基底膜に生えた「スパイク」―中高年の蛋白尿に潜む膜性腎症を見抜く
第120回医師国家試験 D問題 第37問
国試問題にチャレンジ
58歳の女性。下腿の浮腫を主訴に来院した。毎年職場健診を受診していたが,異常は指摘されなかった。6か月前の健診で初めて蛋白尿を指摘されたが,症状がないのでそのままにしていた。1か月前から両下腿の浮腫が出現し,次第に増悪したため受診した。身長160cm,体重60kg。脈拍64/分,整。血圧132/90mmHg。胸腹部に異常を認めない。両下腿に圧痕性浮腫を認める。皮膚に異常を認めない。尿所見:蛋白3+,糖(-),潜血(-),尿蛋白/Cr比2.5g/gCr(基準0.15未満),沈渣に赤血球0~2/HPF,白血球0~2/HPF,硝子円柱を少数認める。血液所見:赤血球460万,Hb 13.1g/dL,Ht 42%。血液生化学所見:総蛋白5.3g/dL,アルブミン2.6g/dL,IgG 1,100mg/dL(基準861~1,747),IgA 386mg/dL(基準93~393),IgM 188mg/dL(基準50~269),尿素窒素31mg/dL,クレアチニン1.3mg/dL,eGFR 33.5mL/分/1.73m2,尿酸7.0mg/dL,血糖102mg/dL,HbA1c 5.9%(基準4.9~6.0),LDLコレステロール213mg/dL。免疫血清学所見:CRP 0.1 mg/dL,抗核抗体20倍(基準20以下)。腎生検のPAM染色標本(A)と蛍光抗体IgG染色標本(B)とを下に示す。Congo-Red染色は陰性である。 蛋白尿の原因で最も考えられるのはどれか。

- a.強皮症腎
- b.膜性腎症
- c.糖尿病腎症
- d.アミロイド腎症
- e.微小変化型ネフローゼ症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
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ドクターまとめ
中高年に血尿の乏しい蛋白尿が緩やかに出現し、低アルブミン血症や脂質異常症を伴う場合は、膜性腎症を第一に考えます。腎生検ではPAM染色で糸球体基底膜の上皮側に並ぶスパイク、蛍光抗体法で係蹄壁に沿う顆粒状のIgG沈着がみられ、上皮下の免疫複合体沈着を反映しています。糖尿病がなければ糖尿病腎症、Congo-Red染色陰性ならアミロイド腎症、皮膚所見や急激な高血圧がなければ強皮症腎、光顕で明らかな異常があれば微小変化型ネフローゼ症候群は、それぞれ否定的です。一次性の多くは抗PLA2R抗体が原因ですが、悪性腫瘍・B型肝炎・SLE・薬剤による二次性の検索が重要で、血栓症の合併にも注意が必要です。臨床経過と尿所見、生検の染色パターンを組み合わせて糸球体疾患を鑑別する力は、腎疾患診療の基盤になります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・58歳女性。毎年の健診で異常がなかったが、6か月前に初めて蛋白尿を指摘され、1か月前から両下腿の圧痕性浮腫が徐々に増悪 → 中高年で比較的ゆっくり進行する蛋白尿・浮腫であり、糸球体疾患を考える。 ・尿所見:蛋白3+、尿蛋白/Cr比2.5g/gCr、潜血(-)、沈渣の赤血球0〜2/HPF → 血尿を伴わない、蛋白尿主体の所見。 ・血清総蛋白5.3g/dL、アルブミン2.6g/dL(低アルブミン血症)、LDLコレステロール213mg/dL(脂質異常症)→ ネフローゼ症候群に近い病態。