StudyMed医師国家試験

休憩中のキャッチボールは労災になるか―「業務遂行性」と「業務起因性」で読み解く労災保険

第109回医師国家試験 G問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第109回 G問題 第8問

労働者災害補償保険法による保険給付の対象とならないのはどれか。

  1. a.通常の業務としての夜警中に転倒し負傷した。
  2. b.勤務時間内の事業場の火事で避難中に階段を踏み外し負傷した。
  3. c.職場に届け出た経路で出勤する途中に交通事故にあって負傷した。
  4. d.昼の休憩中に,公園で同僚が投げた野球のボールによって打撲した。
  5. e.休日に上司から呼び出されて出勤し,勤務中に事故にあって負傷した。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は労働者災害補償保険、いわゆる労災保険の給付対象を判断する問題だ。ポイントは、それぞれの事例が「業務災害」か「通勤災害」のどちらかに当てはまるかどうか。どちらにも当てはまらなければ給付の対象外になる。
医学生医学生
けがの重さではなく、どういう状況で起きたかで決まるということですね。
ドクタードクター
その通り。まず業務災害の考え方から。基本となるのは二つの要件だ。一つは業務遂行性で、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下にある状態で災害が起きたこと。もう一つは業務起因性で、その災害が業務に内在する危険が現実化したもの、つまり業務と傷病の間に相当因果関係があることだ。
医学生医学生
社会医学の講義で聞いた気がしますが、正直なところ用語だけ覚えていて中身はあいまいでした。
ドクタードクター
具体例で考えればすぐわかるよ。夜警を本来の業務とする人が巡回中に転倒した場合はどうかな。
医学生医学生
夜警そのものが仕事なので、業務遂行性も業務起因性もありそうです。夜間だから特別、ということもないですよね。
ドクタードクター
そう、時間帯は関係ない。業務中の転倒だから業務災害で、給付対象になる。では、勤務時間中に事業場で火事が起き、避難の途中で階段を踏み外した場合は?
医学生医学生
避難は仕事そのものではないので、少し迷います。
ドクタードクター
迷うところだね。でも、事業場の火災は職場の施設や環境に由来する危険で、そこから避難するような緊急行為は業務に付随する行為として扱われる。だからこれも業務災害になるんだ。
医学生医学生
休日に上司から呼び出されて出勤した場合も、休日とはいえ業務命令で働いているので対象になりますか。
ドクタードクター
正解。休日か平日かではなく、事業主の支配下で業務に従事していたかどうかが判断の基準になる。呼び出されて勤務中に起きた事故なら業務災害だ。
医学生医学生
出勤途中の交通事故は業務中ではないですが、通勤災害として扱われるんですよね。
ドクタードクター
そう。労災保険は業務災害だけでなく通勤災害も対象にしている。住居と就業場所の間を合理的な経路と方法で移動している途中の災害が通勤災害で、職場に届け出た経路での出勤は典型例だ。ただし、経路を外れたり途中で私的な用事をしたりすると、その間とその後は原則として通勤とは認められない。日用品の購入のような日常生活上やむを得ない最小限の行為なら、元の経路に戻った後は再び通勤として扱われる。
医学生医学生
そうすると残るのは、昼休みに公園で同僚が投げた野球のボールが当たった事例ですね。同僚が関わっているので業務っぽい気もしたんですが。
ドクタードクター
そこが引っかけだね。休憩時間は労働から解放された自由な時間で、公園で野球をするのは私的な遊びだ。たとえ同僚と一緒でも、業務に内在する危険が現実化したとはいえないから業務起因性が否定される。通勤中でもないので、これだけが給付の対象外になる。
医学生医学生
休憩中のけがは全部対象外、と覚えてしまっていいですか。
ドクタードクター
そこは注意が必要だ。休憩中でも、事業場の施設や設備の欠陥、たとえば社内の階段の不備が原因でけがをした場合は業務災害と認められうる。「休憩中かどうか」より「私的行為による災害か、事業場の管理下にある危険か」で区別しよう。
医学生医学生
制度の仕組みとしては、保険料は誰が払うんでしたっけ。
ドクタードクター
保険料は全額事業主負担で、労働者の負担はない。正社員だけでなくパートやアルバイトなど雇用形態を問わず適用される。給付には療養(補償)給付、休業(補償)給付、障害(補償)給付、遺族(補償)給付などがあり、休業(補償)給付は休業4日目から給付基礎日額の60%が支給される。業務災害の最初の3日間は、労働基準法に基づいて事業主が休業補償を行うんだ。
医学生医学生
労災指定の医療機関なら、原則として窓口負担なしで治療を受けられるんでしたよね。整形外科の実習で、労災の患者さんは書類が別だと聞きました。
ドクタードクター
よく見ているね。労災による傷病は健康保険ではなく労災保険で扱うのが原則だから、受診時に業務中や通勤中のけがかどうかを確認することは医師にとっても大切だ。また、業務上の疾病として、じん肺や騒音性難聴、有機溶剤中毒のほか、過重労働による脳・心臓疾患や、業務による強い心理的負荷による精神障害も認定基準に基づいて扱われる。産業医や主治医として意見を求められる場面もあるから、制度の骨格は押さえておこう。

