「がんだから特別」ではない―患者の権利の核心は自己決定にある
第109回医師国家試験 H問題 第1問
国試問題にチャレンジ
がん患者の権利として妥当なのはどれか。
- a.診療録の消去
- b.緩和ケアの選択
- c.入院中の無断外泊
- d.未承認の麻薬の使用
- e.常に優先される外来診察
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
患者の権利の基本は、世界医師会のリスボン宣言に示された、良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定の権利、情報を得る権利、守秘や尊厳に関する権利などです。十分な説明を受けたうえで緩和ケアを含む治療方針を自ら選ぶことは自己決定権の行使であり、医療者はその意思を尊重する必要があります。緩和ケアは終末期に限らず、診断時から積極的治療と並行して提供されるものです。一方、法的に保存が義務づけられた診療録の消去、主治医の許可のない外泊、未承認麻薬の使用、疾患名だけを理由にした優先診察は、がん患者であっても権利にはあたりません。「自己決定にあたるか」「法令や公平性を損なわないか」という視点で考えることは、医療倫理の問題全般と、日々の診療で患者の意思を尊重する姿勢の土台になります。
解答・解説
正解はbです
本問は、がん患者に保障されるべき「権利」とは何かを問う一般問題である。 患者の権利の考え方の基本となるのは、世界医師会(WMA)が1981年に採択した「患者の権利に関するリスボン宣言」である。そこでは、良質の医療を受ける権利、医師や医療機関を選ぶ自由、自己決定の権利、自分の診療情報を知る権利、守秘(秘密保持)を求める権利、尊厳を保つ権利などが挙げられている。これらはいずれも、病気によって弱い立場に置かれやすい患者の人権を守ることを目的としたものであり、がん患者であることを理由に特別な特権が与えられるという性質のものではない。 したがって、各選択肢は次の視点で判断するとよい。 ・十分な説明を受けたうえで、自分の価値観に基づいて医療の内容を選ぶこと(自己決定権)にあたるか。 ・法令や医療機関の規則、他の患者の公平性を損なうものではないか。 この視点に立つと、治療の選択肢の一つとして緩和ケアを選ぶことは自己決定権の行使そのものであり、権利として妥当である。一方、法律上の義務に反する行為、医療機関のルールを無視する行為、法規制をすり抜ける行為、他の患者より常に優遇される扱いは、いずれも患者の権利とはいえない。
選択肢考察
- ×a. 診療録の消去
誤り。診療録(カルテ)は医師法第24条により、医師に記載が義務づけられ、診療の完結の日から5年間の保存が義務づけられている公的な記録である。患者には自分の診療録の開示を求めたり、内容に事実誤認があれば訂正を求めたりする余地はあるが、記録そのものを消去させる権利はない。これはがん患者に限らず、すべての患者に共通である。
- ○b. 緩和ケアの選択
正しい。患者は病状や治療の選択肢について十分な説明を受け、そのうえで自らの価値観や人生観に基づいて医療の内容を決める権利(自己決定権)をもつ。積極的ながん治療を続けるか、症状の緩和と生活の質(QOL)の維持を主な目標とする緩和ケアを選ぶかは、まさに患者が決めるべき事柄である。また、緩和ケアは終末期に限らず診断時から積極的治療と並行して受けられるものであり、がん対策基本法でも早期からの緩和ケアの提供が施策として位置づけられている。患者が理解したうえで選択した場合、医療者はその意思を尊重しなければならない。
- ×c. 入院中の無断外泊
誤り。入院中の外泊は、病状や治療計画を踏まえて主治医が許可したうえで行うものである。無断での外泊は病状急変時の対応ができず患者自身の安全を損ない、医療機関の管理責任にも関わる。がん患者であっても、入院中に無断で外泊する権利は認められない。外泊を希望する場合は、主治医と相談して許可を得る手続きをとるのが本来の姿である。
- ×d. 未承認の麻薬の使用
誤り。麻薬は「麻薬及び向精神薬取締法」により製造・流通・使用が厳しく規制されており、また医薬品は有効性と安全性が審査され承認されたものを使用するのが原則である。がんの痛みに対しては、承認されている医療用麻薬(モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなど)を用いて十分な疼痛緩和を図ることができる。未承認薬の使用は治験などの制度上の枠組みの中で例外的に行われるもので、患者が権利として求められるものではない。
- ×e. 常に優先される外来診察
誤り。外来診察の順番は、原則として受付順であり、例外は重症度や緊急度の高さによって判断される。がん患者であることだけを理由に、他の患者より常に優先して診察を受ける権利はない。病状が急変しているなど緊急性が高い場合には優先されることがあるが、それは疾患名ではなく重症度・緊急度に基づく判断であり、すべての患者に同じ基準が適用される。
リスボン宣言(患者の権利に関するWMAリスボン宣言)
1981年に世界医師会が採択し、その後1995年、2005年に改訂された。主な内容は以下のとおりである。 ・良質の医療を受ける権利 ・選択の自由の権利(医師・医療機関の選択、セカンドオピニオンを求めること) ・自己決定の権利(検査や治療に同意する・拒否する権利) ・意識のない患者、法的無能力者の権利(代理人による意思決定など) ・情報を得る権利(自分の診療記録や病状について知る権利、知らされない権利も含む) ・守秘義務に対する権利 ・健康教育を受ける権利 ・尊厳を得る権利(苦痛の緩和、尊厳ある終末期を迎えることなど) ・宗教的支援を受ける権利
がん対策と緩和ケア
がん対策基本法(2006年制定)は、がん患者が居住地域にかかわらず科学的知見に基づく適切ながん医療を受けられること、および本人の意向を十分に尊重して治療方法などが選択されるよう医療提供体制を整備することを基本理念としている。緩和ケアは、がんと診断された時から身体的苦痛・精神心理的苦痛・社会的苦痛・スピリチュアルな苦痛に対して行われるもので、終末期だけのものではない。
インフォームド・コンセントと自己決定
患者の自己決定は、医療者からの十分な説明(病状、治療法の選択肢、それぞれの利益と不利益、何もしない場合の見通しなど)と、患者の理解があって初めて成り立つ。医療者は患者の選択が医療者の勧めと異なる場合でも、判断能力のある患者の意思であれば尊重する必要がある。
POINT
・患者の権利の基本はリスボン宣言(良質の医療、選択の自由、自己決定、情報、守秘、尊厳など)。 ・十分な説明を受けたうえで治療方針(緩和ケアを含む)を選ぶことは、自己決定権として尊重される。 ・診療録の消去、無断外泊、未承認麻薬の使用、常に優先される診察は、がん患者であっても権利とはならない。 ・外来の優先度は疾患名ではなく、重症度・緊急度で決まる。 ・緩和ケアは終末期に限らず、診断時から提供されるものである。
