減ったアセチルコリンを守れ―「取り繕い」と海馬萎縮から導くAlzheimer型認知症の治療薬
第110回医師国家試験 D問題 第41問
国試問題にチャレンジ
75歳の女性。物忘れを主訴に夫に連れられて来院した。2年前から物忘れが目立つようになり,何度も同じことを尋ねるようになった。買い物で同じ物を買ってくることがあり,そのことを指摘しても適当にはぐらかすようになった。また料理も簡単なものしか作らなくなり,心配した夫に連れられて受診した。大学卒業後,市役所に勤務し,60歳で定年退職した。その後,地域の婦人会活動を活発に行っていたが,最近は外出することがほとんどない。既往歴に特記すべきことはない。診察時,疎通性は比較的良好であるが,時間と場所の見当識障害がみられる。改訂長谷川式簡易知能評価スケールは11点(30点満点)である。その他の神経学的所見に異常を認めない。血液生化学所見に異常を認めない。頭部MRIで両側海馬の萎縮を認める。 この患者に対する治療薬として適切なのはどれか。
- a.ドパミン受容体遮断薬
- b.アセチルコリン受容体遮断薬
- c.アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
- d.選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉
- e.セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬〈SNRI〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
緩徐に進行する近時記憶障害に見当識障害と取り繕い反応を伴い、局所神経症状がなく頭部MRIで両側海馬萎縮を認める場合は、Alzheimer型認知症が最も考えられます。本症ではMeynert基底核のコリン作動性神経の脱落により脳内アセチルコリンが減少しているため、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンなどのアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が治療の基本となり、中等度以上ではNMDA受容体拮抗薬のメマンチンも用いられます。抗コリン薬は認知機能を悪化させせん妄を誘発し、抗精神病薬は副作用と死亡率上昇のリスクがあり、抗うつ薬は中核症状を改善しないため、いずれも治療薬としては適切ではありません。抗アミロイドβ抗体薬は軽度認知障害から軽度認知症に限られるため、早期診断の重要性が増しています。病態と神経伝達物質の変化から薬を選び、悪化させる薬を避ける考え方は、高齢者の薬物療法全般に通じる基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・75歳女性、2年前から緩やかに進行する物忘れ ・同じことを何度も尋ねる、同じ物を買ってくる → 近時記憶(新しいことを覚えて保持する力)の障害 ・失敗を指摘されると適当にはぐらかす → 取り繕い反応(Alzheimer型認知症に特徴的な対人反応) ・料理が簡単なものしか作れない → 遂行機能障害(段取りを立てて実行する力の低下) ・以前は活発だったのに外出しなくなった → 意欲低下・自発性低下 ・時間と場所の見当識障害、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)11点/30点(20点以下で認知症の疑い) ・神経学的所見・血液生化学所見は正常、頭部MRIで両側海馬の萎縮
診断へのプロセス
高齢者で、記憶障害を中心とした認知機能低下が緩徐に進行し、日常生活に支障をきたしていることから認知症と判断できる。次に原因疾患を考える。 ・治療可能な認知症(甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症など):血液生化学所見に異常がなく否定的(甲状腺機能などの項目の明示はないが、少なくとも示唆する所見はない) ・血管性認知症:既往歴に特記事項がなく、局所神経症状もない ・Lewy小体型認知症:幻視、パーキンソニズム、認知機能の変動といった特徴がない ・前頭側頭型認知症:人格変化や脱抑制、常同行動が目立たず、記憶障害が前景にある ・正常圧水頭症:歩行障害・尿失禁がない 記憶障害で始まり、見当識障害・取り繕い反応を伴い、局所神経所見がなく、画像で記憶の中枢である海馬の萎縮がみられることから、Alzheimer型認知症が最も考えられる。
治療薬の考え方
Alzheimer型認知症では、Meynert基底核などから大脳皮質・海馬へ投射するコリン作動性神経が早期から脱落し、脳内のアセチルコリンが減少している(コリン仮説)。アセチルコリンを分解する酵素を阻害して、シナプスでのアセチルコリン濃度を高めるアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が、症状の進行を緩やかにする対症療法として第一に用いられる。
選択肢考察
