熱帯魚の水槽に潜む抗酸菌―手背の潰瘍が教える「結核ではない」赤い桿菌
第108回医師国家試験 I問題 第43問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。1か月前からの右手背の潰瘍を伴う結節を主訴に来院した。自宅で熱帯魚を飼育している。右手背に,中央に潰瘍を伴う直径1 cmの結節を認める。表在リンパ節は触知しない。発熱はない。胸部CTで肺野に異常を認めない。潰瘍の滲出液のPCR検査で結核菌は陰性。Sabouraud寒天培地での培養検査は陰性。滲出液のZiehl-Neelsen染色標本を別に示す。 最も考えられるのはどれか。

- a.皮膚腺病
- b.尋常性狼瘡
- c.アスペルギルス症
- d.スポロトリコーシス
- e.非結核性〈非定型〉抗酸菌症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
熱帯魚飼育者の手背に生じた慢性の潰瘍性結節で、Ziehl-Neelsen染色により抗酸菌が証明され、結核菌PCRとSabouraud寒天培地での培養が陰性であれば、Mycobacterium marinumによる非結核性抗酸菌症(水槽肉芽腫)が最も考えられます。抗酸菌染色で陽性となるのは結核菌、非結核性抗酸菌、らい菌、弱抗酸性のノカルジアであり、結核菌PCR陰性で尋常性狼瘡や皮膚腺病などの皮膚結核を、真菌培養陰性でスポロトリコーシスやアスペルギルス症を除外できます。M. marinumは発育至適温度が30℃前後と低いため四肢末端に病変をつくりやすく、リンパ管に沿って結節が並ぶスポロトリコイド型をとるとスポロトリコーシスとの鑑別が問題になります。培養には低温での培養が必要なため、疑っていることを検査室に伝えることが重要です。染色・PCR・培養の結果を順に組み合わせ、生活歴で裏付ける思考の流れは、皮膚感染症全般の診断に応用できます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・65歳男性、1か月にわたる右手背の結節で、中央に潰瘍を伴う(直径1 cm)。発熱やリンパ節腫大はなく、全身症状に乏しい慢性の局所皮膚病変である。 ・自宅で熱帯魚を飼育している。水槽の掃除などで手の小さな傷から水中の病原体が侵入する機会がある。 ・胸部CTで肺野に異常はなく、肺病変からの二次的な皮膚病変は考えにくい。 ・滲出液のPCRで結核菌は陰性であり、結核菌による皮膚病変は否定的である。 ・Sabouraud寒天培地(真菌の分離培養に用いる培地)で発育がなく、真菌感染症は否定的である。 ・Ziehl-Neelsen染色(抗酸菌染色)で、赤く染まる細長い桿菌、すなわち抗酸菌が認められる。
診断へのプロセス
慢性に経過する手の潰瘍性結節の鑑別には、皮膚結核、非結核性抗酸菌症、深在性真菌症(スポロトリコーシスなど)、ノカルジア症などが挙がる。 Ziehl-Neelsen染色で陽性となる病原体は、結核菌、非結核性抗酸菌、らい菌、およびノカルジアの一部(弱抗酸性)である。このうち結核菌はPCR陰性で否定的であり、真菌培地で発育しないこと、真菌は通常の抗酸菌染色で赤い桿菌としては見えないことから真菌症も否定される。Hansen病やノカルジア症は選択肢にない。 さらに熱帯魚飼育歴と手背という露出部位の病変は、魚や水槽の水に生息するMycobacterium marinumによる皮膚感染症(いわゆる「fish tank granuloma」、水槽肉芽腫)に典型的である。以上から、非結核性抗酸菌症が最も考えられる。
設問の考え方
「抗酸菌染色陽性」「結核菌PCR陰性」「真菌培養陰性」という検査結果を順に使い、病原体を絞り込むことがポイントである。熱帯魚という生活歴は、診断を裏付ける重要な手がかりとなる。
選択肢考察
- ×a. 皮膚腺病
皮膚腺病は、頸部リンパ節や骨・関節などの結核病巣が連続的に皮膚へ波及して生じる真性皮膚結核である。皮下の硬結が軟化・自壊して潰瘍や瘻孔を形成し、頸部などに好発する。病原体は結核菌であり、本例ではPCRで結核菌陰性、深部の結核病巣を示す所見もないため考えにくい。
- ×b. 尋常性狼瘡
