StudyMed医師国家試験

万能薬の夢から科学的根拠へ―ホルモン補充療法が本当に効くもの、効かないもの

第105回医師国家試験 I問題 第1問

国試問題にチャレンジ

第105回 I問題 第1問

中高年女性に対するホルモン補充療法が最も有効なのはどれか。

  1. a.便秘の改善
  2. b.尿失禁の改善
  3. c.動脈硬化の改善
  4. d.骨粗鬆症の予防
  5. e.Alzheimer型認知症の予防

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、閉経後の女性に行うホルモン補充療法、いわゆるHRTで何が期待できるかを問う問題だ。カギは「エストロゲンが体の中で何をしているか」と「大規模試験で実際に何が証明されたか」を分けて考えることだよ。
医学生医学生
エストロゲンって、骨にも血管にも脳にも良さそうなイメージがあります。全部効きそうで迷いました。
ドクタードクター
実はその感覚、かつての医学界そのものなんだ。HRTは心臓病や認知症まで防げる万能の治療と期待されていた時代があった。ところが2002年以降、米国のWomen’s Health Initiative、通称WHIという大規模ランダム化比較試験の結果が報告されて、評価が大きく変わったんだ。
医学生医学生
公衆衛生の講義で、観察研究とRCTの結果が食い違った例として聞いた気がします。
ドクタードクター
まさにその代表例だね。では順番に見ていこう。まず、閉経でエストロゲンが減ると何が起きるかな。
医学生医学生
早い時期にはホットフラッシュや発汗、それから腟の萎縮、長い目で見ると骨量が減っていく、ですよね。
ドクタードクター
その通り。そして骨については、エストロゲンが破骨細胞による骨吸収を抑えている。閉経でそのブレーキが外れると骨吸収が亢進して、骨量が急速に減る。これが閉経後骨粗鬆症だ。HRTはこの骨吸収を抑えて骨密度を保ち、椎体骨折や大腿骨近位部骨折を減らすことがWHIでも確認された。だから選択肢の中で最も有効なのは骨粗鬆症の予防なんだ。
医学生医学生
動脈硬化はどうですか。エストロゲンはLDLを下げてHDLを上げると生化学で習いました。
ドクタードクター
理論上はそうなんだ。血管内皮機能の改善もあって、抗動脈硬化作用が期待されていた。でもWHIでは冠動脈疾患の予防効果は認められず、特に閉経から時間がたってから始めた高齢女性では、心筋梗塞や脳卒中、静脈血栓塞栓症がむしろ増えた。閉経後早期に始めればリスクは低いという「タイミング仮説」もあるけれど、心血管疾患の予防目的でHRTを行うことは推奨されていない。
医学生医学生
理屈で良さそうでも、実際に試すと逆の結果になることがあるんですね。Alzheimer型認知症も同じ構図でしょうか。
ドクタードクター
そうだね。観察研究では認知機能を守るような報告もあったけど、65歳以上の女性を対象にしたWHIの認知機能研究では、HRTで認知症の発症がむしろ増えた。だから認知症予防目的のHRTも勧められていない。
医学生医学生
尿失禁は、尿道の粘膜が萎縮するのを防げるなら効きそうに思えます。
ドクタードクター
そこもよく引っかかるところだ。たしかにエストロゲン欠乏は尿道や膀胱三角部の萎縮を招く。でも大規模試験では、全身投与のHRTはむしろ尿失禁を新たに生じさせたり悪化させたりした。腟に使う局所製剤が過活動膀胱症状や再発性の尿路感染に役立つ可能性はあるけれど、尿失禁の治療は骨盤底筋訓練や薬物療法、手術が中心だ。便秘については、HRTで直接改善するという効果は認められていないよ。
医学生医学生
整理すると、HRTの確立した効果は、ほてりなどの血管運動神経症状、腟の萎縮症状、そして骨粗鬆症の予防の3つですね。
ドクタードクター
完璧だ。では臨床で注意すべき点を押さえよう。子宮がある女性にエストロゲンだけを投与すると、子宮内膜増殖症や子宮体癌のリスクが上がる。だから黄体ホルモンを併用する。子宮を摘出していればエストロゲン単独でいい。
医学生医学生
産婦人科の実習で、外来の先生が子宮摘出の既往を必ず確認していたのはそのためだったんですね。リスクはほかに何がありますか。
ドクタードクター
大きいのは静脈血栓塞栓症と乳癌だ。血栓は経口剤で増えやすく、経皮剤では少ないとされる。乳癌は黄体ホルモン併用での長期投与でわずかに増える。だから乳癌や子宮内膜癌の既往や疑い、原因不明の不正性器出血、血栓塞栓症の既往、重い肝障害などは禁忌になる。
医学生医学生
骨粗鬆症の治療薬としては、HRTが第一選択なんですか。
ドクタードクター
いい質問だね。骨粗鬆症の治療の中心はビスホスホネート製剤やSERM、デノスマブなどだ。HRTは、更年期症状に悩む比較的若い閉経後女性で、症状の改善と骨量維持を同時に狙えるときに選ばれることが多い。患者の年齢、閉経からの期間、リスクを見て、メリットとデメリットを一緒に考えることが大切だよ。