- ×a. ドパミン受容体遮断薬
ハロペリドールやリスペリドンなどのドパミンD2受容体遮断薬は抗精神病薬で、統合失調症の幻覚・妄想などに用いる。本例には幻覚・妄想や激しい興奮といった精神症状の記載はなく、認知機能そのものを改善する作用もない。高齢の認知症患者では、過鎮静、錐体外路症状、転倒、誤嚥性肺炎のほか、死亡率の上昇も報告されており、使用は慎重であるべきである。
- ×b. アセチルコリン受容体遮断薬
アトロピンやトリヘキシフェニジルなどの抗コリン薬は、徐脈、消化管の痙攣、Parkinson病などに用いられる。しかしアセチルコリンの働きを抑えるため、もともとアセチルコリンが不足しているAlzheimer型認知症では認知機能を悪化させ、せん妄を誘発する。治療とは逆の作用をもつ薬であり、高齢者では特に避けるべき薬剤である。
- ○c. アセチルコリンエステラーゼ阻害薬
アセチルコリンの分解を抑えて脳内のアセチルコリン濃度を高め、Alzheimer型認知症の認知機能低下の進行を一時的に緩やかにする。ドネペジル(軽度~高度で使用可)、ガランタミン(軽度~中等度)、リバスチグミン(貼付剤、軽度~中等度)がある。本例はHDS-R 11点で中等度程度と考えられ、いずれも使用の対象となる。副作用として悪心・嘔吐・下痢などの消化器症状、徐脈や伝導障害に注意する。
- ×d. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬〈SSRI〉
SSRI(フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリンなど)はうつ病や不安症に用いる抗うつ薬である。本例の外出の減少は認知症に伴う意欲低下と考えられ、明らかな抑うつ気分の記載はない。SSRIは認知機能低下そのものを改善しない。なお、高齢者の「うつ病による仮性認知症」との鑑別は重要だが、本例は取り繕い反応や海馬萎縮があり、認知症と判断できる。
- ×e. セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬〈SNRI〉
SNRI(ミルナシプラン、デュロキセチンなど)はうつ病に用いる抗うつ薬で、デュロキセチンは慢性疼痛などにも使われる。本例には明らかな抑うつ状態はなく、認知症の中核症状に対する効果もないため、治療薬として適切でない。
Alzheimer型認知症の特徴
・認知症の原因として最も多い。病理学的には、アミロイドβの沈着による老人斑と、リン酸化タウ蛋白による神経原線維変化、神経細胞の脱落が特徴。 ・初発症状は近時記憶障害が多く、進行とともに見当識障害(時間 → 場所 → 人の順に障害されやすい)、失語・失行・失認、遂行機能障害が加わる。 ・取り繕い反応、振り返り徴候(質問されると同伴者の方を振り返る)がみられる。 ・初期には運動麻痺などの局所神経症状はみられない。 ・画像:MRIで海馬・側頭葉内側の萎縮。脳血流SPECTやFDG-PETで頭頂葉・後部帯状回・楔前部の血流・代謝低下。
認知機能スクリーニング検査
・改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R):30点満点、20点以下で認知症の疑い ・Mini-Mental State Examination(MMSE):30点満点、23点以下で認知症の疑い(27点以下で軽度認知障害の疑いとする基準もある)
抗認知症薬
・アセチルコリンエステラーゼ阻害薬:ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン(ドネペジルはLewy小体型認知症にも適応がある) ・NMDA受容体拮抗薬:メマンチン(中等度~高度に使用。グルタミン酸による神経の過剰興奮を抑える)。アセチルコリンエステラーゼ阻害薬と併用できる。 ・抗アミロイドβ抗体薬:レカネマブ(2023年)、ドナネマブ(2024年)が国内で承認された。アミロイドβを除去し進行を抑える疾患修飾薬で、対象はアミロイド病理が確認された軽度認知障害(MCI)および軽度の認知症に限られる。副作用としてアミロイド関連画像異常(ARIA:脳浮腫・微小出血)があり、定期的なMRIが必要。本例のような中等度の認知症は対象外である。
行動・心理症状(BPSD)への対応
・徘徊、興奮、妄想などの行動・心理症状には、まず環境調整やケアの工夫などの非薬物療法を優先する。 ・薬物を使う場合も、抗精神病薬は副作用や死亡率上昇のリスクを考慮して最小量・短期間にとどめる。
POINT
・緩徐進行の近時記憶障害+見当識障害+取り繕い反応+海馬萎縮 → Alzheimer型認知症 ・HDS-Rは20点以下で認知症の疑い ・治療の基本はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン) ・抗コリン薬は認知機能を悪化させ、せん妄を誘発するため避ける ・抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ、ドナネマブ)はMCI~軽度認知症が対象