まとめ

労災保険は、労働者が業務上の事由または通勤によって負傷・疾病・障害・死亡に至った場合に給付を行う制度で、対象は「業務災害」と「通勤災害」です。業務災害は、事業主の支配下にあること(業務遂行性)と、業務に内在する危険が現実化したこと(業務起因性)の2要件で判断し、夜警中の転倒、勤務中の火災からの避難、休日出勤中の事故はいずれも該当します。職場に届け出た経路での出勤中の事故は通勤災害として対象になる一方、昼休みに公園で同僚と遊んでいて負傷した場合は私的行為による災害であり、給付対象外です。ただし休憩中でも事業場施設の欠陥による負傷は業務災害となりうる点、保険料は全額事業主負担で雇用形態を問わず適用される点も重要です。受診時に業務や通勤との関連を確認し適切な保険で扱うことは臨床医の基本であり、産業保健の理解にもつながります。

解答・解説

正解はdです

労働者災害補償保険(労災保険)は、労働者が「業務上の事由」または「通勤」によって負傷・疾病・障害・死亡に至った場合に、国が保険給付を行う制度である。したがって本問は、各事例が「業務災害」または「通勤災害」に該当するかどうかを判定すればよい。

業務災害の判断

業務災害と認められるには、次の2つの要件がそろうことが基本となる。 ・業務遂行性:労働者が労働契約に基づき、事業主の支配下にある状態で災害が起きたこと ・業務起因性:その災害が業務に内在する危険が現実化したものであること(業務と傷病の間に相当因果関係があること) 所定の勤務時間内で通常業務をしている場合はもちろん、休日であっても事業主の命令で業務に就いている間の災害は、両要件を満たす。また、火災などの非常時に避難・緊急対応をする行為も、業務に付随する行為として扱われる。 一方、休憩時間中の私的な行為(遊び・スポーツなど)による負傷は、たとえ同僚が関わっていても業務起因性が認められず、業務災害にあたらない。

通勤災害の判断

通勤災害は、住居と就業場所との間などを「合理的な経路および方法」で移動している途中の災害である。職場に届け出た経路での出勤は典型的な合理的経路にあたる。 これらの観点から各事例を振り分けると、休憩中に公園で同僚の投げた野球のボールが当たった事例だけが、業務とも通勤とも関係のない私的行為中の負傷であり、保険給付の対象外となる。

選択肢考察

  1. ×a.  通常の業務としての夜警中に転倒し負傷した。

    夜警が本来の業務である労働者が、その業務を遂行している最中に転倒したものである。事業主の支配下で業務に従事しており(業務遂行性)、巡回中の転倒は業務に伴う危険が現実化したもの(業務起因性)と評価できる。夜間であることは関係がなく、業務災害として給付対象となる。

  2. ×b.  勤務時間内の事業場の火事で避難中に階段を踏み外し負傷した。

    勤務時間中に事業場で火災が発生し、避難する際に負傷したものである。事業場の施設・環境に起因する危険であり、火災時の避難のような緊急行為は業務に付随する行為として扱われる。したがって業務災害に該当し、給付対象となる。

