「殴ってしまうかも」と怯える青年―ばかばかしいと分かっていても消えない考えの正体
第105回医師国家試験 I問題 第52問
国試問題にチャレンジ
28歳の男性。人前に出るのが怖くなったため,自ら治療を希望して精神科外来を受診した。3か月前から誰かと会って話をするときに,その相手を殴ってしまうのではないかと繰り返し考えるようになった。自分でもばかばかしいことと感じているが,最近では閉じこもりがちの生活に陥っている。 最も考えられるのはどれか。
- a.パーソナリティー障害
- b.妄想性障害
- c.解離性障害
- d.強迫性障害
- e.適応障害
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
意思に反して繰り返し浮かび、本人も不合理だと自覚している考えは強迫観念であり、「人を傷つけてしまうのではないか」という加害恐怖はその典型例です。強迫観念のみでも、回避行動などで生活に支障が出ていれば強迫性障害と診断でき、自ら受診するなど病識が保たれていることも多くあります。妄想は訂正不能な確信で本人は不合理と感じない点、パーソナリティー障害は長期に持続し自我親和的である点、社交不安症は他者からの評価への恐怖が中心である点で区別します。治療はSSRIやクロミプラミンによる薬物療法と、曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法が柱です。考えの内容ではなく、本人がその考えをどう体験しているかに注目する姿勢は、精神科の症候学全般を理解する土台になります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・28歳男性。人前に出るのが怖くなり、自分から治療を望んで受診した(病識がある)。 ・3か月前から、人と会って話すたびに「相手を殴ってしまうのではないか」という考えが繰り返し浮かぶ。 ・本人もその考えをばかばかしいと感じている。つまり、自分の考えでありながら不合理で受け入れがたいものと自覚している(自我違和性)。 ・その結果、人と会う場面を避けるようになり、閉じこもりがちの生活となっている(回避と社会生活の障害)。
診断へのプロセス
本人の意思に反して繰り返し浮かび、不合理だとわかっていても振り払えない考えを強迫観念という。本例の「相手を殴ってしまうのではないか」という考えは、自分が他人に危害を加えてしまうのではないかと恐れる加害恐怖(加害強迫)であり、強迫観念の典型例の一つである。 強迫性障害(DSM-5以降の名称は強迫症)は、強迫観念や強迫行為(確認・手洗いなど、不安を打ち消すために繰り返す行為)が時間を浪費させたり、苦痛や生活上の支障をもたらしたりする疾患である。本例では強迫行為の記載はないが、強迫観念のみでも診断は成立する。不安を生む状況(人と会うこと)を避ける回避行動も、強迫性障害でしばしばみられる。 「人前に出るのが怖い」という主訴からは社交不安症(人前で恥をかくこと・否定的に評価されることへの恐怖)も思い浮かぶが、本例の恐怖の中身は「他人にどう見られるか」ではなく「自分が相手を殴ってしまうのではないか」という自我違和的な観念であり、強迫性障害の方がよく合う。 また、「殴れ」と命じる幻聴や、他者から操られているといった体験があれば統合失調症を考える必要がある。本例ではそのような記載はなく、本人が考えを自分自身のものと認識したうえで不合理と感じている点も、強迫観念を支持する。
設問への考え方
「繰り返し浮かぶ考え」「自分でもばかばかしいと感じる(自我違和性)」「生活の支障」という3点がそろえば、強迫性障害を選ぶ。
選択肢考察
- ×a. パーソナリティー障害
パーソナリティー障害(パーソナリティ症)は、ものの考え方・感情・対人関係・衝動の制御などの偏りが青年期または成人早期から持続的にみられ、苦痛や社会生活の障害をもたらすものである。その特性は本人にとって自然なもの(自我親和的)と感じられることが多い。本例は3か月前に始まった特定の症状であり、長期に持続する人格傾向を示す記載はない。また本人が症状を不合理と感じている点も、パーソナリティー障害よりも強迫性障害を示唆する。なお、几帳面さ・完璧主義・融通のなさを特徴とする強迫性パーソナリティー障害は、強迫観念・強迫行為を中核とする強迫性障害とは別の概念である。
- ×b. 妄想性障害
