痛くない潰瘍こそ要注意―陰茎の硬性下疳から梅毒を診断する
第111回医師国家試験 E問題 第66問(連問)
国試問題にチャレンジ
連問の共通文
次の文を読み,66~68の問いに答えよ。 36歳の男性。全身倦怠感を主訴に来院した。 現病歴:約1年前から易疲労感を感じていたが,仕事が忙しいせいではないかと考えて医療機関を受診していなかった。約1週間前から陰茎に傷があることに気付いていたが,痛みがないためそのままにしていた。同じころから朝起きると寝汗で布団が濡れていることが多くなってきた。これらの症状が心配になり受診した。 既往歴:約2年前に淋菌性尿道炎の治療歴がある。アレルギー歴はない。 生活歴:健康食品の営業職。独身で一人暮らし。喫煙歴はなく,飲酒は機会飲酒。ペットは飼っていない。海外渡航歴はない。約10年前から不特定多数の女性と性交渉がある。 家族歴:父親が肺癌のため56歳で死亡。母親は高血圧症で治療中。妹は健康。 現症:意識は清明。身長180cm,体重58kg。体温38.0℃。脈拍60/分,整。血圧110/80mmHg。呼吸数12/分。SpO2 98%(room air)。心音と呼吸音とに異常を認めない。腹部は平坦,軟で,肝・脾を触知しない。腸蠕動音に異常を認めない。表在リンパ節を触知しない。四肢筋力と腱反射は正常である。陰茎に潰瘍を認めるが痛みはない。 検査所見:血液所見:赤血球468万,Hb 13.9g/dL,Ht 42%,白血球4,300(好中球75%,好酸球8%,好塩基球1%,単球6%,リンパ球10%),血小板21万,PT-INR 1.3(基準0.9~1.1)。血液生化学所見:総蛋白7.5g/dL,アルブミン3.9g/dL,総ビリルビン0.9mg/dL,直接ビリルビン0.2mg/dL,AST 34U/L,ALT 18U/L,LD 178U/L(基準176~353),ALP 340U/L(基準115~359),γ-GTP 30U/L(基準8~50),アミラーゼ90U/L(基準37~160),CK 42U/L(基準30~140),尿素窒素16mg/dL,クレアチニン0.7mg/dL,尿酸6.9mg/dL,血糖98mg/dL,Na 131mEq/L,K 4.4mEq/L,Cl 97mEq/L。陰茎の写真を別に示す。
行うべき検査はどれか。

- a.梅毒血清反応
- b.病変部の生検
- c.尿淋菌核酸増幅検査
- d.尿クラミジア核酸増幅検査
- e.浸出液のヘルペスウイルス抗原検査
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
性感染症のリスクがある人に単発・無痛性で硬結を伴う陰茎潰瘍をみたら、第1期梅毒の硬性下疳を第一に考えます。梅毒トレポネーマは培養できないため、診断の基本は梅毒血清反応であり、RPR法などの非トレポネーマ検査とTPHA法・TP抗体などのトレポネーマ検査を組み合わせて、感染の有無と活動性を判定します。感染ごく初期は血清反応が陰性のことがあるため、浸出液の鏡検や数週後の再検査で補います。有痛性の潰瘍なら性器ヘルペスや軟性下疳を考え、淋菌やクラミジアは潰瘍ではなく尿道炎をおこす点も鑑別の要です。梅毒は近年急増している5類感染症であり、診断時にはHIVなど他の性感染症の合併も必ず検索するという視点が、実臨床で見逃しを防ぐ鍵となります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・性感染症(STI:sexually transmitted infection)のリスク:約10年前から不特定多数の女性と性交渉があり、2年前には淋菌性尿道炎の既往もある。