ただし成人ネフローゼ症候群の必須条件である「蛋白尿3.5g/日以上(随時尿では3.5g/gCr以上で代用可)」には達しておらず、診断基準は満たさない。 ・尿素窒素31mg/dL、クレアチニン1.3mg/dL、eGFR 33.5mL/分/1.73m2 → 腎機能は低下している(CKD重症度分類でG3b)。 ・血糖102mg/dL、HbA1c 5.9% → 糖尿病ではない。 ・抗核抗体20倍(基準内)、CRP 0.1mg/dL、皮膚所見なし → 全身性エリテマトーデス(SLE)や全身性強皮症などの膠原病を示唆する所見はない。 ・免疫グロブリンはいずれも基準範囲内。
腎生検所見
・PAM染色(過ヨウ素酸メセナミン銀染色:基底膜を黒く染め出す染色):糸球体基底膜(GBM)の外側(上皮側)に向かって細かい棘状の突出(スパイク)が多数みられる。上皮下に沈着した免疫複合体の間に基底膜物質が伸び出したもので、膜性腎症に特徴的である。沈着物が抜けた部分は空胞状・点刻状に見え、病期が進むと基底膜が厚く、二重に見えることもある。 ・蛍光抗体法IgG染色:糸球体係蹄壁(毛細血管壁)に沿ってIgGが細かい顆粒状に沈着している → 上皮下の免疫複合体沈着を示す。 ・Congo-Red染色陰性 → アミロイドの沈着はない。
診断への考え方
血尿に乏しく蛋白尿が主体で、中高年に発症した蛋白尿・低アルブミン血症という臨床像に加え、腎生検で基底膜のスパイクと係蹄壁に沿う顆粒状IgG沈着がそろえば、膜性腎症と診断できる。糖尿病・膠原病・アミロイドーシスを示唆する所見はなく、光顕で明らかな異常を伴うことから微小変化型も否定的である。
選択肢考察
- ×a. 強皮症腎
強皮症腎(強皮症腎クリーゼ)は全身性強皮症に合併し、急激に発症する高度の高血圧と急速な腎機能低下が特徴で、血栓性微小血管症(溶血性貧血・血小板減少)を伴うことがある。病変の主座は腎の小動脈の内膜肥厚(玉ねぎの皮様)で、糸球体基底膜への免疫複合体沈着は起こらない。本例は皮膚硬化・Raynaud現象などの皮膚所見がなく、抗核抗体も基準内(全身性強皮症では大多数が陽性)で、血圧上昇も軽度であり、急激な経過でもないため否定的である。
- ○b. 膜性腎症
膜性腎症は中高年に好発し、血尿に乏しい蛋白尿が緩徐に増え、ネフローゼ症候群に至ることが多い糸球体疾患である。本例の年齢、蛋白尿主体の尿所見、低アルブミン血症・高LDLコレステロール血症に加え、PAM染色での基底膜のスパイク形成と、蛍光抗体法での係蹄壁に沿った顆粒状IgG沈着は、いずれも膜性腎症の所見に合致する。上皮下に免疫複合体が沈着して足細胞が傷害されることが蛋白尿の原因であり、一次性では足細胞上の抗原(多くはホスホリパーゼA2受容体:PLA2R)に対する自己抗体が関与する。
- ×c. 糖尿病腎症
糖尿病腎症(糖尿病性腎臓病)は長期の糖尿病を背景に、微量アルブミン尿から顕性蛋白尿へと進行し、組織ではメサンギウム基質の増加やKimmelstiel-Wilson結節(結節性病変)、基底膜のびまん性肥厚を示す。本例は血糖102mg/dL、HbA1c 5.9%と糖尿病がなく、生検でもスパイク形成と顆粒状IgG沈着という別の所見がみられるため否定できる(糖尿病腎症ではIgGが基底膜に沿って線状に非特異的に付着することはあるが、顆粒状の免疫複合体沈着ではない)。
- ×d. アミロイド腎症
アミロイド腎症(腎アミロイドーシス)は、ALアミロイドーシスや慢性炎症に伴うAAアミロイドーシスなどで糸球体にアミロイドが沈着し、高度の蛋白尿・ネフローゼ症候群をきたす。診断にはCongo-Red染色陽性(偏光顕微鏡でアップルグリーンの複屈折)が必要であり、本例は陰性であるため否定される。またAAアミロイドーシスの原因となる慢性炎症(CRP 0.1mg/dLと正常)もない。
