StudyMed医師国家試験

「大好き」と「許せない」の間で―境界性パーソナリティ障害を見抜く視点

第99回医師国家試験 H問題 第6問

国試問題にチャレンジ

第99回 H問題 第6問

25歳の未婚女性。過量服薬のため救急車で搬送された。これまでも慢性の抑うつ状態の中で死にたいとしきりに訴え,手首を切るなどの自傷行為や家族の目の前で車に飛び込もうとする行動がみられていた。こうした衝動行為の後にはイライラ感が減少するという。気分がよいときは相手には極端な好意を寄せてつきあうかと思うと,些細な行き違いから急に怒りだしては相手をひどく責めることがたびたびあった。また,男女関係ではこれまで同棲しては別れるということを3回繰り返し,仕事も転職を繰り返して,現在は無職である。会話は普通にできるが,家庭内葛藤が強い。 最も考えられるのはどれか。

  1. a.パニック障害
  2. b.境界性パーソナリティ障害
  3. c.気分循環性障害
  4. d.気分変調性障害
  5. e.統合失調感情障害

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、自傷や過量服薬を繰り返す若い女性の診断を考える問題だ。抑うつがあるからといって、すぐに気分障害と決めつけないこと。ポイントは「一時期の病相」なのか「長く続く人柄そのものの不安定さ」なのかを見分けることだよ。
医学生医学生
慢性の抑うつと「死にたい」という訴えがあるので、最初はうつ病系の疾患かなと思いました。
ドクタードクター
自然な発想だね。でも、うつ病のような気分障害は、ある期間にまとまって症状が出る「エピソード」として捉える。この症例で目立つのは、対人関係、感情、行動のどれもが若い頃からずっと揺れ続けていることなんだ。
医学生医学生
相手を極端に好きになったかと思えば、些細なことで激しく責める、というところですね。
ドクタードクター
そう。相手を「理想の人」と持ち上げたかと思えば「最低の人」とこき下ろす。この両極端を揺れ動く対人関係が、境界性パーソナリティ障害の典型像だ。背景には「見捨てられるのでは」という強い不安があり、人を「全部良い」か「全部悪い」かで捉える分裂(splitting)という防衛機制が働いていると考えられている。
医学生医学生
精神医学の講義で防衛機制は習いましたが、splittingがここで出てくるんですね。衝動行為の後にイライラが減る、という記載も気になりました。
ドクタードクター
鋭いね。自傷が、耐えがたい感情をやり過ごす手段になっていることを示している。反復する自傷や自殺のそぶり、過量服薬のような衝動性、不適切で激しい怒り、気分の揺れ、慢性の抑うつ。同棲と別離、転職の繰り返しも生活の不安定さとして理解できる。診断基準の多くを満たすから、正解は境界性パーソナリティ障害だ。
医学生医学生
ほかの選択肢も確認させてください。パニック障害は、不安が強いという意味で関係ありそうに思えましたが。
ドクタードクター
パニック障害は、動悸や息苦しさ、死の恐怖などが数分でピークに達する発作を繰り返し、「また起きるのでは」という予期不安や広場恐怖を伴う不安症だ。この症例には発作性の急な不安の記載がないから当てはまらない。
医学生医学生
気分循環性障害は気分の波があるので迷いました。
ドクタードクター
そこが一番の引っかけだね。気分循環性障害は、躁病に届かない軽い躁と、うつ病に届かない軽い抑うつが、成人では2年以上交互に続く双極性障害の類縁疾患だ。一方、この症例の気分の変化は、対人関係の出来事に反応して数時間単位で激しく揺れるもの。それに自傷の反復や理想化とこき下ろしは、気分循環性障害では説明できない。
医学生医学生
気分変調性障害は、慢性の抑うつという点だけは合っていますね。
ドクタードクター
その通り。気分変調性障害は、軽い抑うつが2年以上だらだら続く疾患で、DSM-5では持続性抑うつ障害に含まれる。でも激しい怒りや衝動的な自傷、揺れ動く対人関係は中心症状ではないんだ。
医学生医学生
統合失調感情障害は、幻覚や妄想の記載がないので外せますか。
ドクタードクター
そう考えていい。統合失調感情障害は、幻覚・妄想などの統合失調症の症状と、うつ病や躁病のエピソードが同じ時期に目立つ疾患だ。会話も普通にできていて、精神病症状をうかがわせる記載がないので否定的だね。
医学生医学生
病相として区切れるかどうか、精神病症状があるかどうかで整理すると、残るのが境界性パーソナリティ障害ということですね。
ドクタードクター
その整理で完璧だ。少し発展的な話もしておこう。パーソナリティ障害はDSM-5でA群(奇妙で風変わり)、B群(演技的・感情的で移り気)、C群(不安や恐れが強い)に分けられ、境界性はB群に入る。若年女性に多く診断され、うつ病や摂食障害、物質使用障害、PTSDなどの併存も多い。
医学生医学生
救急科の実習で過量服薬の患者さんを担当したとき、スタッフの間で「またか」という空気があったのを覚えています。
ドクタードクター
臨床で一番注意してほしいのはそこなんだ。この障害では自殺既遂に至る割合も一般人口より明らかに高いとされていて、「どうせ本気じゃない」と軽視してはいけない。治療の中心は弁証法的行動療法などの精神療法で、薬物療法は補助的。過量服薬の危険があるから処方量にも気を配る必要がある。
医学生医学生
医療者自身が理想化されたりこき下ろされたりすることもありそうですね。
ドクタードクター
よく気づいたね。だからこそ、チームで一貫した治療の枠組みや限界設定をもって関わることが大切だ。幸い、衝動性などの症状は年齢とともに和らいでいくことが多いとされている。長い目で支える視点を忘れないでほしい。

