StudyMed医師国家試験

1930年代生まれに刻まれた山―コホート効果が指し示す肝癌の戦後史

第111回医師国家試験 E問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第111回 E問題 第8問

50歳から74歳までの男性について,ある癌の年齢階級別死亡率(人口10万対)の生まれ年による推移を別に示す。  この癌の部位はどれか。

第111回 E問題 第8問の問題画像
  1. a.胃
  2. b.大腸
  3. c.肝臓
  4. d.肺
  5. e.前立腺

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は公衆衛生のグラフ問題だ。横軸が年次ではなく「生まれ年」になっていることにまず気づけるかどうかが勝負になる。グラフの形から、ある世代に共通する原因を推理していこう。
医学生医学生
普段見る死亡率のグラフは横軸が年次なので、生まれ年というのは珍しいですね。
ドクタードクター
そう。生まれ年ごとに見ると、同じ時代に生まれた集団、つまり出生コホートが年をとってどうなったかを比べられる。では形を見てみよう。どの年齢階級でも、1930年代前半生まれのところで死亡率が山になっているね。
医学生医学生
年齢階級が上がるほど死亡率が高いのは、癌なので当然だと思います。でも、それ以外に特定の世代だけ高いのは何でだろう……。
ドクタードクター
年齢が上がるほど高いのは年齢効果で、多くの癌に共通する。決め手になるのは、全年齢階級が同じ生まれ年に山をつくっている点だ。これをコホート効果と呼ぶ。特定の世代だけリスクが高いなら、その世代が若い頃に共通して受けた曝露を考えるのが定石だよ。
医学生医学生
社会医学の講義で、年齢効果・時代効果・コホート効果の3つに分けて考えると習いました。
ドクタードクター
まさにその応用問題だ。では1930年代前半生まれの男性が青年期を過ごしたのはいつかな。
医学生医学生
戦後すぐの混乱期ですね。……もしかして、感染症ですか?
ドクタードクター
鋭いね。この時期には、注射器の使い回しを含む医療行為、売血による輸血、覚醒剤の静脈注射の流行などを通じて、C型肝炎ウイルスが広まったとされている。HCVは感染してから数十年かけて慢性肝炎、肝硬変を経て肝細胞癌に至る。だからこの世代が中高年になった1990〜2000年代に肝癌死亡が増えたんだ。正解は肝臓だね。
医学生医学生
その後の世代で急に下がっているのは、感染対策が進んだからですか。
ドクタードクター
その通り。使い捨て注射器の普及、売血から献血への移行、そしてHCV抗体検査による輸血用血液のスクリーニングで、新たな感染が大きく減った。HCVの遺伝子が同定されたのが1989年で、それ以降、輸血後肝炎は激減している。
医学生医学生
胃癌もピロリ菌という感染が原因なので、同じような形になりそうで迷いました。
ドクタードクター
良い疑問だね。ピロリ菌は主に乳幼児期に感染し、上下水道の整備など衛生環境がよくなるにつれて、新しい世代ほど感染率が一貫して下がってきた。だから胃癌は生まれ年が新しいほど低い右下がりの形になるはずで、ある世代だけが山になり、それより前の世代でむしろ低いという形とは合わないんだ。
医学生医学生
肺癌は喫煙なので、喫煙率が高かった世代に山ができるかと思いました。
ドクタードクター
日本の男性喫煙率は戦後の長い期間にわたって高く、特定の生まれ年だけに偏っていない。だから1930年代前半生まれだけが際立ち、直後の世代で急に下がるような鋭い山にはなりにくい。大腸癌は食生活の欧米化や肥満、運動不足との関連が指摘されていて、こちらも特定の世代だけで急減する理由が乏しい。
医学生医学生
前立腺癌は高齢化とPSA検査の普及で増えてきた癌なので、特定の世代の山とは関係なさそうですね。
ドクタードクター
その通り。前立腺癌は年齢とともに急に増える癌で、コホート効果で説明できるような鋭いピークはない。まとめると、生まれ年のグラフで全年齢階級に共通する山があれば、その世代に固有の曝露を考える。今回はそれが戦後のHCV感染の拡大だったわけだ。
医学生医学生
消化器内科を回ったとき、肝細胞癌の患者さんに昔の輸血歴を問診していた理由がつながりました。
ドクタードクター
臨床と疫学がつながる良い例だね。発展知識として、日本の肝細胞癌はかつてHCV関連が約7割、HBV関連が1〜2割を占めていた。でも今はDAAという直接作用型抗ウイルス薬でHCVを排除できるようになり、HBVも核酸アナログで制御できる。その一方で、アルコール性肝疾患や代謝異常に関連する脂肪性肝疾患を背景とした非B非C型の肝癌が増えている。
医学生医学生
ウイルス性が減っても、肝癌そのものがなくなるわけではないんですね。
ドクタードクター
そう。だから臨床では、ウイルスマーカーが陰性でも、飲酒歴や肥満・糖尿病といった背景がある人の肝臓には注意を払う必要がある。HBVについては母子感染予防事業や2016年からのワクチン定期接種で、新たな感染を防ぐ取り組みも進んでいるよ。

