうち5つ以上を満たす。 1. 見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力 2. 理想化とこき下ろしを両極端に揺れ動く、不安定で激しい対人関係 3. 同一性の混乱(自己像や自己意識の著しい不安定さ) 4. 自己を傷つける可能性のある衝動性(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食など)が2つ以上の領域にある 5. 自殺行動、自殺のそぶりや脅し、自傷行為の繰り返し 6. 気分の反応性による感情の不安定さ 7. 慢性的な空虚感 8. 不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難 9. ストレスに関連した一過性の妄想様観念、または重篤な解離症状 若年女性に多く診断される。治療の中心は精神療法で、弁証法的行動療法(DBT)やメンタライゼーションに基づく治療などに有効性が示されている。薬物療法は補助的なものにとどまる。過量服薬に用いられないよう、処方量への配慮が必要である。
心理検査の分類
・知能検査:WAIS(成人)、WISC(児童)、田中ビネー知能検査、鈴木ビネー知能検査など。 ・認知機能・神経心理学的検査:MMSE、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)、FAB、RBMT、Wisconsinカード分類検査(WCST)、Trail Making Testなど。 ・パーソナリティ検査 投影法:Rorschachテスト、主題統覚検査(TAT)、文章完成法(SCT)、P-Fスタディ(絵画欲求不満テスト)、バウムテストなど。あいまいな刺激への自由な反応から、無意識的な側面も含めて人格を評価する。 質問紙法:MMPI(ミネソタ多面人格目録)、YG(矢田部ギルフォード)性格検査、TEG(東大式エゴグラム)など。回答者の意図で結果が歪む可能性はあるが、実施や採点が容易である。 作業検査法:内田クレペリン精神作業検査など。
POINT
・対人関係で生じる激しい怒り、感情の不安定さ、衝動的な自傷・過量服薬を繰り返す若年女性では、境界性パーソナリティ障害を考える。 ・パーソナリティの評価には、Rorschachテスト(投影法)などのパーソナリティ検査を用いる。 ・知能はWAIS、認知症のスクリーニングはMMSE・HDS-R、前頭葉機能はFAB、日常記憶はRBMTで評価する。 ・心理検査は診断を補助するもので、確定診断の手段ではない。