まとめ

ホルモン補充療法は閉経に伴うエストロゲン欠乏を補う治療で、確立した効果はホットフラッシュなどの血管運動神経症状の改善、腟萎縮などの泌尿生殖器症状の改善、そして骨吸収の抑制による骨粗鬆症の予防です。かつて期待された動脈硬化・心血管疾患や認知症の予防効果は大規模ランダム化比較試験(WHI)で否定され、高齢で開始するとむしろリスクが増すことが示されました。全身投与のHRTは尿失禁を悪化させうることも報告されており、便秘の改善も適応ではありません。子宮を有する女性では子宮内膜癌予防のため黄体ホルモンを併用し、静脈血栓塞栓症や乳癌のリスクと禁忌を踏まえて適応を判断します。理論上の期待と臨床試験の結果が食い違ったHRTの歴史は、根拠に基づく医療の重要性を学ぶうえでも格好の題材です。

解答・解説

正解はdです

テーマ

ホルモン補充療法(hormone replacement therapy:HRT)は、閉経に伴い低下したエストロゲンを補う治療である。子宮を有する女性では、エストロゲン単独投与による子宮内膜増殖症・子宮体癌のリスクを避けるため黄体ホルモン(プロゲスチン)を併用し、子宮摘出後の女性ではエストロゲン単独で行う。

エストロゲン欠乏で起こること

閉経前後から、①早期にホットフラッシュ(顔面紅潮・のぼせ)・発汗などの血管運動神経症状、不眠、気分の変調、②中期に腟の萎縮・乾燥、性交痛などの泌尿生殖器症状(閉経関連泌尿生殖器症候群:GSM)、③長期的には骨量減少・骨粗鬆症、脂質異常症などが生じる。

HRTの効果についての考え方

かつてHRTは心血管疾患や認知症まで予防できる万能の治療と期待されていた。しかし2002年以降に報告された大規模ランダム化比較試験(米国のWomen's Health Initiative:WHI)により、心血管疾患・認知症の予防効果は否定され、むしろ高齢で開始した場合にはリスクが増えることが示された。一方で、骨密度の維持と骨折(椎体骨折・大腿骨近位部骨折を含む)の減少効果は同試験でも確認されている。 したがって現在、HRTの確立した効果は「血管運動神経症状の改善」「泌尿生殖器の萎縮症状の改善」「骨粗鬆症の予防」であり、選択肢の中で最も有効なのは骨粗鬆症の予防である。