尋常性狼瘡は、結核菌による真性皮膚結核の代表的な病型で、主に顔面に生じる。赤褐色の小結節が集まり、硝子圧法(ガラス板で圧迫する方法)で黄褐色に透見される(アップルゼリー様結節)のが特徴で、年余にわたって慢性に進行し瘢痕を残す。本例はPCRで結核菌が陰性であり、手背の単発性病変という点でも合わない。
- ×c. アスペルギルス症
アスペルギルス症は糸状菌Aspergillusによる感染症で、主に肺病変(アスペルギローマ、侵襲性肺アスペルギルス症、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症)として発症し、免疫不全者で重症化しやすい。本例は胸部CTに異常がなく、Sabouraud寒天培地で発育しないこと、抗酸菌染色で桿菌が見られることからも否定的である。
- ×d. スポロトリコーシス
スポロトリコーシスは、土壌や植物に存在する二形性真菌Sporothrix schenckii(complex)が外傷部位から侵入して起こる深在性皮膚真菌症である。手や顔などの露出部に潰瘍を伴う結節ができ、リンパ管に沿って結節が連なる(リンパ管型)ことがある点で本例と臨床像が似る。しかし病原体は真菌であり、Sabouraud寒天培地で発育するはずである。培養陰性かつ抗酸菌が証明された本例では否定的である。
- ○e. 非結核性〈非定型〉抗酸菌症
Ziehl-Neelsen染色で抗酸菌が証明され、結核菌PCRが陰性であることから非結核性抗酸菌が考えられる。熱帯魚飼育歴と手背の潰瘍を伴う結節は、Mycobacterium marinumによる皮膚感染症(水槽肉芽腫)に典型的な経過である。本菌は30℃前後で発育し、体温より低い皮膚表面、特に四肢末端に病変を作りやすい。最も考えられる診断である。
Mycobacterium marinum感染症
・魚類や水槽・プールの水に生息する非結核性抗酸菌で、Runyon分類Ⅰ群(光発色菌)に属する。 ・熱帯魚の飼育者、鮮魚を扱う職業の人などで、手指・手背の小外傷から感染する。 ・潜伏期は2~3週程度で、丘疹から結節となり、潰瘍化する。リンパ管に沿って結節が上行性に連なる「スポロトリコイド型」をとることがあり、スポロトリコーシスとの鑑別が重要となる。 ・発育至適温度が30℃前後と低く、37℃ではよく発育しない。そのため培養は低めの温度で行う必要があり、培養を依頼する際には本菌を疑っていることを検査室に伝えることが大切である。 ・病理では類上皮細胞肉芽腫を認める。 ・治療は、ミノサイクリン、クラリスロマイシン、リファンピシン+エタンブトールなどの抗菌薬を数か月投与する。局所の温熱療法や外科的切除が併用されることもある。
抗酸菌染色(Ziehl-Neelsen染色)で陽性となる主な病原体
・結核菌(Mycobacterium tuberculosis) ・非結核性抗酸菌(M. avium complex、M. kansasii、M. marinum など) ・らい菌(M. leprae) ・ノカルジア(弱抗酸性。Kinyoun法の変法などで染まる)
皮膚結核の分類
・真性皮膚結核:皮膚病変に結核菌が存在する。尋常性狼瘡、皮膚腺病、皮膚疣状結核など。 ・結核疹:他臓器の結核に対するアレルギー反応として生じ、病変部から結核菌は通常検出されない。バザン硬結性紅斑、丘疹壊死性結核疹など。
皮膚の深在性真菌症
スポロトリコーシスのほか、クロモミコーシス(黒色真菌感染症)などがある。いずれもSabouraud寒天培地で培養し、菌種を同定する。
POINT
・慢性の手の潰瘍性結節+熱帯魚飼育歴 → Mycobacterium marinumによる非結核性抗酸菌症を疑う。 ・Ziehl-Neelsen染色陽性:結核菌、非結核性抗酸菌、らい菌、ノカルジア(弱抗酸性)。 ・結核菌PCR陰性で皮膚結核(尋常性狼瘡、皮膚腺病)を、Sabouraud培地陰性で真菌症(スポロトリコーシスなど)を否定する。 ・M. marinumの発育至適温度は30℃前後で、四肢末端の皮膚に病変を作りやすい。 ・スポロトリコーシスは土壌・植物由来の真菌で、リンパ管型の臨床像がM. marinum感染症と似るため鑑別が重要である。
