「段取りができない」が示すもの―Alzheimer型認知症の中核症状と巣症状を見分ける
第111回医師国家試験 E問題 第10問
国試問題にチャレンジ
Alzheimer型認知症でみられるのはどれか。
- a.身体失認
- b.感覚性失語
- c.肢節運動失行
- d.半側空間無視
- e.遂行機能障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Alzheimer型認知症は、海馬など内側側頭葉から始まり頭頂・側頭・前頭葉へ両側性・びまん性に萎縮が広がる神経変性疾患で、近時記憶障害、見当識障害、遂行機能障害、視空間認知障害、喚語困難といった中核症状が徐々に進行します。なかでも遂行機能障害は前頭前野が担う計画・実行能力の障害で、料理の段取りや服薬管理ができなくなるなど、早い時期から生活の自立を妨げます。一方、感覚性失語(左上側頭回後部)、半側空間無視(右頭頂葉)、身体失認(頭頂葉)、肢節運動失行(中心前回・中心後回付近)は責任病巣が明確な巣症状で、主に脳血管障害などの局所病変で生じます。「びまん性の変性による認知機能障害」と「局所病変による巣症状」を区別する視点は、認知症の診断だけでなく、脳卒中や変性疾患の鑑別にも役立ちます。
解答・解説
正解はeです
テーマ
Alzheimer型認知症で現れる認知機能障害(中核症状)と、脳の一部分が損傷されて起こる巣症状(局在徴候)を区別できるかを問う問題である。
考え方
Alzheimer型認知症は、アミロイドβの沈着(老人斑)とタウ蛋白の蓄積(神経原線維変化)を特徴とする神経変性疾患である。萎縮は海馬・嗅内皮質など内側側頭葉から始まり、頭頂葉・側頭葉の連合野、さらに前頭葉へとびまん性・両側性に広がる。そのため症状は、近時記憶障害(新しいことを覚えられない)で始まり、見当識障害(時間から場所、人物の順に障害される)、遂行機能障害、視空間認知障害、言語障害(喚語困難)などが加わりながら徐々に進行する。 一方、選択肢a〜dの身体失認、感覚性失語、肢節運動失行、半側空間無視は、責任病巣がはっきりしている巣症状である。多くは脳梗塞、脳出血、脳腫瘍などの局所的な病変で、急に、または片側の症状として現れる。Alzheimer型認知症の進行期には失語・失行・失認がみられることもあるが、これらの選択肢は典型的な症状として挙げるものではない。 したがって、Alzheimer型認知症の中核症状として早い時期から現れ、日常生活の自立を妨げる遂行機能障害が正解となる。
選択肢考察
- ×a. 身体失認
誤り。身体失認は、感覚や運動の障害では説明できないのに、自分の身体やその部位を正しく認識できない状態である。身体部位の名前を言われてもそこを指せない身体部位失認(自己身体部位失認)は、主に左(優位半球)頭頂葉の障害で起こる。左半身を自分のものと認めない、無視するといった半側身体失認は、右(劣位半球)頭頂葉の障害で起こる。手指失認は、左角回の障害で起こるGerstmann症候群の一症状である。いずれも主に脳血管障害などによる局所病変で生じる巣症状であり、Alzheimer型認知症の典型的な症状ではない。
- ×b. 感覚性失語
誤り。感覚性失語(Wernicke失語)は、優位半球の上側頭回後部(Wernicke野)の障害で起こる。話し方は流暢だが、言い誤り(錯語)が多く、意味の通じない話になり、言葉の理解が強く障害される。復唱もできない。原因の多くは左中大脳動脈領域の脳梗塞などである。Alzheimer型認知症の言語障害は、言いたい言葉が出てこない喚語困難(語想起障害)から始まり、「あれ」「それ」などの代名詞が増えるのが典型的である。局所病変によるWernicke失語とは性質が異なる。
- ×c. 肢節運動失行