選択肢考察

  1. ×a.  便秘の改善

    誤り。便秘は食事内容、運動量、腸管運動などの影響が大きく、エストロゲン補充によって直接改善する効果は認められていない。HRTの適応となる症状ではない。

  2. ×b.  尿失禁の改善

    誤り。エストロゲン欠乏は尿道や膀胱三角部の粘膜萎縮を招くため、かつては尿失禁の改善も期待された。しかし大規模試験では、全身投与のHRTはむしろ尿失禁を新たに生じさせたり悪化させたりすることが示されている。腟局所のエストロゲン製剤が過活動膀胱症状や再発性尿路感染症の軽減に役立つ可能性はあるが、尿失禁の治療としては骨盤底筋訓練、薬物療法(抗コリン薬、β3作動薬)、手術などが中心であり、骨粗鬆症予防ほどの有効性はない。

  3. ×c.  動脈硬化の改善

    誤り。エストロゲンにはLDLコレステロール低下、HDLコレステロール上昇、血管内皮機能の改善(血管拡張作用)などがあり、理論上は抗動脈硬化作用が期待された。しかしWHI試験では、HRTによる冠動脈疾患の予防効果は認められず、特に閉経から時間が経ってから開始した高齢女性では、心筋梗塞・脳卒中・静脈血栓塞栓症のリスクがむしろ増加した。閉経後早期(60歳未満、閉経後10年以内)に開始すればリスクは低いとする考え方(タイミング仮説)はあるが、動脈硬化の改善や心血管疾患の予防を目的にHRTを行うことは推奨されていない。

  4. ○d.  骨粗鬆症の予防

    正しい。エストロゲンは破骨細胞による骨吸収を抑制しており、閉経後にエストロゲンが低下すると骨吸収が亢進して急速に骨量が減少する(閉経後骨粗鬆症)。HRTはこの骨吸収亢進を抑えて骨密度を維持し、椎体骨折や大腿骨近位部骨折を減らすことが大規模試験でも確認されている。選択肢の中で有効性が最も確立した効果である。

  5. ×e.  Alzheimer型認知症の予防

    誤り。観察研究ではエストロゲンの認知機能保護作用を示唆する報告もあったが、65歳以上の女性を対象としたWHIの認知機能研究(WHIMS)では、HRTによって認知症の発症がむしろ増加する結果が得られた。認知症予防を目的としたHRTは推奨されていない。

HRTの主な適応(有効性が確立しているもの)

・血管運動神経症状(ホットフラッシュ、発汗):最も効果が高い ・泌尿生殖器の萎縮症状(腟乾燥感、性交痛など):局所投与も有効 ・閉経後骨粗鬆症の予防 ・早発卵巣不全、外科的閉経(両側卵巣摘出)後のエストロゲン欠乏の補充

HRTの主な副作用・リスク

・静脈血栓塞栓症(経口剤で増加、経皮剤では少ないとされる) ・乳癌(エストロゲン+黄体ホルモン併用の長期投与でわずかに増加) ・子宮内膜癌(エストロゲン単独投与で増加するため、子宮を有する女性には黄体ホルモンを併用) ・高齢での開始では冠動脈疾患・脳卒中の増加 ・不正性器出血、乳房痛

主な禁忌

乳癌・子宮内膜癌の既往や疑い、原因不明の不正性器出血、血栓塞栓症の既往、重篤な肝障害、妊娠など。

閉経後骨粗鬆症の治療の位置づけ

骨粗鬆症の治療薬としてはビスホスホネート製剤、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)、デノスマブなどが中心である。HRTは更年期症状を伴う比較的若い閉経後女性で、症状の改善と骨量維持を同時に期待できる場合に選択されることが多い。

POINT

・HRTの確立した効果は、①ホットフラッシュなどの血管運動神経症状の改善、②腟萎縮など泌尿生殖器症状の改善、③骨粗鬆症の予防(骨折の減少)である。 ・心血管疾患・動脈硬化、認知症の予防効果はWHI試験で否定され、高齢で開始すると逆にリスクが増す。 ・子宮を有する女性ではエストロゲンに黄体ホルモンを併用する(子宮内膜癌の予防)。 ・主なリスクは静脈血栓塞栓症と乳癌である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。