妄想性障害は、被害妄想・嫉妬妄想・誇大妄想などの妄想が1か月以上続き、その他の精神病症状が目立たない疾患である。妄想は訂正不能な確信であり、本人はその内容を事実と信じていて、ばかばかしいとは感じない。本例は「殴ってしまうのではないか」という考えを自ら不合理と認識しており、確信の程度も内容も妄想とは異なる。
- ×c. 解離性障害
解離性障害(解離症)は、意識・記憶・自己同一性・知覚などの通常はまとまっている心の機能が一時的に分断される病態で、心的外傷やストレスを背景に生じることが多い。解離性健忘(出来事の記憶が抜け落ちる)、解離性遁走、解離性同一性障害(いわゆる多重人格)、離人感・現実感消失などが代表的である。本例には記憶の欠落や意識の変容、人格の交代などの記載はない。
- ○d. 強迫性障害
「相手を殴ってしまうのではないか」という考えが本人の意思に反して反復して浮かび(強迫観念、特に加害恐怖)、本人もそれを不合理だと自覚し(自我違和性)、その結果として人と会う場面を避けて閉じこもりがちになっている(生活への支障)。強迫行為の記載はないが、強迫観念のみでも強迫性障害と診断できる。自ら治療を求めて受診している点も、病識が保たれやすい本疾患に矛盾しない。
- ×e. 適応障害
適応障害は、はっきりと特定できるストレス因(転勤、失恋、離婚など)に反応して、そのストレス因の出現から3か月以内に抑うつ・不安・行動の問題などが生じ、ストレス因が去れば通常6か月以内に改善する病態である。本例では誘因となるストレス因の記載がなく、症状の内容も特定の強迫観念という強迫性障害に特徴的なものである。
強迫性障害(強迫症)の概要
・生涯有病率はおよそ1~3%で、男女差は小さい。10代後半~20代での発症が多く、男性はより若年で発症する傾向がある。 ・DSM-5以降、不安症群から独立して「強迫症および関連症群」に分類された。この群には醜形恐怖症、ためこみ症、抜毛症、皮膚むしり症も含まれる。
症状
・強迫観念:反復的・持続的に浮かび、侵入的で望まないものとして体験される思考・衝動・イメージ。例として、汚染恐怖(ばい菌がついたのではないか)、加害恐怖(人を傷つけてしまうのではないか)、確認に関する不安(鍵を閉め忘れたのではないか)、対称性・正確さへのこだわりなど。 ・強迫行為:強迫観念による不安を打ち消すため、または厳格な規則に従って繰り返さざるを得ない行為や心の中の行為。例として、手洗い、確認、数を数える、順序どおりに並べる、心の中で祈るなど。 ・自我違和性:多くの患者は、症状が過剰で不合理だと自覚している。ただしDSM-5では病識の程度(良好・乏しい・欠如)を特定用語として付記する形になり、病識が乏しい例も診断に含まれる。 ・症状により1日1時間以上を費やす、あるいは強い苦痛や生活上の支障を伴うことが診断の要件となる。 ・家族に確認や保証を求めさせたり、手洗いなどに付き合わせたりする「巻き込み」がみられることがある。 ・うつ病、他の不安症、チック症の合併が多い。
治療
・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI、フルボキサミン・パロキセチンなど)が第一選択である。うつ病治療より高用量・長期間の投与を要することが多い。三環系抗うつ薬の中ではセロトニン再取り込み阻害作用の強いクロミプラミンが有効とされる。効果不十分な場合には抗精神病薬の少量追加が検討される。 ・精神療法:認知行動療法、特に曝露反応妨害法(不安を生む状況にあえて身を置き、強迫行為をしないで不安が自然に下がることを体験させる)が有効である。
鑑別の要点
・強迫観念:自分の考えと認識し、不合理だと感じる。 ・妄想:訂正不能な確信で、不合理とは感じない。 ・させられ思考・考想吹入(統合失調症):考えが外から入れられたと体験する。 ・社交不安症:他者からの否定的評価への恐怖が中心。
POINT
・反復して浮かぶ不合理な考え(強迫観念)+自我違和性+生活の支障 → 強迫性障害 ・加害恐怖(人を傷つけてしまうのではないか)は強迫観念の典型例 ・強迫観念のみでも、強迫行為のみでも診断できる ・妄想は訂正不能な確信であり、本人は不合理と感じない点で強迫観念と異なる ・治療はSSRI(またはクロミプラミン)と曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法