まとめ

反復する自傷・自殺企図、理想化とこき下ろしを揺れ動く不安定な対人関係、不適切で激しい怒り、衝動性、感情の不安定さが青年期から持続していれば、境界性パーソナリティ障害を第一に考えます。背景には見捨てられ不安があり、分裂(splitting)という防衛機制が特徴的です。気分循環性障害や気分変調性障害は2年以上続く気分の病相として捉える疾患で、対人関係の激しい揺れや自傷の反復は説明できず、幻覚・妄想がなければ統合失調感情障害も否定的、発作性の不安がなければパニック障害も考えにくいです。自殺のリスクは現実に高く、軽視せずにチームで一貫した対応をとること、治療の中心が弁証法的行動療法などの精神療法であることも押さえておきましょう。「病相か、持続するパターンか」という視点は、精神科の鑑別全般に役立つ考え方です。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・25歳の未婚女性。過量服薬で救急搬送。 ・慢性的な抑うつ状態の中で「死にたい」と繰り返し訴え、リストカットなどの自傷や、家族の目の前で車に飛び込もうとするといった自殺をほのめかす行動を反復している。 ・衝動行為の後にはイライラ感が軽くなる(自傷が不快な感情を和らげる手段になっている)。 ・気分がよいときは相手を極端に好きになって近づくが、ささいな行き違いで急に激しく怒り、相手をひどく責める(理想化とこき下ろしの両極端を揺れ動く対人関係)。 ・同棲と別離を3回繰り返し、転職も繰り返して現在は無職(対人関係・社会生活の不安定さ)。 ・会話は普通にでき、幻覚・妄想や思考の解体をうかがわせる記載はない。家庭内の葛藤が強い。

診断へのプロセス

抑うつと希死念慮だけを見るとうつ病も考えられるが、本例の特徴は、一つの病相として現れる症状ではなく、青年期から続く「対人関係・感情・自己像・行動の広範な不安定さ」である。DSM-5の境界性パーソナリティ障害の診断基準(9項目中5項目以上)に当てはめると、 ①理想化とこき下ろしを揺れ動く不安定で激しい対人関係 ②反復する自殺行動・自殺のそぶり・自傷行為 ③感情の不安定性(反応性の強い気分の変動) ④不適切で激しい怒り、怒りの制御の困難 ⑤自己を傷つける可能性のある衝動性(過量服薬など) ⑥慢性的な空虚感につながる慢性の抑うつ など多くの項目を満たす。同棲と別離の反復や転職の繰り返しも、見捨てられ不安や自己同一性の不安定さを背景とする生活の不安定さとして理解できる。一方、幻覚・妄想はなく、会話もまとまっているため精神病性障害は考えにくい。また、発作的な強い不安(パニック発作)の記載もない。

設問の考え方

「特定の病相ではなく、人格全般にわたる持続的な不安定さ」と「対人関係の理想化とこき下ろし」「反復する自傷・自殺企図」「激しい怒り」がそろえば、境界性パーソナリティ障害を第一に考える。

選択肢考察

  1. ×a.  パニック障害

    パニック障害(パニック症)は、予期しないパニック発作(突然起こる動悸、息苦しさ、発汗、ふるえ、めまい、「死んでしまうのではないか」という強い恐怖などが数分以内にピークに達する)を繰り返し、「また発作が起きるのでは」という予期不安や、発作が起きたときに逃げられない場所を避ける広場恐怖を伴う不安症である。本例には発作性の急性不安の記載がなく、中心は対人関係や感情・行動の慢性的な不安定さであるため、当てはまらない。

  2. ○b.  境界性パーソナリティ障害

    境界性パーソナリティ障害は、対人関係、自己像、感情の不安定さと著しい衝動性が、成人期早期までに始まり、さまざまな場面で持続するパーソナリティ障害である。本例では、相手を理想化したかと思えば些細なことで激しく責めるという両極端な対人関係、反復する自傷(リストカット)と自殺のそぶり(車への飛び込み)、過量服薬という衝動行為、慢性の抑うつと感情の揺れ、不適切で激しい怒りがみられ、診断基準の多くを満たす。衝動行為の後にイライラ感が減るという点は、自傷が耐えがたい感情を処理する手段になっていることを示し、本障害に特徴的である。同棲と別離、転職の繰り返しも本障害の生活歴として典型的である。