まとめ

横軸に生まれ年をとった年齢階級別死亡率のグラフで、全年齢階級が同じ生まれ年に山をつくる場合は、その世代に共通する曝露によるコホート効果を考えます。1930年代前半生まれの男性に死亡率のピークがある癌は肝癌で、戦後の注射器の使い回しや売血による輸血、覚醒剤の回し打ちによってHCV感染が広がり、数十年を経て肝細胞癌として現れたものです。その後の世代では使い捨て注射器、献血制度、HCV抗体スクリーニングにより感染が減り、死亡率も急低下しました。胃癌(ピロリ菌)は新しい世代ほど低下し、肺癌・大腸癌・前立腺癌はこうした鋭い世代のピークを示しません。年齢・時代・コホートの3つの効果を区別してグラフを読む力は、疫学データから疾病の原因を推理し、予防策を考えるうえでの基本になります。

解答・解説

正解はcです

グラフの読み取り

横軸は生まれ年(出生年)、縦軸は死亡率(人口10万対)である。50〜54歳から70〜74歳まで、5歳ごとの年齢階級別に折れ線が描かれている。同じ生まれ年の人々(出生コホート)が、年を重ねるとどの程度の死亡率を示したかを比べられるグラフである。 読み取れる特徴は次の2点である。 (1) どの年齢階級でも、1930年代前半(1933年前後)生まれで死亡率が最大となる山型をしている。それより前の生まれ年では右肩上がり、後の生まれ年では急に下がる。 (2) 同じ生まれ年で比べると、年齢階級が高いほど死亡率が高い(70〜74歳が最も高く、50〜54歳が最も低い)。 (2)は多くの癌に共通する年齢の影響である。この問題で決め手になるのは(1)、すなわち「特定の生まれ年の集団だけが際立って高い」という出生コホート効果である。

推論

特定の世代だけでリスクが高い場合は、その世代が若い頃に共通して受けた環境要因を考える。1930年代前半生まれの男性は、戦後の混乱期に青年期を過ごした。この時期には、注射器の使い回しを含む医療行為、売血による輸血、覚醒剤の静脈注射の流行などを通じて、C型肝炎ウイルス(HCV)が広がったとされる。HCVは感染後、数十年の慢性肝炎・肝硬変の経過を経て肝細胞癌を発症する。そのため、この世代が中高年になった1990〜2000年代に肝癌死亡が増え、日本の男性肝癌の年齢調整死亡率もこの頃に頂点を迎えたのちに減少に転じた。 一方、1940年代以降に生まれた世代では、使い捨て注射器の普及、献血制度への移行、輸血用血液のスクリーニング(HCV抗体検査の導入)などで新たな感染が大きく減った。そのため若い出生コホートほど死亡率が急に下がる。 以上から、特定の出生コホートにはっきりした山を持つこのグラフは、肝臓癌と判断する。

選択肢考察

  1. ×a.  胃

    誤り。胃癌の最大の危険因子はヘリコバクター・ピロリ(H. pylori)感染であり、ピロリ菌は主に乳幼児期に感染する。上下水道の整備など衛生環境の改善により、生まれ年が新しい世代ほど感染率は一貫して下がってきた。したがって胃癌の死亡率は、新しい出生コホートほど低くなる右下がりの傾向を示すはずである。1930年代前半生まれだけが山になり、それ以前の世代でむしろ低いという形とは合わない。

