手掌の淡い紅斑と高力価RPR―ひとつの性感染症の陰に潜むHIVを探せ
第120回医師国家試験 A問題 第52問
国試問題にチャレンジ
35歳の男性。体幹と四肢の皮疹を主訴に来院した。5日前から下肢の皮疹に気付き,徐々に皮疹が拡大してきたため受診した。既往歴は急性B型肝炎で入院加療歴があり,3年前には今回と同様の症状で他院受診歴がある。直近の会社の健診で異常は指摘されていない。喫煙は5本/日を15年間。飲酒歴はない。5年前から同性との性交渉歴がある。意識は清明。身長177cm,体重80kg。体温37.0℃。脈拍68/分,整。血圧140/72mmHg。呼吸数14/分。SpO2 97%(room air)。眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。口腔内に異常を認めない。心音と呼吸音とに異常を認めない。体幹,四肢および手掌に淡い紅斑を認める。尿所見:蛋白(-),糖(-)。血液所見:赤血球420万,Hb 12.6g/dL,Ht 37%,白血球3,400(好中球70%,単球5%,リンパ球25%),血小板17万。血液生化学所見:総蛋白6.8g/dL,アルブミン3.7g/dL,総ビリルビン0.6mg/dL,AST 23U/L,ALT 27U/L,LD 182U/L(基準124~222),尿素窒素13mg/dL,クレアチニン0.8mg/dL,尿酸7.8mg/dL,血糖90mg/dL,総コレステロール182mg/dL,トリグリセリド120mg/dL,Na 142mEq/L,K 4.0mEq/L,Cl 104mEq/L。免疫血清学所見:CRP 0.9mg/dL,RPR 1,280倍(基準1倍未満),TPHA 5,120倍(基準80倍未満)。 追加で行う検査はどれか。
- a.喀痰細胞診
- b.安静時心電図
- c.腹部超音波検査
- d.HIV抗原・抗体検査
- e.胸部エックス線撮影
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
手掌を含む体幹・四肢の淡い紅斑と、RPR・TPHAの高力価陽性は第2期梅毒を示し、RPRは病勢と治療効果、TPHAは感染既往の指標となります。性感染症は感染経路が共通するため、ひとつ見つかれば他の性感染症の合併を検索するのが原則で、特に梅毒の粘膜病変はHIV感染を成立しやすくするため、HIV抗原・抗体検査(第4世代)を必ず行います。男性間性交渉や性感染症の反復、白血球減少はHIV合併を疑う手がかりであり、HIV合併例では神経梅毒のリスクが高まるため経過観察にも影響します。心血管梅毒は未治療で長期経過した晩期の合併症であり、症状や所見のない第2期の段階で心電図や画像検査を優先する根拠はありません。治療はペニシリン系が第一選択で、Jarisch-Herxheimer反応への注意、5類感染症としての7日以内の届出、パートナーへの対応まで含めて理解しておくことが、増加する梅毒の診療に直結します。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・35歳男性。5日前から下肢に皮疹が出現し、体幹・四肢・手掌へ広がっている。手掌を含む淡い紅斑で、発熱は軽度(37.0℃)にとどまり、全身状態は保たれている。 ・既往に急性B型肝炎(性行為でも感染するウイルス性肝炎)があり、3年前にも今回と同様の症状で受診している。性感染症を繰り返している可能性が高い。 ・5年前から同性との性交渉歴がある。男性間性交渉者(MSM:men who have sex with men)は梅毒やHIV感染症など性感染症のリスクが高い集団である。 ・RPR 1,280倍、TPHA 5,120倍といずれも高値である。RPRは梅毒の病勢(活動性)を反映する非トレポネーマ検査、TPHAは梅毒トレポネーマに対する抗体を検出するトレポネーマ検査で、両者が陽性であり、特にRPRが高力価であることは活動性の梅毒を示す。 ・白血球3,400/μLと軽度減少、Hb 12.6g/dLと軽度の貧血がある。
診断
手掌を含む体幹・四肢の淡い紅斑(バラ疹)と、RPR・TPHAの高力価陽性から、第2期梅毒と診断できる。3年前の同様の症状も梅毒(初感染または再感染)であった可能性があり、性感染症を反復していると考えられる。
設問の考え方
性感染症は感染経路が共通するため、一つの性感染症が見つかれば、他の性感染症にも同時に感染している可能性を考えて検査するのが原則である。とりわけ梅毒は、陰部や口腔の潰瘍性病変によって粘膜のバリアが破綻し、HIVの感染を受けやすくする(感染を数倍に増やす)ことが知られている。本例は、MSMであること、B型肝炎・梅毒と性感染症を繰り返していること、白血球減少があることから、HIV感染症を積極的に疑ってスクリーニング検査を行うべきである。HIV合併の有無は、梅毒の経過(神経梅毒への進展のしやすさ)や治療後のフォローアップ方針にも影響する。 一方、現時点で呼吸器症状、胸部症状、腹部症状はなく、他の選択肢の検査を急いで行う根拠に乏しい。