  3. ×c.  気分循環性障害

    気分循環性障害(気分循環症)は、躁病エピソードの基準を満たさない軽い躁症状の時期と、うつ病エピソードの基準を満たさない軽い抑うつの時期が、成人では少なくとも2年以上、慢性的に交互に現れる疾患で、双極性障害の類縁疾患である。本例にも気分の変動はあるが、その変動は数日〜数週単位の病相ではなく、対人関係の些細な出来事に反応して短時間で激しく揺れるものであり、自傷の反復や対人関係の理想化とこき下ろしは気分循環性障害では説明できない。

  4. ×d.  気分変調性障害

    気分変調性障害(DSM-5では持続性抑うつ障害に含まれる)は、うつ病ほど重くはない抑うつ気分が、ない日よりある日のほうが多い状態で成人では2年以上続く慢性の抑うつ性障害である。本例も慢性の抑うつ状態を示すが、気分のよいときに相手へ極端な好意を寄せるなど気分が大きく揺れ動くこと、激しい怒り、反復する自傷・自殺行動、不安定な対人関係が中心であり、単なる慢性抑うつでは説明できない。

  5. ×e.  統合失調感情障害

    統合失調感情障害は、統合失調症の症状(幻覚・妄想など)と、うつ病エピソードや躁病エピソードといった気分症状が同じ時期に目立って現れる疾患である。DSM-5では、気分エピソードのない時期にも幻覚・妄想が2週間以上続くことが求められる。わが国ではかつて「非定型精神病」と呼ばれた病態と重なる部分がある。本例では会話は普通にでき、幻覚・妄想などの精神病症状の記載がないため否定的である。

パーソナリティ障害とは

その人の属する文化から期待されるものから著しく偏った内的体験・行動の持続的なパターンで、認知・感情・対人関係・衝動の制御のうち2つ以上の領域に現れ、柔軟性がなく広範囲に及び、本人の苦痛や社会的機能の障害をもたらすもの。青年期または成人期早期までに始まる。DSM-5では以下の3群に分けられる。 ・A群(奇妙で風変わり):猜疑性(妄想性)、シゾイド、統合失調型 ・B群(演技的・感情的で移り気):反社会性、境界性、演技性、自己愛性 ・C群(不安や恐れが強い):回避性、依存性、強迫性

境界性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5、9項目中5つ以上)

①現実または想像上の見捨てられを避けようとするなりふり構わない努力 ②理想化とこき下ろしの両極端を揺れ動く、不安定で激しい対人関係 ③同一性の混乱(自己像や自己感覚の著しい不安定さ) ④自己を傷つける可能性のある衝動性(浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、過食など)が少なくとも2領域 ⑤自殺の行動・そぶり・脅し、または自傷行為の繰り返し ⑥著しい気分の反応性による感情の不安定さ(通常は数時間、数日を超えることはまれ) ⑦慢性的な空虚感 ⑧不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難 ⑨一過性のストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状

臨床的特徴

・若年女性に多く診断される。 ・背景に「見捨てられ不安」があり、身近な人を試したり、しがみついたりする行動をとりやすい。相手を「すべて良い」か「すべて悪い」かで捉える分裂(splitting)という防衛機制がみられる。 ・幼少期の虐待・養育環境の問題などの環境要因と、衝動性や感情の不安定さといった気質的要因の両方が関与すると考えられている。 ・自殺企図を繰り返し、既遂に至る割合も一般人口より明らかに高い(長期経過で約1割前後とされる)ため、「どうせ本気ではない」と軽視してはならない。 ・うつ病、双極性障害、物質使用障害、摂食障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの併存が多い。 ・治療の中心は精神療法で、弁証法的行動療法(DBT)やメンタライゼーションに基づく治療などの有効性が示されている。薬物療法は症状(衝動性、気分の不安定さなど)に対する補助的な位置づけであり、過量服薬の危険があるため処方量に注意する。 ・年齢とともに衝動性などの症状は軽くなっていくことが多い。

対応上の注意

・治療者が理想化とこき下ろしの対象となりやすく、医療者間で患者への評価が分かれることもあるため、チームで一貫した枠組み(治療契約・限界設定)をもって対応することが重要である。

POINT

・反復する自傷・自殺企図、理想化とこき下ろしを揺れ動く対人関係、激しい怒り、衝動性、慢性的な空虚感・感情の不安定さ → 境界性パーソナリティ障害。 ・背景に見捨てられ不安があり、防衛機制として分裂(splitting)がみられる。 ・幻覚・妄想がなければ統合失調症・統合失調感情障害は否定的。 ・気分循環性障害は軽躁と軽うつが2年以上交互に続くもの、気分変調性障害は軽い抑うつが2年以上続くもので、いずれも対人関係の激しい不安定さや自傷の反復は中心症状ではない。 ・自殺の危険は現実的に高く、軽視しない。治療の中心は弁証法的行動療法などの精神療法。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。