4,000 gの赤ちゃんに待ち受けるもの―糖尿病母体児の合併症を「2本の軸」で読み解く
第105回医師国家試験 I問題 第53問
国試問題にチャレンジ
33歳の初産婦。妊娠30週に妊娠糖尿病の疑いで産科診療所から紹介され受診した。妊娠34週からインスリン治療を開始した。現在,妊娠39週で推定胎児体重4,000 g。 経腟分娩を行う場合,新生児合併症として起こりにくいのはどれか。
- a.低血糖
- b.分娩外傷
- c.壊死性腸炎
- d.胎便吸引症候群
- e.高ビリルビン血症
対話形式の解説
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ドクターまとめ
妊娠糖尿病では、胎盤を通過したブドウ糖により胎児が高インスリン血症となり、インスリンの成長因子作用で巨大児となります。高インスリン血症の軸からは新生児低血糖、相対的低酸素による多血症と高ビリルビン血症、呼吸窮迫症候群が、巨大児の軸からは肩甲難産による分娩外傷や、胎児機能不全に伴う胎便吸引症候群が説明できます。一方、壊死性腸炎は腸管の未熟性を背景に早産児、特に極低出生体重児に多い疾患で、正期産の巨大児では起こりにくい合併症です。先天奇形は器官形成期の高血糖が原因となるため、妊娠前からの糖尿病で特に問題になる点も合わせて押さえておきましょう。合併症を機序から整理しておくと、選択肢の暗記に頼らず、出生直後の新生児管理の要点まで見通せるようになります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・33歳の初産婦で、妊娠30週に妊娠糖尿病(GDM:gestational diabetes mellitus)の疑いで紹介された。 ・食事療法だけでは血糖管理が不十分だったとみられ、妊娠34週からインスリン治療が始まっている。 ・現在は妊娠39週(正期産)で、推定胎児体重は4,000 gである。わが国では出生体重4,000 g以上を巨大児と呼ぶので、本児は巨大児が強く疑われる。
病態の考え方
母体の血糖が高いと、ブドウ糖は胎盤を通って胎児に移行する。一方、インスリンは胎盤をほとんど通過しない。そのため胎児は自分の膵β細胞からインスリンを多く分泌して高血糖に対処しようとし、膵島(ランゲルハンス島)のβ細胞が過形成となって胎児高インスリン血症が生じる(Pedersenの仮説)。インスリンは胎児にとって成長因子として働くため、脂肪組織や肩・体幹の発育が促されて巨大児となる。 この「胎児高血糖+高インスリン血症」と「巨大児」という二つの要素から、次のような新生児合併症が説明できる。 ・出生後にブドウ糖の供給が途絶えても高インスリン状態が続く → 新生児低血糖 ・胎児の酸素消費量増大による相対的低酸素 → エリスロポエチン増加 → 多血症 → 高ビリルビン血症 ・巨大児による産道通過障害 → 遷延分娩・肩甲難産 → 分娩外傷、胎児機能不全、胎便吸引症候群 ・インスリンによる肺サーファクタント産生の抑制 → 呼吸窮迫症候群 ・そのほか低カルシウム血症、低マグネシウム血症、肥大型心筋症なども知られる。
設問へのアプローチ
問われているのは「起こりにくい」合併症である。上記の機序から説明できるものは起こりやすい側に入る。壊死性腸炎は主に早産児・極低出生体重児に起こる疾患であり、正期産の巨大児には典型的でないため、これが最も起こりにくい。
選択肢考察
- ×a. 低血糖
起こりやすい合併症である。子宮内で高血糖にさらされた胎児は、膵β細胞の過形成によってインスリンを過剰に分泌する状態になっている。出生して臍帯が切られると母体からのブドウ糖供給は途絶えるが、高インスリン状態はすぐにはおさまらない。そのため出生後数時間以内に低血糖を起こしやすい。糖尿病母体児では、出生後早期から血糖を繰り返し測り、早めに授乳することが基本となる。
- ×b. 分娩外傷