  3. ×c.  職場に届け出た経路で出勤する途中に交通事故にあって負傷した。

    住居から就業場所への移動を、職場に届け出た合理的な経路で行っている途中の事故であり、通勤災害に該当する。労災保険は業務災害だけでなく通勤災害も保険給付の対象としている。なお、通勤経路を逸脱・中断した場合は、その間およびその後の移動は原則として通勤とは認められない(日用品の購入など日常生活上やむを得ない最小限の行為の後、元の経路に戻った後は再び通勤となる)。

  4. ○d.  昼の休憩中に,公園で同僚が投げた野球のボールによって打撲した。

    休憩時間中に事業場外の公園で、野球という私的な遊びの最中に負傷したものである。休憩時間は労働から解放された自由な時間であり、その間の私的行為による災害は業務に内在する危険が現実化したものとはいえず、業務起因性が否定される。通勤中でもないため通勤災害にもあたらない。したがって労災保険の給付対象とならない。なお、休憩中であっても、事業場の施設・設備の欠陥(例:社内の階段や設備の不備)が原因で負傷した場合は業務災害と認められうる点は区別して覚えておきたい。

  5. ×e.  休日に上司から呼び出されて出勤し,勤務中に事故にあって負傷した。

    所定の休日であっても、上司の指示(業務命令)で出勤し業務に従事している間は、事業主の支配下にあり業務遂行性が認められる。その勤務中の事故は業務起因性も満たし、業務災害として給付対象となる。休日か平日かではなく、業務に従事していたかどうかが判断基準である。

労災保険の概要

・根拠法:労働者災害補償保険法。労働基準法が定める事業主の災害補償責任を、保険制度によって確実に履行させる仕組みである。 ・対象者:原則として、雇用されて賃金を受けるすべての労働者(正社員、パート、アルバイト、日雇いなど雇用形態を問わない)。中小事業主や一人親方などは任意の特別加入制度がある。 ・保険料:全額を事業主が負担し、労働者の負担はない。 ・保険者:政府(窓口は労働基準監督署)。 【主な保険給付】(業務災害では「補償」が付く名称となる。例:療養補償給付/通勤災害では療養給付) ・療養(補償)給付:治療費。労災指定医療機関では原則として自己負担なしで治療を受けられる。 ・休業(補償)給付:療養のため働けず賃金を受けられない日の4日目から、給付基礎日額の60%が支給される(別に休業特別支給金20%が上乗せされる)。業務災害の最初の3日間(待期期間)は、労働基準法に基づき事業主が休業補償を行う。 ・傷病(補償)年金:療養開始後1年6か月を経過しても治らず、傷病等級1〜3級に該当する場合に支給される。 ・障害(補償)給付:治った(症状固定)後に障害が残った場合に、障害等級に応じて年金または一時金が支給される。 ・介護(補償)給付:障害(補償)年金または傷病(補償)年金の受給者のうち、一定の障害により介護を受けている場合に支給される。 ・遺族(補償)給付、葬祭料(葬祭給付):死亡した場合に遺族に支給される。 ・二次健康診断等給付:定期健康診断などで脳・心臓疾患に関連する項目に異常所見がある場合に、二次健康診断と特定保健指導を受けられる。

業務上疾病

業務上の疾病は労働基準法施行規則別表第1の2に列挙されており、じん肺、騒音性難聴、有機溶剤中毒などのほか、過重労働による脳・心臓疾患や、業務による強い心理的負荷による精神障害も認定基準に基づき業務上疾病として扱われる。

POINT

・労災保険の給付対象は「業務災害」と「通勤災害」である。 ・業務災害の判断は「業務遂行性」と「業務起因性」の2要件で行う。 ・休日出勤中や火災時の避難中の負傷も業務災害となる。 ・合理的な経路・方法での通勤途上の災害は通勤災害として給付対象となる。 ・休憩中の私的行為(スポーツ・遊びなど)による負傷は対象外。ただし事業場施設の欠陥による負傷は対象となりうる。 ・保険料は全額事業主負担で、雇用形態を問わず全労働者に適用される。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。