お腹の痛みは「上へ逃げる」―妊婦の急性虫垂炎が見逃されやすい理由
第110回医師国家試験 D問題 第7問
国試問題にチャレンジ
妊婦の急性虫垂炎について正しいのはどれか。
- a.流早産の原因とはならない。
- b.非妊時と比較して発症頻度は低い。
- c.非妊時と比較して診断は容易である。
- d.妊娠経過に伴い圧痛点は頭側に移動する。
- e.治療は抗菌薬投与による保存療法が第一選択である。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
急性虫垂炎は妊娠中の非産科的手術の原因として最も多い疾患で、発症頻度は非妊時と同程度です。増大する子宮が盲腸と虫垂を頭側・外側へ押し上げるため、圧痛点はMcBurney点から頭側へ移動し、妊娠後期には右側腹部~右季肋部の痛みとして現れることもあります。つわりや生理的な白血球増加、腹膜刺激徴候の減弱が重なって診断が遅れやすく、穿孔や腹膜炎は流早産や胎児死亡の原因となるため、疑った時点で早期に虫垂切除術(開腹または腹腔鏡)を行うのが原則です。画像診断は超音波、次いで単純MRIを用い、必要ならCTもためらいません。妊娠による解剖学的・生理学的変化を踏まえて所見を読み替える力は、妊婦の急性腹症全般に通じる重要な臨床能力です。
解答・解説
正解はdです
テーマ
急性虫垂炎は、妊娠中に手術が必要となる非産科的急性腹症のなかで最も頻度が高い疾患である。妊娠そのものが虫垂炎を起こしやすくするわけではないが、妊娠に伴う解剖学的・生理学的変化のために症状や所見が非典型的となり、診断が遅れやすい。診断の遅れは穿孔・汎発性腹膜炎につながり、母体だけでなく胎児の予後(流早産・胎児死亡)を大きく悪化させる。
正解を導く考え方
本問は、妊娠による変化が虫垂炎にどう影響するかを整理できているかを問う。 ・解剖学的変化:増大する子宮が盲腸と虫垂を上外側(頭側)へ押し上げるため、圧痛の部位が典型的なMcBurney点からずれる。 ・生理学的変化:悪心・嘔吐、軽度の白血球増加は正常妊娠でもみられ、また腹壁が子宮で持ち上げられるため腹膜刺激徴候が出にくい。 ・治療方針:診断の遅れによる穿孔の危険が大きいため、疑ったら早期の外科的治療(虫垂切除)が原則である。 これらを踏まえると、妊娠経過に伴い圧痛点が頭側に移動するという記述だけが正しい。
選択肢考察
- ×a. 流早産の原因とはならない。
誤り。虫垂炎の炎症が腹膜炎へ進展し子宮漿膜面に波及すると、子宮収縮が誘発されて流産・早産の原因となる。特に穿孔して汎発性腹膜炎を起こした場合には、流早産や胎児死亡の危険が大きく高まる。さらに、発熱や敗血症による母体の全身状態悪化も胎児に悪影響を及ぼす。このため早期診断・早期治療が重要とされる。
- ×b. 非妊時と比較して発症頻度は低い。
誤り。妊婦における急性虫垂炎の頻度は、およそ1,000~1,500妊娠に1例(0.05~0.1%程度)とされ、同年代の非妊婦と大きな差はないと考えられている。妊娠によって虫垂炎が起こりにくくなるわけではなく、妊娠中の非産科的手術の原因として最も多い疾患である。
- ×c. 非妊時と比較して診断は容易である。
誤り。妊娠中は診断がむしろ難しい。理由として、①子宮増大により虫垂が頭側・外側へ偏位し、圧痛点が右側腹部~右季肋部寄りになる、②悪心・嘔吐(つわり)や生理的な白血球増加など、虫垂炎と共通する所見が妊娠でもみられる、③増大した子宮が腹壁と虫垂の間に介在し、筋性防御や反跳痛などの腹膜刺激徴候が出にくい、④被曝を避けるためCTをためらいやすく、画像診断が制限される、などが挙げられる。その結果、診断が遅れて穿孔率が高くなる。
- ○d. 妊娠経過に伴い圧痛点は頭側に移動する。
正しい。妊娠子宮が増大すると、盲腸と虫垂は子宮に押されて上方(頭側)かつ外側へ移動する。このため圧痛点は非妊時の典型的な位置であるMcBurney点(臍と右上前腸骨棘を結ぶ線上の外側1/3の点)から次第に頭側へずれ、妊娠後期には右側腹部から右季肋部付近に痛みを訴えることもある。これは胆嚢炎や腎盂腎炎との鑑別を難しくする要因にもなる。
- ×e. 治療は抗菌薬投与による保存療法が第一選択である。
誤り。妊娠中の虫垂炎は診断が遅れやすく、穿孔・汎発性腹膜炎に進展しやすい。穿孔すると流早産や胎児死亡の危険が大幅に高まり、母体の死亡例も主に治療の遅れに関連している。そのため、虫垂炎と診断(あるいは強く疑った)時点で、妊娠週数にかかわらず速やかに虫垂切除術を行うのが原則である。術式は開腹手術のほか、腹腔鏡下手術も妊娠中に安全に施行できるとされている。抗菌薬は周術期に併用するが、保存療法を第一選択とはしない。
妊娠中の急性腹症の鑑別
妊娠中の右下腹部~右側腹部痛では、虫垂炎のほかに、卵巣腫瘍茎捻転、異所性妊娠(妊娠初期)、腎盂腎炎・尿管結石、胆嚢炎・胆石症、常位胎盤早期剝離、切迫早産などを考える必要がある。妊娠後期は虫垂が頭側に偏位するため、胆嚢炎や右腎盂腎炎との鑑別が特に問題となる。
妊婦の虫垂炎の画像診断
第一選択は被曝のない超音波検査である。超音波で診断がつかない場合は、単純MRI(ガドリニウム造影剤は原則避ける)が有用とされる。CTは被曝を伴うが、診断のために必要であれば施行をためらうべきではない。1回の診断用CTによる胎児被曝線量は、胎児に影響が出るとされる閾値(一般に100mGy程度)を大きく下回る。
妊娠中の生理的変化で虫垂炎の診断を紛らわしくするもの
・悪心・嘔吐:妊娠初期のつわり ・白血球増加:正常妊娠でも軽度上昇する ・腹痛:子宮の増大や靱帯の牽引による痛み ・腹膜刺激徴候の減弱:腹壁の伸展と子宮の介在
治療の原則
妊娠中であっても、手術が必要な疾患の手術を遅らせてはならない。治療の遅れによる穿孔・腹膜炎のほうが、手術や麻酔そのものよりも母児にとってはるかに危険だからである。術後は子宮収縮の有無と胎児の状態を監視し、必要に応じて子宮収縮抑制薬を用いる。
POINT
・妊娠中の非産科的手術の原因として最も多いのが急性虫垂炎である。 ・発症頻度は非妊時と同程度である。 ・子宮増大により虫垂は頭側・外側に移動し、圧痛点もMcBurney点から頭側へずれる。 ・つわり、生理的白血球増加、腹膜刺激徴候の減弱などにより診断は難しく、穿孔しやすい。 ・穿孔・腹膜炎は流早産・胎児死亡の原因となる。 ・治療は早期の虫垂切除術(開腹または腹腔鏡)が原則であり、保存療法は第一選択ではない。
