ボウマン腔に浮かぶ三日月―半月体が語る「数か月で進む」腎炎の正体
第105回医師国家試験 G問題 第24問
国試問題にチャレンジ
腎生検PAM染色標本を別に示す。 患者の病歴として最も合致するのはどれか。

- a.扁桃炎罹患2週後に乏尿となった男児
- b.全身浮腫が数日の経過で出現した20歳台の男性
- c.発熱,関節痛,顔面の紅斑および浮腫が出現した20歳台の女性
- d.糖尿病腎症の治療中に浮腫が出現し増悪した60歳台の女性
- e.浮腫と腎機能低下とが数か月で進行した70歳台の男性
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
PAM染色でボウマン腔内に三日月状の細胞増殖(半月体)を認めれば半月体形成性糸球体腎炎であり、臨床的には急速進行性糸球体腎炎(RPGN)に対応します。RPGNの「急速」は数日ではなく数週〜数か月の単位を指し、わが国ではMPO-ANCA関連の顕微鏡的多発血管炎が最多で高齢者に多いため、浮腫と腎機能低下が数か月で進行した高齢男性の病歴が最もよく合致します。溶連菌感染後腎炎は管内増殖性、微小変化型ネフローゼは光顕ほぼ正常、ループス腎炎は多彩な所見、糖尿病性腎症はKimmelstiel-Wilson結節と、組織像と病歴を対応させて整理しておくことが重要です。蛍光抗体法による線状・顆粒状・沈着なしの3分類も合わせて覚えると、病因の推定と治療選択につながります。半月体は時間とともに線維化して不可逆となるため、RPGNを早期に疑い治療を始める判断力は臨床で直接患者の腎予後を左右します。
解答・解説
正解はeです
画像の読み方
PAM染色(periodic acid-methenamine silver染色)は、糸球体基底膜やボウマン嚢の基底膜を黒く染め出す銀染色であり、係蹄の構造や基底膜の変化、ボウマン嚢の変化を観察するのに適している。本標本では、糸球体係蹄の外側、ボウマン腔内に細胞が層状に増殖して三日月状の構造(半月体)を形成し、係蹄を圧排している。したがって組織診断は半月体形成性糸球体腎炎である。
半月体ができる仕組み
糸球体毛細血管壁(係蹄壁)が壊死などで断裂すると、フィブリンや炎症細胞(マクロファージなど)がボウマン腔に漏れ出る。これが刺激となってボウマン嚢の上皮細胞が増殖し、マクロファージとともに細胞性半月体をつくる。時間がたつと線維細胞性、さらに線維性半月体へと変化し、糸球体は不可逆的に荒廃する。
臨床像との対応
半月体形成性糸球体腎炎に対応する臨床症候群は急速進行性糸球体腎炎(rapidly progressive glomerulonephritis:RPGN)である。RPGNは、血尿・蛋白尿などの腎炎性尿所見を伴いながら、数週から数か月の単位で腎機能が急速に低下していく病態である。わが国ではANCA(抗好中球細胞質抗体)関連血管炎、特にMPO-ANCA陽性の顕微鏡的多発血管炎によるものが最も多く、中高年〜高齢者に好発する。
設問の考え方
各選択肢の病歴から想定される疾患を挙げ、その典型的な腎組織像が半月体形成性腎炎かどうかを照合する。「急速」という名称から数日単位の経過を想像しやすいが、RPGNの「急速」は慢性腎炎(年単位)と比べての表現であり、実際には週〜月の単位で進行する点が本問のポイントである。高齢男性で浮腫と腎機能低下が数か月で進行したという病歴は、MPO-ANCA関連RPGNの典型像に最もよく合致する。
選択肢考察
- ×a. 扁桃炎罹患2週後に乏尿となった男児
A群β溶血性レンサ球菌による咽頭・扁桃炎の後、1〜3週(平均約10日)の潜伏期を経て発症する溶連菌感染後急性糸球体腎炎(PSAGN)の病歴である。小児に多く、血尿、浮腫、高血圧、乏尿で発症し、低補体血症(C3低下)を伴う。光顕像は管内増殖性糸球体腎炎で、係蹄内に好中球・単球などの炎症細胞浸潤と内皮細胞・メサンギウム細胞の増殖がびまん性にみられ、電子顕微鏡では上皮下のこぶ状沈着物(hump)が特徴である。重症例ではまれに半月体を伴うが、典型像ではなく、本標本とは合致しない。
- ×b. 全身浮腫が数日の経過で出現した20歳台の男性