誤り。肢節運動失行は、麻痺や感覚障害、運動失調がないのに、病変と反対側の手指などで熟練した細かい動作がぎこちなくなる状態である。ボタンをかける、硬貨をつまむといった動作がうまくできない。自発的な動作でも、指示された動作でも同じように拙くなる。責任病巣は中心前回・中心後回付近(運動前野を含む)とされ、脳血管障害のほか、大脳皮質基底核変性症で特徴的にみられる。Alzheimer型認知症でみられる失行は、観念運動失行、観念失行、構成障害、着衣失行などである。肢節運動失行は典型的ではない。
- ×d. 半側空間無視
誤り。半側空間無視は、病変と反対側の空間にある刺激に気づかず、反応しない状態である。主に劣位半球(通常は右)の頭頂葉、特に下頭頂小葉から側頭頭頂接合部の障害で起こる。そのため左半側空間無視が多く、右中大脳動脈領域の脳梗塞の急性期にしばしばみられる。食事で左側の皿を残す、線分の中点を右にずれて示す、といった形で現れる。片側の局所病変による症状であり、両側にびまん性に変化が広がるAlzheimer型認知症の典型的な症状ではない。
- ○e. 遂行機能障害
正しい。遂行機能(実行機能)とは、目標を立て、計画を練り、順序立てて実行し、結果を評価して修正する一連の能力である。主に前頭前野とその神経ネットワークが担う。Alzheimer型認知症では、記憶障害と並んで比較的早期から障害される。料理の段取りができない、家計や服薬の管理ができない、仕事の手順が分からなくなる、などの形で日常生活に支障をきたす。DSM-5でも認知症(major neurocognitive disorder)で障害される認知領域の一つとされている。前頭側頭型認知症や血管性認知症でも目立つ症状であり、認知症全般にみられる中核症状である。
認知症の中核症状と行動・心理症状
・中核症状:脳の神経細胞の障害で直接起こる認知機能障害。記憶障害、見当識障害、遂行機能障害、判断力の低下、失語・失行・失認などがある。 ・行動・心理症状(BPSD):中核症状を背景に、本人の性格や環境の影響が加わって現れる症状。物盗られ妄想、徘徊、興奮・攻撃性、抑うつ、不安、睡眠障害などがある。
Alzheimer型認知症の臨床像
・初期:近時記憶障害(同じことを何度も聞く、置き忘れ)、時間の見当識障害、遂行機能障害、意欲の低下。取り繕い反応(分からないことを適当にごまかす)や、振り返って家族に答えを求める振り向き徴候がみられる。 ・中期:場所の見当識障害、視空間認知障害(道に迷う、図形の模写ができない)、着衣失行・構成障害、喚語困難の目立つ言語障害、BPSDが目立つ。 ・後期:人物の見当識障害、言語機能のほぼ喪失、失禁、歩行障害、寝たきりへの移行。 ・画像:MRIで海馬・内側側頭葉の萎縮、脳血流SPECTやFDG-PETで後部帯状回・楔前部・頭頂側頭葉の血流・代謝の低下がみられる。 ・なお、後頭葉・頭頂葉から萎縮が始まり、視空間認知障害が前面に出る非定型例(後部皮質萎縮症)もある。
主な巣症状と責任病巣
・運動性失語(Broca失語):優位半球の下前頭回後部(Broca野) ・感覚性失語(Wernicke失語):優位半球の上側頭回後部(Wernicke野) ・Gerstmann症候群(手指失認・左右失認・失算・失書):優位半球の角回 ・観念運動失行・観念失行:優位半球の頭頂葉(縁上回など) ・肢節運動失行:中心前回・中心後回付近 ・半側空間無視・病態失認・着衣失行:劣位半球の頭頂葉
POINT
・Alzheimer型認知症の中核症状は、記憶障害(特に近時記憶)、見当識障害、遂行機能障害、視空間認知障害、喚語困難などである。 ・遂行機能障害は前頭前野が担う計画・実行の能力の障害で、認知症全般にみられる。 ・身体失認、感覚性失語、肢節運動失行、半側空間無視は責任病巣がはっきりした巣症状で、主に脳血管障害などの局所病変で起こる。 ・半側空間無視は右頭頂葉、Wernicke失語は左上側頭回後部、肢節運動失行は中心前回・中心後回付近の障害と結び付けて覚える。
