精巣は眠っているだけ―ホルモンで目覚めるKallmann症候群と男性不妊の整理術
第106回医師国家試験 D問題 第5問
国試問題にチャレンジ
薬物療法で妊孕性が改善し得るのはどれか。
- a.精索静脈瘤
- b.ムンプス精巣炎
- c.Kallmann症候群
- d.Klinefelter症候群
- e.先天性両側精管欠損症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
男性不妊は、視床下部・下垂体の障害、精巣自体の障害、精路の障害に分けて考えると治療方針が整理できます。薬物療法で妊孕性が改善し得るのは、精巣が正常な低ゴナドトロピン性性腺機能低下症であり、GnRH欠乏と嗅覚障害を特徴とするKallmann症候群が代表です。挙児にはhCGとFSH製剤、またはGnRHの間欠投与を用い、テストステロン補充ではフィードバック抑制のため造精は回復しない点が重要です。精索静脈瘤は手術、Klinefelter症候群や両側ムンプス精巣炎後はmicro-TESEと顕微授精、先天性両側精管欠損症は精子採取と顕微授精が選択肢となります。ホルモン値から障害部位を推定する考え方は、男性不妊だけでなく内分泌疾患全般の理解の土台になります。
解答・解説
正解はcです
テーマ
男性不妊の原因疾患ごとに、どのような治療で妊孕性(子どもをもうける能力)が改善し得るかを問う問題である。
男性不妊の考え方
男性不妊は障害部位によって大きく次の3つに分けて考えると整理しやすい。 ・精巣より上位(視床下部・下垂体)の障害: ゴナドトロピン(LH、FSH)の分泌が不足し、精巣そのものは正常でも刺激が来ないために精子がつくられない状態(低ゴナドトロピン性性腺機能低下症)。不足しているホルモンを補えば精巣が働き始めるため、薬物療法が有効である。 ・精巣自体の障害(造精機能障害): 染色体異常や精巣炎などで精子をつくる組織が損なわれた状態。精巣が反応できないため、ホルモンを投与しても改善は期待しにくい。血中FSHは代償的に高値となる(高ゴナドトロピン性)。 ・精路の障害: 精子はつくられているが、通り道が閉塞・欠損している状態。手術による再建や、精巣・精巣上体から精子を採取して顕微授精に用いる方法がとられる。 このほか、精索静脈瘤のように精巣の環境を悪化させる病変は手術で治療する。
設問への考え方
選択肢のうち、原因が「上位中枢からのホルモン不足」で、ホルモン補充という薬物療法によって精子形成を回復させ得るのは、低ゴナドトロピン性性腺機能低下症の代表であるKallmann症候群である。
選択肢考察
- ×a. 精索静脈瘤
精索静脈瘤は精巣からの静脈(蔓状静脈叢)が拡張・うっ滞した状態で、左側に多い(左精巣静脈が左腎静脈にほぼ直角に合流し、逆流しやすいため)。うっ滞による精巣温度の上昇や酸化ストレスで造精機能が低下し、男性不妊の原因として頻度が高い。治療は内精静脈の結紮術(顕微鏡下低位結紮術など)や塞栓術であり、手術によって精液所見や妊孕性の改善が期待できるが、薬物療法で改善する疾患ではない。
- ×b. ムンプス精巣炎
ムンプス(流行性耳下腺炎)ウイルスによる精巣炎は思春期以降の男性に多く、思春期前の小児ではまれである。炎症によって精細管が障害されて精巣が萎縮し、両側に起こると造精機能障害から不妊となり得る。一度障害された精巣組織をもとに戻す薬物はなく、ホルモン療法も無効である。精子がわずかでも得られる場合は、人工授精や体外受精・顕微授精などの生殖補助医療を用いる。予防にはワクチン接種が重要である。
- ○c. Kallmann症候群
Kallmann症候群は、胎生期にGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)産生ニューロンが嗅覚系と一緒に視床下部へ移動できないために生じる疾患で、GnRH欠乏による低ゴナドトロピン性性腺機能低下症と、嗅覚の低下・消失を特徴とする。精巣自体は正常なので、不足するホルモンを補えば造精が回復し得る。挙児を希望する場合は、hCG(LH作用を持つ)とrecombinant FSHなどのゴナドトロピン製剤を注射する方法(またはポンプによるGnRHの間欠的皮下投与)により精子形成を誘導する。なお、テストステロンの補充は二次性徴の発現や骨量維持には有効だが、ゴナドトロピン分泌をさらに抑えるため精子形成は回復せず、妊孕性の改善には用いない。