- ×e. 微小変化型ネフローゼ症候群
微小変化型ネフローゼ症候群は小児に最も多いが成人にも起こり、多くは急激に発症する高度の蛋白尿(選択性が高い)で典型的なネフローゼ症候群を呈する。光学顕微鏡では糸球体にほとんど異常がなく、蛍光抗体法でも免疫グロブリンの沈着を認めず、電子顕微鏡で足突起の消失がみられるのみである。本例は6か月かけて緩徐に進行し、蛋白尿もネフローゼ域に達していないうえ、光顕でスパイク、蛍光抗体法でIgG沈着がみられるため否定できる。
膜性腎症の概要
・成人(特に中高年)のネフローゼ症候群の原因として頻度が高い一次性糸球体疾患である。 ・病態:糸球体基底膜の上皮下(足細胞側)に免疫複合体が沈着し、補体が活性化されて足細胞が傷害される。 ・一次性(特発性):多くは足細胞上のホスホリパーゼA2受容体(PLA2R)に対する自己抗体が原因で、血清抗PLA2R抗体が診断・活動性評価の補助になる。ほかにTHSD7Aなどの抗原も知られている。 ・二次性:悪性腫瘍(固形癌など)、感染症(B型肝炎ウイルス、梅毒など)、自己免疫疾患(SLE〈ループス腎炎のV型〉、関節リウマチなど)、薬剤(ブシラミン、D-ペニシラミン、金製剤、NSAIDsなど)。中高年の膜性腎症では悪性腫瘍の検索が重要である。 ・病理:光顕(PAM染色)で基底膜のスパイク・点刻像・肥厚、蛍光抗体法で係蹄壁に沿う顆粒状IgG(一次性ではIgG4優位)とC3の沈着、電顕で上皮下の高電子密度沈着物。 ・経過と治療:自然寛解も一定の割合でみられる一方、腎機能が徐々に低下する例もある。レニン・アンジオテンシン系阻害薬などの支持療法を基本とし、高度蛋白尿が続く例や腎機能低下例では副腎皮質ステロイドと免疫抑制薬(シクロスポリン、シクロホスファミド)、近年はリツキシマブも用いられる。ネフローゼ症候群の中でも深部静脈血栓症・腎静脈血栓症などの血栓症を合併しやすい。
成人ネフローゼ症候群の診断基準
①蛋白尿3.5g/日以上(随時尿の尿蛋白/Cr比3.5g/gCr以上でも可) ②血清アルブミン3.0g/dL以下(血清総蛋白6.0g/dL以下も参考) ③浮腫 ④脂質異常症(高LDLコレステロール血症) ①と②が必須条件で、③④は必須ではない。
蛋白尿をきたす主な糸球体疾患の腎生検所見の対比
・微小変化型:光顕ほぼ正常、蛍光抗体法で沈着なし、電顕で足突起消失。 ・巣状分節性糸球体硬化症:一部の糸球体の一部分に硬化病変。 ・膜性腎症:基底膜スパイク、顆粒状IgG沈着(上皮下)。 ・膜性増殖性糸球体腎炎:基底膜の二重化(メサンギウム間入)、メサンギウム細胞増殖、低補体血症を伴いやすい。 ・IgA腎症:メサンギウム増殖、メサンギウムへのIgA沈着、血尿を伴う。 ・糖尿病腎症:結節性病変(Kimmelstiel-Wilson結節)、びまん性病変。 ・アミロイド腎症:Congo-Red染色陽性、偏光でアップルグリーンの複屈折。
POINT
・中高年の血尿に乏しい蛋白尿(ネフローゼ症候群を含む)では膜性腎症を考える。 ・膜性腎症の腎生検所見:PAM染色で基底膜のスパイク、蛍光抗体法で係蹄壁に沿う顆粒状IgG沈着。 ・一次性は抗PLA2R抗体が主な原因。二次性の原因として悪性腫瘍、B型肝炎、SLE、薬剤(ブシラミンなど)を検索する。 ・Congo-Red染色陰性はアミロイドーシスを否定し、光顕で異常があれば微小変化型は否定的である。