  2. ×b.  大腸

    誤り。大腸癌は、食生活の欧米化(動物性脂肪・赤肉の摂取増加、食物繊維の摂取減少)、肥満、運動不足などとの関連が指摘されている。戦後の生活様式の変化を受けた世代でリスクが高まったとされ、1930年代前半生まれだけに鋭いピークがあり、それ以降の世代で急減するという形は説明しにくい。

  3. ○c.  肝臓

    正しい。日本の肝細胞癌の多くは、C型肝炎ウイルス(HCV)またはB型肝炎ウイルス(HBV)の持続感染による慢性肝疾患から発生する。特にHCVの感染者は、戦後の医療行為や売血による輸血、覚醒剤の回し打ちなどを通じて感染した1930年代前後生まれの世代に多い。感染後、慢性肝炎・肝硬変を経て数十年後に癌化するため、この世代の中高年期に肝癌死亡のピークが現れた。その後の世代では感染予防策が進み、死亡率が急に低下している。この特徴的な出生コホート効果がグラフと合う。

  4. ×d.  肺

    誤り。肺癌の主な危険因子は喫煙である。日本の男性喫煙率は戦後の長い期間にわたって高く、特定の生まれ年に限定されていない。そのため肺癌死亡は高齢化とともに増え続けており、1930年代前半生まれだけが際立って高く、その後の世代で急に下がるという鋭い山型にはならない。

  5. ×e.  前立腺

    誤り。前立腺癌は高齢になるほど急に増える癌であり、人口の高齢化、食生活の欧米化、PSA(前立腺特異抗原)検査の普及による発見の増加などを背景に、罹患数は増加してきた。特定の出生コホートだけに死亡率のピークができる理由は乏しく、グラフの形とは合わない。

年齢・時代・コホート効果

疾病の死亡率や罹患率の推移は、次の3つの要因に分けて考えられる。 ・年齢効果:加齢そのものによる変化(多くの癌は高齢ほど増える) ・時代(期間)効果:ある時期にすべての年齢層に同時に及ぶ影響(診断技術や治療法の進歩、検診の導入など) ・コホート効果:特定の生まれ年の集団が共通して経験した曝露による影響(若い頃の感染、喫煙習慣、食生活など) 本問のように横軸を生まれ年にとり、年齢階級別に描いたグラフで、全年齢階級が同じ生まれ年に山を作る場合は、コホート効果が強いと読む。

日本の肝細胞癌の疫学

・原因:かつてはHCV関連が約7割、HBV関連が1〜2割を占めた。近年は抗ウイルス療法の進歩(インターフェロンを使わない直接作用型抗ウイルス薬〈DAA〉によるHCV排除、核酸アナログによるHBV制御)などでウイルス性の割合が減っている。代わりに、アルコール性肝疾患や代謝異常に関連する脂肪性肝疾患(いわゆるNASH/NAFLD。現在はMASLDなどの新名称が提唱されている)を背景とする非B非C型肝癌の割合が増えている。 ・HBVは1960年代に発見され、HCVは1989年に遺伝子が同定された。HCV抗体検査の導入により、輸血後肝炎は激減した。 ・HBVについては、母子感染予防事業(1986年〜)、2016年からのB型肝炎ワクチン定期接種化により新たな感染の防止が進められている。

感染が関与する主な癌

・肝細胞癌:HBV、HCV ・胃癌:ヘリコバクター・ピロリ ・子宮頸癌:ヒトパピローマウイルス(HPV) ・成人T細胞白血病リンパ腫:ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1) ・上咽頭癌、バーキットリンパ腫:EBウイルス

POINT

・生まれ年を横軸にしたグラフで、全年齢階級が同じ生まれ年に山を作る場合は、出生コホート効果を考える。 ・1930年代前半生まれに死亡率のピークがある癌は肝癌であり、背景には戦後のHCV感染の広がりがある。 ・HCVは感染から数十年かけて慢性肝炎、肝硬変、肝細胞癌へ進む。 ・胃癌(ピロリ菌)は新しい世代ほど低下、肺癌(喫煙)・大腸癌・前立腺癌はこのような鋭いコホートのピークを示さない。 ・男性の肝癌年齢調整死亡率は1990年代後半ごろをピークに減少している。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。