STIに繰り返し曝露してきた可能性が高い。 ・局所所見:約1週間前から陰茎(写真では冠状溝付近)に潰瘍があるが、痛みを伴わない。単発で縁が硬く盛り上がった無痛性の潰瘍は、第1期梅毒の硬性下疳(こうせいげかん)に典型的である。 ・全身所見:約1年続く易疲労感、最近の寝汗、38.0℃の発熱、身長180cmに対し体重58kg(BMI約17.9)のやせ。 ・検査所見:白血球4,300/μLのうちリンパ球10%で、リンパ球の絶対数は約430/μLと著明に減少している(成人ではおおむね1,000〜1,500/μL以上が目安)。Na 131mEq/Lの軽度低Na血症、PT-INR 1.3の軽度延長もみられる。肝酵素・胆道系酵素はほぼ正常である。
診断へのプロセス
陰茎に潰瘍をつくる主なSTIには、梅毒(硬性下疳)、性器ヘルペス、軟性下疳(Haemophilus ducreyi)、鼠径リンパ肉芽腫などがある。このうち「単発・無痛性・硬結を伴う潰瘍」という特徴にあてはまるのは梅毒である。性器ヘルペスや軟性下疳は強い痛みを伴うのが原則であり、本例とは合わない。淋菌やクラミジアは尿道炎(排尿時痛、尿道分泌物)をおこすが、陰茎に潰瘍はつくらない。 したがって局所病変は第1期梅毒と考えられる。一方、1年に及ぶ倦怠感、寝汗、発熱、やせ、高度のリンパ球減少は、梅毒の第1期だけでは説明しにくく、同じ感染経路をとるHIV感染症の合併を強く疑わせる(連問の後半で問われる)。
設問の考え方
本問では、梅毒を確定させるための検査を選ぶ。梅毒の病原体Treponema pallidum(TP)は通常の培養ができないため、日常診療では血清学的検査(梅毒血清反応)で診断するのが基本である。梅毒血清反応は、カルジオリピンを抗原とする非トレポネーマ検査(RPR法など)と、TP菌体成分を抗原とするトレポネーマ検査(TPHA法、TPPA法、FTA-ABS法、TP抗体測定など)を組み合わせて判定する。さらに、潰瘍の浸出液から菌体を直接観察する方法(暗視野顕微鏡法、パーカーインク法など)も補助的に用いられる。
選択肢考察
- ○a. 梅毒血清反応
無痛性の陰茎潰瘍(硬性下疳)とSTIの高リスク歴から第1期梅毒が最も疑われ、その確定診断に用いる基本的な検査である。非トレポネーマ検査(RPR法など)とトレポネーマ検査(TPHA法・TPPA法・TP抗体など)を同時に行い、両者の組み合わせで感染の有無と活動性を判断する。なお、感染してから抗体が陽性化するまでには数週間かかるため、下疳の出現直後では陰性のことがある。臨床的に強く疑われるのに陰性の場合は、数週間後に再検査する。
- ×b. 病変部の生検
生検は、悪性腫瘍(陰茎癌など)を疑う場合や、非典型的で診断のつかない病変に対して行う侵襲的な検査である。本例は臨床像から梅毒が強く疑われ、血清反応や浸出液の鏡検といった非侵襲的な方法で診断できるため、最初に行う検査ではない。生検組織で免疫染色によりTPを証明することは可能だが、第一に行うべきは梅毒血清反応である。
- ×c. 尿淋菌核酸増幅検査
淋菌性尿道炎を疑う場合の検査である。淋菌感染症は排尿時痛や膿性の尿道分泌物をおこすが、陰茎に潰瘍はつくらない。本例には尿道炎の症状の記載がなく、陰茎潰瘍の原因検索には適さない。
- ×d. 尿クラミジア核酸増幅検査
