湖の酸素を奪うのは誰か―富栄養化が招く「見えない窒息」
第110回医師国家試験 B問題 第4問
国試問題にチャレンジ
湖沼の水質について溶存酸素の低下をもたらすのはどれか。
- a.酸性雨
- b.富栄養化
- c.地球温暖化
- d.オゾン層破壊
- e.ダイオキシン汚染
対話形式の解説
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ドクターまとめ
溶存酸素(DO)は水中に溶けた酸素量で、値が小さいほど有機汚濁が進んでいることを示します。湖沼のような閉鎖性水域に窒素やリンが過剰に流入すると富栄養化が起こり、植物プランクトンの異常増殖とその死骸の分解による酸素消費、夜間の呼吸、光の遮断が重なって、特に底層でDOが著しく低下します。酸性雨はpH低下、オゾン層破壊は紫外線増加、ダイオキシン汚染は生物濃縮と毒性が主な問題であり、地球温暖化は水温上昇を介して間接的に影響しうるものの、湖沼のDO低下の直接の代表的原因ではありません。河川はBOD、湖沼・海域はCOD、富栄養化は全窒素・全リンで評価し、湖沼のアオコや海域の赤潮・青潮も関連して押さえておきましょう。環境問題を原因物質と影響の組み合わせで整理することは、公衆衛生の環境分野を理解するうえでの基盤となります。
解答・解説
正解はbです
溶存酸素(DO: dissolved oxygen)とは、水中に溶けている酸素の量であり、mg/Lで表される。魚類などの水生生物の生存に不可欠で、DOが低いほど水が汚れている(有機物による汚濁が進んでいる)ことを示す指標として用いられる。 水中の酸素は、大気から水面を通して溶け込む分と、藻類・水草の光合成で生じる分によって供給される。一方、生物の呼吸と、微生物(好気性細菌)が有機物を分解する際の酸素消費によって失われる。したがって、DOを低下させる要因を考えるには「水中の有機物量を増やし、その分解に酸素を大量に使わせる現象はどれか」を考えればよい。 湖沼のような閉鎖性水域では水の入れ替わりが乏しく、生活排水・農業排水・工場排水などから流入した窒素(N)やリン(P)が蓄積しやすい。これが植物プランクトンの異常増殖を招き、その死骸などの有機物が分解される過程で酸素が大量に消費される。この一連の現象が富栄養化であり、湖沼のDO低下の代表的な原因である。他の選択肢は、いずれも主に別の環境問題・健康影響として位置づけられるものである。
選択肢考察
- ×a. 酸性雨
酸性雨は、化石燃料の燃焼で生じた硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)が大気中で硫酸・硝酸となり、雨に溶け込んでpH 5.6以下となったものである。湖沼に降れば水の酸性化を招き、魚類の死滅や土壌からのアルミニウム溶出などで生態系を損なうが、問題の本質はpHの低下であり、有機物の分解を介して溶存酸素を消費させる現象ではない。
- ○b. 富栄養化
窒素やリンなどの栄養塩類が過剰に流入すると、植物プランクトンが異常増殖し、それを餌とする動物プランクトンも増える。昼間は光合成で酸素が生じるが、夜間は光合成が止まり呼吸による消費だけになるため酸素が不足する。さらに死滅したプランクトンが水底に沈み、好気性細菌がこれを分解する際に大量の酸素を消費するため、特に底層で溶存酸素が著しく低下する(貧酸素水塊)。また水面を覆うプランクトンが光を遮って深部の光合成を妨げることも酸素低下を助長する。これが湖沼でのDO低下の典型的な機序である。
- ×c. 地球温暖化
地球温暖化は、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの増加による地球規模の気温上昇である。水温が上がれば酸素の溶解度が下がり、プランクトンの増殖を促す可能性もあるため、間接的・二次的にDOに影響しうる。しかし湖沼の水質汚濁としてのDO低下を直接もたらす要因として挙げられるのは富栄養化であり、本問の解答としては適切でない。
- ×d. オゾン層破壊
成層圏のオゾン層は、太陽からの有害な紫外線(特にUV-B)を吸収して地表の生物を守っている。フロン類などによってオゾン層が破壊されると、地表に届く紫外線が増え、皮膚癌や白内障の増加などが懸念される。湖沼の溶存酸素とは直接の関係がない。
- ×e. ダイオキシン汚染
ダイオキシン類は、塩素を含む物質の不完全燃焼(ごみ焼却など)で生じる有機塩素化合物で、毒性が強い。なかでも2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシン(TCDD)は発がん性が確認されている。脂溶性で分解されにくく、食物連鎖を通じて生物に蓄積するため、人の健康や生態系への影響が問題となる。しかし有機物分解による酸素消費を起こす現象ではなく、DO低下の原因ではない。
水質汚濁の主な指標
・溶存酸素(DO):水中に溶けた酸素量。汚濁が進むほど低下する(値が小さいほど汚い)。水温が高いほど飽和量は小さくなる。 ・生物化学的酸素要求量(BOD):微生物が水中の有機物を分解する際に消費する酸素量。河川の有機汚濁の指標。値が大きいほど汚い。 ・化学的酸素要求量(COD):酸化剤で有機物を化学的に酸化する際に消費される酸化剤量を酸素量に換算したもの。湖沼・海域の有機汚濁の指標。値が大きいほど汚い。 ・全窒素・全リン:湖沼・海域の富栄養化の指標。
富栄養化と関連する現象
・湖沼では藍藻類(シアノバクテリア)が増殖して水面が緑色になるアオコ(水の華)が生じ、一部は毒素(ミクロシスチンなど)を産生する。 ・海域では植物プランクトンの異常増殖により海水が赤褐色になる赤潮が生じ、魚介類の大量死を招く。 ・底層の貧酸素水塊が湧昇すると、硫化物を含んで青白く見える青潮(苦潮)が生じることがある。
その他の地球環境問題との対応
・酸性雨:SOx・NOx → 湖沼・土壌の酸性化、森林被害 ・地球温暖化:CO2・メタン・フロン類など → 気温・海面上昇、感染症の分布拡大 ・オゾン層破壊:フロン類 → 紫外線増加、皮膚癌・白内障 ・ダイオキシン類:焼却時の不完全燃焼 → 生物濃縮、発がん性
POINT
・溶存酸素(DO)は低いほど汚濁が進んでいることを示す。 ・富栄養化(窒素・リンの過剰流入)→ プランクトン異常増殖 → 死骸の分解で酸素消費 → DO低下。 ・閉鎖性水域(湖沼・内湾)で起こりやすく、湖沼ではアオコ、海域では赤潮となる。 ・河川の有機汚濁指標はBOD、湖沼・海域はCOD。