- ×d. Klinefelter症候群
Klinefelter症候群は過剰なX染色体をもつ性染色体異常(47,XXYが代表)で、男性の性染色体異常として最も多い。精巣が小さく硬く、精細管が硝子化して精子形成がほとんど行われないため、多くは無精子症となる。精巣そのものの障害(原発性性腺機能低下症)でありFSH・LHは高値で、ホルモン投与で精子形成を回復させることはできない。テストステロン補充は男性化や骨粗鬆症予防のために行われるが、妊孕性は改善しない。ただし精巣内に精子形成の残る部位があることがあり、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)で精子を回収して顕微授精(ICSI)に用いれば、挙児が得られる場合がある。
- ×e. 先天性両側精管欠損症
精管が生まれつき両側とも欠けているため、精巣で精子はつくられていても射出されない閉塞性無精子症となる。嚢胞性線維症の原因遺伝子であるCFTR遺伝子の変異と関連することが知られている。精管がないため再建手術は困難であり、精巣上体や精巣から手術的に精子を採取し(MESA、TESE)、顕微授精で妊娠を目指す。薬物療法で改善する疾患ではない。
ゴナドトロピンと精子形成
視床下部から間欠的に分泌されるGnRHが下垂体を刺激し、LHとFSHが分泌される。LHは精巣のLeydig細胞に働いてテストステロンをつくらせ、FSHはSertoli細胞に働く。精子形成には、FSHと、精巣内の高濃度テストステロンの両方が必要である。外からテストステロンを投与しても精巣内の濃度は十分に上がらず、むしろ負のフィードバックでLH・FSHが抑制されるため、精子形成には不利となる。
性腺機能低下症の分類
・低ゴナドトロピン性(二次性): 視床下部・下垂体の障害。LH・FSH低値、テストステロン低値。Kallmann症候群、下垂体腫瘍、下垂体機能低下症など。ゴナドトロピン補充療法で造精が回復し得る。 ・高ゴナドトロピン性(原発性): 精巣の障害。LH・FSH高値、テストステロン低値。Klinefelter症候群、両側ムンプス精巣炎後、停留精巣、抗癌薬・放射線による障害など。ホルモン療法では造精は回復しない。
Kallmann症候群
KAL1(ANOS1)遺伝子などの変異による。X連鎖性、常染色体顕性(優性)・潜性(劣性)など多様な遺伝形式をとり、男性に多い。症状は二次性徴の欠如(思春期遅発)、小陰茎、停留精巣、嗅覚低下・消失で、腎無形成や口唇口蓋裂などを伴うこともある。嗅覚に異常のない同様の病態は特発性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症と呼ばれる。
無精子症の分類
・閉塞性無精子症: 精子はつくられているが精路が閉塞。精路再建術、または精巣・精巣上体からの精子採取+顕微授精。 ・非閉塞性無精子症: 造精機能障害。Klinefelter症候群、Y染色体微小欠失、精巣炎後など。micro-TESEで精子が得られれば顕微授精を行う。
POINT
・薬物(ホルモン)療法で妊孕性が改善し得るのは、精巣が正常な低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(Kallmann症候群など)。 ・Kallmann症候群: GnRH欠乏による低ゴナドトロピン性性腺機能低下症+嗅覚障害。挙児にはhCG+FSH(またはGnRH間欠投与)を用い、テストステロン補充では造精は回復しない。 ・精索静脈瘤は手術、精路の欠損・閉塞は精子採取+顕微授精。 ・Klinefelter症候群やムンプス精巣炎後は精巣自体の障害で、薬物療法は無効(micro-TESE+ICSIの選択肢はある)。