性器クラミジア感染症(尿道炎など)を疑う場合の検査である。Chlamydia trachomatisの通常の血清型(D〜K)による尿道炎では陰茎潰瘍はみられない。本例の無痛性潰瘍の診断には役立たない。
- ×e. 浸出液のヘルペスウイルス抗原検査
性器ヘルペスを疑う場合の検査である。性器ヘルペスでは、小水疱が集まってできた浅く多発するびらん・潰瘍が特徴で、強い痛みを伴うのが普通である。本例は単発の無痛性潰瘍で、ヘルペスの臨床像と合わない。
梅毒の病期と症状
・第1期(感染後約3週〜):TPの侵入部位(陰茎冠状溝、包皮、陰唇、口唇など)に初期硬結が生じ、これが潰瘍化して硬性下疳となる。いずれも無痛性で、鼠径部に無痛性のリンパ節腫脹(無痛性横痃)を伴うことがある。無治療でも数週で自然に消えるため、見逃されやすい。 ・第2期(感染後約3か月〜):TPが血行性に全身へ広がり、バラ疹、丘疹性梅毒疹、手掌・足底の皮疹、扁平コンジローマ、梅毒性脱毛、全身のリンパ節腫脹、発熱・倦怠感などがみられる。 ・潜伏梅毒:症状はないが血清反応が陽性の状態。 ・第3期・第4期(晩期、感染後数年〜十数年):ゴム腫、心血管梅毒(大動脈炎、大動脈瘤)、神経梅毒(脊髄癆、進行麻痺)など。現在は抗菌薬の普及によりまれである。 近年は、感染から1年以内を「早期梅毒」、それ以降を「後期梅毒」とする分け方も治療方針の決定に用いられる。
梅毒血清反応の読み方
・非トレポネーマ検査(RPR法など):カルジオリピンに対する抗体をみる。病勢を反映し、治療が効けば値が下がるため、治療効果の判定に用いる。一方、SLEや抗リン脂質抗体症候群、妊娠などで生物学的偽陽性を示すことがある。 ・トレポネーマ検査(TPHA法、TPPA法、FTA-ABS法、TP抗体):特異性が高い。治療後も長く陽性が続くことが多く、治療効果の指標にはならない。 ・組み合わせによる解釈 RPR陰性・TP陰性:非感染、または感染のごく初期 RPR陽性・TP陰性:感染初期、または生物学的偽陽性 RPR陽性・TP陽性:梅毒(活動性の感染、または治療後まもない状態) RPR陰性・TP陽性:治療後、または陳旧性感染
病原体の直接検出
硬性下疳や扁平コンジローマなど菌体の多い病変では、表面をこすって得た浸出液(漿液)をスライドガラスに取り、暗視野顕微鏡やパーカーインク法(墨汁法)でらせん状の菌体を観察できる。血清反応がまだ陽性化していない時期の診断に役立つ。
陰茎潰瘍の鑑別
・梅毒(硬性下疳):単発、無痛性、硬結あり ・性器ヘルペス:多発する小水疱・浅いびらん、強い疼痛、再発を繰り返す ・軟性下疳:有痛性で軟らかい潰瘍、有痛性の鼠径リンパ節腫脹 ・陰茎癌:高齢者に多く、難治性の腫瘤・潰瘍。診断には生検が必要
梅毒の届出
梅毒は感染症法の5類感染症(全数把握)で、診断した医師は7日以内に届け出る。日本では2010年代以降に報告数が急増しており、2022年以降は年間1万人を超えている。
POINT
・無痛性の陰茎潰瘍(硬性下疳)とSTIの高リスク歴があれば、まず第1期梅毒を考える。 ・梅毒の診断の基本は梅毒血清反応で、非トレポネーマ検査(RPR法など)とトレポネーマ検査(TPHA法・TP抗体など)を組み合わせて判定する。 ・感染ごく初期は血清反応が陰性のことがあり、浸出液の鏡検や数週後の再検査で補う。 ・痛みのある陰部潰瘍は性器ヘルペスや軟性下疳を考え、淋菌・クラミジアは潰瘍ではなく尿道炎をおこす。 ・梅毒を診たら、HIVなど他のSTIの合併も必ず検索する。
