不妊の原因は一つじゃない―甲状腺ホルモンで治せるもの、治せないものを切り分ける
第120回医師国家試験 D問題 第63問
国試問題にチャレンジ
34歳の女性。挙児を希望して来院した。32歳で結婚し,2年間避妊せず性交渉を行っているが妊娠に至らない。初経12歳。月経周期は28日型で整であったが,2年前から35~50日型,不整となった。また1年前から月経痛が出現している。基礎体温は1相性。身長160cm,体重62kg。体温36.2℃。脈拍60/分,整。腫大した甲状腺を触知するが,圧痛はない。血液生化学所見(月経3日目):LH 4.7mIU/mL(基準1.8~7.6),FSH 6.8mIU/mL(基準5.2~14.4),プロラクチン〈PRL〉15ng/mL(基準15以下),TSH 9.2μU/mL(基準0.2~4.0),FT4 0.5ng/dL(基準0.8~2.2)。抗甲状腺ペルオキシダーゼ〈TPO〉抗体陽性。経腟超音波検査で子宮腫大を認め,卵巣にびまん性高輝度エコー像を呈する径7cmの腫瘤を認める。子宮卵管造影検査で右卵管膨大部の拡張と造影剤の貯留を認める。 内分泌異常に対する治療で改善が期待できるのはどれか。
- a.月経痛
- b.子宮腫大
- c.卵巣腫瘤
- d.卵管留水症
- e.月経周期不整
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
不妊症の女性では、複数の原因が重なっていることが多く、所見ごとにどの病態に由来するかを切り分けることが重要です。TSH高値、FT4低値、抗TPO抗体陽性、無痛性甲状腺腫は橋本病による甲状腺機能低下症を示し、これがGnRH分泌の乱れや卵胞発育障害を介して排卵障害を起こし、1相性の基礎体温や月経周期の不整をもたらします。レボチロキシンで甲状腺機能を正常化すれば排卵と月経周期の改善が期待できますが、月経痛、子宮腺筋症による子宮腫大、チョコレート囊胞、卵管留水症は子宮内膜症などに関連する器質的病変であり、甲状腺ホルモン補充では改善しません。妊娠中は甲状腺ホルモンの需要が増え、胎児の神経発達にも関わるため、挙児希望の段階から妊娠中まで継続した甲状腺管理が求められます。原因ごとに治療の効果を見極める視点は、不妊診療だけでなく複数の疾患をもつ患者を診るすべての場面で役立ちます。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・34歳女性。挙児を希望し、避妊せずに2年間性交渉をもっているが妊娠しない → 不妊症(避妊なしで1年以上妊娠しない状態)。 ・月経周期が2年前から28日型・整から35〜50日型・不整に変化し、基礎体温は1相性 → 基礎体温が2相性にならないのは排卵後の黄体からのプロゲステロンによる体温上昇が起こっていないためであり、排卵障害(無排卵周期)を示す。 ・圧痛のない甲状腺腫大、TSH 9.2μU/mL(高値)、FT4 0.5ng/dL(低値)、抗TPO(甲状腺ペルオキシダーゼ)抗体陽性 → 慢性甲状腺炎(橋本病)による原発性甲状腺機能低下症。橋本病は20〜40歳代の女性に多い。 ・月経3日目のLH・FSH・プロラクチンは基準範囲内 → 卵巣自体の機能低下(早発卵巣不全)や高プロラクチン血症はなく、ゴナドトロピン分泌もおおむね保たれている。 ・1年前からの月経痛、子宮腫大、卵巣のびまん性高輝度エコーを呈する径7cmの腫瘤 → 子宮内膜症を基盤とした子宮腺筋症と卵巣子宮内膜症性囊胞(チョコレート囊胞)が考えられる。囊胞内の古い血液がびまん性の均一なエコー像を示す。 ・子宮卵管造影で右卵管膨大部が拡張し造影剤が貯留 → 卵管采側の閉塞による卵管留水症。子宮内膜症による骨盤内癒着が原因の一つと考えられる。
診断
不妊症の原因として、①橋本病による甲状腺機能低下症に伴う排卵障害、②子宮内膜症(子宮腺筋症、卵巣チョコレート囊胞)、③卵管留水症による卵管因子、が複合している。
設問の考え方
本例の「内分泌異常」とは甲状腺機能低下症である(LH・FSH・PRLは正常)。甲状腺ホルモン不足は視床下部―下垂体―卵巣系の働きや卵胞発育を障害し、排卵障害・月経不順をもたらす。したがってレボチロキシンで甲状腺機能を正常化すれば、排卵が回復し月経周期の不整も改善が期待できる。一方、子宮内膜症や卵管の器質的病変は甲状腺ホルモンとは無関係に生じた形態の異常であり、甲状腺機能の是正では改善しない。各所見がどの病態に由来するかを切り分けることが鍵となる。
選択肢考察
- ×a. 月経痛