選択肢考察
- ×a. 喀痰細胞診
喀痰細胞診は、肺癌など気道・肺の悪性腫瘍を疑うときに行う検査である。本例には咳嗽・喀痰・血痰などの呼吸器症状がなく、呼吸数14/分、SpO2 97%と呼吸状態も正常で、喫煙歴(5本/日×15年)だけを理由に行う検査ではない。第2期梅毒の評価にも直接関係しない。
- ×b. 安静時心電図
梅毒では、未治療のまま長期間(感染後10年以上)経過した第3期(晩期)に、梅毒性大動脈炎から大動脈弁閉鎖不全症、大動脈瘤、冠動脈入口部狭窄による心筋虚血などの心血管梅毒を生じることがある。しかし本例は第2期梅毒で、胸痛・動悸もなく脈拍68/分・整、心音にも異常はない。現時点で心電図検査を優先する理由はない。
- ×c. 腹部超音波検査
第2期梅毒では梅毒性肝炎や肝脾腫を伴うことがあり、その場合は腹部超音波検査が評価に役立つ。しかし本例はAST・ALT・総ビリルビンが正常で、腹部症状や肝脾腫を示す所見もなく、腹部超音波検査を行う必要性は低い。
- ○d. HIV抗原・抗体検査
梅毒とHIV感染症は感染経路(性的接触)が共通し、合併が多い。梅毒による粘膜病変はHIVの感染を成立しやすくするため、梅毒患者ではHIV感染症の検査が推奨される。本例はMSMであり、B型肝炎、梅毒と性感染症を繰り返していることに加え、白血球減少もあり、HIV感染症を疑う根拠がそろっている。スクリーニングには、HIV-1のp24抗原とHIV-1/2抗体を同時に検出する第4世代の抗原・抗体同時検査を用いる。陽性時は偽陽性があり得るため、確認検査(HIV-1/2抗体確認検査、HIV-1核酸増幅検査)を行う。感染直後は抗体が陰性の時期(ウインドウ期)があるため、最近のリスク行為があれば期間をおいて再検査する。
- ×e. 胸部エックス線撮影
胸部エックス線撮影は、肺炎・肺結核などの呼吸器疾患や、心拡大、大動脈瘤などが疑われるときに行う。本例には呼吸器症状や心血管症状がなく、聴診所見も正常である。第3期梅毒の心血管梅毒(大動脈瘤など)を疑う状況でもないため、追加で行う必要性は低い。
梅毒の病期と症状
・第1期(感染後約3週):侵入部位(陰部、口唇、肛門など)に初期硬結、硬性下疳(無痛性の潰瘍)、無痛性の鼠径リンパ節腫脹。 ・第2期(感染後約3か月):病原体が血行性に全身へ広がる。バラ疹(体幹・四肢の淡い紅斑)、手掌・足底の丘疹性梅毒疹、扁平コンジローマ、梅毒性脱毛、口腔粘膜疹、発熱・倦怠感・全身リンパ節腫脹、まれに肝炎や腎障害を伴う。皮疹は治療しなくても自然に消退し、潜伏梅毒に移行するため、見逃されやすい。 ・第3期(感染後数年以上):ゴム腫など。 ・心血管梅毒・神経梅毒:大動脈炎、大動脈弁閉鎖不全症、大動脈瘤、進行麻痺、脊髄癆など。神経梅毒はどの病期でも起こり得て、HIV合併例ではリスクが高い。
梅毒の血清学的検査
・非トレポネーマ検査(RPRなど):カルジオリピンを抗原とする。病勢を反映し、治療効果判定に用いる。治療後に4倍以上(2管以上)低下すれば治療が有効と判断し、4倍以上の上昇は再感染・再燃を示唆する。抗リン脂質抗体症候群、SLE、妊娠などで生物学的偽陽性を示すことがある。 ・トレポネーマ検査(TPHA、TPLAなど):梅毒トレポネーマ抗原を用いる。特異性が高いが、治療後も陽性が続くことが多く、治療効果判定には向かない。 ・RPR陽性・TPHA陽性:活動性梅毒(または治療後間もない時期)。RPR陰性・TPHA陽性:既往の梅毒(治癒後)。RPR陽性・TPHA陰性:生物学的偽陽性または感染初期。
梅毒の治療
第一選択はペニシリン系抗菌薬である。国内では、早期梅毒に対してベンザチンペニシリンGの筋注(1回)や、アモキシシリンの内服(4週間程度)が用いられる。治療開始後数時間~1日以内に、発熱・悪寒・皮疹増悪などを生じるJarisch-Herxheimer反応(菌体の破壊による一過性の反応)に注意する。
性感染症の同時検査
一つの性感染症を診断したら、HIV感染症、B型・C型肝炎、クラミジア感染症、淋菌感染症など他の性感染症の検査も考慮し、パートナーの検査・治療も勧める。
届出
梅毒、後天性免疫不全症候群(HIV感染症を含む)は、いずれも感染症法の5類感染症(全数把握)であり、診断した医師は7日以内に保健所へ届け出る。
POINT
・手掌を含む体幹・四肢の淡い紅斑とRPR・TPHA高値は第2期梅毒を示す。 ・一つの性感染症を見つけたら、他の性感染症(特にHIV感染症)の合併を必ず検索する。 ・梅毒の粘膜病変はHIV感染を成立しやすくし、両者の合併は多い。MSMや性感染症の反復はHIVのリスク因子である。 ・HIVのスクリーニングは第4世代の抗原・抗体同時検査で行い、陽性なら確認検査を行う。 ・RPRは病勢・治療効果の指標、TPHAは感染既往の指標である。