起こりやすい合併症である。糖尿病母体の巨大児は、児頭に比べて肩幅や体幹が大きくなりやすい。そのため児頭が娩出された後に肩が恥骨結合に引っかかる肩甲難産を起こしやすい。これに伴って、鎖骨骨折や腕神経叢麻痺(上位型のErb麻痺など)といった分娩外傷の危険が高まる。巨大児に加えて遷延分娩や吸引・鉗子分娩になれば、頭血腫などのリスクも上がる。
- ○c. 壊死性腸炎
起こりにくい合併症であり、これが正解である。壊死性腸炎(NEC:necrotizing enterocolitis)は腸管の粘膜から壁全層にかけて虚血性・炎症性の壊死が起こる疾患である。腸管が未熟であること、腸管血流が低下していること(循環不全・仮死)、細菌が増えること、人工乳による経腸栄養などが重なって発症する。患者の大部分は早産児、特に極低出生体重児であり、出生体重が小さく在胎週数が短いほど頻度は高い。本児は妊娠39週の正期産で推定4,000 gの巨大児であり、NECの主な危険因子を持たない。糖尿病母体児に特有の合併症ともいえないため、選択肢の中で最も起こりにくい。
- ×d. 胎便吸引症候群
起こりやすい合併症である。胎便吸引症候群(MAS:meconium aspiration syndrome)は、胎内で低酸素状態になった胎児が胎便を羊水中に出し、その混じった羊水を気道に吸い込んで起こる。胎便による気道閉塞、化学性肺炎、サーファクタントの不活化などを通じて呼吸障害を生じる。胎便を出す反応は消化管の成熟に依存するため、正期産児・過期産児や胎児発育不全の児に多く、早産児ではまれである。本児は正期産の巨大児で、経腟分娩では遷延分娩や肩甲難産から胎児機能不全(低酸素)に陥りやすく、MASのリスクは高い。
- ×e. 高ビリルビン血症
起こりやすい合併症である。胎児の高インスリン血症は代謝を高めて酸素消費量を増やし、胎児を相対的な低酸素状態にする。その結果エリスロポエチンの産生が増え、赤血球が増えて多血症となる。出生後にはこの多い赤血球が壊れるため、ビリルビンの負荷が大きくなる。さらに、肝臓でビリルビンをグルクロン酸と結びつける働き(抱合能)の成熟が遅れること、分娩外傷による皮下出血・頭血腫の吸収も加わり、新生児黄疸(高ビリルビン血症)が強く出やすい。
糖尿病母体児(IDM:infant of diabetic mother)の主な合併症
・代謝:低血糖、低カルシウム血症、低マグネシウム血症 ・血液:多血症、高ビリルビン血症 ・呼吸:呼吸窮迫症候群(インスリンがサーファクタント産生を抑える)、一過性多呼吸 ・発育:巨大児、分娩外傷(肩甲難産・鎖骨骨折・腕神経叢麻痺) ・心臓:肥大型心筋症(中隔肥厚。多くは一過性) ・先天奇形:妊娠初期(器官形成期)の高血糖による。心奇形、神経管閉鎖不全、尾部退行症候群など。初期から血糖管理が悪い糖尿病合併妊娠で問題となり、妊娠中期以降に発症することが多いGDMではリスク上昇は小さい。 ・血管病変を伴う糖尿病合併妊娠では、胎盤機能不全のため逆に胎児発育不全となることもある。
妊娠糖尿病の診断(日本の基準)
75 g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)で、空腹時92 mg/dL以上、1時間値180 mg/dL以上、2時間値153 mg/dL以上のうち1点以上を満たせばGDMと診断する(明らかな糖尿病は除く)。治療はまず食事療法で、目標に届かなければインスリンを用いる。
壊死性腸炎(NEC)
早産児、特に極低出生体重児に多い。腹部膨満、胃内容の胆汁様吸引、血便などで発症し、腹部X線の腸管壁内ガス像や門脈内ガス像が特徴である。重症では腸管穿孔を起こし、手術が必要になる。母乳栄養はNECの予防因子とされる。
POINT
・糖尿病母体児の合併症は「胎児高インスリン血症」と「巨大児」の二つの軸で整理する。 ・低血糖、多血症・高ビリルビン血症、低カルシウム血症、呼吸窮迫症候群、分娩外傷(肩甲難産)が頻出である。 ・胎便吸引症候群は正期産・過期産児に多く、早産児ではまれである。 ・壊死性腸炎は早産児・極低出生体重児の疾患であり、正期産の巨大児では起こりにくい。