誤り。1年前から始まった月経痛(続発性月経困難症)は、子宮腺筋症や子宮内膜症(腹膜病変・チョコレート囊胞)といった器質的疾患によるものと考えられる。甲状腺機能を正常化しても、これらの病変は消えないため月経痛の改善は期待できない。月経痛には鎮痛薬や、子宮内膜症に対するホルモン療法(低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬、ジエノゲストなど)、手術が用いられるが、これらは「甲状腺の内分泌異常」に対する治療ではない。
- ×b. 子宮腫大
誤り。子宮腫大は、子宮内膜に似た組織が子宮筋層内に入り込んで増殖する子宮腺筋症(または子宮筋腫)によるものと考えられる。甲状腺ホルモン補充で縮小することはない。子宮腺筋症ではホルモン療法で症状を和らげることはできても、病変そのものを根治するには手術が必要である。
- ×c. 卵巣腫瘤
誤り。卵巣のびまん性高輝度エコーを示す7cmの腫瘤は卵巣子宮内膜症性囊胞(チョコレート囊胞)と考えられ、甲状腺機能低下症とは関係しない。甲状腺ホルモンの補充では縮小しない。挙児希望例での治療は、囊胞の大きさ、年齢、卵巣予備能(手術による卵巣機能低下の懸念)、悪性化の可能性などを考慮して、腹腔鏡下囊胞摘出術などの手術や生殖補助医療を選択する。
- ×d. 卵管留水症
誤り。卵管留水症は、卵管采側が閉塞して卵管内に液体がたまった状態で、骨盤内感染(クラミジアなど)や子宮内膜症による癒着が原因となる器質的病変である。内分泌治療では改善しない。卵管因子による不妊には体外受精などの生殖補助医療が中心となり、卵管留水症は体外受精の着床率を下げるため、腹腔鏡下での卵管切除や卵管近位部の閉塞術が考慮される。
- ○e. 月経周期不整
正しい。甲状腺機能低下症では、視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)の律動的分泌の乱れ、卵胞の発育不良、TRH増加を介したプロラクチン上昇の傾向などにより排卵障害が起こり、月経周期の延長・不整(稀発月経)や無排卵となる。本例では月経周期不整と1相性の基礎体温がこれに当たる。レボチロキシンで甲状腺機能を正常化すると排卵が回復し、月経周期の改善と妊娠率の向上が期待できる。
甲状腺機能と生殖
・甲状腺機能低下症は、排卵障害による月経周期の異常(稀発月経、無月経)や過多月経、不妊、流産、早産、妊娠高血圧症候群などと関連する。 ・原発性甲状腺機能低下症ではTRH増加により高プロラクチン血症をきたすことがあり、これも排卵障害の一因となる(本例ではPRLは基準上限で、明らかな上昇はない)。 ・妊娠を希望する女性や妊娠中は、胎児の発育(特に妊娠初期の神経発達は母体の甲状腺ホルモンに依存する)のためにも甲状腺機能を適正に保つ必要があり、甲状腺機能低下症があればレボチロキシンで補充し、TSHを低めの目標(目安として2.5μU/mL未満)に管理することが多い。妊娠が成立すると甲状腺ホルモンの必要量が増えるため、補充量の増量が必要になる。
橋本病(慢性甲状腺炎)
・甲状腺に対する自己免疫で慢性的に炎症が起こり、甲状腺が徐々に破壊される疾患。成人女性に多い。 ・びまん性で硬め、表面がやや凹凸のある無痛性甲状腺腫を呈する。 ・抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体が陽性となる。 ・甲状腺機能は正常のことも多く、一部が機能低下症に進行する。機能低下があればレボチロキシンで補充する。
基礎体温の読み方
・排卵後は黄体から分泌されるプロゲステロンが体温中枢に作用し、体温が約0.3〜0.5℃上昇する(高温相)。 ・2相性:排卵あり。1相性:無排卵。高温相が短い(10日未満)または高温相の上昇が不十分:黄体機能不全を疑う。
不妊症の主な原因の整理
・排卵因子:甲状腺機能異常、高プロラクチン血症、多囊胞性卵巣症候群、視床下部性無月経など。原因の内分泌異常を治療すれば改善が期待できる。 ・卵管因子:クラミジア感染、子宮内膜症による癒着、骨盤内手術歴など。 ・子宮因子:子宮筋腫(特に粘膜下)、子宮腺筋症、子宮内膜ポリープ、子宮内腔癒着など。 ・子宮内膜症:骨盤内の癒着や炎症で卵管・卵巣の機能を損なう。 ・男性因子:精液所見の異常など。不妊は男女双方の検査が必要である。
POINT
・基礎体温1相性=無排卵。月経周期不整とあわせて排卵障害を示す。 ・TSH高値+FT4低値+抗TPO抗体陽性+無痛性甲状腺腫 → 橋本病による甲状腺機能低下症。 ・甲状腺機能低下症は排卵障害(月経不順)・不妊の原因となり、レボチロキシン補充で改善が期待できる。 ・月経痛、子宮腫大(子宮腺筋症)、チョコレート囊胞、卵管留水症は器質的病変で、内分泌治療(甲状腺ホルモン補充)では改善しない。 ・不妊症では複数の原因が重なることが多く、所見ごとに原因を切り分ける。