若年者で数日の経過で急激に全身浮腫が出現する経過は、微小変化型ネフローゼ症候群が最も考えやすい(巣状分節性糸球体硬化症も鑑別に挙がる)。微小変化型では光学顕微鏡で糸球体はほぼ正常で、電子顕微鏡で足細胞の足突起の消失(癒合)がみられるのみである。巣状分節性糸球体硬化症では、一部の糸球体の一部分に硬化病変を認める。いずれも半月体形成は特徴ではない。
- ×c. 発熱,関節痛,顔面の紅斑および浮腫が出現した20歳台の女性
若年女性の発熱、関節痛、顔面紅斑(蝶形紅斑)は全身性エリテマトーデス(SLE)を示唆し、浮腫は蛋白尿を伴うループス腎炎を考えさせる。ループス腎炎は現在ISN/RPS分類でⅠ型(微小メサンギウム)、Ⅱ型(メサンギウム増殖性)、Ⅲ型(巣状)、Ⅳ型(びまん性)、Ⅴ型(膜性)、Ⅵ型(進行した硬化性)に分けられる。Ⅲ・Ⅳ型では半月体を伴うことがあるが、同時にメサンギウム増殖、管内細胞増多、係蹄壁の肥厚(内皮下沈着によるワイヤーループ病変)など多彩な所見が混在するのが特徴で、半月体が主体の像を示す典型病歴とはいえない。本問の選択肢の中ではeのほうが半月体形成性腎炎により強く合致する。
- ×d. 糖尿病腎症の治療中に浮腫が出現し増悪した60歳台の女性
糖尿病性腎症で浮腫が出現するのは、顕性蛋白尿やネフローゼレベルの蛋白尿、腎機能低下を来した進行期(顕性腎症期以降)である。組織像はメサンギウム基質が全体に増加するびまん性病変と、PAM染色で結節状に染まるKimmelstiel-Wilson結節(結節性病変)が特徴で、輸入・輸出細動脈の硝子化も伴う。半月体形成は特徴的ではない。
- ○e. 浮腫と腎機能低下とが数か月で進行した70歳台の男性
数週〜数か月の経過で腎機能が急速に悪化する病歴はRPGNに合致し、その組織像が本標本の半月体形成性(壊死性)糸球体腎炎である。高齢者に多いのは、わが国で最多のMPO-ANCA関連腎炎(顕微鏡的多発血管炎など)であり、70歳台男性という年齢もよく合う。疑った場合は血清MPO-ANCA・PR3-ANCA、抗GBM抗体、補体・抗核抗体などを測定し、早期に副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬による治療を開始することが腎予後を左右する。
RPGNの免疫病理学的分類
蛍光抗体法による糸球体への免疫グロブリン沈着パターンで3つに分けられる。 ・Ⅰ型(抗GBM抗体型):IgGが糸球体基底膜に沿って線状に沈着する。肺胞出血を伴えばGoodpasture症候群(抗GBM病)と呼ぶ。 ・Ⅱ型(免疫複合体型):IgGや補体が顆粒状に沈着する。ループス腎炎、IgA腎症、IgA血管炎、感染後腎炎などが原因となる。 ・Ⅲ型(pauci-immune型):免疫グロブリンの沈着がほとんどない。多くがANCA関連で、顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症などが含まれる。わが国のRPGNで最も多いのはこの型で、特にMPO-ANCA陽性例が多い。
RPGNの臨床的特徴
・腎炎性尿所見(血尿、赤血球円柱、蛋白尿)を伴い、数週〜数か月で腎不全に進行する。 ・発熱、倦怠感、体重減少、CRP上昇などの全身炎症所見や、肺出血・間質性肺炎などの腎外病変を伴うことがある。 ・治療は副腎皮質ステロイド(パルス療法を含む)に、シクロホスファミドやリツキシマブなどの免疫抑制療法を組み合わせる。抗GBM抗体型では血漿交換も行う。
糸球体腎炎の組織像と病歴の対応(整理)
・管内増殖性糸球体腎炎:溶連菌感染後急性糸球体腎炎 ・微小変化(光顕ほぼ正常):微小変化型ネフローゼ症候群 ・巣状分節性硬化:巣状分節性糸球体硬化症 ・基底膜の肥厚、PAM染色でスパイク:膜性腎症 ・メサンギウム増殖+ワイヤーループ病変など多彩:ループス腎炎 ・結節性病変(Kimmelstiel-Wilson結節):糖尿病性腎症 ・半月体形成:RPGN
POINT
・PAM染色でボウマン腔内に三日月状の細胞増殖(半月体)→半月体形成性糸球体腎炎→臨床的にはRPGN。 ・RPGNは「数週〜数か月」で腎機能が低下する(数日単位ではない)。 ・わが国のRPGNで最多はMPO-ANCA関連(pauci-immune型)で、高齢者に多い。 ・蛍光抗体法で線状沈着=抗GBM抗体型、顆粒状=免疫複合体型、沈着なし=pauci-immune型。
